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008 兄様は過保護です

 学校からさほど離れていない家に帰宅いたしますと、真っ先に兄様が出迎えてくださいました。

 現在はお仕事をお休みして、私に付き添ってくださっておりますが、恐らく裏ではお仕事をしているのではないかと思っております。

 お父様が持ち込んでくる書類とか、スティーロッド様が持ってくる書類がいい証拠です。あれが持ち込まれると、兄様のお部屋の明かりが夜遅くまでついておりますので、私には知らせずに仕事なさってるんだと思います。

 そんな兄様ってかっこいいですよね!


「兄様!ただいま戻りましたわ」

「おかえりランジュ。授業はどうだった?変な虫に絡まれたりしていないだろうね?」

「授業はいろいろありましたが、虫…えっと、攻略対象の方とお話をしましたのよ。ご報告しようと思っておりますので、お茶を飲みながらでよろしいでしょうか?」

「なんだと!ああ、もちろんだとも。ケーキを焼かせておいたから、それを食べながら話をしよう」


 兄様が手を差し出してきたので、その手の上に私の手を乗せて家の中に入ります。

 現在住んでいる家は石造りの家となっておりまして、貴族が愛人を囲ったりする、平民から見れば豪華な感じの家です。

 基本的な構造は、ログハウスと変わりませんので問題はありませんが、やはり植物で作られた家のほうが落ち着くのは、魔法の属性が関係しているのでしょうか?

 ともあれ、リビングで兄様の横に座ってお茶とケーキを楽しみながら、今日あったことを余すことなくお話しいたしました。

 前世兄ことランちゃんのことはもうお話ししておりましたので、兄様は少し嫉妬しているようでしたが、今世の兄様は兄様だけですので、何の問題もないと申し上げたら、とても喜んでくださいました。


「俺は芸術系は、絵画ぐらいしか選択しなかったからな、歌唱の授業がそんなことになっているとは知らなかった。武術も体術ではなく剣術だったし、基本文官を目指していたから、領地経営関係や座学だったからなあ、アドバイスがあまり出来なかったのは申し訳ないと思ってる。しかし、古代学の授業はランジュにぴったりのようでなによりだ」

「はい!課題も出されてしまいましたが、来週までに一文を翻訳すればよいので、ゆっくりやってみますわ。私、選択している授業数がとても少ないので、登校しない日もございますでしょう?その間は家で今までのように研究をしようと思います」

「ああ、古代文字については、王室図書館に行くのもいいかもしれない。その時は一緒に行くから遠慮なく言うんだよ」

「ありがとうございます」


 学校の資料よりも、王室図書館のほうが資料が豊富にありますものね。とはいえ解釈が複雑な古代文字に関しては、専門家が傍にいてくださるといいのですが、ルイクロード先生を勝手にお呼びするわけには参りませんものね。

 王室図書館の本は基本的にお城からの持ち出しが禁止されておりますし、王城にある休憩所などで勉強するしかありませんわね。


「とりあえず、植物に関する文字を集めてみようと思っておりますの。組み合わせで全く別の植物になってしまうものもありますし、難しいとは思いますが、3年かけて学ぶにはよい課題だと思っております」

「3年間古代学を選択するのかい?」

「ええ、珍しいことではありませんでしょう?」

「ああそうだが…男の教師で、話を聞くに随分親し気な感じを受けたからな、ランジュに何かないかと心配だ」


 あらまあ、兄様ってば過保護でいらっしゃいますのね。ルイクロード先生は研究者という感じで、色恋には興味はないと思いますわよ。

 それに古代文字を研究なさってますし、私の研究内容との相性は良さそうですわ。魔法陣についても詳しいような印象を受けましたし、ランちゃんは来年には卒業してしまうので、3年目は2人っきりの授業の可能性がありますわね。

 そうなりますと兄様の心配もちょっと、まあ、気になりますけれども、大丈夫でしょう。

 私としては瓶底眼鏡の下のお顔が気になります。お約束のように美青年とかでしょうか?それとも「3」の形の眼とか、想像するだけでワクワクしますわね。

 体術の授業は型の練習が基本のようですからいいとして、歴史学と外国についての授業は、兄様に聞く限り暗記系の座学ですわね。薬学と植物学も暗記系の授業のようですので、やはり一番ハードなのは歌唱の授業でしょうか。

 森での体力づくりだけでは足りなかったということですわね。これではもし冒険者さんについて世界をめぐる際に、足手まといになってしまいます。

 これを機に体力づくりを強化するのもいいかもしれませんわね。

 そうそう!兄様にあの前世の国民的体操をお教えして一緒にするというのもいいですわ。

 兄様も文官のお仕事で体がなまっているかもしれませんもの!

