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012 涙を流す恋

 国土の段状エリア3にある私の実家、デルジアン侯爵家。侯爵家の中では格式第3位となっております。

 広い庭には川も流れております。ちょっとした小さなお城のようなお屋敷です。地上3階、地下1階の建物でございます。ここと領地は離れておりますので、領地にも屋敷はございますが、あいにく行ったことはございません。

 実家には薔薇園、温室、墓所、礼拝堂。そういうものがこぢんまりではありますがあるという、そんな広さをご想像ください。

 前世からしたら、ふざけんなクソ金持ちの家が!どこの田舎だよ!川とか何それ?みたいな感じでございます。


「約1年と3か月ぶりの我が家ですわね」

「懐かしいものだね」


 兄様と一緒に馬車で実家に帰ってまいりましたが、こぢんまりとした家で過ごしておりましたので、実家規模の異常さを実感してしまいます。実家だけに!……ごめんなさい、変なテンションになってるんです。

 馬車の中でちょっといいことがあって…。

 道が悪かった場所があって馬車が揺れてしまい、浮き上がってしまった私は、正面に座っていらした兄様に抱き着いてしまったのです。

 優しく抱き留めてくださった兄様の筋肉!素晴らしいものでした。夏服で薄着だったのでよくわかりました。

 ああ、それにしても兄様の素晴らしさは性格だけではなく、肉体にも現れておりますのね。

 抱き留められた瞬間のあの感触に、ずっとテンションが上がりっぱなしなのです。ぎゅっと優しく背中に腕を回されたときに実感しました、上腕二頭筋と腕橈骨筋、その他もろもろの筋肉の逞しさ!

 あの頼れる男と言わんばかりの包容力!

 はあ、我が兄ながら惚れ惚れしてしまいますわね。同父母兄でなければ、ぜひともお嫁に貰っていただきたいと思ってしまえるほどです。でも兄様にはランちゃんと結婚して、私と幸せな3人の生活を送るという夢がありますものね。私がその夢を抱いているのですけれど。

 ところで、今は屋敷の玄関前ですけれど、実は門からここまで来るのに、馬車で5分ほどかかります。ふざけんなって広さですよね。

 使用人総出ではありませんが、主要な使用人のなかでも、家人のお世話をメインとする、上位使用人たちがお出迎えしてくださいます。壮観ですね。

 ちなみにお父様もお母様もいらっしゃいます。


「ごきげんよう、ただいま戻りましたお父様、お母様」

「お久しぶりです母上。父上も先日ぶりです」

「お帰り2人とも、まずは部屋に戻ってゆっくりしなさい」

「おかえりなさい。変わりないようです何よりです」

「ところで父上、アレクシアの姿が見えないようですが?」

「ああ。アレクシアは学校の先生に課題のことで相談があると、外出している」


 ああ、イベントですか。


「アレクシアは熱心に学んでおりますもの、そのようなこともございますわ。お兄様、お家に入りましょう」


 兄様の腕に私の腕を絡めて中に入ると見えてくる屋敷の内部、全く変わりない家の様子に安心出来ますわ。

 この家はルネサンス建築です。シンメトリーの美しい建物ですが、石造りでどこか冷たい雰囲気もあります。

 家に入ってすぐに見える階段を上って2階、私の自室に戻りますと、全く変わった様子がありませんでしたので、なんだかほっとします。実家のような安心感というものです。実家ですしね。

 思えばここで病弱を演じていたことがすべての始まりでしたね。胃を自分で押し上げての嘔吐は苦しいものでしたが、必要な事と思えばしかたがありません。

 むしろ引き籠もり生活万歳!という感じでしたものね。

 まあ、今の兄様との生活も素晴らしいものですわ。なんといっても兄様との時間を堪能出来ますもの。実家では他の目を気にしてそのような事は出来ませんものね。

 皆様にも兄様との生活の素晴らしさをお教えしなければいけません。


 例えば朝、普段はオンリーヌが起こしてくれるのですが、休日は寝坊してしまう私を兄様が優しく起こしてくださるのです。


「おはよう、俺のお姫様。王子様のキスがないと目覚めてくれないのかい?」


 なんて言ってくださるんですよ!王子様とかもう兄様ってばかっこよすぎます!イケメンにだけ許されることですわよね!

