スカした同僚の表情を変えたくて、とりあえず横抱きしてみた。
コーエン伯爵邸ホールは今、喧騒に包まれている。
伯爵邸象徴である中央のドーム型の吹き抜けから、一段下の天井。そこから下がる、五つ揃いのアンティーク調シャンデリアもブンブンと揺れている。
好事家の伯爵が作らせたというこのシャンデリアは、緻密な計算の元カットされた飾り硝子が灯りを反射し、キラキラと上品に輝くご自慢の逸品らしいが……こうなるともう計算もへったくれもないもんだ。
「御苦労。 ふたりは下がっていい」
「「はっ」」
以前から禁制の麻薬や媚薬の栽培精製の疑いがあったコーエン伯爵。
しかし、なかなか尻尾を掴ませない。
今夜伯爵邸にて開催されたオークションを兼ねた夜会にアタリをつけて行った潜入捜査により、地下では精製した薬物の闇オークションが行われていたと判明し、今に至る。
一応は貴族の端くれである俺と、元貴族の女騎士である同期のウィレマがこうして潜入捜査官として選ばれ、無事解決に至ったワケだが──
それはそれとして。
「ちゃんと送ってやれよ~」
「家に帰るまでがエスコートですからね!」
「送るもなにも、帰る場所は同じところですが」
「チッ……真面目に答えてんじゃねぇ!いくぞウィルマ!」
「お先に失礼します」
第零騎士団の面々が勝手なことを宣う中、律儀に挨拶をするウィレマ。
俺はヤツの手を引き、ぐちゃぐちゃになっているコーエン伯爵邸ホールを出た。
「なにをイラついているんだ? アーヴィング」
「……」
正直俺はウィレマが嫌いだ。
いや、嫌いというと正しくない。
だが、ムカつく。
最初からなんか嫌な女だと思っていたが、このところ特にそれが気になるのである。
コイツは俺と同期ではあるが、ウィレマは学園では淑女科であり、秀才と名高かったのだ。なのに何故か二年に進学の際、異例の騎士科編入……しかも扱いは俺と同じ特待生ときた。
王女殿下に気に入られた結果だが『なら侍女でいいだろ?侍女で』と思わずにはいられなかった。
今日だって所作は完璧で、ドレス姿も……
(その、まあ、うん。悪くないっていうか……いや違う)
「~~~~」
「?」
「……あ~ヤダヤダ!」
なんつーか、嫌だ。
色々嫌だ。
なんとなく嫌だ。
こう俺自身にある、なんか悶々としたモノが特に。
「学生時代、急に編入したお前の面倒を見たのは特待生だった俺だ……そうだな? ウィレマ!」
「なにイキナリ」
「マウントだ!」
「え、そこハッキリ言うものなの?」
(……まあ面倒見たっても、特にこれといってなんもしてねぇけどな)
俺がしたのは稽古をつけてやったり、授業内ではなにかっていうと一緒に組むとか、その程度のモン。
実際に剣術指南をしたの、クルーズ団長だし。
マウントでも取らねばやってられん。
「なんだよアーヴィング、上手くいっただろ。 それともなにか私は良くなかったか?」
そしてさっきの冷やかしに対してもそうだが、ウィレマは冗談が通じないところがある。
クソ真面目というか、ちょっと浮世離れしているというか。
それも気に食わん。
なんで今のが「私が良くなかった」になるんだ。
「別にィ」
「じゃあどうした」
「どうもしねぇっ…………ん?」
玄関先は今騒然としているので、俺はショートカットの為中庭を通って馬車へと向かっていた。
だが石畳になったことでホールでは気付かなかったことに気付き、足を止める。
「?」
「馬鹿お前……『どうした』はこっちの台詞だ……足、どうした」
ウィレマは「ああ、」と苦笑した。
「久しぶりにパンプスなんて履いたから、ちょっと靴擦れしちゃって……だが、問題無かっただろ?」
「……問題? フン」
……こういうところも、いちいちイラっとする。
俺はそのイラつきと共に悪戯心というか、ちょっとした嫌がらせを思い付いた。
「よっ」
「うわぁッ?! なっなに……」
「足、痛いんだろ?」
──横抱き……所謂『お姫様抱っこ』である。
俺はウィレマの靴擦れを理由に、唐突に奴を横抱きした。いつもスカしているウィレマは珍しく動揺し、顔を赤くしている。
「はっ、自己管理がなってないな。 軽すぎだ」
「……ッ!」
そう言う俺の顔はきっと、ドヤ顔だったことだろう。
(ふふふ、ざまぁみやがれ!)
