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009 逃げられるのかしら?(他視点)

 私が前世の記憶を取り戻した時、きっとあのお茶会で私の婚約者であるグェナエル=フォン=ヴァンダム=ロジェデュカス様は、ランジュミューア様に恋をしたのでしょう。

 10歳の令嬢と令息が学校に入るまでにある、唯一の社交の場。王城で行われるお茶会に初めて彼女が現れた時、全ての視線があの子に集まった。

 淡い花びらのようなピンクブロンド、真珠のように滑らかで白い肌、ぱっちりとした琥珀色の眼、プルンと艶やかな薄ピンク色の唇。

 幼いながらに、理知的な雰囲気を持つ彼女を見た瞬間、妙に懐かしいと思って話しかけたかったけれど、私と彼女の家は派閥が対立しているため、話しかけるのを躊躇ってしまった。

 そしてあの時、私をあの場にエスコートした、当時12歳のグェナエル様は彼女に恋をした。別に家の決めた婚約者候補だったから、特に何の感情も抱いてはいなかったけれど、どうしてか、あの子に恋をしたグェナエル様に対してどこか自慢のような、そんな気分になったことが、その時は不思議で仕方がなかった。

 革新派の同い年の令嬢の中では、ランジュミューア様は一番家格が高く、同派の子女の中心で穏やかにほほ笑んでいた。

 じっと見ていたせいかもしれないけれど、その時ふと目が合った。

 そして私は、その目を知っていると確信した。

 お茶会が終わっても、私はランジュミューア様のことが忘れられず、それはグェナエル様も同じだったようで、私とのほぼ決まりかけていた婚約をけって、ランジュミューア様に婚約を申し込んでほしいと言い出したほどに惚れこんでしまったらしい。

 もっとも、それは叶わずに結局私と婚約してしまったけれど。


 そしてあのお茶会の夜、夢の中で私は前世の記憶を思い出した。仲のよかった妹のことも全部、そしてこの世界が乙女ゲームの世界だということも、思い出してしまった。

 美結、それが前世でのあの子の名前。ミューちゃんと呼んでいた。紅蘭、それが私の前世での私の名前。ランちゃんと呼ばれていた。

 私は前世では男だったけど、今はもう女の自分を拒否するつもりはないし、男だった記憶があっても、なんというか、そういう映画を見ていて感情移入している、そんな感じに思っている。

 だけど、あの子は違う。ランジュミューア様は、私のミューちゃんに間違いない。私の勘がそう告げているし、もしそうなら、あの子はこの世界を舞台にした乙女ゲームの、悪役令嬢役となってしまう。

 ヒロインの成長を助けるための対決を、勝負を、試練を出すサポート役のような悪役令嬢なのに、婚約者を奪われて、最後には森の中の家に閉じ込められてしまう。

 私も似たようなものだけれど、私は家に軟禁されるという結末。

 もっともそれはオリジナルゲームでの結末。あの子が死んだ後に発売されたゲーム、悪役令嬢の愛と成長、というコンセプトで発売されたゲームで、あの子は、ランジュミューアはヒロインになる。

 オリジナルヒロインに婚約者を奪われたものの、罪には問われず学校に通うランジュミューアが傷ついた心を癒しつつ、愛を見つけていくというゲーム。

 あの子が出来なかったから、私が、俺がクリアした。

 聖女となったオリジナルヒロインがいる学園で、彼女に様々な勝負や対立を仕掛けていたというだけで、ランジュミューアは孤独だった。ヴァランティーヌという友人がいたからこそギリギリ、自分を保てているぐらいに、ぎりぎりだった。

 そこでランジュミューアは攻略対象に出会っていく。

 古代学の教師、歌唱の教師、神殿の神官、そして隠しキャラの実の兄、実際は国王の隠し子。

 あの子が、ミューが苦しむ姿は見たくない。もう死んでいなくなった苦しみを味わいたくない。私の、俺の半身だったあの子が、美結が死んだとき俺の心も死んでしまった。

 続編のゲームを終えて、俺は…多分死んだんだ。心はずっと前に死んでいたから、役目を終えた体も死んだんだと思う。覚えてないから、多分そうなんだと思う。

 とにかく、王城のお茶会でランジュミューア様を見つけて思い出して、もう一度会うのを楽しみに学校に行った。あの子ともう一度仲良くなって、楽しく生きていくことを夢見ていたのに、あの子は学校に来なかった。

 病弱な令嬢という噂はあったけれど、入学の緊張からか眩暈と貧血、そしてこれは噂だったけど、嘔吐もしたと聞いて、やりやがったな、と確信した。

 あの子が嫌なことから逃げる常套手段だった。貧血持ちで眩暈は良くしていたけど、口に指を入れて吐くと手にタコが出来るから、それだとわざとだとバレるからと胃を押し上げる方法で吐く。それはあの子が究極に嫌なことから逃げる手段だった。