 一度なんて寝たふりをしていたら、本当にキスされてしまいました。唇のすぐ横の頬の部分ですけど、飛び起きちゃいました。

 あの時、「眠り姫はいたずらが好きだね」なんて甘い笑顔でおっしゃって、もう顔が赤くなってしまいましたわ。

 他にも、本を読んでいてわからないところがある時に、丁寧に教えてくださって、近づいたときに香るコロンのような爽やかで官能的な香り、はあ、たまりませんわ。

 兄様は本当に完璧に格好が良いのです。

 けれど、最近少しお酒を召されることが多くなっていらっしゃるのが心配です。お控えいただくよう進言すれば数日は控えてくださいますが、またやけ酒のように飲んでしまわれて、何か悩みがあるのでしょうか?

 私などではお役に立てないのでしょうか?私に出来ることと言えば、寝てしまった兄様に毛布を掛けて差し上げたり、膝枕をして差し上げるぐらいです。

 もっとご相談に乗って差し上げたいのですが、優しい笑顔で心配しないでなんて言われてしまって、何も言えなくなってしまいますの。

 けれど、なんというか、私を避けている時があるような、それでいて触れ合いも増えているような、難しい感じなのですが、うーん、兄様は兄様なりに家族の事で悩んでいるのかもしれませんわね。

 夏休みに家に帰るのをためらっていた私を、帰るように言ってくれたのも兄様でしたもの。


 今暮らしている家から持ってきた荷物は、考え事をしている間に、オンリーヌをはじめとしたメイドたちが片付け終えてしまいましたね。

 もっとも、この家で私が家事をするなど許されませんので仕方がありません。

 あとこの家には研究室というものがありませんので、研究も出来ませんわ。温室と薔薇園でのんびり植物と触れ合うぐらいしか出来ませんね。

 ここの温室でハーブを育てたところで、その後の管理をしてくれるとは思えませんもの。それにそこまで長居する気はありません。王室図書館にも行きたいですし、夏季休暇にはやることがいっぱいあるんです。

 イベント的な意味ではなく、勉学と研究的な意味で忙しいのです。

 さて、メイドの淹れてくれた紅茶を飲んでいると、アイスティーが飲みたいという思いが全力で押し寄せてきます。

 まあ、部屋は風が通り抜けて、涼しくなるように工夫されていますが、暑いんですよ。冷たいものが飲みたいのにホットの紅茶って…。

 私は冷え性でもないので、むしろ学校の授業のおかげで新陳代謝が上がっているので、この暑い中に熱い紅茶を飲むのはちょっと…。でも残すと淹れたメイドが気にしてしまいますし、飲むしかないですよね。

 うん、早くお家に帰りたい。


「オンリーヌ、今日の予定を教えてくれる?」

「この後、夕食までは特に予定はございません。夕食は家族全員で食堂にて召し上がっていただく予定です。食後は旦那様がお話があるとのことですので書斎にお伺いしていただく予定です。お話が終わり次第入浴していただき、就寝までは自由に過ごしていただく予定です」

「わかりましたわ」


 お父様のお話というのはなんでしょうね?でも、アレクシアとお話しする時間がない感じですけど、就寝前に兄様と時間を合わせることにしましょうか?


「アレクシアは就寝前に予定があるのかしら?兄様も」

「確認してまいります」

「頼みますわね」


 アレクシアはエジッヴォア先生とのイベントですわよね。いやぁ、侯爵令嬢がこの暑い中、林に涼みに行って、そこでデッサンするエジッヴォア先生と遭遇とか、おかしいでしょう。

 ご都合主義万歳!って感じのイベントですよね。その流れで林の中でデートするんですよ。好感度をかけた選択肢が目いっぱいのデートですよ。

 気疲れしますね。お断りしたいですね。恋する乙女のパワーはすごいですね、感心しますよアレクシア。

 それにしても暇です。夕食まで時間も大分ありますし、普段は研究や学習に時間を当てるのですが、たまには令嬢らしく編み物でもしましょうか?