 あ、ガーデニング用にお庭も作っておいたのでした。ハーブの種は植えましたが、森の中ではないので、成長促進の魔法を使うわけにはいきませんわよね。

 それにしても、ハーブの多くが雑草と言われているのには驚きました。でもそんなものなのかもしれませんし、民間療法から発展した部分もあったようですので、貴族の中では香りのいい草はともかく、ほかの草は雑草となってしまうのかもしれませんわね。

 でも、成長促進が出来ないので収穫に時間がかかってしまいます。香草焼きとか好きなのですが、しばらくはお預けですかしら。


「あ、採集しに行けばいいのですわね」

「ん?」

「植物の研究用に、森に草木を採集しに行くのもいいかと思いましたのよ」

「なるほど。それなら俺も付き合うよ」

「よろしいのですか?では次のお休みの日に、お付き合いいただいてもよろしいでしょうか?」

「ああ、いいとも」


 番犬の狼も連れていきましょう。そういえば、狼ちゃんと呼んでおりまして名前を付けておりませんでしたわね。

 どんな名前にしましょうか…。コロとか?前世兄に私にはネーミングセンスがないと言われておりましたが、コロってかわいいと思いますのよ?

 あ、でもこの世界でコロって古代語で何か意味があったような気がしますね…なんでしたっけ?思い出せませんが、あまりいい意味ではなかった気がします。

 では別の名前のほうがよろしいですわね。

 狼ちゃんは銀色の狼なので、ギンとか…は流石にそのままですからシルバー?うーん、しっくりきませんわね。


「兄様、狼ちゃんの名前をそろそろ決めてあげたほうがいいと思うのですが、どんな名前がいいでしょうか?」

「名前なあ…。もう有る気もするけど、ランジュの好きな名前でいいと思うぞ」

「コロとかギンとかシルバーというのぐらいしか思い浮かばなくって」


 私が思い浮かんだ名前を言うと、流石に兄様も顔を引きつらせてしまいました。やはり私にはネーミングセンスがないのでしょうか?


「名付けるのって難しいですわね」

「そうだなぁ。ペットの名前ならともかく、あれは魔狼だから、名前を付けるのは契約に等しいから慎重にしなさい」

「そうですわよねえ」


 それが理由で今まで狼ちゃんと呼んでいたのですものね。

 あの子は私が最初に手懐けた子ですので、一郎とか?でもそれでは芸がありませんものね。


「……アインス」

「ん?」

「前世のある国で1を意味する言葉です」

「ア=イン=スという古代語の意味を知っているか?」

「いえ」

「『我に服従する獣』という意味だ」

「まあ、それはぴったりですわね」

「または、『付き従う友』という意味もある」


 これにも解釈の違いが発生しているのですね。古代文字、古代語というのは難しい学問ですのね。


「どちらの意味でもよいのではないでしょうか?名前はアインスにいたしますわ」

「うん、いいと思う。ランジュにしてはいい名前だ」


 あら?今世の兄様も私にネーミングセンスがないと思っているような気がしますけれど、どうしてでしょう?私はいつも一生懸命名前を考えておりますのにね。

 確かに、実家の庭に迷い込んできた鳥にピヨちゃんと名付けたり、猫にニャンゴロウと名付けましたが、一生懸命考えましたのよ。

 とにかく狼ちゃんは、今後アインスちゃんと呼ぶことにいたしますわ。


「お嬢様、若様。そろそろ夕食の準備をいたしますが、何かリクエストはありますか?」

「魚がいいですが、今からですといいものは手に入りませんわよね。明日に期待しますわ。今日はお肉のあっさりしたものがいいですわ。オレンジがありましたわよね?あれで煮込んでいただけますか?」

「かしこまりました。若様は何かリクエストはございますでしょうか?」

「ほうれん草のスープ、卵を混ぜたやつが美味しかったのでそれが飲みたいな」

「承知いたしました」


 森で暮らしていた時は、わりとサバイバル生活だったりしておりましたので、食材は街に出て買うこともありましたが、森の中で現地調達も多かったので、その癖がどうにも抜けませんわね。