 きっとあの子も思い出したんでしょうね。自分が悪役令嬢役なんて、嫌に決まってるし、あの子は続編のゲームを知らないから、逃げ出したんだわ。

 あの子のいない学校で、私が女生徒のまとめ役になったことも嫌だけど、あの子がいないのが一番嫌だった。

 ふとした瞬間、あの子がここにいればいいのに、って思ってしまって落ち込んでしまうこともあった。

 そんな時、あの子が魔法使いの才能を開花させたと、その為修行に入って学校には来ないと決まったと聞いた瞬間、愛しさ余って憎さ100倍という状態になってしまいました。

 もっともそんな感情は、あの子を見れば吹き飛んでしまうんでしょうけどね。

 顔にまで魔法使い独特の模様が現れているとか、植物系の魔法だけれど、薔薇を召喚するぐらいしか出来ないとか、いろいろ噂が飛び交っているけど、どれも確実なものじゃない。

 所詮は噂だもの。でも、このままもう会えないのかもしれないと思って、お父様にお願いしてあの子が学校に登校するよう働きかけてもらったわ。

 もし駄目なら尼になる!婚約も知らない!家を出て冒険者になる!と叫んだらあの子の父親に働きかけてくださったわ。

 元々、あの子の父親も学校に行かせようとしていたらしいから、背中を押した感じになっただけだと笑われてしまいました。

 対立派閥とはいえ、我が家は中立寄りですので、そこまで決定的に敵対しているわけではなかったので助かりました。


 やっと会えたあの子は、校門の前でずっと立ちすくんで、最初は具合が悪いのかと思いましたが、顔を見て理解しました。

 逃げようとしてやがる、と。

 やっと校門に入ったあの子に向かって、私の存在を主張するように、前世での兄だと理解してもらえるように声をかけます。


「ランジュミューア様!やっと来ましたのね!」

「……だれ?」


 覚えてやがりませんですね。わかってましたけどね。お茶会の時に挨拶を少しした程度の少女の顔、なんて覚えてませんわよね。


「ヴァランティーヌ=エジュリ=マルブランシュですわ!以前王妃様主催のお茶会で一度お会いしましたでしょう!」

「……もちろん覚えてますわ」

「今の今まで忘れてましたでしょう!」


 今更遅いですが、まあいいですわ。

 この子は前世もこんな感じでボケ属性でしたものね。


「お久しぶりですわね。お元気そうで何よりですわ」

「そちらも、病弱だとか魔法の才能が開花したとか噂は聞きますが、息災のようで何よりですわ。それで、長々と校門の前から動かないかと思えば、急に足を速めて何を考えてますの!」

「早く入学式の会場に行こうかと思っておりますわ」

「ではご一緒いたします」

「え」

「何か問題でも?」

「いいえー」


 嫌そうですけど、私が一緒にいたほうが何かと都合がいいですわよ?

 ミューちゃんには見えてないでしょうけど、今まさに後ろでオープニングイベントが起こっていて、(風のせいで)抱きしめ合った二人が体を離して体勢を整えて、こちらに向かってこようとしておりますもの。


「あんまり遅いと、背後で貴女の元婚約者と風にあおられて抱き合っていた、ヒロインオーラ全開の妹さんと元婚約者さんに追いつかれるかもしれませんね」

「ちゃっちゃかまいりましょう。ところでヴァランティーヌ様?」

「なんでしょうかランジュミューア様?」

「乙女ゲームに興味はありましたか?」

「正確には妹にやらせられてた。当時兄でしたけれど関係なく強制的に」


 男が乙女ゲームとか悶絶ものでしたので、よ~~~~く覚えておりますとも。なんでしょうね、なんで乙女ゲームの攻略対象は、あんなに鳥肌ものの台詞を言えるんでしょうか?声優とかすごいですよね、前世の私は大爆笑でした。


「後でじっくり話しましょうか」

「ちなみにランジュミューア様、貴女は兄に乙女ゲームのフラグを回収させる手伝いをさせた記憶は?」

「ほほほ、記憶にございませんわ」

「後でじっくり話し合いましょうか」


 ばっちりしっかり記憶を取り戻している感じですね。これはきっと、夏と冬の同人誌イベントにつき合わせたことも覚えてますね。あの寒かったり暑かったり、女子の中で男一人注目浴びたり、島を絨毯爆撃させられたりした恨みは、しっかり覚えておりますわよ。

