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洞窟を抜けた先で



「……〈ブライト〉」

 ポッ……と手のひらの上に光の球体が現れ暗闇を明るく照らす。

 光の届いている範囲には魔物の姿は見えない。魔力探知でいないことはわかってはいたけど、目で確認することはすごく大切なことだ。

 師匠から以前に聞いた話では、知能が高く戦闘力もずば抜けている魔物が稀にいて、そういう存在は魔力を隠蔽する術を持っているのだそう。こんな洞窟にそのレベルの魔物がいるとは考えにくいけど、警戒は怠らないようにしよう。

進み続けること十分弱。

「……それにしても、ほんとにいないな」

 かなり奥まで進んできたけど魔物の影一つ見えない。魔力探知にも引っかからないのもおかしい……。銀狼さんが魔物を狩ってきたことから、この洞窟に魔物がいないなんてことはないはず。

「……」

 もしかして、銀狼さんのせいで全員もっと奥に逃げていった……? いや、それか、銀狼さんはもっと速くにもっと奥に行っていた……?

「……どっちみちまだ進まないとかぁ」

 どうせなら強い魔物を倒して、銀狼さんに良いとこ見せたい。あわよくば褒められたい。

 なんてことを考えていると別れ道に辿り着いた。右か左か。一応魔力でマーキングはしてるから迷うことはないしどっちを選んでも良いんだけど……。

 悩んでいると、右の道からかすかな音と冷たい空気が来たのを感じた。

「……風?」

 風が通っている。しかも冷たい。ってことは、もしかしてこっちは外に続いてる道……?

 とりあえず確認のために右側に行ってみることにする。

 魔力探知と光で警戒しながら進み、かなり開けた場所にでた。

「ここは……」

 足場から降りて、光球を壁に沿うように飛ばして、この部屋全体に灯りを灯した。

 手前から徐々に明るくなっていく一室。しかし依然魔物の姿は見えない。魔力探知にも全く――。

「――⁉︎」

 歩を進めて、それからようやく魔力の反応を示した。否、わたしの存在にもっと前から気づきそれでこの限界ギリギリの近さになるまで魔力を隠蔽していたのだ。

 放った光球がその姿をあらわにする。

「どうりで、魔物が全然いないわけだ」

 強靭な筋肉と厚い毛皮に包まれた二メートルに届きうる巨躯。牛のような頭をしていて、そこにある血のように赤い眼。鼻からは荒々しく白い息が漏れている。

その特徴から察するに彼の魔物の名は――魔獣ミノタウロス。

「ブォォォオオオオオ!!」

 獰猛な雄叫びが洞窟ないを震わせる。わたしという獲物を認識し、魔獣ミノタウロスは即時臨戦体勢に入った。

 明かりで視界は良好。わたしは両手にそれぞれ魔法を構え、迎え撃つ。

「ふっ!」

勢いよく突進してくるミノタウロスを壁ぎわぎりぎりまで引き付け風の魔法で自分の体を吹き飛ばして回避。牛人は壁に激突し、衝突と崩れた岩によってそれなりに痛手があるはず。

しかして、立ち上る砂煙を貫き牛人は傷一つない姿をあらわにした。

「……なら」

 右手に宿した炎の魔力を五指へ。

 さらにそこから魔力を強く圧縮し、細く鋭利な矢へと形状を変える。

「――〈ファイア・ボルト〉」

 高温の熱と貫通力を得た魔力の矢。五本の指から一斉に解き放たれ、渦を巻くようにミノタウロスへと吸い込まれる。

「グオ――⁉︎」

 狙うは心の臓。急所に集中して放ったものの、それを野生の勘で察知した牛人は両腕を防御に回しファイア・ボルトをかろうじて防いで見せた。とはいえ灼熱が貫いた両腕はもはや使い物にならないほどのダメージ。

「次で確実に仕留める」

 牛人は腕を力なくだらんと下げ、口からは洗い吐息と共によだれを垂らしている。その赤い瞳は目の前の敵への強い殺意が込められており、今にも襲いかかってきそうな迫力を放っている。

 ミノタウロスの強みは強靭な体とそれを利用した高速の突進。突進ができない狭い場所では巨体と剛腕を活かした近接格闘。いずれにしろ魔術師であるわたしが一撃でも貰えば致命傷になり得る攻撃力を秘めている。

 しかし最大の強みは別のところにある。それは――

「……」

 ――今際の際の猛攻だ。

「ブモォォォオオオオオ――!」

 怒りの形相で地を蹴った牛人。

わたしは風の魔法と体捌きでなんとか回避しつつ左手の魔力をさらに強く練り込む。

ミノタウロスは腕のダメージがあるとはいえ、未だ致命傷とはいえない程度の傷。しかし、たった一度の魔法攻撃で自慢の腕が使い物にならないようになったともなれば、目の前のわたしを脅威とせざるを得ない。ただの獲物ではないそう判断したのだろう。

今はもう心臓を確実に守る術が牛人にはない。それ故の、魔法を撃つ隙を与えないほどの猛攻。魔物とはいえどうするのが最善策かよくわかっているようだ。

「でも、もう遅いよ」

 ミノタウロスの蹴りを横跳びで回避。そのまま風の魔法でさらに後方へと飛ぶ。着地と同時に地面に左手をつき。

「――〈イグルー〉」

 自身の魔力を洞窟の地面に干渉させ、ミノタウロスを覆うように半球体に囲い込む。通常であれば速攻で破られるだろうけど、すでに腕は潰したからその心配は不要。

 そして――、

「――〈スパイク〉」

 イグルーそのものを利用し内側に無数の鋭利な棘を展開。岩の半球体に手のひらを向け、ぐっと手を握り呼応するようにミノタウロスのいるイグルー中心部へとスパイクは伸びた。