 お刺身も食べたいのですが、川魚のお刺身はいまいち、と前世で聞いたことがありますので無理ですわね。けれども鮭ならなんとかなるかもしれません。

 この国の欠点は、海のものが手に入りにくいということですわね。もっとも、海の植物でも私の知識に有れば召喚出来るのですけれど。モズクとか美味しいですわよね。兄様は最初に見た時「ゴミ?」とか言いましたのよ。昆布もワカメも、私が食べてやっと食べてくださいました。

 しいたけも好きなのですが、菌類なので私には召喚出来ませんので、街で購入するしかないのですが、ないのですわ。この国では栽培されておりませんので、森で見つけた時は神に感謝しました。

 というか、きのこ類を食べる習慣があまりない感じがしますわね。好きなんですけど、きのこ。

 菌類も操れるようになればいいですのに、植物の女王っていってもままならないものですわ。

 そういえば、1年以上ステータスを見ておりませんでしたわね。どうなっているのでしょうか?

 頭の中でステータス画面のようなものを思い浮かべると、1年前と変わった部分がございますね。


【ランジュミューア=リル=ユルシュル=デルジアン

 種族:人間

 性別:女

 年齢:13

 称号:侯爵令嬢・転生者・植物の女王・歌姫の卵


 STR:15

 DEF:17

 DEX:29

 AGI:31

 INT:89

 MND:77

 LUK:63


 スキル:

  植物の女王(植物を操り使用出来る)

 従者:

  アインス(魔狼人)】


 歌姫の卵というのは歌唱授業を受けているからでしょうか?力や防御力器用さなんかも上がってますし、森での生活のたまものかもしれませんし、加齢による成長かもしれませんね。

 ところで、アインスのところに魔狼人ってあるんですが、あれですか?人間の形になれるとかそういう存在だったりするんでしょうか?

 狼のほうがもふもふでいいと思いますので、見なかったことにいたしましょう。


「兄様。魔狼人という種族はご存知ですか?」

「ああ魔狼の進化した姿とも言われている。狼人という種族ともまた違うそうだ。生まれながらに魔法を使える魔狼の進化した姿だからな、もれなく魔法使いとなる。……で、アインスがそれの可能性があるのか?というか今ステータスを見たっぽいし、そうだったのか?」


 バレバレですか。


「そうですわね。アインスの横にそのように記載がありました」

「ふむ。まあ、主人であるお前が命じなければ、人型になることもそうそうないだろうし、気にすることはないと思うが……。後でじっくり話し合う必要があるな。あと家に入らないようにきつく言いつけておこう」

「そうですわね、泥が付いたまま入られると困ってしまいますものね」

「………そうだな」


 兄様には何か別の考えがあるようですが、泥が付いたままベッドに入られるのは、本当に困ってしまうんです。洗濯が大変ですものね。

 特に雨の日にもぐりこまれると、私の寝間着まで濡れてしまいますし、大迷惑なのですわ。


「では、私はお料理のお手伝いをしてまいりますわ」

「期待している」


 最初は兄様も私が料理をすることに、少し思うところがあったようなのですが、森での生活で一か月もしないうちに慣れてくださったようです。

 今では兄様も薪割をしたりと案外たくましく、間違いなく通常の貴族子息の枠からは外れている気がいたしますわ。

 キッチンに行くと、鶏肉の下準備は終わっているようですので、私はオレンジを絞って漬け込む汁を作ることにいたします。

 オレンジのしぼり汁だけですと酸っぱいので、砂糖も加えて水を加え、果肉が入らないように布で漉してオレンジジュースの完成です。

 あ、果肉の方はあとでデザートに使いましょうね。


「では開始しましょう」


 まずはお鍋に鶏もも肉を入れて焼き、両面に焼き色を付けます。そこにきざんだニンニクとオレンジジュースと白ワインを入れて煮込んでいきます。

 煮込んでいる間に、先ほどの果肉を使用してデザートを作りましょう。

 スープはもう一人のメイドのルイーズが準備してくださるそうです。

 地下室の冷凍庫から氷の塊を持ってきて、小太刀を取り出してガスガス砕いていきます。かき氷機があれば便利なのですが、ないので人力ですよ。これって思う以上に疲れてしまいますが、兄様のためだと思えば頑張れます。

 程よく砕けた氷に先ほどの果肉を混ぜて、混ぜ混ぜしつつ、いい感じのところではちみつをたらします。

 食べている間に溶けてしまうので、これは地下の冷凍庫に入れておきましょう。食後のデザートの際に持ってきてもらうことにします。

 そんなことをしている間に、いい感じに鶏肉が煮込まれました。スープも出来上がったようなのでサラダを作りましょうか。

 森に居た時は私が育てた野菜を使っていたのですが、今は街の市場で買ってきています。兄様曰く私が作った野菜のほうが美味しいらしいですが、きっと兄様への愛がこもっているからですね。