しかし、俺はすぐこのことを後悔することになる。
「い、意味わから……ちょっ降ろし」
「あっ暴れんなって──」
「あ、あっいっ痛ァッ?!」
「えっ?!」
なんと調子に乗って横抱きにしたことで、ヤツの髪の毛が俺のジャケットのボタンに引っかかったのである。しかも毛先ではなく、纏めた部分っぽい。
生憎俺の両腕はウィレマを抱えており、ウィレマも自分では如何ともし難い。
急遽俺は中庭の四阿に向かい、ベンチにウィレマをゆっくり降ろしつつ上着を脱ぐ。
「痛いっ」
「この体勢で俺に捕まってろ」
「うぅ……早くしてぇ……辛い」
「情けない声を出すな! 俺がどれだけ我慢してると思ってるんだ!?」
俺だって変な体勢で腰が痛い。
自業自得だが、痛いものは痛いのだ。
「チッ……なるべく丁寧にやるが……我慢しろよ」
実際はボタンに髪が絡んだわけではなかった。
髪の毛の束を維持したまま髪飾りの留め具の先がボタンの穴に刺さってしまっていたのだ。
……どんな偶然だよこりゃ。
「痛いってばッ! 乱暴にしないで!」
「じっとしてろ! 上手くいくもんもいかんだろ!!」
ウィレマの髪は肩口あたりで切り揃えられている。
短めな髪を無理矢理髪飾りを使用してアップにしているので、逆に髪飾りだけが外れることもないのが、かなりの問題だった。
結局それから10分程掛かって、ようやくボタンから髪飾りを外すことができた。
「「はあ……」」
俺は腰を叩きながら、ウィレマは髪がぐちゃぐちゃな姿でぐったりしながら無言で四阿を後にしたのだった。
翌日の朝。
いつものように王宮内騎士隊舎に赴くも、何故か皆よそよそしい。なんでか尋ねようとするも、その前に団長に呼び出されて執務室に行くことになった。
特になんかした覚えもないので不思議に思っていると、扉の前でウィレマにばったり出会した。
「……もしかして、アーヴィングも?」
「は? お前もかよ」
「私達、昨日なんかやらかしたか?」
「いや……?」
俺らは顔を見合わせたものの、埒が明かないので意を決して執務室の扉をノックする。
入室すると、そこにはなんと元王女殿下であるブレダ公爵パトリシア様がいらっしゃった。
ウィレマは貴重な女性騎士。
経験を積むためにこうして第零騎士団にいるが、主はパトリシア様。パトリシア様の命とあらば勿論どこへでも行く。
すわ、なにかの事件か?!と思えど、隣には俺。
……俺が呼ばれる意味がわからんのだが?
(またエスコート役も必要なのか?)
跪いていた俺達に、団長がソファに座るよう促す。なんでも閣下は「ウィレマの友人」として非公式で来ているそうな。
……余計に俺が呼ばれる意味(以下略)
「貴方達……水臭いじゃないの……」
扇を広げ、抑揚なく閣下はそう言う。
だがその麗しきご尊顔からは(見える限りでだが)、興奮を抑えた感じが隠し切れていない。
「「……はい?」」
この数分後、俺とウィレマは絶叫した。
なんと昨夜の一連の出来事で、俺とヤツは四阿で結ばれたことになっていたのだ。