 確実な手応え。断末魔すら吐かせず、ミノタウロスの全身を貫いた。

「……よし。討伐完了っと」

 敵を閉じ込めるイグルーと棘を出すスパイクの合体魔法。以前見たとある国の処刑器具アイアンメイデンを参考にそれぞれの魔法の殺傷力を高めたもの。名づけるとするならば〈ストーン・メイデン〉。

「ぶっつけ本番にしては上出来かな」

 さて、とイグルーを解除し魔石を回収しに行く。

 ミノタウロスはランクでいえばB級上位クラスの魔物。それを単独で倒したともなれば、銀狼さんに相当褒めて貰えるのでは。それに、奥から冷たい風が吹いている。もしかしたら目的の街への近道になるかもしれないし、それなりに期待値が高い。

 イグルー崩壊によってパラパラ砂煙を落としながら、穴だらけの牛人の体が見えてくる。

 わたしは腰の短剣をそっと引き抜く。

「――――ッ!」

 魔獣ミノタウロスその最大の強みは今際の際の猛攻。死の淵に立ちながらも強靭な肉体と生命力を持って最期の攻撃に躍り出る。

 たとえ腕がふき飛ぼうと。たとえ足が潰れようと。たとえ、全身が貫かれようと。

「ォォォォォォ!」

 肉体のあらゆるところに風穴が開いていながら。わたしの魔力探知にかからないよう魔力を限りなくゼロまで抑え、さらにその牙の間合いに近づくまで命の灯火を保ち。もはや執念とも言える牛人の行動に、わたしは思わず息を呑んだ。

「でも残念」

 すでに左手に握っていた銀色の短剣で、血眼で食らいつこうとするミノタウロスの脳天を突き刺した。

「ガ……ァ」

 その掠れた声の直後。牛人の赤い瞳から光が消え失せ。今度こそ、ミノタウロスは崩れ落ちた。

「ふうっ……」

 安心したのか思わず息がこぼれた。

 師匠からの教えでいかなる戦闘でも最後まで気を抜くなと教えられていた。

 ミノタウロスの最初の魔力隠蔽。今際の際の猛攻を可能とするほどの生命力。そして、人を欺く知能の高さ。

 この三つの情報から、ストーン・メイデンでも確実に殺せてはいないと判断していた。結果的には予想通りで備えていた短剣が上手く活きた。

「感謝です銀狼さん」

 これを持たせてくれた今この場にはいないS級冒険者に感謝の意を示す。戻ったらお礼言わなきゃな。

 ただの魔力として爆ぜたミノタウロスの体から落ちた魔石を取り、腰のバッグに入れておく。これで褒めポイント一ゲット。

 次なる褒めポイントのところに足を運ぶ。

 さらに奥に進むと、冷たい風が強く吹いてきた。

「……う、さぶっ」

 反射で両肩を抑えつつ火の魔力で全身を覆って暖める。

 上り坂を上がっていき、ついに外の光が見えてきた。

「あれって……」

 光の発生源に目を細めて見ると、そこには小さな町があった。

 幸い今は雨が弱い。銀狼さんが言ってたように通り雨だったみたいだ。

「よしっ、なら銀狼さんに報告だ」

 そうしてわたしは足早にきた道を戻っていった。




「……まさか町まで繋がってるなんてな」

 この洞窟に来るの自体初だが、町には何度か寄っている。その時に気づかなかったのが驚きなくらいの近場だった。

 今はアイリスの案内で洞窟の奥へと進んでいる。愛馬スペランツァが通りやすいように魔法で道を整備してくれていたのはかなりありがたかった。

 分かれ道を右に進み、かなり広い部屋に出た。その部屋の壁はところどころ崩落していたり、微かに魔力の残穢が感じられる。おそらくここでアイリスが魔物に遭遇し戦闘になったのだろう。

「あっ、そういえばこれ。……はい、ミノタウロスの魔石です」

 隣の魔女が腰のバッグから取り出してきた紫色の水晶。

「……ちょっと待て」

「はい?」

「この洞窟にミノタウロスがいたのか?」

「わたしも驚きでしたよ。でも、なんとか倒せました。あっ、銀狼さんから貰った短剣もすごく役に立ちました。感謝します」

「そ、そうか。それはよかった」

 ミノタウロスはB級上位クラスの魔物。通常であればダンジョンの奥地にしか現れないはずの魔物だ。こんな洞窟で出てきていい存在ではない。

 それに、俺が倒したオークですら数匹片手で数えられる程度の数しか確認できていない。魔物自体の数が少ないということは、魔物が生まれる要因である魔素が少ないということ。つまり、オークより遥かに上位のミノタウロスがここに出てくるのは本来どうやってもあり得ないことなのだ。

「まさか、な……」

「どうかしましたか?」

 ひょこっと小さな影が顔を覗かせる。

 俺の目を見つめ何やら心配そうな表情。

「……いや、なんでもない」

 アイリスにそう答えながらも自分にそう言い聞かせて、目的地である町へとスペランツァに乗って走り出した。


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