 野菜を召喚してもいいのですが、いまいち味が落ちる気がしてしまって、やはり育てたほうが美味しい気がします。

 あと、召喚しすぎると微熱が出てしまったりしますので、あまり頻繁には出来ませんものね。

 そういえば思ったのですが、氷を作る魔法と風を操る魔法を使うことが出来れば、いつでもかき氷が味わえると思うんです。私の植物の魔法もいいですが、そういう魔法も素敵ですよね。

 いい商売になりそうです。

 この世界にかき氷はありませんからね、アイスクリームもシャーベットもありません。

 氷はありますが、野菜などの保管用に使うだけで食べるという発想はないそうです。まあ、私は食べますし、アイスティー作るのに使いますけどね!

 兄様も、最初見た時は目を見開いて驚いていました。食べるものじゃない!って怒られたんですよ。別にお腹を壊したわけじゃないので構わないと思うんですが、しばらく兄様の監視が厳しかったです。

 まあ、暑い夏に涼をとる手段ですし、割とすぐに受け入れてくれましたけどね。アイスクリームも作りたかったのですが、あいにくその時間がなかったのですよ。今年の夏は挑戦してみるのもいいかもしれませんね。

 ちなみに、この食事の知識も門外不出です。スティーロッド様も大変お気に召していましたが、何があるかわからないから、家の中でのみにしておけと言われてしまいました。

 この国の貴族って、夏でもホットの紅茶や飲み物を飲むんですよ。すごいですよねえ…。まあ汗をかいて涼むという方法もありますけど、私は遠慮したいです。

 オンリーヌと、兄様の侍従のアナクレットはほかの雑用、お風呂の準備ですとか、寝具の準備ですとかをしております。兄様は、多分私に隠れてお仕事をしているのでしょうね。


「ルイーズ、盛り付けなどはお任せしますわね。私はダイニングに来るように兄様を呼んでまいります」

「かしこまりました」


 通常、使用人と家人が一緒に食事をとることはないのですが、ログハウスの時から、出来るだけみんなでいただくようにしております。手間が減りますし、皆で食事をしたほうが楽しいですものね。

 もっとも、そのせいで私と兄様が食事をしている間に、寝具の準備をするということが出来ないと言われてしまいましたが、その分食後はリビングでのんびりしているので許していただきたいところです。

 そういえば、家事はそれなりにさせてもらえるようになったのですが、洗濯はさせてもらうことが出来ません。干す作業と畳む作業はお手伝い出来るのですが、洗う作業は手が荒れるので、と断られてしまいました。

 ハンドクリームを作ろうと思ったのですが、材料的な問題で保湿効果のあるオイルを混ぜたクリームもどきをオンリーヌとルイーズにお渡ししております。

 なかなか好評ですが、これも門外不出になっております。クリーム自体はあるのですが、クリームというよりは油に近い感じのものなので、私は使いたくありません。


「兄様、お食事の準備が出来ました。ダイニングにお越しくださいませ」

「ん、わかった」


 兄様のお部屋に声をかけるとすぐに返事が返ってきましたが、いつもならすぐに開くドアが開かないので、きっと中でお仕事をしていらっしゃるのでしょうね。

 隠していても私にはわかっておりますわよ。ウフフ、兄様は王城でもきっと頼りにされる素敵な文官でいらっしゃるのですもの。

 そういえばお父様は伝説の文官でしたっけ?宰相補佐を断ったとか……兄様もそのようにはならないといいのですが、私のために休職しているのに鑑みると、そういうこともあるかもしれませんわね。


「つまり!私が兄離れをしなければいけないのでしょうか?!」


 あ、思わず声に出てしまいました。


「その必要はない!!!!!」


 バーンと大きな音を立てて、兄様がお部屋から出ていらっしゃいましたね。


「いつも言っているだろう。お前が魔法使いになって嫁に行かなくても、俺がお前を養うと。もし俺が結婚しても気にすることはない。妻の条件はお前を大切に出来る女だ!」

「素敵なシスコンですわ兄様!」


 こんな兄に嫁いでくれるご令嬢がいるとは思えませんが、跡継ぎの兄ですし需要はきっとありますわね。万が一兄に嫁が来なくても、養子を取ればいいですし。


「何の問題もありませんわね!」

「なんにも問題ないとも!」


 最悪の場合は妹もいますので、あの子が男を捕まえないとか、ヒロインですしないでしょうから、多分子供も産むでしょう。

 私は魔法使いということもありますし、結婚するかは微妙なところですよね。婚約も無事に白紙になりましたし、正直これから探すとか面倒です。

 カロリーティア様は、馴染みの冒険者さんといい感じだとスティーロッド様がおっしゃってましたし、私もいつかそういう方が現れるかもしれませんわね。

 ああでも、お父様と兄様という、親ばかシスコンの壁を越えてくれなければいけませんし、そのような強者はいらっしゃいますでしょうか?というか、ツッコミ役が必要ですわよね。