 暑いのでレース編みですけどね。

 メイドに道具を持ってきてもらって早速始めます。編み物は得意なんですよ、年季が入ってますのでね。

 でも何を編みましょうか?夏ですし、レースのストールを編むのもいいかもしれませんね。編むスピードも速いので、実家に帰っている間に完成出来るでしょうし。

 編み物をしている時は、普段のような煩悩や邪心はほとんど浮かんでこないのですよ。無心になれるという感じです。

 現実逃避にはぴったりですよね。魔法使いになれていなければ、編み物職人になって生計を立てても良かったかもしれません。

 ………ふむ、無心になっていたせいですっかり時間が経っていたようです。一瞬に感じた人もいるでしょうけど、数時間経ってます。

 経ってるんですよびっくりですね。


「お嬢様。そろそろ夕食のお時間です」

「わかりましたわ」

「それと、お戻りになったアレクシア様に確認したところ、夕食後は予定がないとのことです。若君も同じく予定は入れていないとのことです」

「ではお2人に、そうですわね、9時ごろに私の部屋に来てくださるようにお伝えしておいてくださる?それまでにはお父様のお話は終わっているでしょうし、最悪入浴は3人での話し合いの後でいいですわ」

「かしこまりました」


 食堂に行くと、既にアレクシアが座っています。私は用意された席に着席して他の方がいらっしゃるのを待っていると、アレクシアから視線を感じますね。


「…今日のお出かけはいかがでした?」

「気になるんですか?」


 いえ、イベントしてただけでしょうから別に気にしてません。


「エジッヴォア先生と偶然会って、林の中を一緒に散歩したんです。絵の事を語る先生の熱心さに、私も思わず熱く語ってしまいました。私と先生って感性が似ているようで、話が合って盛り上がったんです」

「それはよかったですわね」

「でも…」

「え?」

「この木漏れ日の中で歌う天使を描くなら、お姉様をモデルにしたいとおっしゃって……」

「モデルになるつもりは微塵もございませんわ」

「お姉様はずるいです」

「アレクシア?」


 そこでお父様たちがいらっしゃったのでお話は途切れてしまいました。

 5人での食事はまあ、学園の事とか、離れて暮らしていた間の事とかを、報告するような感じで時間が過ぎていきました。

 久々に頂きましたが、実家のコックの腕はいいですわよね。この時代にそぐわない料理もありますが、美味しいので気にしてはいけませんわ。

 さて食後はお父様に連れられて書斎に行きます。

 書斎というだけあって本がいっぱいなのですが、この半分以上が我が家の系譜関係と領地関係ですのですごいですわよね。


「さて、座りなさい」

「はい」


 言われた通りにソファに座ると、お父様が正面にお座りになりました。すぐに執事が飲み物を用意して壁際まで下がります。

 有能ですね。


「話というのは、お前の婚約の話だ」

「魔法使いになったので婚約は白紙になっておりますわよね?新しい婚約もお断り申し上げましたわよね?」

「そうだが…。申し込みが殺到していてな」

「お断り、申し上げました、わよね?」


 大事な事なので二度念入りに申し上げました。


「しかし!このまま女一人というのは、父として心配…いや、家の面子というものがあってだな」

「お父様、私の夢は兄様と兄様のお嫁さんになっていただきたい方と3人で暮らして、研究三昧の生活をおくることですわ」

「リングフィアルの婚約者選考は難航中だ」

「ええ、ですので。ヴァランティーヌ=エジュリ=マルブランシュ様を推薦いたしますわ。私は姉のように慕っておりますの」

「婚約者がいるだろう」

「その婚約が白紙になりかけているというのは、もう有名な話ではありませんか。でしたら、お父様から揺さぶりをかけてみてはいかがでしょう?確かに敵対勢力の家ですが、中立に近い立ち位置でもいらっしゃいます。この機会に取り込むという意味を込めても、いいのではございませんでしょうか?」

「しかし…」

「お父様、お願いですわ。そうでないなら、私は家を出て冒険者になって世界中をめぐります」

「それはならん!」

「では、私の提案、ご考慮してくださいますわよね」


 にっこりと笑顔で首をかしげながら言えば、お父様はわかったと小さく言ってくださいました。

 ああ、これで夢が叶いそうですわ。親ばかなお父様ですもの、きっと叶えてくださいますわ。あとは兄様を説得しましょう。

 前世兄というのを話してしまっているので、どうなるかはわかりませんが、なんとなく私と一緒に暮らしたいと言えば、わかったと言ってくれる気がします。

 ランちゃんもきっと頷いてくれますわ。グェナエル様は禁断の恋に身を焦がしておりますし、兄様と結婚したほうがいいに決まっておりますわ。

 兄様はノーマルですもの。……ノーマルですわよね?お付き合いしていた方がいらっしゃると聞いたことはありませんけど、ノーマルに決まってますわ。

 あ、そうなると前世兄というのにはひっかかるかもしれませんね。そうなると、レディベルのように男女どちらも恋愛対象という方がよいかもしれませんわ。

 バイというやつですわね。ランちゃんは女であることを受け入れているので、恋愛対象は男だと言ってました。

 女子は愛でるもので恋愛対象ではないらしいのです。その気持ちはわかります。そういえば、私は記憶している限りで男性であったことはありませんね。

 まあ、いいんですけど。今は関係ありませんし。

 それにしても私に対して婚約の申し込みが殺到しているというのは、どういう理由なのでしょうか?

