同棲という名の同居が始まる。
「マジかよ……」
ご丁寧にも独身寮の俺の部屋からは、荷物が既に引き払われていた。
とりあえず新居に向かい、鍵を開けて恐る恐る扉を開けると、ウィレマはまだ来ていない。
代わりにそこには箱に積まれた俺の荷物と、備え付けと言うには豪華すぎる家具一式。
「うわ、いい家具が揃えられてるゥ~」
閣下からの圧をひしひしと感じ、なんとも言えない謎の笑いが込み上げてきて、わざと明るく独りごちる。
──嫁の件で閣下に頭が上がらない団長は、俺に鍵を渡して言った。
『今日は帰って新居を整え、明日からは普通に出勤しろ。 半月の休暇は双方の親に挨拶する気になったら出せ、との閣下からの仰せだ』
第零騎士団はその特殊性から隊での任務よりも個別での任務や他の隊の補助などが圧倒的に多く、仕事は尽きないが任務についてない限り融通は利く。
(明日から休めと言われなかっただけマシか。 ……流石にこの状況からずっとふたりとか、気まずい。 ウィレマは行くとこもないだろうし)
第零騎士団員の癖は強い。
輪の中に入り馴染むのが得意な俺は、皆とそれなりに仲はいい反面、顔すら知らない人もいたりする。
女性騎士もいるにはいるが、そんな俺がよく知らないくらいだ。おそらくウィレマが『泊めて』と言えるような友人はあの中にはいない。
そもそもそういう図々しいこと、仲が良くても言えないタイプだし。俺と違って。
(どーすっかな……)
ウィレマが蒼白になっていたことを思い出すと、若干ではあるが気の毒にはなる。
今日は書き置きでも残し、俺がどこぞに泊まりに行ってあげて、職場で折を見つつ話し合う……とかが、優しくてスマートな振る舞いなんだろうと思う。
だが生憎俺は優しくないので、そんな気はない。
同棲も結婚もする気がなかったのは、俺だって同じだ。ただ俺の方は、ウィレマがそうだからってだけで。
(あんなに嫌がるとか……思い出すと頭にくんなぁ。 あ、ヤベ、ムカついてきた)
ムカムカしながら荷を解いていると、鍵を開ける音。ウィレマがやってきたようだ。
(落ち着け、ここで怒ってはイカン)
「……」
「……」
「……」
「……ウィレマ?」
いつまで経っても入ってこないので業を煮やした俺が振り返ると、ウィレマは玄関で突っ立っていた。手には大きなトランクとバスケットがひとつ。
何故か玄関で止まったまま部屋に入ろうとせず、その代わり盛大に頭を下げる。
「その、ごめんアーヴィング! こんなことになってしまって……!!」
「……」
ムカついてはいたが、謝られるとちょっとどうしていいかわからん。
俺との結婚が嫌というより結婚そのものが嫌なのであり、俺も被害者だと思われている……と一旦感じてしまえば最早怒る理由がないのだ。
「馬鹿、お前のせいじゃねぇだろ」
そう言って深々と下げたままのウィレマの頭をポンと叩き、トランクを運び入れる。
(あーあ……)
いっそ怒ったままの方が色々ぶちまけられるのではないかと思うが、結局こうなる。
今、ウィレマとの婚約匂わせが無くなったときよりもフクザツな気持ちだ。
状況は仕方ないにせよ、本人の意思を無視して強引に関係だけを進めたいとは思っていない。
優しくスマートには出来ずとも、投げ遣りに『殿下の命だから』と言うくらいには紳士でありたいのだ。
わかって欲しいがわからないだろうし、わかられたくもない。
優しくスマートにするのは無理だし、全く優しくしないのも無理。
皆どうやって恋愛してんのか、謎。
「荷物、これだけか?」
「ウン……あとは届いてる。 コレ、閣下から」
「ん?」
バスケットを手渡されて中を見ると、酒とツマミっぽいモノ。
「……よくわからんが、閣下なりの気遣いなのかコレは」
「た、多分」
(飲んで親交を深めろとでも言うのか?)