 それにしても白タイとは流石ですね。1年間森で引き籠もりしていたとはいえ、頭はいいですものね。

 ところで、私を見て何やらニヤニヤしていますが、ぶん殴りたいのですが、淑女として我慢いたしましょう。


「ぶふっ」

「何を考えたかわかりますが、お黙りやがりませ。自分の胸を見て興奮する趣味はありませんわ」

「脳内を読まないでくださいます?」

「顔に書いてありました」


 自分の胸と体を見て興奮するとか、ナルシストじゃないので無理ですわよ。前世が男でもこの体で13年間生きてきているのですから、というか、今は女ですので、男性の体を見る方が恥ずかしいです。

 前世では見飽きていますが、今世ではそんなことありませんものね。

 それにしても、やはりこの子は逃げる気満々で森に引き籠もっていたのですね。引っ張り出して正解でした。

 前世では恋愛ごっこのようなものをしていた気配はありませんでしたので、今世では幸せな恋愛をしていただきたいと前世の兄は願っているのです。

 ついでに私も幸せな恋愛とまではいきませんが、幸せな家庭を築きたいものです。

 その点でいけば、ミューちゃん観察を共通の趣味と出来れば、グェナエル様とは楽しい夫婦生活を過ごせるかもしれないと思うのですよね。

 ん?あらいやですわこの小娘、さり気なく頸動脈を押さえようとしてますわね。


「体調不良になっても、保健室に連れていくだけだから。休学とかさせないから」

「くっ!」

「得意の気絶をしてもこの私が、善意で、起こして差し上げますので安心してくださいませ」

「ぐぬぬっ」


 やっぱり気絶しようとしてましたか。まったくもって逃げることには全力を出すんですから、変わりませんね。

 前世でも引き籠もりにならなかったのが不思議なぐらいに、逃げの一手でしたわよね。そのくせ変なカリスマ性があって人気はありましたけど…。

 またこの子の歌が聞きたいですね。続編ゲームのイベントでは、神殿で歌を歌うイベントがありましたし、歌は上手なはずなのですよね。

 でもその続編の乙女ゲームからも全力で逃げるのなら、この私は全力でそれをサポートいたしますわよ。かわいいかわいい、妹の為ですもの。

 もし冒険者になるなら、後援だっていくらでもして差し上げます。グェナエル様を誑かしてヒロインちゃんに攻略されないようにしてもいいです。

 あの方はいまだにランジュミューア様に恋をしておりますので、付け入れる隙は無いはずです。家柄じゃなく自分を見てほしい、というタイプの闇ですものね。

 そんなもの、この私がさっくり取り去って差し上げました。

 家柄で結婚するなら、私はとっくの昔に家出してでも白紙にさせてる。グェナエル様だから楽しい夫婦生活がおくれるかもしれないから婚約しているんだ、と申し上げました。

 それと、前世が男ですので、男が喜びそうな態度とか言葉はわかるんですよ。ですので、グェナエル様はランジュミューア様に恋をしつつ、私との信頼関係はばっちりです。ヒロインちゃんに付け入る闇はありませんよ。

 まあ、「家が嫌ならお前が家を出ろよ!一人じゃ何にも出来もしないくせに!わがまま言ってんじゃねーよくそが!」なんてちょっと淑女らしからぬことも申しましたが、おかげで良き関係が築けております。

 さて、入学式で遅刻者がいないか、席に座れずに迷っている方がいないか、見回りをしながら少し遅れて、バスティアン様と会場に入ってくるヒロインちゃんことアレクシア様の姿が見えます。

 ミューちゃんは程よく前の方で両側が埋まっている席に着席しましたね。流石抜け目がありません。

 アレクシア様はキョロキョロとしてミューちゃんの姿を探していますね。これは姉を慕う妹の行動なのか、私のように記憶がある転生者で、陥れようとしているのかどちらでしょうか?

 今のところはオリジナルの乙女ゲームのままですよね、春一番のような風で馬車から落ちかけたところを攻略対象のだれかと、助けてもらう形で抱き合ってしまうというイベント。あれはわざとらしさはありませんでしたし、偶然という感じでしたよね。

 それよりも、私としてはその風で起きたイベントよりも、風でひらめいて見えたミューちゃんの生足に、男子生徒の視線が集まったほうが気に入りませんでしたね。

 まあ、後ろにいたメイドが周囲の男子生徒を睨みつけて牽制しておりましたが、あのメイド、今は会場の壁際でおとなしくしていますがただものではない気がします。

 護身術ぐらい身に付けてそうですよね。

 結局アレクシア様は後ろの方の列に座りましたが、左右が男子生徒ですね。わざとなのかそこしか見つけることが出来なかったのかは不明ですが、両側の男子生徒が見とれていらっしゃるようで、なによりなのではないでしょうか?