 顔にある模様や魔法使いということを差し引いても、私に利用価値があると判断したのでしょうか?

 まあ、魔法は大したことがないと言っておりますので考えから抜くとして、でも顔どころか全身に銀の蔦模様というのは、奇異の目で見るものであっても、好意的な目で見るものではないと思うのですよね。

 まあ、実家は立派ですので、名ばかりの妻にして愛人を作るというのには、ありかもしれませんね。陰口をたたかれても、全身に銀の蔦模様のある女を妻にしてたら、とか言って許されそうです。

 なるほど、そう考えれば利用価値がありますね。

 まあ、私としてはこの銀の蔦模様も今ではすっかりなじんで、むしろ私の真珠のような肌を引き立ててくれる気がします。

 仮面も実はあのあとに色を変えて、肌になじむ色にしたんですよ。なので、遠目から見れば仮面をかぶっているとは見えないのではないでしょうか?

 もちろん、新しい仮面を作った夜は高熱を出してしまい、翌朝兄様にお説教されましたけどね。

 でも、お飾りの妻であれば子供を産まなくてもいいでしょうし、家によっては研究を許してくれるところもあるでしょうし、うーん、婚約ですか。どうしましょうね?

 兄様とランちゃんの婚約が決まれば絶対そっちを優先しますけど。


「兄様の婚約が決まったら、私の婚約も考えますわ。もっとも、私は兄様とヴァランティーヌ様との生活を諦めませんので、お父様よろしくおねがいしますわね」

「あ、ああ」


 私のバラ色の人生のためにもお父様には頑張って裏工作していただきましょうね。


「お話は以上でしょうか?」

「そうだな」

「ではこれで失礼してもよろしいでしょうか?」

「まて。あー……別宅での暮らしに不便はないか?狭い家だしな、使用人も3人で行き届かないところもあるだろう?この家に戻ってきても良いのだぞ」

「問題ございませんので、戻る気は今のところございませんわ」


 実家に居たら、実家でのイベントが発生しちゃうかもしれないじゃないですか。


「そうか」


 あら、しょんぼりしたお父様は少しかわいいですわね。でも実家で暮らす気はありませんけれど。


「では」

「まて。古代文字の研究は進んでいるのか?王室図書館にも何度も通っているようだが、成果は上がっているのか?」

「なかなか難しい分野ですので、若造の私などがすぐに成果を出せる分野ではございませんわ。でも、古代学の先生と一緒に研究を進めております」

「2人でか!?」

「ヴァランティーヌ様も同じ授業を受けております。王室図書館では2人で過ごすこともありますが、他にも使用者はおりますので、2人きりということはございませんわ」

「そうか。くれぐれも我が家の名に泥を塗るような真似をしないように」

「はい。それでは」

「まて。よく神殿に行くと言っていたな、神殿では神に祈りを捧げたり歌を歌うと言っていたが、神官に許可は取っているのだろうな?今学校に赴任している神官は若く優秀な男性だと聞いているが、2人で過ごすことなどよもやあるまいな」

「レジス神官様は紳士でいらっしゃいますので、そのようなことはなさいません。許可もいただいております。ところでお父様、先ほどから私を引き留めようとなさってますけれど、明日帰るわけでもあるまいし、話す機会はいくらでもございますでしょう?けれど私はこの後に用事がございますの。もう退室してもよろしいでしょうか」


 疑問形という名の命令形です。お風呂に入る時間が無くなるので早めに切り上げたいんですよ。

 今日は髪を洗っている時間はないですし、洗髪は明日にしましょう。

 やっとの思いで書斎を出て自室に急いで戻れば、お風呂の準備が整っています。流石はオンリーヌですね、タイミングばっちりです。

 今日はローズオイルを垂らしての入浴です。体が温まったところで、湯船から上がって体を洗ってもらった後に、ローズオイルでマッサージをしてもらいます。これから重要な話し合いをするので、気合を入れているのです。

