学生時代の素敵とは言えない思い出。(前)
ウィレマと俺が出会ったのは王立学園高等部二年の頃──
王立学園騎士科は階級社会に於ける騎士を教育する為の場であり、似たような勉強しても軍属とは全く異なる。
これは騎士科だけでなく、科によって一般教養以外に必修になる科目がそれぞれ違うだけで、どの科もそんなには変わらない。寮も一緒だ。
ウィレマは騎士科に編入して最初の三ヶ月、全く授業には出なかった。
一般教養は勿論、騎士科の授業にも。
特別講師として来たクルーズ団長の指導の元、ひたすら別メニューを行っていた。
その補助として選ばれた当初の俺の気持ちは
『なんで侍女じゃないんだ』という憐憫に近い疑問と、
『俺が支えてやらねば』という浮ついた気持ちと、ヤレヤレという気持ちが半々くらいの傲慢さ。ついでに、
『クルーズ団長に指南を受けられるとかラッキー!』というウィレマとは全く関係ない団長に抱いていた憧憬である。
最初に紹介されたウィレマは『女子平均よりやや背が高いかな』くらいの平均的女子で、兎に角細かった。
嫋やかというより地味で真面目。
元々淑女科の頃からそんな印象だったが、逆に言えば化粧を取ってもまるで変わらなかった。
特に好みのタイプではなかったが、姉を持つ俺は顔が化粧で如何に盛れるかを知っていたので、実はそれに驚いていた。
切れ長というよりは細いという感じの目だが、パーツの配置と大きさのバランスがいい。
騎士科に編入するにあたり短く切り揃えた髪は、スっと伸びた首筋をより綺麗に見せていた。
まだその時は『俺の婚約者になるのかな』とか思って、普通に女子として見てた俺の印象は『アリよりのアリ』だった。
騎士科に編入し補助として共に鍛錬を受け、すぐに一番に来たのは憐憫。
最初は基礎体力作りが主であり俺にとってはなんてことないが、本来一年をかけて培う筈のモノを無理矢理一ヶ月でなんとかする仕様。
授業とは比べ物にならない程、地味で苛烈なメニューだったが、ウィレマは一度も弱音を吐かなかった。
ウィレマは度々吐いていた。
でも無理矢理食ってもいた。
えずきながら食う様には、鬼気迫るモノがあった。
「おい、大丈夫か? 無理すんな」
「元々余分な肉を付けないようにしてたから……これ以上痩せたら持たない」
(……なんで侍女を希望しなかったんだろう)
この国で美女の基準に細さは必ずしも関係しないが、侍女や官吏の見た目は細身の方が採用されやすいとか言われている。
その為の努力かなと思う発言に疑問を抱きつつも、今度は逆の努力をしているウィレマにそれは聞けなかった。
その時点でもう『支えてやらねば』から浮ついた気持ちは消えていた。
憐憫は尊敬に似た気持ちに変わっていった。
俺はウィレマの中に、騎士になることへの強い覚悟を感じずにはいられなかった。
学園騎士科に多くいる『ちょっと身体に自信がある、貴族家の家を継がない坊ちゃんら』とは段違いに。
それは昔から騎士に憧れていた特待生の俺も大差ない。
クルーズ団長の剣技は素晴らしく指南を受けられることは幸運だったが、ウィレマの別メニューだけでなく俺への鍛錬も鬼だった。
その際、畏敬の念は残れど、現実の厳しさに団長への憧憬は霧散している。
余談だが、なにか力になりたくて食堂のおばちゃんと共同開発したバナナチョコミルクスムージー(ナッツ風味)が、ウィレマだけでなくまだ授業に慣れてない騎士科一年に大いにウケて、今では定番メニューとなっているらしい。
二ヶ月目はただただ剣を振るう日々だった。
三ヶ月も経つと、ウィレマは他の騎士科二年生と渡り合えるだけの実力を付けていた。
これが可能だったのは団長の鬼メニューありきで、それについてきたウィレマの根性の為せる技だ。
だが周囲は、それをわかっていない奴ばかりだった。
「ウィレマ、コレやっとけよ。 淑女科でトップクラスだったならこれくらい楽勝だろ?」
「……」
「ああ? なんだその目は。 王女殿下に言いつけるか? それともクルーズ特別教官?」
「なにしろ王女殿下のご推薦だからな。 あーあ、いいよなァ女は楽で」
