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祭りに備えて



 円形闘技場から出たところで、レストレード警部は別の事件だか通報があるとかですぐにこの場を後にした。

「さて……二人はこれからどうするんだ?」

「えっと、わたしとしてはお昼でも食べに行こうかなって感じです」

 わたし自身が何かやったわけではないのだけど、あの会場の熱気と二人の戦いの迫力や緊張感で妙に疲れたような気がする。

「銀狼さんは?」

 横にいる銀髪の剣士に目を向けつつ問う。

「……そうだな。俺もちょうどいい感じに腹は減ったし昼食でも食べに行くか」

「そうか。なら、迷惑かけちまったお詫びってことで奢らせてくれよ。二人と色々話してみたいしさ」

「え、いいんですか?」

「ああ。俺に勝ったらの賞金もあるし。いい店紹介するよ」

 ライリーさんの魅力的な提案にわたしのボルテージは跳ね上がる。銀狼さんが戦ってくれたおかげで美味しいご飯にありつけるだなんてついてるなぁ。

「……せっかくの誘い、悪いが断らせてもらう」

 …………――――⁉︎

「な、何言ってるんですか銀狼さん⁉︎ せっかく奢ってくれるって言ってくれてるんですよ⁉︎」

「まあ聞け。……ライリー、あんた明日の『喧嘩祭り』に出るんだろ?」

 軽く制されムッとすると、わたしの知らない単語が飛び出してくる。

「ほー、よくご存知で。まあ、オープニングセレモニーを任されてるんでね、出ないわけにも行かないさ」

「ふっ……なら、明日戦う相手と同じ飯を食うわけには行かないってことだ」

「……ほぉ」

 二人の間に先の戦いの時と同じような緊張が走る。

 武人だけが通じ合える感覚。それが両者にはあるんだろう。実際魔術師同士の戦いでもそう言ったものはあるから。

 それでも、一言言いたい事がある。

「あの、け、けんか祭りとは……?」

 この話の本題である喧嘩祭りという物騒な名前の祭り。わたしは全く聞いたことがない。完全に置いてけぼりとなっている。

「この街に来るとき話してなかったか。喧嘩祭りはこの街に昔から伝わっている文化の一つだ」

 そう言って、銀狼さんは遠くに見える大きな円柱状の建物を指差す。

「あれがこの街の中心にある会場のコロッセオ。毎年この時期に腕に自信のある冒険者や剣闘士が集まり、殺しと武器以外基本なんでもありのルールで戦う。それが喧嘩祭りだ」

「へ、へぇ……なるほど」

 殺しと武器がだめ……なら魔法はありなのかな。

「兄ちゃんの説明で大方正解だな。にしても、兄ちゃんが参加してくれるなら今年はいつもより楽しめそうだ。毎年面白いやつは来るんだが結局結果は同じでな。期待してるぜ、銀狼さんよ」

「ふっ、ゆめゆめ油断しないことだな」

 二人の視線が交差し、再度独特の空気が流れる。

 ……やっぱりこの二人変に相性いいのかな。




 それからライリーさんはコロッセオのあるノースミンスタ中心部へと向かっていった。見送ったわたしたちは、適当に近くの酒場で食事を済まし、気づけば時刻は夜を迎えていた。

「今日はありがとうございました、銀狼さん」

 宿屋のベッドに腰を下ろして今日のお礼を口にする。約束だったとはいえ、疲れているところを連れ出してしまったのは少し申し訳なく思う。

「いやいい。俺も今日は楽しめたからな」

 どこか満足げに言う銀狼さんの姿に新鮮さを覚えつつも、その真意がわたしとのお出かけではないことがよくわかるので少し不機嫌さが表に出る。

「……それ、あの剣闘士さんのが大半ですよね」

 あの円形闘技場での戦い……あれを見ていれば嫌でもわかる。普段冷静で淡々と対峙する相手を倒していた銀狼さんが戦いを楽しんでいた。だからなのか、喋り方すら変わっていたし。

「……いや別にそんなことは」

 申し訳なさそうに口を開く銀狼さんに、慌ててわたしは言葉を被せる。

「あ、別に責めてたりしているわけじゃないんです。ただ、今日はその……これまでのお礼もしたくて」

「お礼?」

 銀狼さんの問いにわたしは頷きで返す。

「出会った時からずっと銀狼さんには助けられてばかりでした。いつも涼しい顔でなんでもないようにしてますけど、きっとどこかで無理してるんじゃないかなって……。だから、労いとかお礼とか、そういうのを全部含めて今日は楽しんでもらいたかったんです。楽しませたのがわたしじゃなかったのはちょっと複雑なんですけどね」