 はあ、マッサージ気持ちいい。

 マッサージ後はもう一度体を洗ってもらって、湯船に入って再度体を温めて、8時を少し過ぎたところで、お風呂から上がって急いで着替えをします。

 リラックス効果のあるラベンダーの香りがするアロマキャンドルを灯して、準備完了です。部屋にいい香りが広がったところでドアがノックされて、アレクシアと兄様がいらっしゃいました。


「ようこそお2人とも。今日は大切なお話があってお呼びしましたの」

「お招きありがとうランジュ」

「お姉様。お兄様までお呼びして、何のお話ですか」

「ええ、とっても重要な…。私とアレクシアの登場するゲームのお話ですわ」


 兄様はご存知ですので、特に変わった様子もなくソファに座りましたので、私もその横に座ります。


「お座りになってアレクシア」


 わかっていたのでしょうに、フラリとした足取りでソファまで近づいて倒れこむように座った姿に、思わず首をかしげてしまいます。


「私が転生者だと、気が付いていたのでしょう?」

「はい…でも、お兄様までとは思わなくて」

「兄様は転生者ではありませんわ。私が記憶にあるゲームの内容をお伝えしたのです」

「なっ!なんでそんなことするんですか!あれですか?やっぱりざまぁ目的ですか?冗談じゃありません!私はハーレムなんか目指してないんです!エジッヴォア先生一筋なんです!他の攻略対象とかどうでもいいんです!なのにざまぁされるつもりもありません!お姉様に何かされたとかも言ったことないじゃないですか!確かにちょっと悪く言ってましたけど、悪役令嬢役のお姉様に悪感情を向けないと、イベントが発生しないから、私だって頑張ってるんです!なのにお兄様に言うとか!なんなんですか!同父母の兄妹なのにイチャイチャして!お兄様を味方につけて、自分に有利にするつもりなんでしょう?魔法使いの才能とか、乙女ゲームの設定にないことして、皆の注目はお姉様に集中して、なんなんですか!神秘的で綺麗で頭もよくって人気もあって慈悲深くって完璧令嬢ですか!ふざけないでください!私だって頑張ってるんです!エジッヴォア先生に気に入られるように、一生懸命イベントをこなしてるのに、エジッヴォア先生はお姉様の話ばっかり!天使とか言われてるんですよ!もうなんなんですかっ!私がばかみたいじゃないですかっ!お姉様はずるいです!!!」

「お、おう…」


 長い。長い演説ですよアレクシア。そして思いがけない評価を頂いているようでありがとうございます。

 あとやっぱりエジッヴォア先生一筋なんですね、いいと思います。

 でも、私ってば知らず知らずのうちに恋のライバルになっているようですね。変に敵対しているのはエジッヴォア先生が私の話をするからなのでしょうね。

 うーん、これは話し合いによってはいい感じに逃げられるかもしれませんね。


「えっと、アレクシア。私はエジッヴォア先生に対して何か思うところは一切ありません。むしろ一人カラオケの邪魔だと思ってたぐらいです」

「は?」

「前世から好きなんです、歌うの。動画投稿もしておりました。ですので、一人カラオケを邪魔されるのは、はっきり言って迷惑でした」

「は?」

「なので、どうぞイベントを進めて好感度を上げてください。私関係のイベントは成長系のイベントがメインですし、努力次第でどうとでもなるでしょう?ハーレムエンドとかバスティアン様エンドでないのなら、私を糾弾するイベントはありませんし、お互いに、関わり合いにならずにいたほうがいいと思いますの。私の評価が悪くなって起きるイベントっていうのは、エジッヴォア先生の場合ですと出来上がった絵画の紛失事件ですわよね。私こと、ランジュミューアがヒロインが怪しいと言うのですが、私の評判が悪いことで信用されず、絵画を盗んだ犯人はヒロインが発見するというものですわよね。確かにあのイベントは好感度爆上げイベントですけど、もし絵画を盗まれても、私はアレクシアを犯人だと言うつもりはありませんわ。むしろ関わりあいになりたくはありませんわ。というか、全力で距離を置いて関わらないでいただけます?私は平穏に兄様とランちゃんと一緒に研究三昧の生活を送りたいのです」

「は?」


 はあ、長く話したらのどが渇いてしまいました。

 紅茶を飲んでのどを潤わせながらちらりとアレクシアを見ると、呆然としてます。一気に話したので脳内処理が追い付いていないのでしょうか?

