ウィレマの知らないウィレマのこと。③
「この呪い、古代文字と敢えて難解にした術式や、私が独断で動いたせいで解読が遅れたけれど……基本的な原理はそう複雑なモノではないの。 本当は解くことができるのよ。 私じゃ無理だけど、高位神官なら」
「ウィレマが望まなかったから、解かなかったのですか?」
俺の質問に閣下は首を横に振る。
「ウィレマの呪いの術式にはリリイベルの名が刻まれているわ。 ウィレマの言う『もう一人』や私が先程口にした『人工精霊』は、リリイベルが生命と血を賭して刻みつけた自身の残滓……分離させるには正式な手順を用いた洗礼の受け直しが必要になる」
「!」
貴族家に子が産まれた際、半年の間に神殿に赴き洗礼の儀式を受ける。
体内の魔力の形質により、親子の血の繋がりをハッキリさせる為のモノでもあるのだが、高位貴族以外は簡略化することもしばしば。
おそらくウィレマの母であるルヴェール子爵夫人が産まれた際はこれを上手く躱し、実子として家に入ったのだろう、と閣下は言う。
「リリイベルの残滓の浄化の際、リリイベルの魔力の形質も記録に残る。 おそらくこの術の真の目的は、ウィレマ自身が解くことで全ての罪を明らかにすること」
「……だから、ウィレマの肉体を守る必要があった。 でもウィレマは……」
『消したくない』──そう言っていた。
自己の存在への不安を抱えつつも『もう一人』の誰かに感謝すらしながら。
なんだかやりきれない。
こんなの復讐の為育てられた子供が、育ての親に情を持ってしまったようなモノだ。
閣下も気持ちは同じなのだろう。
だからこそ今もウィレマに話せずにいるのだ。
俺が言い淀み何も言えずに黙ると、閣下も顔を少し背けたまま何も言わない。
短く長い沈黙の後、閣下は独り言のように言った。
「……私にはなにをどうするのが正解かわからないの。 ウィレマが騎士を選んだ時から、ずっと」
「……」
話の端々から感じられること。
きっと閣下は、ウィレマの忠誠自体望んではいない。
度々『ウィレマの友人』として非公式で現れるのも、そちらが閣下の本心なのだろう。
(だが……ウィレマの矜持はどうなる?)
閣下が王女殿下だった頃から、恩義はあれどその忠誠こそがウィレマの支えだった筈だ。
閣下のエメラルドを嵌め込んだ様な瞳に、長い睫毛が影を落としている。
朝の強い光か金色の豊かな髪に傾らかな光沢を描く。
目の前で憂いている閣下はこんなにも美しいのに、そこから連想され俺の脳内を占めるのはこれまでのウィレマの姿ばかりだった。
一旦キリのいいところで閣下との話を終え魔塔から出ると、もうそれなりの時間だった。
とはいえ早起きの閣下が迷惑そうな顔をする程、早くに出た俺である。通常勤務の始業時間までには大分余裕がある。
鬱々とした気持ちを持ち越すのは良くない。
ひとつ、大きく伸びをした。
空は快晴。
魔塔横の木陰に建てられた馬留めに繋いである俺の愛馬マキシムは、呑気に草を食んでいて、なんとなく気が抜ける。
(う~ん、一気に情報過多だ)
考えなければいけないことは沢山あるが、ウィレマから結婚の同意は得たのだ。
(……あれは同意とみなしていいんだよな?)
……多分、同意は得た。
得たような気がする。
そんで、閣下には報告もした。
休暇については……俺の実家は兎も角、考える余地がある。
(とりあえずなんかウィレマに買おう、宝飾品を。 確実に身に付けて貰えるヤツ……ピアスがいいな。 確か穴、開いてないし)
俺が開けるとか、考えるだけでゾクゾクするし。
うん、なかなかイイ。
「──アーヴィング!」
ちょっとのんびりしてたら声を掛けられた。
ジョッシュだ。
「よぉ、おはよう」
正直今会いたくないな~とか思っていたのだが、そこは俺も大人だ。普段通りに軽く挨拶をする。
「その……こないだは、ゴメン!」
駆け寄ってきたジョッシュは、挨拶も無しにイキナリ頭を下げ謝罪しだす。
「ウィレマ嬢……いやソーン卿とお呼びすべきだな。 彼女のことはよく知らないのに、不躾な物言いだった」
「……ジョッシュ」
だがまっ先に謝られて、実のところ安堵している。
先日のジョッシュに対しては俺の態度も悪かったとは思うが、今はあまり気持ちに余裕がない。
(いつも通りに振る舞っているつもりだが、全く冷静じゃないな)
もし仮にウィレマに対する嫌なことを言われていたら、もうフリだけでも仲良くするのも無理だと感じていたことに気付いて苦笑する。
「いや、心配してくれたんだろ? 俺も言い方キツかったよな、ゴメン」
「そんな! 謝らないでくれ、悪いのは僕の方だから……確かに心配はしたのだけど、誰だって婚約者を貶められたら不愉快だよ。 それに考えたら閣下が傍に置いているのに、なにか問題がある筈がない。 浅慮だった」
そう言って再び深く頭を下げた後ジョッシュは、顔を上げてからも情けない笑顔でいる。
そして「実は」と小声で続けた。
「……てっきりアーヴィングは、いずれ閣下のお相手となるものだと思っていたから……」
「冗談!」
俺の中では有り得ない事実に、思わず悲鳴じみた声が出た。
多分閣下もここにいたら同じだと思う。むしろ多分、倍以上の感じで文句を付けるだろう。
ジョッシュは「多分僕だけじゃないと思うけど」と前置きした上で、複雑な顔をする。
「ふたりは凄くお似合いで……勝手にそれを理想化してたんだよ。 閣下と比べたらそりゃ誰だって気に入らないってだけで、ソーン卿に特別な悪感情があるわけじゃないんだ。 本当にすまなかった」
「う、う~ん、成程……?」
『お前は俺のなんなんだよ?』と思わないでもない発言だが、コイツにしてみれば俺と閣下に恩があるワケで。
それもなんか仕方ないのかもしれない。
──当然ながら、ジョッシュのことも閣下に尋ねている。
「そういえば……ジョッシュが呪いのことを知っていたようですが、彼もなにか?」
「ジョッシュが?」
(気のせいか?)
その言葉に閣下が動揺した様に思えたが、それはほんの一瞬だけ。すぐに「何かあった?」といつもの様子で聞き返す。
俺は告げ口のようで嫌だな、と少しだけ思いつつも、閣下の様子を見ながら夜会での出来事を話した。