 最後に少し照れくさいのを誤魔化すように笑みをこぼしボフッとベッドに横たわる。

「まあでも、わたしじゃ事足りなかった分、明日はめいいっぱい楽しんでくださいね」

「……そっか。ああ、全力で楽しんでくるよ」

 普段あまり聞くことのない銀狼さんの柔らかな声色。それを寝転がっている背に受け、なぜか懐かしくて暖かい感情が胸の奥から湧いてきた。

なんだろう。

なんなんだろう。

その気持ちの正体がわからぬまま、気づけばわたしは眠りについていた。




 ようやく眠りについた少女の顔を見て思わずため息がこぼれる。

 ここ最近色々なことがありすぎた。

始まりは魔の山――ベルファスト山。あの山で山賊討伐に乗り込んだのも奴を探すための手がかりがあると踏んでのことだった。

――『こ、ここから北、ノースミンスタって街で何かでかいことをやるって言っていた! そ、それ以外は知らん! 本当だ!』

 あの山に潜んでいた山賊の長の言葉。それを聞いた時点で次の目標地点はここノースミンスタに決めていた。そんな時にノースミンスタで切り裂き魔の事件が再び起こり、依頼として俺が呼ばれた。

 これはきっと偶然ではない。おそらく、いや間違いなく俺への挑発だ。

「…………」

 旅立ちから数年、冒険者としての活動と彼女から貰い受けた莫大な魔力を運用するための訓練に全てを費やした。

何事も準備が大事。実力を伸ばし、依頼をこなし。その繰り返しで顔を広げていった。全ては奴の居場所を知るために。その情報を掴むために。

それを随分長いこと続けていき、気づけば階級はS級。たった一人で全てをこなしていき、ついた二つ名が――『銀狼』。

その名に狼が付くことは正直複雑な心境ではあるが、名を広めるのにこれ以上はないと思ってはいる。

しかし、そんな生活を何年、何十年も続けていればいつかは限界が来る。莫大な魔力、その恩恵で肉体は常に再生治癒を続けているが、それが精神に作用することは決してない。疲れる時は疲れるし、辛い時は辛いのだ。

ふとした瞬間に思う。彼女が隣にいてくれたらどれほどの助けになっただろうかと。

もう二度と会えない最愛の妹。言葉を交わすことも、触れ合うことももう二度と叶わない。それはあの時に理解して納得していたことだった。

でも、いや、だからこそ怖いのだ。今隣にいるこの少女を彼女の代わりにしようとしているのではないかと。

出会いは偶然だった。連れて行くのも気まぐれだった。……いや、普段なら絶対に一緒に行くかという提案なんてしない。初めは、友人たちが殺され辱められて、そんな冒険者にはありふれた現実をこれ以上味わわせてしまうのは酷すぎるという気持ちがあった。俺と来ればそんなことは絶対に起きない。だから、共に旅をする道を提案したのだ。

彼女が口にした旅の目標――この広い世界を見る。

見た結果があんな醜く酷いものなんてあってはならない。そう、最初は思っていたんだ。

「……でも、いくらなんでも、な」

 あの少女と過ごしたこの約一ヶ月。

たった一ヶ月、されど常に寝食を共にしてきたこの期間。

 アイリスという少女を知る度に、関係が深まるたびにそう感じる。

 見た目は似ても似つかない。記憶の中で微笑む彼女、怒った顔も泣いた顔もたくさん見てきた。その中の彼女と目の前の少女は決して重ならない。だが、なぜか、ふとした日常のなんてことない一瞬が記憶の中の彼女と同じ感覚を覚える。

「ふっ……シスコン極まれり、だな」

 きっかけはどうあれ故人の、しかも妹のことをここまで考えてしまうのはシスコン以外の何者でもない。そんな自分の情けなく気持ち悪い姿に思わず嘲笑がこぼれ出す。

 まあ、もう今は明日に備えてしっかり休もう。どれだけ考えようと答えの出ないことは明白だ。無意味に脳を働かせるより、明日全力を出せるための準備の方が大切だ。

 そうして俺は、アイリスからはだけている布団をかけ直し、自分のベッドでそっと瞼を閉じた。



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