夜会で出会った旧友。
閣下は夜会の主催者である、エディンブル侯に挨拶をしに行った。
閣下はエディンブル侯にしたら孫子ぐらい歳の差があるが、滅茶苦茶仲がいい。
侯爵であり研究者でもある彼と閣下が話す内容は、勿論魔術や薬学に関係する専門的なこと。──要は、趣味(?)が同じなのである。
魔術は今や幅広く活用されているのに、専門知識の深い先人達の多くが他国からの移民だったことから、爵位は貰い受けても宮廷内貴族派からの当たりが強く、長らく不遇な立ち位置だった。
それを大きく変えたのがこの老紳士、ベン・エディンブル侯である。
今でも多少侮られているところはあるが、それでも俺達の世代の魔術科なんかは当時と比べたら格段に待遇と設備が良くなった。
エディンブル侯が学園にもテコ入れしてくれたおかげだ。
昔は小さな薬草園と古びた塔の研究室しかなかったらしく、未だにその名残から魔術科研究室は『魔塔』と呼ばれている。
閣下がまだ殿下の時、立場上魔術科には入れなかったが、座学の時間は全部魔塔に入り浸っていたらしい。「一般教養なんて、テストでトップさえ取ってりゃ問題ないのよ」とか言っていたようだ。
元来負けず嫌いな閣下は立場もあって表面上弱い部分を出さないが、当時の顔色はあまり良くなかった。
表立って勉強できない歯痒さや苛立ち、そして時間や状況への焦りもある中での、並々ならぬ努力が窺える。
臣籍降下の際も閣下の才や実力を証明するのに、侯のお力が大きく働いたのは言うまでもないが、閣下が魔術薬師としての実力を見せたことで、これからもっと魔術師や魔道具師、魔術薬師・医師は正しく評価されるようになるだろう。
「エディンブル侯、お久しぶりです」
「おお。 よく来たなぁ、フィガロの坊や」
その言葉に苦笑しつつ顔を上げる。
『フィガロ』は実家の家名だが、姓を賜ってからもこの人は俺をこう呼ぶ。
辺境伯である実家はその恩恵から魔術師を強く支持しており、特に薬学の研究をしていたエディンブル侯と祖父は仲がいい。
末っ子で要領と愛想のいい俺は特に可愛がられ、幼少期は第二のじいちゃんみたいなモンだった。
だが、もう流石に『坊や』はない。
「今は『ガーティン』と。 楽しい時間の前に、まず閣下をお借りしますね」
「はは、行っておいで」
俺は閣下の手を取ると、ダンスフロアに向けて歩き出した。閣下はよそ行きの笑顔を貼り付け、渋々それに従う。
「はぁ、全く面倒ね」
「嫌なことはさっさと終わらせましょう」
閣下はダンスも上手いが、曰く『一般教養のテストより嫌い』だそう。
だからこそ今夜の俺のお役目のメインはコレと言っていい。
実際は毒舌の研究オタクであれ、はたから見たら美貌の独身元王女の閣下。
ダンスを踊りたがる輩を排斥するのにとりあえず俺と一曲踊り、あとは嫋やかに『疲れたのでごめんなさいね』……そりゃあもう、ダンスのステップより華麗にやり過ごす。
「あ、ちょっと手を抜かないでくださいよ」
「私の癖はわかってるでしょう? それらしくフォローして頂戴」
「……」
やる気のない閣下とのダンスを楽しんだあと、閣下に群がる男共の波を躱しながらエディンブル侯の元に戻ると、横には見知った顔。
「やあ、アーヴィング」
「ジョッシュ」
「今夜一際輝く月の女神、ブロワ公爵閣下にご挨拶を」などとよくわからん科白を宣い、閣下の手を取り指先に口付けのフリで挨拶する彼は、ジョッシュ・パターソン。
学園時代の旧友であり、閣下を通して今も稀に交流がある。
「あら、ダンスの申し込みを?」
「まさか! 閣下の大切なお時間を奪うなど」
「貴方もダンスは好きじゃないものね」
「ふふ。 閣下とは違い下手ですから。 どうぞこちらに」
スマートにエディンブル侯の隣の椅子に案内するジョッシュは、学園時代とは大きく異なり自信に溢れていた。
ジョッシュも美形なので、閣下と一緒にいると絵本の姫と王子のようでなかなか様になる。
