順調な『同居』生活と、秘密の匂い。
波乱な幕開けもなんのその。
あれから早三日、思ったよりも順調に俺とウィレマの同居は進んでいた。
生活ルールを決めてしまえば、どうということもない。……俺の気持ち以外は、の話だが。
ウィレマは案外快適そうで安心しつつ、やはりムカつくことこの上ない。
(まあ合同演習とかもあったしな……そりゃウィレマにしてみりゃ、あの頃よか全然マシだろうが)
ウィレマと俺の学園生活はお世辞にも快適なモノではなかった。
特待生の俺も妬み嫉みから色々あったが、ただでさえ女で特殊な状況にあるウィレマはその比ではなく、軽微な嫌がらせや陰口は日常茶飯事だった。
悪意を向けられていても、長期休暇中に騎士科の必修科目として行われる合同演習では否が応でもほかの学生と生活を共にせぬばならず、当然危険は予測していた。
その予測通り、事件は起きた。
野営訓練中一部の馬鹿共が結託してアイツを山小屋に引き摺りこみ、無理矢理コトに及ぼうとしたのだ。
幸いウィレマは無事だったが、今でも思い出すと腸が煮えくり返る。
あのことがあったから余計に俺は、あいつを女性として扱うのが難しくなっていた。
俺にできる唯一の気遣いが、『対等な相手として見ること』だったから。
勿論性別は変えられないから尊重した上でだが……恋愛感情という名の疚しい気持ちが混ざると、それ自体なかなか難しい。
学生時代、そういう気持ちはほぼまるっと排除・封印していたと言っていいだろう。
その延長で同居はスムーズにいったものの、これから同棲にスライドすべく距離を縮めるのには、一体どうしていいものか……
ぶっちゃけ全然わからんのである。
──だが、これはこれで。
「ごめん、お待たせ」
「おお、お疲れ~」
仕事終わりにはこうして街に出て、食器や調理器具などの生活必需品を一緒に買いに行って、帰りに飯を食ったり。
夜は夜で風呂上がりの部屋着のウィレマと、今後の展望を話すフリしてくだらない雑談を交わすとか。
昨日は朝メシも作ってくれた。
ウィレマが家事を積極的にやろうとするので『駄目だろ、お前ばっか働いちゃ~。 そういうのは分担だって~』とか言いながら俺が止める様は、もうイチャイチャと言っていいと思う。
俺はあのときどんな顔をしていたのか、想像するだに怖い。事実今日など『だらしない顔をしてるぞ』と先輩にからかわれている。
(……やべーなコレ)
め っ ち ゃ 幸 せ 。
──先のことなどもうどうでもいいッ!!
実のところ、今の本音はこれだったりする。
精々だらしない顔をしないように気をつけねばいけない程度で、なにも不満はない。
(あ、夜だけはちょっとあるか)
ベッドはかなりの大きさだが、当然一緒には寝ていない。流石に色々無理だ。
主に自制とか自制とか自制とか。
初日ソファで寝たあとは野営用の寝袋を持ち込み、俺は居間で寝ている。
「なあアーヴィング、今日も寝袋で寝るつもりか?」
「へっ?!」
街をブラブラと歩いていると、ウィレマが急にそんなことを言い出した。
気遣わしげな顔をしているが、一瞬心を読まれたのかと思った。
「あれじゃ疲れが取れないだろ……」
(あ、それな)
俺はどうにか平静を取り戻し、虚勢で鼻を鳴らす。
「フン、交代制とか言うなよ? それぐらいはカッコつけさせろ」
「いや、せめて簡易ベッドでも買わないかなって」
「ああ成程……」
そう提案したウィレマは、俺の曖昧な返事を肯定ととったらしく、珍しく破顔一笑。
「じゃあ買いに行こう!」
不意打ちか。
可愛いが過ぎる。
「……今から?」
「当然!」
余程気になっていたのか、いつにないノリの良さで腕を引っ張るウィレマに俺は、顔がニヤケないように頬裏を噛むのが精一杯で──
(でも、それだと居間には置けないけど?)
この言葉を飲み込んでしまったのは仕方ないと思う。
「……アーヴィング、順調そうね?」
「お陰様で」
そんな日々が続き一週間が過ぎたある日、俺は閣下のエスコート役兼護衛として夜会任務についた。
夜会自体の重要性が低く、実家の家格と同級生の独身騎士ってだけで選ばれた、簡単で割のいいお仕事だ。
コネって案外大事。
矜恃はあるけどその辺こだわりの薄い俺はお給金の為、存分に七光るのである。
尤も、今夜閣下が俺を選んだ理由は勿論それではない。
「同居とか吐かしているらしいじゃないの」
──コレだ。
閣下は『同居』がお気に召さないらしく、不機嫌さを隠しもしない。
「閣下、お言葉が。 まあ同居ですからね」
「はぁ……アーヴィング、貴方のそういう実直で真面目なところを好ましく思ってはいてよ? でもそんなんじゃ安心できないわぁ~」
「そういえば、初日になにかなさいましたよね? ウィレマがなんかおかしかったんですが」
「あら……まだそんな質問?」
「はい?」
「なにもしてないわ。 していると言うなら普段よ」
なんでも本当は酒にとても弱いらしく、普段ウィレマは閣下の調合した『アルコールの分解を促進する薬』を飲んでやり過ごしているらしい。
「『貴方が受けた以上、命を下げる気はない』とあの子には言ったの。 お酒を飲むも薬を飲まないもウィレマに任せたのだけど、その分じゃ飲んで崩れても大した進展はなかったみたいね」
「……」
含みのある言葉に疑問を抱いたものの、閣下が先の質問に答えたのでそれ以上ツッコめなかった。
(飲んで崩れて尚言えなかったのは、俺に対する信頼のなさか……いや違う)
ウィレマはあの夜、薬を飲まずに酒を飲んだのだ。
言いづらいナニカを言おうとして酒の力を借りたと考えるのが妥当だろう。
──それでも言えなかっただけで。
「閣下のご期待に添えず、お心を煩わせたなら申し訳ございません」
聞きたい気持ちはある。
だが、少なくとも今閣下に聞くことじゃない。
「ですが必ずソレは杞憂に終わりますので」
ウィレマが話したいのに話せないでいるなら、少し考えなければならないが……彼女が話しても話さなくても、俺のウィレマに対する気持ちが変わる訳ではないのだ。
「時間はかかるかもしれませんが、任せて頂きたく存じます」
「……貴方って本当に……」
閣下はなにかを言いたそうだったが、俺の言葉に呆れたような不満げな顔をしたあとで「これだから騎士は」と独り言のように言う。
「全くどいつもこいつも……ユージーンなんてもう6年目に差し掛かってよ?」
「閣下、お言葉が」
……団長も大変らしい。
別に知りたくもない情報を得た。