 ミューちゃんのほうは、左右の女生徒と何か会話をしていたようですが、後ろからではわかりませんね。

 後ほど壇上に上がることもありますので、その時にお顔を確認させていただきましょう。乙女ゲームにはサポートキャラもおりますのでそのキャラでしたら、ミューちゃんの邪魔になってしまうかもしれませんものね。

 さて、白タイのバスティアン様とグェナエル様ももちろん会場におりますが、ヒロインであるアレクシア様ではなく、視線は悪役令嬢役であるランジュミューア様に向いておりますわね。グェナエル様はわかりますが、バスティアン様までどうしてでしょう?

 乙女ゲームの中では、社交辞令的な交流しかない、己のことを理解せず、ただ家のためにのみ自分と婚約をしているランジュミューア様のことを、バスティアン様はあまり好ましく思ってはいなかったはずです。けれど、魔法使いとなり婚約を白紙にする話には、なかなか頷かなかったと聞きますし、手放すとなって惜しくなった、というパターンなのでしょうか?

 だとしたら厄介ですね。ミューちゃんの好みではないので、好意を持つことはないでしょうが、ランジュミューア様としては、いずれ義弟になる可能性もあるバスティアン様を、邪険には扱えないはずですものね。

 流石に、教師であるエジッヴォア先生は興味がなさそうですわね。スランプ中の天才画伯ですが、ヒロインによってインスピレーションを受けて復活するというストーリーでしたわね。時計塔でのイベントシーンか神殿でのイベントシーンか、選択肢で変わりますが、時計塔のイベントのほうが好感度があがりますし、連続したイベントの発生には結局時計塔のイベントが必要なので、神殿でのイベントはおまけ要素のようなものですね。


 さて、続編乙女ゲームの攻略対象のことを考えないといけませんわね。

 歌唱授業教師の、ベルナルダン=コロネル=ブランヴィル様。有名な歌手でありオペレッタの役者でもいらっしゃる。歌唱授業は、肉体作りから始まる過酷な内容とも言われているし、喉をつぶす人や血を吐く人もいるという、芸術クラスの中でも飛び切り厳しいもので、ほとんど受講者はいないと聞きますわね。美しい歌声のランジュミューアに、そしてたゆまぬ努力をする姿に惹かれていくというストーリー。

 古代学授業教師の、ルイクロード=アルマン=バティストル様。研究者で古代文字の権威でいらっしゃるお方。授業の教師ではあるけれども、ほとんどを自分の研究に費やすため、一切教育をしないと評判で、受講者は毎年ほとんどいないとも言われております。古代文字に興味を持ったランジュミューアと共に研究を進めていくうちに、パートナーと認め合っていくというストーリー。

 神殿住まいの神官、レジス=ドゥラゲール様。神の神託を受けることの出来る有能な神官であり、新しく赴任してきた神殿の主。敬虔な祈りを捧げるランジュミューアの姿に心を打たれ、神への信仰との狭間で悩みながらも、共に神を敬うというランジュミューアの言葉に救われ、愛するというストーリー。

 そして隠れキャラ、リングフィアル=フォン=シャロンジェ=デルジアン。国王がメイドとの間に設けた子供で、同時期に生まれたスティーロッド様のこともあり、隠し子として国王の信頼する臣下であり、ちょうど子供を流産してしまった妻のいるデルジアン侯爵に託した。本人も知らず、実の妹への思いは家族愛なのだと自分に言い聞かせながらも、悩んでいく。そしてそのことに気が付いた父親に真実を明かされ、ランジュミューアに告白するというストーリー。

 オリジナル乙女ゲームが少年の心の闇を描く恋の物語なら、続編の乙女ゲームは自分との闘い、板挟みの思い、そして純粋な愛を描いたものだったと記憶しています。

 前世の私は、俺は続編の乙女ゲームのほうがやりやすかったと思う。女の子が好きそうな甘い台詞よりも、苦しんだり現実を見直す台詞が多く、ヒロインになったランジュミューアも甘い言葉ではなく、自分という存在の成長を求めるという内容だった。


 考えているうちに壇上に上がる時間となり、白タイである私たちの紹介が始まる。生徒自治会という生徒の自治を促す役目を持つ白タイの私たち。もちろん1年生も白タイは生徒自治会に入りますが、それは学年に慣れたころ、一か月後になります。その間に校内のことをよく見て、慣れて、自分なりにこの学校を捉えるのが、1年生で白タイとなった生徒の役目です。

