とても人間らしいお話し合い。
バークレー子爵家元令息であるマーク……コイツは例の件の主犯である元伯爵家令息ダットンの腰巾着だった。
もっとも気が弱くて言いなりだったワケではなく虎の威を借る狐ってヤツで、積極的に弱い者のイジメに加担していたような卑劣漢だ。
ただし、多少頭は回る。
「マークじゃないか、どうしてココに?」
「ヒッ」
自分の状況と立場、貴族的言い回しを理解出来る程度には。
「なに逃げようとしてんだ、元同級生だろ?」
「よう、久しぶりぃ~」
後ろから気の抜けるような声で、マークと肩を組む俺にそう声を掛けてきたのはバルケス。
こいつも騎士科の同級生だが、結局騎士にはならずに冒険者になった変わり者だ。
いつも飄々としていて何事にも我関せずだったが、それだけにウィレマに対しても極自然に接する珍しい奴だった。
「バルケス! た、助けてくれ!」
「はは、人聞きが悪いな旦那。 アーヴィングは懐かしい旧友と親交を深めようとしてるだけじゃないの。 なあ?」
「バルケス……は、マークの護衛かな?」
「流石、察しがいいねぇ~。 ギルドでご指名がかかってさ。 旦那はこの通り気が小さいモンで、屈強な騎士様と往来での肩組みは畏れ多いってよ」
「ふーん……」
バルケスはニヤニヤしてそう言うが、護衛と理解してしまえば問題ない。
おそらくコイツは護衛以上のことをやる気は端からない。確かに強さは当時から一目置かれていたが、こういう場合に頼りになるかどうかでいえば完全に人選ミスだと思う。
こちらも今更マークに物理的制裁を与える気などないのだ。少なくとも、今のところは。
「悪かったよ、マーク」
「い、いや……」
「お詫びに一杯奢るよ! 勿論バルケスにもな!」
「ひゃっほう! 流石騎士様、太っ腹ァ!」
「……!!」
案の定バルケスは乗ってきた。
マークは明らかに顔色を悪くしたまま、それでも黙って従った。賢明な判断だ。
「本当にあの時のことは反省してるんだ……」
反省が真実か嘘かなど俺にはどうでもいいが、とりあえずは『うんうん』と優しく聞いておく。
マークはあれから子爵領内の港町、フロキアで荷積みの仕事をしていたらしい。仕事を斡旋したのは実家の子爵家だが、事態をそれなりに重く見たようで手を貸したのはそこまで。俺も調べたので、それは知っている。
喩えとそのままの意味両方の計算能力を活かしたマークは、ただの肉体労働者からステップアップを測り、最終的に商家の男爵家の娘の婿になったらしい。
「上手くやったと思われても仕方ないが、俺は妻を愛している。 ……娘も産まれた。 だからどれだけ自分がクソで卑劣なことをしようとしたか、わかっているつもりだ。 その上で……図々しいのを承知で言うが、もう許してくれないか?」
「はは、許すも許さないも」
そんなのは俺が決めることじゃない。
そしてきっと、ウィレマは許すんだろう。
謝罪されれば、の話だが。
「まあ、飲めよ」
基本的にはフロキアにいるし、王都には顔を出す気はないらしい。
「ただ今日はどうしても外せない商談で……行ける者が他にいなかったんだ」
「そうかそうか。 それは大変だったなぁ、お疲れ」
どんどん俺はマークのグラスに酒を注いでいく。
俺は一言も否定的なことを口にしたり過去のことを蒸し返したりなどしちゃいない。遠回しな嫌味すら吐いてないのに、マークはまだ怯えている。
バルケスはニヤニヤしながら、黙って勝手に酒を注ぎ飲んでいた。
「ほら、遠慮するなよ。 商談は終わったんだろ?」
「そ、そうだけど。 その、宿がさ」
「大丈夫、俺に伝手がある。 折角の王都だ、存分に楽しめ……さあ」
「……」
「おっと、マークはイケる口だな」
「アーヴィング、もう……」
「もう一度乾杯しよう! 素敵な再会に」
「……」
マークは謝り続けたが、俺はそれをスルーし酒を注ぎ続ける。
次第に『ダットンのせいだ』『断れなかった』と責任転嫁をするようになってきたが、流石に『ウィレマが誘った』などの戯言を吐かしたりはしない。
やや呂律が怪しくなってきた頃、今まで黙って勝手に飲んでいたバルケスが急に口を挟んできた。
「……くくっ。 だらしねぇなぁマーク? おいアーヴィング、その辺にしといてやれよ」
