ウィレマと俺の素敵な日常。
「おかえり、お疲れ様ー」
「うん」
あの後ジョッシュはまだ話したそうだったけど、強引に話を打ち切って閣下のところに戻った。
『ウィレマは呪われている』とか。
おそらくジョッシュはただ心配から教えてくれたんだろうが、それが真実であれ俺にはどうでもいいことだ。
そのことがウィレマの生命や心身に直接的な問題を及ぼすとかでなければ。
(……そこだよな。 それだけ確かめとくか)
「ほら」と言って右手を出すウィレマの左手にはハンガーで、俺は上着を脱ぎながらおもわず顔を顰める。
そうしないとニヤニヤしてしまうからだ。
「ウィレマさぁ、やめろよそういうの」
「は? なにが?」
「いやその……新婚みたいじゃん。 意識してもいいなら俺はいいけど?」
後半に本音をぶち込んでみたものの、「はは酔ってんなぁ」の一言で終わらせられた。
いつもなら密かに撃沈し、今の関係を崩さないよう無かった事にする俺だが『酔っている』と思われたなら丁度いい。
少し粘ってみることにした。
「俺が意識したら困る?」
「……困ることになるのはアーヴィングの方だと思うけど」
「なんでだよ」
「だってなんだかんだ真面目だし、責任とか言いそう。 『結婚する気はないし都合がいい』って言ってたから安心してるけど、そんなんで結婚することになったら流石に悪いよ。 君にはもっといい相手がいくらでもいるのに」
「馬鹿いえ」
安定の信頼と意識されてなさ。
培ってきたモノは伊達ではない。
(まあ俺も悪いか……)
『都合がいい』云々はやっぱり度々『自分が相手ではアーヴィングに悪い』と口にするウィレマを宥めすかす為に口から出た言葉だ。
ただし別に嘘でもない。
結婚するにせよ相手はウィレマのつもりだったから。
どうせそんなこと告げられないと思ってたし。
「俺、お前となら結婚してもいいが?」
なんせ今だってさりげなく言おうとした結果、どうしてだかこうなっている。
「……閣下になんか言われた?」
「まあ多少はせっつかれたけど、それは関係ない。 俺の意思だ。 結婚しときゃ、死んだ時財産もお前にやれるし」
俺の言葉に「急に物騒だな」と顔を顰めるが、コレは聞きたいことを聞く為の前フリだ。
「大体は男が先に死ぬものさ。 お前健康だよな?」
「まあね、身体が資本の商売だし。 閣下に捧げてる以上、そう簡単にはくたばれないし」
(とりあえず身体は大丈夫そうだ)
それに安堵したが、真面目なウィレマは『死ぬ』って単語に割と本気で不快さを示す。
「アーヴィングもだろ? やめてよ、死ぬとか縁起でもない」
「別に死ぬ気はねぇよ。 結婚にはそういう利点もあるなって思っただけさ。 あ、もっとロマンチックなプロポーズがご希望なら善処するが?」
俺がそう返すと呆れた顔をして、そのうち吹き出した。
「ふっ……馬鹿だな君は」
馬鹿で結構。
実際、希望してくれれば全然やるんだけどね。
薔薇100本だろうが、公開プロポーズだろうが、フラッシュモブ演出付きだろうが、なんでも。
希望してさえくれれば。
「考えとけよ」
「さあ冗談はそのへんにして、風呂入ってきなよ。 ご飯食べるなら作るけど、軽めがいい?」
「やっぱもう嫁でいいじゃん」
見事に全部流された。
真面目なテンションというかそれっぽい間を作れずにタカタカ喋ってしまう俺も悪いが、いざ告白しようにも今更すぎるわ緊張するわでああいう風にしか言えないのだ。
それに、『酔っている』と思われている時点で手は出せない。じゃあ素面ならイケんのかと言われるとそれも厳しいけど。
「ま、考えとけよ、ダーリン」
「ハイハイ」
そう言って風呂に逃げる。
ここで真面目に迫れないのが悪いんだろうが、距離の詰め方がわからないのは今に始まったことじゃない。
均衡を崩したくはない……ウィレマが乗り気じゃない以上、崩してはいけない。
欲望はお湯と共に流し、ちゃんと掃除して出れば、偽嫁の美味しいご飯と素敵な日常が待っているのだ。
翌朝、起きたらもうウィレマは既に用意を終え、家を出るところだった。
「おはよう、アーヴィング。 ご飯作ってあるよ」
「お、おうサンキュ……なんか早くね?」
勤務編成や任務によるが、生活を共にする関係上普段と違えば伝え合うことになっている。
だが、特になにも聞いてない。
「ああうん、ちょっと閣下のトコ。 この時間は魔塔にいらっしゃるから。 じゃ、行ってくる」
「ウィレマ!」
俺はつい、出掛けようと扉を開けるウィレマの腕を掴んでいた。
「……なに?」
「いやその、何時に帰る?」
「はは、いつも通りだよ」
「行ってくるね」と再度言って、ウィレマは出て行く。俺は玄関扉に背を向けた。
(魔塔か……アイツもいるのかな)
昨夜のジョッシュとのやり取りを思い出しながら。
「……ウィレマ・ソーン。 あの子、呪われてるよ」
月明かりに照らされた美しいジョッシュの顔は無表情で全く読めなかったが、そのせいかどこか無機質な人形じみた乾いた冷たさがあった。
「──へぇ……だから?」
「君にはあの子は相応しくない」
「つまらないことを言うようになったな、ジョッシュ」
そう言って立ち去ろうとすると、慌てたような小走りで俺の前に回り込んだ。ジョッシュの顔は先程までから一転して、目に見えて必死だった。
「アーヴィング、気を悪くしたならゴメン! でも……僕は看過できない、君が心配なんだ」
「ジョッシュ」
俺はジョッシュの様子に困惑した。
それほど『呪い』云々が質の悪いモノであるなら、閣下が俺に結婚を命じるとは考えにくい。
命じるにしても、ソレへの説明は予めするだろう。
「余計なお世話なのはわかってる……ただ、」
「わかった、気持ちは有難く受け取る。 だがウィレマ・ソーンは誇り高く高潔な騎士だ。 今後どんな意図でも彼女を貶める言葉を俺の前で吐くな」
「アーヴィング……」
「呪いだとかの話が事実かどうかもお前から聞く気はない。 また、事実であったところでどうとも思わない。 話は終わりだ」
気持ちを受け取ると言った後、一瞬見せた安堵の笑顔が『信じられない』とでも言うような悲しげなモノに変わる。
ジョッシュはそれでもなにか言いたいのか、力無く俺に声を掛けようとしたが、それすら許さなかった。
(あの時は不愉快だったが……)
ジョッシュは呪い云々など魔術関連のことは兎も角、ウィレマの為人についてよく知る訳ではないだろう。
言い過ぎたとは思っていないが、俺への心配から余計なことを言ったのであれば、少し冷た過ぎたかもしれない。
「──さて、俺も出るか!」
ジョッシュとのやり取りが過ぎって少しモヤモヤした気持ちになったが、ウィレマが作っておいてくれたホットサンドを食べて頭の隅に追いやった。