 ランジュミューア様も、アレクシア様も白タイですが、オリジナル乙女ゲームとは違い同学年ですので、生徒自治会で同じグループになることはないでしょうね。

 ヒロインであるアレクシア様は攻略対象たちと一緒のグループになるでしょうし、もしかしたら私もそちらのグループになるかもしれませんわね。でも出来るのでしたら、ミューちゃんと一緒のグループになりたいものです。その方がずっと一緒に過ごせますものね。

 そういえば、授業の選択に迷う方に道を示して差し上げるのも私どもの役目ですね。これに乗じてミューちゃんの授業内容を確認するのも良いでしょうね。

 私は1年の時に修得してしまった授業もそれなりにありますので、同じ授業を選択してもクラスが変わってしまうかもしれませんもの。

 1年の白タイが壇上に上がり、自己紹介が始まります。はじめはミューちゃんですね。


「ランジュミューア=リル=ユルシュル=デルジアンと申します。諸事情により1年遅れての入学となり、皆様より1歳年上ですが、気兼ねなく接していただければと思います。また、ご存知の方もいらっしゃると思いますが、すでに魔法使いとしての才能開花をしておりますので、御覧の通り、常に仮面をつけておりますことをご承知いただければと思います。本日より3年間、皆様と共に学べることを嬉しく思っております」


 自分の状況を的確に教えつつ、それでいてしっかりと自分に気軽に接してほしいという思いを感じる素晴らしい自己紹介ですわね。この学校は選択式授業ですし、1歳の差なんて大したことはありませんもの。きっと皆さま気になどしませんわ。

 その後男子生徒3人の自己紹介の後に、アレクシア様の自己紹介が始まりました。


「アレクシア=エル=シリエル=デルジアンです。姉と共に入学出来たこと、心強く思っておりますが、いつまでも姉に頼らず自分の力で立てるようになりたいと思います。皆様と力を合わせて3年間を過ごしていきたいと思いますので、よろしくお願いいたします」


 かわいらしい自己紹介ですが、姉であるミューちゃんには頼らない、というようにも受け取れますので、あまりいい自己紹介とは言えませんね。ミューちゃんを孤立させるつもりなのでしょうか?いいえ、それよりも会場の皆様の反応を見る限り、少し戸惑っている方が多いようです。

 そうですよね、ここでは自己紹介、つまり白タイとしての今後の自分の活動なども紹介しますのに、そこで姉であるミューちゃんを孤立させようとする考えが見え隠れしておりますものね。

 オリジナル乙女ゲームにはこのようなシーンはありませんでしたので、とっさに出た言葉なのかもしれません。

 全員の挨拶が終わり段上から下がって残りの挨拶や祝辞を消化すれば、1年生は選択授業の申請をすることになります。

 会場に移動すれば、1年生が集まり相談などをしながら選択授業を考えていますね。もっとも、家族や兄弟から事前に言われていることもあるでしょうし、時間はあまりかかっていないようです。

 人ごみの中から、ミューちゃんを見つけるとアレクシア様と話しているのを見つけて少し様子を見ていると、アレクシア様がミューちゃんの受ける授業の偵察をしているようですが、ミューちゃんはうまくはぐらかしているようです。

 アレクシア様が離れたところで近づいて、授業の選択内容を見ますと、随分少ないですね。


「あら、先ほどおっしゃってたのと随分違う内容ですこと」

「まあヴァランティーヌ様。気が変わりましたのよ」

「予定は未定と申しますものね」


 もっとも、しっかりと古代学と歌唱の授業を選択しているのは、世界の強制力というものなのでしょうか?

 いえ、ミューちゃんは前世でカラオケが好きでしたし、その影響かもしれませんね。古代学も魔法使いになり古代文字を学びたいという思いからかもしれません。

 薔薇の花を出すという魔法だそうですけど、薔薇なのは前世の影響でしょうか?……まさかそんなことはありませんわよね。


「歌唱の授業はカラオケとは違いますよ」

「もちろんわかっておりますわ」

「随分時間が余りますし、重なった時は一緒にお茶でも致しましょう」

「よろこんで」


 いろいろと話したいですし、前世でミューちゃんがいなくなった後のことは…話さない方がいいでしょうね。きっと気にしてしまいますので、前世の恨み言でも話しておきましょう。

 それにしても、こうしているとなんだか昔に戻ったようで楽しいですね。昔も大学講義の選択で悩んで話したり、放課後に時間を合わせて、ラーメンを食べに一緒に行ったりもしました。

 本当に仲が良かったんですよ、私たち。

 それにしても、他の人にはわからないのかもしれませんが、考えていることがまるわかりですよ。

 前世との性別の違いについてはもう乗り越えました。ついでに1年間で女子中学生に抱いていた夢とかも壊れました。

 もっといい香りのする「うふふ、おほほ」な世界を想像してましたのに、どろどろじゃないですか。女のプライドって、男のプライドよりも怖いですわよね。

 リボン一つの質の違いで嫌味大会とか、小姑ですか?小物や香水が被ったからって言い争いとか、本当に勘弁していただきたいものです。


「お姉様!…ぁ」


 戻ってきたアレクシア様が、私達を見て一瞬口の端がニヤリとしましたね。なんでしょうか?