コイツは油断ならない。
警戒心を強めつつ、愛想良く酒を注ぐ。
「バルケスも飲みたいんだろ? しょうがねぇなぁ」
「お、わかってるねぇ。 俺の名『バルケス』は飲んだくれの親父様が『酒精バッカス』に準えて授けて下さったひっじょーに尊きモノだ。 酒を与えてくれし貴殿には、有り難~いお言葉を授けてたも!」
「は、なんだそりゃ」
バルケスは巫山戯たノリでそう言うと、ついだ酒を美味そうに飲み干し、満足そうな顔をしてから歪に口角を上げてこう言った。
「金と酒をドブに捨てんな。 酒精様もお怒りだ」
「!」
そして小声で「回るのを待て、じき潰れる」と続けたあと、またヘラっと笑う。
「さあ、そろそろ勘定だ。 河岸を変えるなら付き合うぜブラザー。 宿に案内してくれるんだろ?」
間違いなくコイツは俺の行動を察している。
「どういうつもりだ?」
「俺は他人の金と酒も大事にするってだけさ。 粗末にすると回ってこなくなる」
「くだらねぇ。 鵜呑みにするとでも?」
バルケスは肩を竦めたあと、既に酔いが回ってフラフラのマークを立たせて支えた。
「そこは信用して貰うしかないね。 どのみち俺はコイツの護衛だし」
「ちっ……」
油断ならねぇ男だが、実のところコイツを疑ってはいない。
舌打ちしつつも勘定を済ますと、結局バルケスの言う通り宿に案内する。
正騎士である俺が、人目を気にせず恫喝や脅迫を行うことができる、取り調べ用の馴染みの宿に。
マークが俺達が暮らす王都にのうのうと顔を出したのは許せないが、一応は正騎士である以上、俺にも立場がある。
街とはいえ誰が聞き耳を立てているかわからない中で、コイツを恫喝し『今すぐ王都から出ていけ』とは言えない。
記録や伝達などが行われていないか、そういった手段を保持していないかを確認する為荷を改めて服を脱がせ、マークをバスタブに寝かせるとシャワーをかけた。
「──ヒッ?! ああっ、うわっ?!」
「やあマーク、おはよう」
「あっああ……アーヴィ」
「俺さ、あの頃学んだんだ。 『人間話せばわかる……相互理解って大事』って。 獣にその理屈は通じないけど、俺らは人間だ。 だから通じる筈だろ? マーク」
俺が笑顔でそう言うと、マークはガクガクと首を縦に振る。
後のことはある程度割愛するが、別にさしたる暴力は奮っていない。
捕縛した上で、シャワーで水をかけながら二、三、俺の質問に答えて貰い、ちょっと丁寧に俺の気持ちを話しただけだ。
獣は駆除すべきとか、そういうことを。
「ところで娘ちゃん、今いくつかな? 男爵家の生まれじゃいずれ王立学園に入ったり、デビュタントとして王宮に行ったりするんだろうなぁ~。 心配だね、マーク」
「娘は関係ないだろう?!」
「俺は騎士だからさ、もしかしたらその時デビュタントのお嬢様方をお守りする役なんだろうなって思うだけさ。 獣なんて王都や王宮や学園に入って来なけりゃいいんだけど、残念ながら奴等は人のカタチをしてるんだ。 全く不思議だよ……そう思わない? 貴族令嬢は噛まれなくても襲われただけで瑕疵がつくけど、そうじゃなくてもきっと怖いだろうね」
「もう許してくれ……」
「『許す』? やだなぁ、仮の話じゃない。 ああ、マークは娘ちゃんが獣に襲われて怖い思いをしたとして『何も無かった反省してる』『許してくれ』って言われたら、敷地内に獣を入れちゃう人だったね。 寛大だなぁ、俺には怖くて真似できないよ」
「ああぁ……」
「はは、泣くなよみっともない」
みっともないマークの為に、涙をシャワーで流してやると小さく叫び声を漏らす。
「なぁマーク、俺は獣じゃない。 ただ自分の居住地を守りたいだけの怯えた小市民さ、わかるだろ?」
「王都には……王都にはもう来ない……すまなかった、娘と妻にはどうか」
(惜しいね)
聞きたかったのはソレだが、足りない。
「ソレ、信じると思う? 一応貴族なんで、口約束とか俺苦手だなぁ~。 それにマークが本当に妻子を愛してるかなんて、俺にはわからないしね」
マークの方から『宣誓魔法で誓う』と口にさせ、ようやく俺は目的を達成した。
これで今後、コイツが王都に来ることは無い。