 我が家の使用人三人はツッコミしてくださいませんし、兄様の暴走に私一人のツッコミではおいつきませんもの。


「そういえば兄様、先ほどは言い忘れていましたが」

「なにかな?」

「昼食の際にもの言いたげなバスティアン様をスルーいたしましたわ」

「なるほど、よくやった」


 やはり兄様もスルーすべきと思いますのね。私の行動は間違ってはいませんでしたわ。


「彼は義理堅い人間だからな、婚約が白紙になったことを気にしているのかもしれないし、代わりにアレクシアとの婚約が調いそうなことで、ランジュが気にするのではないかと思っているのかもしれない。だが、それは無用な気遣いとわからせるためにも、今後も彼とは距離を置くべきだろう。オトメゲームとやらもあるし、あまり関わらない方がランジュの為だ」

「そうですわよね。私もそう思います。けれど、アレクシアはバスティアン様だけではなく、エジッヴォア先生とグェナエル様とも楽しくお話ししておりました。もしかしたら私と同じ転生者かもしれないと、考えてしまうのですが、早計でしょうか?」

「今のところは何とも言えないな。幾分ランジュを陥れるような発言をしているようだが、これも予定調和というものかもしれないし、世界の強制力でそうなっているのかもしれない」

「そうなのですか」


 話しながらダイニングに行くと、既に食事の準備が済んでいました。普通は順番に食事が出てくるのですが、皆で食べるのでデザート以外は全部一気に出されています。

 そもそも、フルコースを食べるわけではございませんし、これで十分です。

 私の突飛な行動ですが、使用人の3人には転生者ということをお伝えしておりますので、わりと受け入れてくださってます。

 まあ、記憶が戻る前からも多少突飛な行動…、使用人と分け隔てなく接するなどしていましたので、転生者と言いましたら妙に納得されてしまいました。

 さて、今日の食事ですが、美味しく作れておりますね。時折血抜きが甘くて血なまぐさかったり、生煮えだったりするときもあるんですよ。竈とか火加減が難しいんです。

 前世のキャンプとかぐらいしか火おこしの経験ありませんし、というかそんな物覚えてませんし、初めは火の扱いが大変でした。刃物の扱いよりずっと大変でした。

 前世の世界は本当に便利だったのですね、思い知らされます。そういえば前世兄はキャンプとか好きでしたよね。私はインドアでしたけど前世兄はアウトドア派でした。

 夏にキャンプに連れていかれたり、海に連れていかれたり、登山に挑戦させられたり、雪まつりだとか言って連れまわされたり、スキーだスノボだのいって連れまわされたり……思い出しただけで疲れますね。

 まあ、夏と冬のイベントにはお付き合いいただきましたので、構わないのですけど。ええ、女子の中に並んでいた前世兄を見た瞬間、日ごろの恨みが消えましたとも。

 今世兄様はインドア派ですので、私と気が合いますね。そういえば乙女ゲームのイベントには、アウトドア系のものもありましたが、それには私ではなくヴァランティーヌ様が登場してましたっけ。

 なるほど、インドアイベントはランジュミューア、アウトドアイベントはヴァランティーヌ様が悪役令嬢として活動するわけなのですね。

 私はしませんけどね。

 そういえば、今の今まで忘れておりましたけど、車止めのところでした小芝居のその後はどうなったのでしょうか?

 私が立ち去るまでは確実に私が優勢でしたが、もしアレクシアが転生者で、女優の才能があったらあそこから大逆転しているかもしれませんね。

 それはそれで見物なのですが、やはり早くランちゃんに結果を聞きたいところです。

 明日からの学校での行動ですが、今日は授業初日ということもあり、まったり過ごせましたけど、明日からは考えて行動しないと、アレクシアや攻略対象者と鉢合わせしてしまうかもしれませんよね。

 基本は図書室にこもるのもいいですが、その場合図書室でのイベントに巻き込まれるかもしれませんし、そうなると神殿で過ごすのもいいかもしれませんね。

 アレクシアが時計塔を選んでいる以上、神殿でのイベントは発生しませんから安全な場所のはずです。

 それに人気がない時は今日のように一人カラオケが出来ますものね。

 それにほら、私ってば敬虔な日本神道の信者でしたし、神様に祈るのは得意なんですよ!