 オリジナル乙女ゲーム的に見れば、悪役令嬢その1とその2が揃ってる場面ですよね。

 何かイベントがあったという記憶はありませんけど、私たちが揃っていることが嬉しいとなると、やはり転生者なのでしょうか?

 そうなるとちょっと厄介ですね。婚約は白紙になってますので、ミューちゃんがアレクシア様に対決を申し込む理由はなくなりますが、転生ヒロインが何かをでっち上げるとか、そういうのがお約束なのだと前世妹であるミューちゃんが言っておりました。

 もっとも、ミューちゃんは関わる気がないようですので、そそくさと用紙を提出してこの場を離れていってしまいました。

 私も一緒に離れて出来れば昼食を一緒に取りたいのですが、白タイのお役目としてまだ此処にいないといけません。


「あの」

「はい、なんでしょうか」

「お姉様とお知り合いなんですか?お友達だったりしますか?」


 ふむ、何と答えるべきなのでしょう?まあ本当のことを言うべきですね。


「今朝校門でお会いして、先ほどは選択授業で迷っているようですので、お声をおかけしたのです。貴女、アレクシア様でしたわよね。もう申請が終わっているのでしたら、昼食を取りにいかれるとよろしいですわ。学食などは混んでしまうと席を探すのに苦労致しますもの」

「あ、はい。……あの、本当にお姉様とお友達じゃないんですか?」

「今後そうなれると嬉しく思いますが、どうしてそんなにこだわるのでしょうか?」

「お姉様は魔法使いになられましたので、その…お友達が出来ないんじゃないかって思ってまして。あっ違うんです!魔法使いでもお姉様は決して怖いとか危険とかじゃないんです!お花を出せるぐらしか出来ないから!本当に危ないとかじゃないんです!でも、お顔に蔦の模様が浮かび上がってしまったからそれを気にしてるようですし、私、心配なんです。ですからもしお友達だったら、あのお姉様にもお友達が出来たって思うと嬉しいと思って」

「そうなのですか」


 一見姉を気遣っているように聞こえますが、思いっきり貶めてますね。これはあれですかね、必死に姉を思う健気な妹とか、そういう演出でしょうか?

 私の中ではこのアレクシアさんはヒロインちゃん、転生者で決定ですよ。まあ、ミューちゃんにはもっと確実な証拠をつかんでからお話ししますけど、警戒しておきましょう。

 ハーレムエンドとか狙ってたらグェナエル様も狙われますね。まあ、別に構いませんけど、その場合の悪役令嬢で私も引っ張り出されそうですし、謹んでお断り申し上げたいですよね。

 まあ、もし私に何かしてきたり、ミューちゃんに何かして来たら、女性としての尊厳を木っ端みじんにさせる程度のことはしてあげますので、かかってこいという感じです。

 まあ、その時はその時です。


「同い年ですので、お友達になることもあるかもしれませんわね。それに、魔法使いでお花を出せるなんて素敵ではありませんか。そういえば、お恥ずかしい話ですが先ほど近づいたときに良い香りが香ってきて、うっとりとしてしまいました。あれが魔法で出せるお花の香なのでしょうか?薔薇のようですし、私は好きですわ」


 花の薔薇が、好きです。


「そうですか」

「では私はこの辺で失礼します」


 他の生徒に助言をしながらアレクシア様をなんとなく観察していると、グェナエル様に近づいているようですね。

 授業内容の確認をしているようですが、確か倫理学の授業が被るのでしたわね。領主や当主になる方には必須の授業ですし、その妻となる立場の令嬢も選択することの多い授業です。なので、毎年いくつかのクラスに分けられるのですが、恐らく一緒のクラスになるのでしょうね。世界の強制力的なもので。

 絵画の授業もおそらくはエジッヴォア先生のクラスになるでしょうし、ダンスの授業ではバスティアン様とご一緒になるのでしょうね。

 そういえば、バスティアン様は本日は学食の方に見回りというか、助言に行っていたはずですが、ミューちゃんと鉢合わせなければいいのですけど、どうなのでしょう?

