新しい計画。
ルシャール邸にはウィレマの言っていた塔は見当たらない。
それもその筈、ウィレマを本邸に戻す際、ルシャール邸の建て替え移動が行われていたらしい。
現地に付き、いざ下見に向かう直前にそれを知った。
それなりに広いルシャール子爵領で、緑に囲まれた子爵邸の場所が多少移動したところで、街から子爵邸に向かう方向や道は変わらない。
元々古い邸宅だ。改装した、ぐらいにしか思われなかったらしく、また住所も変わらない為、特に記録の変更もないのが災いした。
いくつかの確認や必要な書類の取得をしたあと、宿泊する宿に戻ると俺は忌々しさに舌打ちした。
「それらしい理由はいくらでもつけられるだろうが、タイミングがいやらしいな。 反吐が出る」
「まあそう言うな。 これは使える……しかも物凄くな」
そう言ったバルザックは、新たに計画を練り直そうと言う。
俺の役どころは基本変わらないが、バルザックの役どころは従者から『お忍びで来た隣国の貴族』になるらしい。
「どういうことだ?」
「隣国の貴族事情には詳しいんでね。 俺はここ、南部から隣国に渡った変わり者『ベイカー』の一人になるつもり」
故ベイカー元伯爵は爵位を返上して隣国へ渡り成功しており、それからは徐々にこちらで肩身の狭い思いをしている親族を連れ出した……らしい。
俺はあまりよく知らないが、南部では『裏切り者』としてそこそこ有名だそう。
実際のところ、ベイカー氏の爵位返上は立ちいかなくなった領地や領民の今後を考えての素早い決断だった。運が悪かっただけで、元々頭のいいひとだったんだろう。
その後の立ち回りも上手く、この国との結びつきに一役買ったことで隣国で爵位を得たベイカー氏は、両国的には功労者扱い。
だが南部を捨て、次なる居住地に魔術先進国である隣国を選んだあたりが、こちらでは大きな反感を買ったようだ。
「そんなのになるの?」
「それがいいのさ。 連れ出された親族の中にはガチガチの南部思想がいたっておかしくないだろ? 幸いベイカー氏は既にお亡くなりで、当時30辺りのオッサンらはもうジジイだ。 『隣国で成功を遂げたジジイの最期の望みがこの地での養生隠遁生活で、俺はその願いを叶えにいい場所を探しにやってきた』。 OK?」
そこでうってつけなのが『旧ルシャール邸』。
願いはイイ感じでなるべく叶えてやりたいものの、老い先短いジジイの為に豪華な家を買うのは憚られるし、そもそも買うとなると手続き上のアレコレで、色々面倒臭い。特に『ベイカー』が邪魔をする。
「そんな時見つけたいい物件。 しかも『ルシャール子爵邸』だというのがまた」
数年借りるのには素晴らしい物件。
『ルシャール子爵邸』というのも、差別心の強い南部からの庇護な的意味でうってつけ。
「向こうさんも売る気は流石にないだろう。 疚しいことのある地だし、規模が少々デカイ。 相手の選定が難しく処理をするにもなにかと気掛かりなんじゃないか? 娘が結婚したら住まわせる気でいるとみたね。 家は住まないと痛むし、裕福とはいえ維持費はそれなりに掛かる……そこに数年の貸出、悪くない提案だ」
家賃の他に南部貴族からの庇護のマージンをお約束すれば、win-win……というか、確かに割とオイシイ。
相手は嫌われ者の『ベイカー』とはいえ、実際住むのは南部思想の持ち主で、遠出も出来ないジジイ。
しかも特に関わらない意味での『良い隣人』をお約束いただければそれでいいのだから。
(成程、考えたもんだ)
いきなりの事情からそこまで思いつくあたりに、これまでの場数を感じる。
『アーヴィング、貴方は彼と行動して貰うわ。 ──ザック』
『はいはい』
そういい加減な返事で入ってきた元・バルケスに俺が驚いたのは言うまでもない。
改めての自己紹介と共に「『ザック』の愛称呼びなのに、何故か『バル』の部分を被らせるあたり、意味わからんよな~」とバルザックが閣下の目の前で語って頭を叩かれていたあたりからも、ふたりの絆と閣下からの信頼の厚さが窺える。