 でもきっと私の全力で関わり合いになりたくないという思いは通じましたよね。


「……はあ!?ざまぁ系でも乗っ取り系でもなく逃げるとか!悪役令嬢役でしょう!?何考えてるんですか!」

「逃げることを考えております。だって、私に何かがあって糾弾されますでしょう?そうするとお父様が私を切り捨てた挙句、自分も引退しますでしょう?そうなれば兄様に負担がかかってしまうではありませんか。ざまぁして逆になっても同じですわ」

「それは…」

「私もね、魔法使いにならなければ、全力で家に引き籠もってたんですよ?でもなってしまいましたし、お父様に土下座されましたので仕方なく学校に行っておりますの」

「土下座って…何してるのお父様」

「本当にねえ、あの親ばか。ところで、アレクシアはいつ記憶を取り戻したのですか?私が家を出る前はその気配はなかったですよね」

「入学式に行く馬車の中です。正確には馬車を下りて春一番にあおられた時です」

「あらまあ」


 それはそれは、お気の毒と言うべきなのでしょうか?というか、その場合手紙を書かなかったのはオリジナルアレクシアの行動ですか。

 なるほど、それで手紙云々でうまい言い訳が出てこなかったのですね。貴族の常識は叩き込まれてますし、自分でも駄目だと思っていたわけですか。入学式の挨拶は、混乱最中で頭が回っていなかったという感じでしょうかね。


「でも、お姉様はもうゲームと全然違うし。やばいって思ったんですよ。敵情視察してもはぐらかされるし嘘つかれるし。私って前世の記憶はこの乙女ゲームのものしかないし、今世では自由奔放で天真爛漫で率直にものを言うとかいわれてますけど、言い換えればわがままで空気読まない嫌味女って意味じゃないですか。だから、色々頑張ったんです。でもから回って…。だからせめてゲームのイベントはこなそうと思ったのに、エジッヴォア先生はお姉様にスランプ解消のきっかけをもらっちゃうしで…。もうどうしていいかわかんないんです」


 あらあら、泣き出しちゃいましたよ。自分を客観的に見れてるのは評価しますが、私を巻き込むのは減点ですわよね。


「兄様、どう思われますか?」


 これまで黙って話を聞いていてくださった兄様に意見を求めてみましょう。


「俺はエジッヴォア先生とアレクシアの恋愛を応援しよう」

「お兄様!」

「婚約が必要なら父上に掛け合ってもいい」

「なるほど。婚約してしまえばアレクシアも安心ですわね。流石は兄様です」

「ランジュに悪い虫が付いたら困るからな。アレクシア、全力でその虫、ではなく男を落とせ。ランジュを巻き込まない方向性なら何をしてもいい。薬でもなんでも使え」

「お、お兄様?」

「ははは、どうしたアレクシア。同父母の兄妹でイチャイチャしてるんだ、このぐらいしてもおかしくないだろう」

「兄様ってば、イチャイチャだなんて。本当のことをおっしゃらないでくださいませ」

「なに、ランジュとならいくらでも言うさ」


 もうっ照れてしまいますわね。

 でもアレクシアから見ても、私と兄様はそんなに仲が良く見えるのですわね。うれしいですわ。

 それにしてもナイスな提案ですわよね。婚約で先に縛ってしまうのはいい考えですわ。アレクシアは次女ですので、基本的には政略の道具なのですが、有名芸術家の嫁になるというのは、政略としてもありかもしれませんね。

 バスティアン様との婚約が調ってしまう前に、お父様に言えばなんとかなりますわ。


「アレクシア、泣きながらお父様に言うのです。エジッヴォア先生と婚約出来ないのなら、家を出て神官になるとでもいえば、あの親ばかのことです、きっと婚約を整えてくださいます」

「親ばかって…で、でもエジッヴォア先生と婚約出来るのでしょうか?芸術家は結婚しない人が多いのに」

「安心しろ。パトロンになることを兼ねていると言えばいい!最初は金で釣るのもありだ!献身的な態度で陥落させろ」

「そうですわよ。使える者は何でも使うべきですわ!私を巻き込まない方向で、ですけども」


 学校に通っている間に婚約とかよくあります。ついでに言えば婚約破棄も珍しくはありません。真実の愛に目覚める中二病は多いんですよ。

 その後のことは察してくだされば幸いですけれど、まあ、悲喜こもごもですわ。


「エジッヴォア先生の夏休みのイベントは、今日の林でのデート以外だとなんでしたかしら?」

「連続イベントです!また林に行って今度は私をモデルに絵を描くんです、その次はエジッヴォア先生の自宅に行って、絵の完成を一緒にお祝いするんです。スランプ脱出記念の祝賀会です!でも選択肢も多くて、一つでも間違えるとうまくいかないんです!でも私は全部覚えてます!」