 あの子、運がいいのに、変なところで運が悪いですものね。


「はあ。まいった」

「あらグェナエル様ってば、どうなさいましたの?可愛らしいご令嬢に質問されてよかったではございませんか」

「そのかわいいご令嬢が花姫ならよかったが、あれはなんだ?倫理学は通常の座学だという説明で十分だろう、それに俺も今年初めて選択するのだし、授業の内容など詳しくわかるはずもない。なのにしつこく何度も…」

「それはお気の毒に。でも前お話ししましたけれど、私は貴方の恋愛事情に関与するつもりはございませんわ。婚約の白紙もいつでもどうぞ」

「勘弁してくれそんなことをしてみろ。俺は家から追い出されるぞ。息子は俺だけじゃないんだからな」


 グェナエル様がどうしてミューちゃんに一目ぼれしたのか、そしていまだに想い続けているのか。それは単純な一言。『家が関係するなら、私は貴女たちと話しませんわ』と、そう令嬢に言い放ったあの言葉を、グェナエル様は聞いていた。

 そんなミューちゃんなら自分を見てくれると信じているし、噂で身分で人を差別しないという話を聞いて、さらに想いを募らせている。

 本当に、単純な男ですけど、攻略対象なんてそんなものなのかもしれませんわね。私たちの年代なんて所詮中二病という時期ですもの。

 皆いずれ黒歴史になるんですのよ。今の私も……黒歴史になるのでしょうか。前世では黒歴史がありましたものね……。

 失恋でカラオケ5時間とか、前世妹よ、よく付き合ってくれたものですね。まあ、あの恥ずかしいラブレターを公表するとかいう悪質な女性に告白したんじゃない分よかったです。されてたら死ねます。

 あ、前世の俺死んだんだった。まあ、失恋が原因じゃないですけどね。


「そのことを忘れないのであれば、まあ…そのうち私経由でランジュミューア様とお話が出来るかもしれませんわ」

「本当か!」

「ええ、だって私と同じ授業がありますもの。古代学」

「は!?あんな授業放棄する授業を?止めなかったのか?」

「魔法使いですもの。古代文字を研究するには古代学がよいのでしょうね。あとは歌唱授業を選択しておりました」

「止めろよ!レディベル先生の授業だろう?彼女のあの華奢でか弱い体に何かあったらどうする!」


 いや、森で1年暮らしてたし大丈夫でしょう。サバイバル生活とは言いませんけど、森の暮らしを1年出来る令嬢がか弱いとか華奢って…。夢見る男ですよねえ。まあ、夢を見てればいいんですよ。女の子なんて中身は砂糖とスパイス、それと素敵な何かで出来てるわけじゃないんですよ。

 もしくはスパイスが強烈なんですよ。うふふ……。

 さて、授業選択は皆様終わったようですわね。私も昼食にいたしましょうか。

 学食もこの時間になれば空き始めるでしょうし、今日の定食はカルボナーラですのでそれにいたしましょうか。

 学食に行く途中、随分気落ちした様子のバスティアン様とすれ違いました。なんでしょうね、何かもめ事が起きて、それを上手に解決出来なかったのでしょうか?同じ年頃の子女ですので、家の派閥なども関係してうまくいかないことも多々ございますものね。

 そんなことを考えながら学食に入ると、入学式で隣同士だった少女たちと一緒に食べているミューちゃんがいました。

 ふむ?もしかして、声をかけようとしたけれども無視されたというところだったのでしょうか?元婚約者に声をかけるのが悪いとは言いませんが、タイミングという、ものがございますわよね。

 こんな場所で声をかけたら、元婚約者同士ということで注目を浴びてしまうでしょうし、いけませんわね。

 予定通りAランチを頂きながら学食全体に目を向けていると、やはり席は派閥で綺麗に、とまではいきませんがそれなりに分かれておりますね。

 この年なのに家の関係を気にしないといけないなんて、本当に面倒ですわ。でも、私はミューちゃんとお友達になります。

 お友達?……前世妹とお友達というのもなんだか違和感ですわね。姉妹のように過ごす方がしっくりきますわね。


「今日は入学式でしたか」

「あら、レジス様ごきげんよう。学食でお食事とはお珍しいですね」

「そのような気分でしたが、席があいにく空いていないようなのでご一緒してもよろしいでしょうか?」

「ええ、もちろんですわ」


 レジス様は普段は学食で食べないか、時間をずらすのですがお珍しいですね。

 私の向かいに座られたので視線の向きを追ってみれば、ミューちゃんを見ているではありませんか。

 すでにミューちゃんに目をつけているのでしょうか?あなどれませんね。


「彼女が魔法使いの才能を開花させたという少女ですね。神のお声を聞いたともうわさで聞きました。まさに神に愛されている、というべき少女なのかもしれません。魔法使いでないのなら、いえ、魔法使いでも、ぜひ神官になるようお勧めしたいところです」