「というわけで兄様、学校の神殿の神官様にお会いしたいのですが、どこにいらっしゃるのでしょうか?」

「まったく理由はわからないが、神官様なら神殿の2階部分の、居住スペースにいることが多いんじゃないかな。でも、今年から赴任したお若い方だから、十分に気を付けるんだぞ」

「まあいやですわ。神官様と何かあるわけがないではありませんか。時間をつぶすのに使用させていただいたり、ピアノをいじらせていただく許可を頂きたいだけですわ」

「そうか?まあ、普段は居住スペースにいるが、朝の礼拝時間と夕方の礼拝時間は下に下りてくるだろう」

「然様ですのね。では明日の朝にでも行ってみますわね」


 兄様は何でもご存じで素晴らしいですわね。ところで、今日のサラダのソース、なんだか苦いですわ…。

 調合を間違えてしまったのでしょうか?メインの鳥のオレンジ煮が美味しいだけに、サラダが少し…。けれどもスープは美味しいですし、全体的には大丈夫ですわね。

 今日のソースは、確か玉ねぎを使用したオリーブオイルベースで、薬草を入れているはずなのですが、薬草を入れすぎたのでしょうか?青臭いというより苦いのですが、薬草の味が強いのかもしれませんね。


「兄様」

「ん?」

「サラダのソース、失敗して申し訳ありません」

「何を言っている!健康に効きそうな味だぞ!何よりもランジュの愛を感じる!」

「そ、そうでしょうか?」

「ああ!」


 兄様の言葉に、良薬口に苦しという言葉を思い出しました。けれども、今度ははちみつを入れて味をまろやかにしてみるのもいいのですが、以前にはちみつを入れすぎて甘ったるいソースになったこともあるのですよね。

 ルイーズは料理も出来ますが、コックのようにプロではないので補助がメインですものね。ここは前世の知識を活用して私が頑張るしかありませんわ!

 そうそう前世の知識を活用すると言えば、ログハウスの時から仕込んでいるものがありまして、果実酒です。

 前世の日本では酒税法が厳しくて、作るのをためらっておりましたが、この国にはそのようなものはありませんので、森にある果実などで仕込んでおります。

 梅のようなものと、レモンのようなものと、オレンジのようなものと、カリンのようなものと、ぶどうのようなもので作っております。

 運ぶのにちょっと苦労しましたが、そろそろ飲み頃かもしれませんね。

 あ、この国では12歳からお酒を飲んでも大丈夫です。なので私は法律違反してませんよ。前世の日本ではお酒は20歳になってからですけどね。

 この国のお酒はウイスキーやウォッカが主流となっており、ワインはそこまで流通しておりません。果実酒も、もちろん珍しい部類に入ります。

 炭酸水を作って割って飲むのが好きなのですが、まず炭酸水を作るのが大変ですよね。クエン酸と重曹と砂糖と水。単純な材料ですが、重曹がなかなか見つかりません。

 パンがあるのですから簡単に手に入ると思ったのですが、なぜでしょうね?

 私はウイスキーを水割りでいただくのですが、氷を入れてキンキンに冷やしております。

 兄様は常温でそのままストレートで飲みます。お酒に強いってすごいと思います。ちなみに、1Lぐらいウイスキーを飲んでも兄様はちょっと足元がふらつくぐらいで、二日酔いにもなりませんでした。

 お父様もお酒には強いそうなので、血筋ですね。

 でも私はウイスキーの水割り一杯でポワンとしてしまいます。これはきっと飲み慣れてないからです。そうに決まっております。

 食後のデザートを持ってきてもらって、皆でいただきましたが、これは大好評でした。かき氷もどきですけれど、苦労して削ったかいがありましたわね。

 食事を終えるとルイーズたちが片づけに入りますので、私と兄様は暖炉のあるリビングに移動します。この時期に暖炉は使いませんけど、冬には活躍してくださると思います。


「兄様、学校の神殿は古い建物ですが、2階の居住スペースに不便はないのでしょうか?」

「あの学校には教員用の寮があるだろう?食事などはそこでするそうだし、寝泊まりだけなら問題ないだろう」

「今更ですが、どうして高位貴族専用の学校なのでしょうね?下位貴族と平民は同じ学校だったりしますでしょう?そこまで大きくない国ですのに、わける意味があるのでしょうか?」