「そうなのですか」

「でも、先生はお姉様をモデルにしたいっていって…。だから私もう…うっうぅ…」


 また泣き出してしまいましたわ。どうしましょうね。芸術家というのは思い込みが激しいのでしょうし、スランプ脱出のきっかけの私をずいぶん気にかけているようですわよね。

 迷惑な話です。盗み見された挙句にこだわられるとか、逃げる邪魔ですわよね。

 どうしたらアレクシアに目が向くのでしょうか?イベントの前倒しは危険ですものね。それに夏だからこそのイベントともいえますし、私は家から出ないようにすればモデルもできませんわよね。


「私は引き籠もりますので、アレクシアがモデルになればよろしいのですわよ。湖畔の絵でしたわよね?そうですわ、もしよければ今編んでいるレースストールをお使いになって。きっとアレクシアに似合いますわ」


 急ピッチで仕上げましょう。まあ、引きこもっておりますので他にやることもないので3日もあれば完成しますわね。


「よろしいのですか?」

「ええ、また編めばいいので構いませんわ」

「ありがとうございます」


 泣いたせいで目と目の周辺が赤くなってますが、はにかむ顔はかわいらしいですわ。流石ヒロインといったところでしょうか。


「それにしても、お姉様はどうしてそんなに乙女ゲームの悪役令嬢役を逃げ出したいんですか?確かに糾弾されますけど、処刑とかはないですし、田舎にひきこむていどじゃないですか」

「ですから、家に迷惑をかける時点でもう駄目ですわよ。貴族は名誉やプライドが命ですわ。魔法使いとなってこのように顔を含め全身に銀の蔦模様がある、というだけで忌避されるのです」

「え?」

「え?」

「は?」

「は?」

「お姉様のその銀の蔦模様、神秘的とか言われてる話は聞きますけど、気持ち悪いっていう話は聞いたことがありません。神秘的とか本当に悪役令嬢の癖にのっとり系かと思いましたよ」

「初めて聞きましたわ。まあ、社交辞令でしょうね。アレクシアは私の妹ですし、悪い噂を耳に入れないようにしているのでしょうね」

「それはないと思います」


 アレクシアの周囲のお友達は良い人なのでしょうね。少しから回りはしますが、根はいい子のようですし、姉としては喜ばしい限りです。


「しかし、アレクシアがこんな性格だったとはな。まあ、記憶を取り戻す前のアレクシアとは別人だから仕方ないが、昔のアレクシアは俺には少し…、だったからな。兄妹3人でこんな風に話が出来るとは思わなかった。前のままの性格でランジュに害をなすのなら、俺がひそかに手を下そうかと思っていたんだ。うん、本当に性格が変わったようでよかったよ」


 何をしようとしてたんでしょうか?アレクシアもすっかり顔を青ざめさせておりますよ。

 でも、私のために動いてくれようとする兄様ってば、なんて素敵なんでしょう。裏で手を回すとか、ちょっと興味がありますよね。陰謀とかに関わっていた時期もありますので、ご協力出来るかもしれませんわ。