彼は騎士科の同期だったが、色々あって魔術科に編入した。
その際手を貸したのが当時殿下だった閣下であり、閣下に相談を持ち掛けたのが俺。
ジョッシュは中性的な線の細い美形で、身体もあまり強くなく、騎士には向いていなかった。
しかしパターソン家は代々優秀な騎士を排出している武人の家系で、しかも由緒正しい伯爵家。
お家はガッチガチの貴族派で、魔術科は勿論文官を志望することすら許されず、騎士科に入れられたという経緯がある。
(あの頃は折角の美貌が台無しってくらいオドオドしてたよなぁ……良かった良かった)
三人共研究畑の人間で、交流も深い様子。
もしかしたら、閣下のお相手候補なのかなーと思ったものの、ジョッシュは閣下とエディンブル侯に微笑み軽く頭を下げると、何故か俺の方に来た。
「アーヴィング。 久しぶりの再会だ、少し話せないかな」
「え?」
「こっちは気にしなくていいわ。 貴方も退屈でしょう?」
「はあ……閣下がそう仰るなら、有難く」
エディンブル侯の夜会なので、元々心配はしていない。そして確かに、一緒にいても俺にとって退屈な話が満開に咲くのは間違いない。
一応配置されている影に目配せして、有難くその場を離れた。
「久しぶりの再会っても、顔はちょいちょい見てるけどね。 夜会で会うのは珍しいな」
「お陰様でようやく最近、社交界に顔を出せるまでになってね。 侯も閣下もなにかと目を掛けてくださる……君には感謝しかない」
「よせよ。 大体あのふたりはそんなに甘くない、お前の実力だろ」
「はは、ありがとう」
実際俺は大したことはしていない。
(まあ、コイツにとっちゃそうでもないよなぁ……)
『コネって大事』と再認識しつつ、他人のお家事情や自分ではどうにもならない環境を思うと、恵まれている俺には到底想像できず、如何せん肩身が狭い。
もう少しガキの頃なら「持ち合わせたモンでなんとかするしかねぇだろ?」とクソの役にも立たない青臭くて正しいだけの論とかかましてたのかもしれない、とか思うと余計に。
そういう自身の想像力の欠除に対する無理解を『思い遣りがない』というのでは……と今は感じている。
だから俺は余計なことが言えないし、聞けない。
コイツにも、ウィレマにも。
「誰かと踊ってきたら? ほら、見られてんぞお前」
ジョッシュは当時と変わらぬ中性的美貌を保ったまま、身長だけはスラリと高くなった。
エディンブル侯や閣下に目を掛けられている将来有望な魔術師ということもあり、ご令嬢の注目の的だ。
「言ったろ、下手なんだ。 ご令嬢方が踊りたいのは君さ……見たよ、ダンス。 リードが上手いってああいうのだろ」
「そりゃ閣下が」
「ああ、違うよ。 コーエン伯爵邸でも」
「! お前……」
目が合うとジョッシュは肩を竦める。
「ああ勿論関わってはいない、そしたらここにはいないさ。 裏の招待状持ちではあったけど、そっちの協力者側……怪しかったから閣下に相談したんだ」
「はぁ……なんだよやめろよそういうの」
あの件で裏の招待状を送られた奴らの大半が捕まっている。俺の反応を予測してのジョークにしては質が悪い冗談だ。
「はは、心配した?」
ジョッシュは給仕から適当に酒を受け取り、ひとつを俺に渡しながら笑う。
話の内容の流れからか、どちらともなく俺らはバルコニーに歩み出た。
閣下への賞賛の喩えに使っただけあり、月が綺麗だ。
「……随分性格が悪くなったな。 閣下の影響かよ?」
「君は相変わらず人がいい」
「別に……言う程お人好しでもないさ。 自分にとって嫌なヤツ以外の関わった人間にはソコソコに幸せになってほしいモンだ、自分の心の安定の為にね。 要は利己的なんだよ」
そう言って受け取った酒を煽る。
「随分難しく考えるね」
「……ふん」
「それが利己的だって言うなら、余計な心配をしてもいいかな」
「なんだよ」
ジョッシュは一口上品に酒を飲んでから、口を開いた。
「……ウィレマ・ソーン。 あの子、呪われてるよ」