 ずっと疑問に思っていたのですよね。


「そもそも、高位貴族ってのは伯爵位以上だろう。そこまでの爵位だと国の重要な役職に就くことも多いし、魔物との戦いの指揮を取ったり、先頭に立って戦ったりする場合もある。つまりは、そういう人材の養成を目的とした学校だったんだ。それまで下位貴族や平民に学校というものはなかったんだが、国民の教育水準や人材発掘というものを目的に、300年ほど前に下位貴族や平民にも学校に通うという文化が広まったんだ」

「なるほど。養成所と言われると納得出来る部分もありますわね」

「我が国では王立だが、他国では宗教が先導している国もある。まあ、我が国は宗教と王家が親密というか、がっちり手を組んでいるからな。ずっと昔は宗教戦争というのもあったらしいが、今は主神とそれを支える神々を奉る宗教で落ち着いてるな」


 宗教が政治に絡むと戦争が起きやすいとも言いますわよね。けれど人民をまとめるのに宗教は便利とも言いますし、どこの世界でも難しい問題ですわ。


「まあ、下位貴族以下の学校はな、高位貴族の学校とは全くの別物だそうだぞ」

「そうなのですか!?」

「入学時点から専門分野に分かれていたり、1年で卒業してしまったりと、まあ教育内容が違うんだろう」


 雇用側の教育と、雇用される側の教育内容が違うとか、管理者と職員の仕事内容が違う、みたいなものでしょうね。

 私ども高位貴族は管理者側ですので、そういう教育も含まれますのよね。まあ基本的にそういう教育は各自の家ですませますけれど、学校は社交の場と趣味の場になっている気がしますわ。

 けれど、領地経営ですとか、文官や武官を目指したりとなれば、専門的な教育も必要ですので、そう考えると学校は必要ですわね。

 私は魔法使いですので、正直なところ90%趣味のようなものですけれど。


「けれど、古代学で古代文字を学ぶのはいいのですが、本当に難しくて、魔法陣に組み込むまで何年かかるかもう予想が付きませんわ」

「古代文字は難しい分野だからなあ。いっそ現代語で魔法陣を作ったほうがいいんじゃないかい?」

「だって、古代文字のほうが魔力伝達がいいとも聞きますもの…。私はどのような魔法かまだ判明しておりませんし、研究するに越したことはないと思いますのよ」

「それはそうだがな、数十年かけてる人もいるのだし、独自の魔法陣を作るのもいいと思うぞ」

「うーん、呪文ですと長くなりますし、恥ずかしいですし、魔法陣がいいのですが、魔法陣に文字を組み込むのは難しいですわよね」

「魔法使いの課題だな。カロリーティア様なんて魔法陣を使えないから呪文のみで何とかしてるそうだしな」

「羨ましいですわ」


 古代文字が象形文字に近いのなら、日本の漢字でもいい気もするのですけど、この世界に漢字なんて文化ありませんものね。

 まあ、どこかの国には似たようなものがあるのかもしれませんけど、少なくとも今まで読んだ文献にはありませんでしたわ。

 そういえば、日本語を書いてみたり発音してみたりしましたが、この世界の方には理解出来ないようでした。

 私は頭の中で話している言葉を理解出来ているのですが、耳で聞くと意味不明です。わかりにくいですよね?なんというか、脳内の言葉と発している言葉がちぐはぐ、という感じです。

 自分の口から謎言語が出てくる感じで、すごい違和感でした。

 あ、文字は理解出来ましたよ。数字はこちらと同じですが、やはり漢字と平仮名、片仮名は謎の文字とこちらの人は思うようです。平仮名にいたっては絵を描いているのかと言われてしまいました。

 まあ、確かに象形文字から変化したものですので、ある意味では絵を描いているのかもしれません。

 漢字を魔法陣に組み込むというの試してみましたが、この世界で認識されていない言語のせいか、発動してくれませんでした。

 そうなるとやはり古代文字がよいのですよね。けれども解読も解釈も難しいですし、本気で数年がかりになりそうですわ。


「あら?」

「どうかしたか?」

「いえ…」


 そういえば、能力判定の時に聞こえてきた言葉は日本語ではなかったでしょうか?