だが、具体的に閣下の元でなにをしていたのかが不明だっただけに『ふたりで大丈夫なのか』という不安は拭えなかったが、杞憂だったらしい。
「……ただそれ、上手くいくのか?」
とはいえ突然の事態なのは変わらない。
当然心配にもなる。
だがバルザックは事も無げに言う。
「そりゃもう設定と小道具と演技次第? 俺は慣れたモンだが、心配なのはお前さアーヴィング」
「ぬかせ、俺の外面舐めんな」
「じゃあまずは、小道具作りからと行きますか!」
『裕福な商人子息』という俺の役どころは基本は変わらないが、『友人から相談され、いい物件を探している裕福な商人子息』に微妙に変化した。
小道具は主に書類。そして旅券その他。
設定を詰めながら細かく作っていくので、設定上の道程とのブレはなく緻密。
その出来は素晴らしく、騎士としては逆に戦慄する程。
やっつけ仕事でコレだ。諜報を見抜くことの難しさを感じずにはいられない。
それを言うとバルザックは笑っていた。
「まあそうだろうとも。 ただコレは俺がパトリシア様の犬で、ここが国内だからさ。 他国の諜報員にはできないし、俺が他国を諜報するのも無理……まあ色々あんのよ、防衛にも仕組みが」
当然細かくは語ってくれないが、それなりに防御策はあるようだ。
「だからまあ逆に言うと国内でバレることはない。 というか、詳しく調べりゃ一部にはバレるが問題ないって感じ」
「ああ……成程」
一部にはバレる……おそらく『王家による重要秘密捜査』扱いでスルーされるのだろう。則ちこれは国内ならば偽物であって、本物と変わりない。
(『パトリシア様の犬』か)
そこで新たな疑問が沸いた。
あまり今とは関係ない、バルザックへの。
「──パトリシア様がお輿入れしていた場合、お前はどうなっていたんだ?」
「そりゃ当然、飼い主が変わっただろうね。 俺はこう見えて、他国に旅行するにも色々制限のある身なんで。 リードは長くても、手放しちゃくんないのよ」
「ふーん……」
「なにその目。 俺の実力が信じられない?」
「別にィ」
バルザックは茶化すが、俺が信じられないのはそういうことじゃない。
(隣国からわざわざ連れ帰ったバルザックを、パトリシア様がそう簡単に手放すだろうか……)
俺とウィレマですら共に連れていかれる予定だったのだ。
確かに王家としては元々隣国の魔術師だったバルザックを連れて行くのは危険と考えるだろうが、誓約魔法がある。
今のようには彼を使えなくなったとしても、騎士としての素養も充分にあるバルザックを、パトリシア様が連れて行かないのは、なんだか不自然に思えた。
(大体その為に騎士科に入れたのでは? それとも別に理由があったのだろうか)
俺の疑念を知ってか知らずか、バルザックは軽口を交えながら用意を手際よく終える。
「随分余裕がありそうだな?」
「そんなこともないさ」
ウィレマのことで一杯だが、だからこそなにかが引っ掛かる──勿論、閣下に疑いの気持ちなど持っちゃいないが。
なにか、話されていない事実がある……そんな気がしてならない。
「今は目の前の事に集中するんだな、坊ちゃん」
「言うまでもない。 精々アンタのお荷物にならないようにしなきゃな」
「おお、殊勝な心掛けぇ~」
口笛を吹きそう言うと、バルザックは立ち上がりローブを手にする。
「どこへ?」
「決まってんだろ、呑みにさ。 行く?」
「ちっ、余裕だな……サッサと行ってこい!」
ヘラヘラ笑うヤツを片手で追い払うような仕草で送り出すと、書類に向かった。
(『呑みに』っていうのも実際のところわからないが……まあいい)
悔しいが、バルザックには敵わない。
今俺に出来る最善は、それこそ『お荷物にならないようにすること』なのだ。
閣下の思惑がなんであれ、ここは掌の上で転がされておくべきだろう。
(ウィレマ……なにしてるかな)