そんなの何度もしているので、かなり今更である。妙に雑な気遣いだ。
「まあいいや、ちょっと片付けたら飲むか。 折角だから」
酒関係なく無理矢理どうの、という気は最初からない。
だが、ウィレマをなんとか言いくるめ、上手いこと同居には応じさせないと、今後のアイツの生活が不安だ──という見事な言い訳の元、なし崩し的に一緒に過ごすということは決めている。
付き合ってすらいないのだから、同居をスムーズに同棲にするには時間が必要だ。
……結婚以前に、まず同棲のハードルが高すぎな件。
折角なので閣下の贈り物は、その話をするきっかけに使うことにしたのだが。
「ふぐ……ッ、アーヴィングには本ッ当に申し訳ナイ……!!」
「いやいやいやいや、ホラ俺達仲良しじゃない? ね、ウィレマ」
(あっれぇ~??)
──なんでこうなった。
何故かウィレマは早々に崩れ、泣き出してしまった。
何度も一緒に飲んだが、こんなコイツは見たことない。
泣き上戸どころかいくら飲んでも崩れないくらいだったのに、今日は酷く酔っぱらっている。同じ酒を飲んでいる筈の俺は、全くどうということもないのに。
(どういうことなんだ……)
閣下がなんかしたに違いないが、なにをしたのか不明。寮に居たので食器は必要無く持っていなかったが、グラスもカトラリーもバスケットに入っていた。
(もしかして、どちらが摂取しても構わないような某かの薬がグラスの片方に塗られていたのか?)
さりげなくグラスを交換してみたが、どうもなにもなさそうな感じ。
だが閣下が自身の価値を示したのは、魔術を利用した薬剤の精製術。
先のコーエン伯爵の事件もそちら関連だったからこそ、いち早く気付いた閣下伝手で第零騎士団に要請が回ってきたのだ。
……確実に怪しい。
「アーヴィングはいい男だ!! お前にはもっとイイ相手がいるッ!」
「いねえわ馬鹿」
「うう……数少ない友人の輝かしい将来を潰してしまった……」
「聞けよ人の話」
(なんの拷問なんだ……)
ウィレマが普段見ない姿を晒し、しかも褒め倒してくる。泥酔した女に手を出す趣味はないが、それだけにこんなの嫌がらせ以外のナニモノでもない。
慰めて『俺は相手がお前で嬉しい』とか吐かせばいいのかもしれんが、そういうのは嫌だ。
なし崩し的に一緒には住むが、なし崩し的に口説いて身体から関係を作るのをヨシと出来るなら、こんなに拗らせてはいないのである。
「うるせーもうグズグズ言うな! 別にいいだろ、一緒に住むぐらい!!」
結果、キレた。
「あ、アーヴィングぅ……」
「目ん玉かっぽじってよく見ろ! どうだこの素敵な新居を!! 王宮からも騎士舎からも程近く、買い物にも便利で日当たりのいい南向きの快適仕様! しかもこの家具ときた!」
何故か似非不動産屋みたいなプレゼンをし出す俺に、ウィレマも虚をつかれた様子。
自分でもわけわからんわ。
それでもちょっとウィレマが大人しくなったのをいいことに、ただの勢いのまま続ける。
「なあウィレマ……考えてもみろ。 これは任務時の特別給与に縋って生きねばならぬ、安定した安月給の我々にとって、素晴らしいご褒美じゃないか。 そうは思わないか?」
「──た、確かに……?」
「いいかウィレマ、『同棲』だの『結婚』だの、今まで考えなかったことを考えるからオカシクなるんだ。 俺とお前は付き合いもそれなりに長く仲もいい。 そんなふたりが一緒に住むことになった……則ち、これは『同居』だ」
「どうきょ……」
酔ってトロンとした涙目とたどたどしい口調で、ウィレマは反芻する。
(クソ、可愛いかよ)
「そうか……同居……」
「ふっ、ようやく落ち着いてきたようだな。 先のことは今はいいんだ、とりあえずゆっくり、その……距離をさ」
「……」
「いやっ、急にどうこうとかでなく! こう、ちょっとずつって言うか」
「……」
「別にイイ相手がとか言うけど、お前さえ良ければ俺は全然──」
「……」
「……ウィレマ?」
「……」
「…………~~~~ッ!」
寝 と ん の か い !!!!
俺は『寝るなら靴脱いでベッドで寝なさい!』とオカンのようにウィレマを叩き起こし、叱って寝室に誘導。寝室はまだ見てなかったのが、案の定ベッドはひとつしかなかった。
(クソッ、いずれヒイヒイ言わせてやるからな! 覚悟しとけ!!)
心の内でそう下品な罵倒をしつつ、俺は居間のソファで寝た。
我ながら紳士だと思う。