「兄様、能力判定の時に何か声とかをお聞きになりましたか?」

「いいや。ステータス板が出て来ただけだったぞ」


 なるほど、通常は聞こえないものなのかもしれませんね。となりますと、前世の日本語が神の言語の可能性もありますわよね。

 なるほど、それに関しては考えたこともありませんでしたわ。

 神殿で神官様に聞くか、確か神学の授業もありましたわよね。来年、選択してみるのもいいかもしれません。


「神の言語というのはあるのでしょうか?」

「神託というものは神の言語で賜ると聞くが、どうなんだろうな。神官のすべてが神託を賜るわけではないし、理解のある神官の数が限られるかもしれないが、いないわけではないだろう」

「学校の神殿にいらっしゃる神官様は、お判りになりますでしょうか?」

「どうだろうな。若い神官と聞いたことはあるが、神託を賜ったことがある、という噂話は聞いたことはないな」

「そうなのですか」


 それは少し残念ですね。もし神の言語が日本語でしたら、それはそれでお約束で面白いので、ランちゃんと一緒に大爆笑したいところです。

 この国の神は姿があるわけではありません。天秤そのものが神と言われていますし、剣と杯がその象徴とも言われております。

 人の善悪を計る天秤の前では、全ての種族の生き物が嘘をつくことが許されず、平等に審判される。という理念となっております。

 ただ、人類みな平等というわけではないようですので、生臭な神様なのかもしれません。私はその方がなじみが深いんですけどね。

 国に宗教が絡むと結構面倒なことになるのですけど、我が国は今のところ平和ですね。

 まあ、昔は宗教戦争があったと兄様も言いましたし、ある意味いい時代に生まれているのかもしれません。

 悪役令嬢役ですけどね!

 まあ悪役令嬢の役目は、婚約白紙になったことでお役御免となった、と考えてもいいと思いますけれど、世界の強制力というものは侮れませんもの。

 ええ、前世で読んでいたネット小説などでよく見かけておりました。


「兄様、私は古代文字以外にも神言語、神文字にも手を伸ばしてみようと思いますわ」

「すばらしい向上心だな。だが無理はしないように。あと、くれぐれも男の教師には気を付けるんだぞ!」

「え、ええ…。私のように顔にまで模様の浮かび上がった魔法使いに、何かする人はいないと思いますわよ?大した能力ではないと公表しておりますもの」

「ランジュは自覚がなさすぎるのが欠点だな。ランジュの美しさは、そんなものでは薄れたりしないんだ。むしろ相乗効果!しかも婚約が白紙になったことで、飢えた狼のような男どもが、襲い掛かってくる可能性がある!」

「兄様、まさかそのようなこと」

「ある!絶対にある!いいか、友人やこの際ヴァランティーヌ様でも構わないから、一緒に行動するんだぞ!」

「おとも、だち……」


 いませんけど?


「マリオン様とマドレメル様は友人ではないのか?授業も一緒のようだし、バスエリアに誘ってくれたようだし、てっきり友人になったのだと思っていたのだが?」

「ゆ、友人なのでしょうか」


 そ、そうだとしたら嬉しいのですが、確認しないといけませんわよね。でももし違うなんて言われてしまったら、ショックで寝込んでしまうかもしれませんし、確認するタイミングが難しいですわ。

 そもそもお友達ってどうやって作るのでしょう?前世ではなんとなく、という感じでお友達が出来てましたけど、クラスメイトというカテゴリーはありませんし。

 え?あらまあ……困りましたわ。ボッチの覚悟は出来ておりますが、友人を作る覚悟は出来ておりませんでした。

 あ、ランちゃんは友人カテゴリーに入ってません。姉妹カテゴリーですので、お間違いにはならないでくださいませね。

 そもそも、前世兄と友達ってどうなんでしょうね?私はなんだか微妙な感じがします。まあ、とにかくランちゃんはお友達ではなく姉妹なのです。


「ああ、どうしましょう。明日お2人に私たちの関係性について確認しなければいけませんわ」

「そんな難しく考えなくても」

「いいえ!万が一何かがあって巻き込んでしまったら、私はお2人になんと謝罪したらいいのかわかりませんもの!もしお友達だと思ってくださっているのなら、今まで以上に全力で逃げなくてはいけませんわ。やはり今からでも山に引き籠もるべきなのでしょうか!?」

「俺はそれでもいいけど、父上がまた号泣しながら土下座するぞ」

「それは面倒ですわね」


 なら、出来る範囲で全力で、もしかしたらお友達かもしれないお2人の為にも悪役令嬢役から全力で逃げましょう。

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