女ってだけでただでさえ目立つというのに加えて、異例の経歴だ。いくら権力があっても、実生活に於いては王女殿下の推挙など足枷にしかならない。
実際俺も最初は『侍女でいいだろ』と思っていたくらいだ。
授業でちょっと実力を示したくらいでは納得せず、あからさまに絡んでいく奴も多くいた。
まあウィレマも黙って従いはしなかったけど。
「コレ……君らには大変なの?」
「は?」
「私には確かに楽勝だが。 なにもしなければ出来ないままだろう、それはあまりに気の毒だからやめておくよ」
そう微笑んで突き返す。
俺の出番は特に無かった。
「なかなかやるなぁ」
「ふふ、淑女科で飛び交う嫌味はあんなストレートであっさりしてないよ」
「おいやめろ! もう少し女の子に夢を持たせてくれ」
ウィレマへの軽微な嫌がらせや心無い言葉は日常茶飯事だった。
その頃の俺は既にウィレマを同期として認めていたから許せなかったけど、『表立って止めるのは駄目だ』と団長からもウィレマ本人からも強く言われていたから手出しできず、随分歯痒い思いをした。
授業自体はウィレマの受けた別メニューに比べてしまうと格段にヌルいと言っていい。
ついでに一般教養の赤点も他の科より設定が低い。
そんな王立学園騎士科だが、長期休暇中に行われる必修科目──合同演習。コレだけは死ぬ程キツい。
コレが学園騎士科で学ぶ軍属としての側面のほぼ全てと言って過言ではないだろう。
厳しい規律の中で寝食を共にする。
座学を含めた教育の全部が軍事演習で、野営訓練もその中のひとつだ。
夏の長期休暇の合同演習、諸々の配慮からウィレマは免除されたが、冬はそうもいかなかった。
──合同演習前日、俺は団長に呼び出された。
「合同演習の危険性はわかるな?」
「ええ。 俺ですら尻を狙われましたからね」
一年目の合同演習中、俺は夜中に襲われた。
性的な意味で、である。
ジョッシュが俺に強く感謝している理由は多分、所属科の移動に手を貸したことより似たような場面で助けてやったことだと思う。
俺は特待生なだけあり、他の奴より強かった。
そうあろうと努力もしていたが残念なことに成長期は自分ではどうにもならず、当時はまだ小柄で、ジョッシュ程では無いにせよ顔も中性的だったのだ。
ただしジョッシュとは違い俺の場合、犯すのは目的として然程重要ではない。
おそらく目立っていた俺を屈服させるのが一番の目的であり、犯すことは手段──それが非常に屈辱的で効率的な支配方法だからだ。
肉体の云々は『複数なら可能だ』と判断された要因に過ぎない。
規律は厳しいが常に教官達の目があるわけではない。
突然の苛烈な環境下で、強さによる上下関係をハッキリさせる為にしばしば影での暴力は横行していた。
俺は反撃しきっちり心まで折ってやったが、泣き寝入りしたり辞めるヤツも当然いた。
見た目からあからさまに異物だったジョッシュは、逆にそれが幸いして助けることができたけど、アイツも合同演習までいたらわからなかったと思う。
「聞いている。 一人はそれで使いモンにならなくなったこともな」
「やりすぎたとは特に思ってません。 鍛え方が悪かったんでしょう」
暴力での教育がある程度許容されるだけあって、自衛を超えても不条理な暴力への反撃や鉄拳制裁ならば、事実上お咎めはナシだ。
貴族の通う学園の騎士科もそのへんは平民兵士の所属する軍と然して変わらない。
むしろ、騎士団に所属してからの方が品行方正であることを求められたり爵位が関わってきたりするので、物理解決は厳しくなる。
学園という柵は案外高く、親の権力ムーブも難しいのが脳筋集団である騎士科のいいところなので、存分にわからせてやった。
「……まあいい。 ウィレマのことだ」
「はい」
ある程度守られてはいても、そんな環境での生活を余儀なくされるウィレマが心配なのは当然。
なにしろ合同演習時ではない通常の学園生活時でも嫌がらせをされるくらいだ。
特に殿下が臣籍降下してからは、ウィレマに対する風当たりが強くなっていた。
だからてっきり『ウィレマを守れ』というお達しだと思っていたのだが、実際はそうじゃなかった。