「あいにく、彼女は神学系の授業は選択していないようでしたので、神官になる気はないのではないでしょうか」

「それは残念です」


 本当に残念そうですわね。邪な感情があるようには感じられませんので、純粋な気持ちで神官にお誘いしたいと思っているのでしょうね。

 だからこそ、続編乙女ゲームでは神への信仰と、ランジュミューアへの愛の間で揺れ動いていたのでしょうね。

 レジス様はほとんど表には出てきませんが、それは神のお声、神託を聞くためとも言われております。

 けれど、シナリオが進むとランジュミーアの歌を聞きに、よく礼拝堂に下りてくるのです。そこで育まれていく愛の物語は素晴らしいものでしたが、だからこそ、苦く苦しいものでもありましたね。

 続編乙女ゲームには、オリジナル乙女ゲームにはない苦しみもありました。ご都合主義という部分もありましたが、どちらかと言えばヒロインであるランジュミューアの物語というよりも、攻略対象の物語を進めていくようなシナリオでしたね。


「魔法使いに神の言語、というものは関わり深いという話もありますし、もしかしたらお話や助力を得るために、レジス様をお訪ねする機会もあるのではないでしょうか?それに、彼女は古代学で古代文字を学ぶそうです。歌唱の授業も選択しておりましたので、呪文の詠唱をするのに歌も影響を及ぼすという学説もありますもの、彼女なりに魔法使いとして努力しているのでしょうね」

「そうですか。目標をもって学ぶ姿は美しいものです」

「ええ、本当に」


 本当に、ミューちゃんは、ランジュミューア様は高潔だと思う。オリジナル乙女ゲームでヒロインに対決を申し込んだり試練を与えたのだって、クリア出来るぎりぎりのラインのものだった。決してクリア出来ないものではなかったし、出来なくてもランジュミューアがフォロー出来るものだった。

 だから、オリジナル乙女ゲームの最後、婚約破棄の場面で彼女が断罪されるイベントは、多くのユーザーに不評で、だからこそ続編乙女ゲームが作られたのでしょうね。

 オリジナル乙女ゲームの登場人物は、ほんのわき役としてしか登場せず、ランジュミューアが一度、ほかの生徒からの評価を落としたところから始まる物語。

 下剋上ではない、成り上がりでもない、あれは復活の物語だった。


「私は、ランジュミューア様のために助力を惜しまない気でおります。白タイだからではなく、会って間もないのですが、妹のように思えてしまえて、かわいくてしかたがないのです」

「貴女がそのように目をかけるとは、よほど才能にあふれる少女なのでしょうね。それにしても魔法使いであるためでしょうが、選択した授業は個性的なもののようです。もっとも、神は乗り越えられない試練はお与えになりません。彼女もきっと試練を乗り越えることでしょう」

「乗り越えられない者は、悪に落ちるのですものね」

「善と悪は常に隣り合っているものです」

「そうですわね。では、私は食事が終わりましたので先に失礼いたしますわ」


 ミューちゃんも既にいなくなっておりますし、観察する者もおりませんものね。

 今日はもうこれで白タイの役目は終わりですが、攻略対象であるレディベル先生やルイクロード先生にはお会いしてませんね。

 どうせルイクロード先生は部屋にこもって、古代文字の研究でもしているのでしょう。古代文字研究者の間では有名人ですが、学校では変人で通っておりますわね。

 瓶底眼鏡、あれさえなければ人気が出るのでしょうけど、あの眼鏡を外すと美青年!というお約束の設定ではなく、平凡なお顔ですが、実はルイクロード先生は風系の魔法使いなのです。

 目の中に模様が浮かんでいるので、あのような眼鏡をかけているという事実が攻略中にわかるのですわ。

 ルイクロード先生のシナリオは苦く苦しいものではなく、ロマンスにあふれたシナリオに近いのかもしれませんわね。

 共に学び、高め合わなくてはならないパートナーとなっていくシナリオは、イケメンぞろいの乙女ゲームが多い中でも、中々に高評価を得ていました。

 レディベル先生も、ランジュミューアの歌にほれ込んでともに己を磨き合うパートナーとなりますが、その才能に嫉妬するという場面もあり、ランジュミューアの苦しみというよりも、レディベル先生の苦しみと成長のシナリオでした。


 さてはて、オリジナル乙女ゲームからは全力で逃げているようですが、ミューちゃんは続編乙女ゲームから逃げられるのでしょうか?

 私は逃げることに協力は惜しみませんが、無理なんじゃないかと思っておりますよ。

 だって、ミューちゃんはとっても魅力的な女の子ですもの。

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