学生時代の素敵とは言えない思い出。(後)
「──は?」
団長の言葉に、俺はおもわず嫌悪感を露にした。
「仮にウィレマが襲われていても、助けを求めるなり抵抗するなり、なんらかの判断をウィレマが自身で示すまで絶対に手を貸すな」
──団長は、そう言ったのだ。
「そりゃ『黙って見てろ』ってことですか?」
「そうは言ってない」
女であるということは、悪意を抱いた男にとって明確な目的の対象にされる。
たとえ騎士になったところでそれは変わらない。
「目指す先が閣下の護衛ならば、そういうことにも自ら対処できなければ存在価値などない」
「だからって!」
それは正しい。
正しいが、当然納得などしなかった。
「アーヴィング!!」
団長は叱責するように強く名を呼びながら、俺の肩をぐっと掴んで押さえ付けた。
「……いいか? 俺は『助けるな』なんて言っていない。 ウィレマが怯えて震え、なにも抵抗できないようならすぐ助ければいい。 だがその時点でウィレマに騎士としての未来はない」
「……」
「そして、ウィレマはそうじゃない。 アイツには覚悟がある……だから助けに入る前に選択を待て。 同時に覚悟があるからこそ敢えて『従う』を選んだのに無理矢理割って入った場合、身体は守れてもお前自身が彼女の矜恃を傷付けることになることも理解しろ」
「!」
ウィレマには覚悟がある。
それは俺もわかってはいた。
「でも、だとしても……止めます、俺は、俺には──」
俺にはなんの権利もない。
でもそれでウィレマに嫌われても、きっと絶対止める。
団長も多分、それがわかっていたのだろう。「それはもう勝手にしろ」とだけ言って、掴んだ肩を緩めた。
ウィレマの心配もあるが、この時の団長の言葉は全て俺へ向けたモノだ。
助ける側のリスクとその覚悟、そして相手に対する責任とか、そういうことを言いたかったんだろうと今になって思う。
「まあそれは多分ないから安心しろ。 ウィレマが身体を張るとしたら閣下の為だけだ、おそらく抵抗はするから待て。 そしたら存分に殺れ」
「…………殺っちゃ駄目でしょ」
「ああ、うん。 ……折れ。 心でもなんでも」
「ふっ」
……教官の言う言葉じゃねぇ。
(この人が心配じゃないワケないよな)
クルーズ団長の言葉は厳しいが、ウィレマが真剣だったからこそ。
実際、存在だけであの人はウィレマの盾になっていた。団長がいなければウィレマの生活はどうにもならなかっだろう。
そして行われた合同演習。
女性にはシャワールーム付き個室が与えられていたので「夜はしっかり施錠をし、なるべく一人にならないように気を付けろ」と言うぐらいしか俺にできることは無かった。
それが通用しない野営訓練は、特別嫌な思い出といえる。
やはり一部の馬鹿が、『ひとりになったところを狙い、ウィレマを襲う』という計画を立てていたのだ。
首謀者は伯爵家令息のダットン。
あとはマークとヘイスという、ダットンの腰巾着。
俺はなるべくウィレマから目を離さないようにしていたが、当然常に一緒にいれる筈もない。
その隙に、山小屋に燃料を取りに行かされたウィレマはそこで潜んでいた奴らに引き摺り込まれ、襲われてしまった。
「ウィレマ!!」
「……アーヴィング」
──幸い、無事だったが。
なにが起こったのかは不明だが、ウィレマの口からは血が出ていた。
「血が……クソッアイツら!!」
「ああ大丈夫」
俺が駆け付けた時、馬鹿共は青ざめた顔で悪態を吐きながら、走って逃げていった。
ウィレマの無事を確認するのが先で、追い掛けなかったけど。
「私の血じゃない、ヘイスのだ。 口を塞がれそうになったから噛み付いた」
言われてみると、床に血の跡が点々と出入口に続いている。
多少乱れた着衣を直してはいたがウィレマは冷静で、従った様子はない。
引き摺りこまれたと思われる時間から俺が駆け付けるまでの時間を考えても、明らかに短すぎた。
噛み付いたことで奴等が怯んだのか、それ以外にもなにかしら上手く対処したのか。
兎にも角にも、なんとか切り抜けたようで安堵した。
「大丈夫……そう、だな?」
「うん。 心配かけた……はは。 はぁ……」
力無く笑うと、ウィレマはその場にヘタりこんだ。
「君が来たら安心しちゃって。 ごめん、ちょっとだけ休ませて」
「……」
俺は黙って近くに座った。
手を貸そうかと思ったけど、きっと今は触られたくないに違いない。
(……冷静でいられるワケがないよな)
ある程度想定はしていて、いくつか対抗手段も考えていたのだろう。それが功を奏して上手く切り抜けたにせよ、襲われたことへの恐怖がないわけがないのだ。
「ウィレマ」
「……うん」
「無事で良かった」
「うん」
「俺……」
「……」
こういう時、いい言葉のひとつも出てこないのが情けない。
『安心した』って言って貰えたのに『防げなくてごめん』とか、見当違いの謝罪しか思い浮かばない。
「……俺、クルーズ団長からこういう時の処罰の許可出されてるから」
「ぶっ!」
「半殺しまでならイケるぞ。 どうする? 皮でも剥ぐ?」
「いや怖い怖い!!」
ウィレマは「規律に則っての処罰でいいけど、証拠がないしな……」等と呑気なことを言っていたけれど、山での大規模訓練とはいえ実は学園敷地内だったりする。
事故事件を未然に防ぐのは難しいが、起きてしまえば証拠はすぐ集まる。そこここに監視用魔道具が仕掛けられているのだ。
「証拠ならすぐ出る」
「そうかな……」
「馬鹿、俺の言うことだぞ?」
「そりゃ『信用ならん』ってこと?」
「おい!」
「はは、冗談だよ。 ありがとアーヴィング、行こう」
「ふん」
(……ま、そんな軽口が叩けるならもう大丈夫か)
念の為俺は、過去起きた事件等から学園内セキュリティを細かく調べていた。学園執行部からはちょっと呼び出されたりしたけど、むしろ積極的に理由を説明し、情に訴えて色々教えて貰った。
人間話せばわかる……相互理解って素晴らしい。
まあ口外不要の契約書とか書かされちゃったけど。
どのみちこのことは一生、ウィレマに話す気はないから別にいいんだ。
結果、ウィレマを襲った奴らは退学の上、家からも除籍放逐。
軍規ならばもっと厳しかったが、あくまでも学園内でのこと。俺的には納得いかなかったが、『規律に則った処罰』がウィレマの希望なので仕方ない。
一応「次にウィレマの前に現れたら殺す」とは言っておいた。
サヨナラの代わりに。
★★★
「「──あ」」
タイミングってのは続くらしい。
ジョッシュに会った翌日、まさか今になってたまたまその一人に街で出会すとは思ってなかった。
今ちょっと過去を振り返って後悔している。
なんであの時「俺の前に現れても殺す」って言わなかったんだろうって。