「兄様、密かになんておっしゃらずに、その時は私にもおっしゃってください。兄様にだけ責任を負わせるなんて、私には出来ませんわ」

「ランジュ、お前はなんていい子なんだ」

「兄様のお心づかいには負けますわ」


 ソファで横に座っておりますので、膝の上の手に私の手を重ねて言えば、兄様ももう片方の手を私の手の上に重ねておっしゃってくださいます。

 本当に素敵な兄様ですわ。


「同父母兄妹で、イチャイチャ……不毛ですわ」


 アレクシアも混ざりたいのでしょうか?うーん、3人での麗しい兄妹愛もいいですが、兄様は私だけの兄様でいてほしい気もします。

 ああ、でもこんな素敵な兄様を私だけが独り占めするというのは罪なことなのかもしれませんわね。

 けれど、アレクシアにはエジッヴォア先生がいるのですし、兄様を私が独占しても構いませんわよね?だって私はひとり身ですもの。


「アレクシアはエジッヴォア先生とイチャイチャなさいませ。私は兄様とイチャイチャしますわ」

「エジッヴォア先生とイチャイチャ…。うわっ恥ずかしい」

「ほほほ。このように手を取り合って見つめ合う。素敵ですわよね、兄様」

「ああ、幸せだ」


 まあ確かに、前世兄との交流から考えると随分行き過ぎたスキンシップですけれど、兄様がかっこよすぎるのがいけませんのよね。

 握った手を離したくありませんが、あんまり握り続けていると手汗が出てしまいますものね、残念ですがこの辺で離しましょう。残念ですけれど。


「何はともあれ、平穏な解決となりそうでよかったですわ。アレクシア、くれぐれも私を巻き込まないでくださいませね。家名に泥を塗るような真似をすることも許しませんわ。婚前交渉は許しますが、婚前懐妊はもってのほかです!」

「なっ!」

「そうだな」

「そんなのするわけないじゃないですか18禁ゲームじゃないんですよ!健全な乙女ゲームですよ!せいぜいキス止まりです!」


 ああ、そういえばそうでしたね。この国では婚前交渉は普通なのでついうっかり。というか、アレクシアってばこんなに顔を真っ赤にして、意外と精神年齢が幼いですね。

 でもキスには憧れちゃう年頃なんですね。でもあいてはエジッヴォア先生で成人男性ですからね、婚約してお付き合いするようになったら、キス以上のこともあるかもしれませんよね。

 というか、兄様の言った薬って媚薬の事ですけど、理解してなかったのでしょうか?


「お姉様は婚約もなくなりましたけど、恋人とか作らないんですか?」

「お父様から、婚約の申し込みが殺到していると聞きましたが、お断りいたしました。名ばかりの妻になるのは面倒ごとが多そうですもの」

「結婚する必要はない。ランジュは俺が養う」

「兄様、ありがとうございます。でも、恋人というのは憧れますね。こう、胸を打たれるようなドキドキとか、その人に見つめられると時間が止まったように感じてしまうとか。そういう感じって憧れますわよね」


 そう、レジス神官様に見つめられたときみたいな…って、何を考えてるんですか私は!あれは私の思い込みです!


「ランジュ、まさかもうそんな相手がいるのか?!」

「いいえ、憧れているだけです」

「憧れている男がいるのか!」

「違います、そういう感情に憧れてるのですわ」

「本当だな!」

「ええ」

「そうか、ならいいんだ」


 もう、兄様ってばシスコンさんなんだから困っちゃいますわね。

 でもレジス神官様にお会いするのは新学期になってからですよね。2か月間お会い出来ないのですよね。

 なんでしょう寂しいですね。レディベル先生には出演するオペラに招待されているのでお会い出来ますし、ルイクロード先生とは王室図書館で一緒に研究するお約束をしております。

 でも、そうですわよね。レジス神官様にはお会いできないのですよね。

 なんでしょう、そう思うと胸が少し苦しいというか、寂しい感じがいたします。あの目を見ることが2か月間も出来ないのですね。


「…っ」

「ランジュ!どうした?どこか痛いのか?」

「いえ…、目にゴミが入って」

「大丈夫か?」

「はい」


 なんでしょう、急に涙が出てきてしまいました。

 レジス神官様に会えないと思っただけですのに、どうしてでしょう?まるで恋をする少女のようなセンチメンタルな気分です。

 ……恋、しているのでしょうか?

 でもあのレジス神官様です。恋愛ごとなど拒絶なさるに決まっております。あの方の人生は神に捧げていらっしゃるのですもの。

 それこそ恋をすれば叶わぬ恋ですわ。


「あ、あら…どうしましょう」


 涙が止まりませんわ。

 これが恋する乙女の感情というものでしょうか?もう懐かしすぎて覚えておりませんけど、そうなのかもしれませんわね。

 レジス神官様に私、叶わぬ恋をしておりますのね。

 ああ神様。今はアナタがとても憎らしいです。レジス神官様の心をすべて奪ってしまうアナタが、とても憎く思えます。

 なるほど、アレクシアもこのように感じて私を敵対視していたのですね。


「アレクシア」

「な、なんです?」

「貴女の気持ちが分かった気がしますわ。兄様、私先ほどは間違ったことを申しましたわ」

「ど、どうした?」

「私は、恋をしているようですわ。けれど叶わぬ恋のようですので、今こうして涙が流れております」

「なっ!」

「兄様、どうしたらいいのでしょう?私はこのように苦しいものだと忘れておりました。こんなにも胸を締め付ける想いなのだと忘れておりました。恋とはこんなにも切なく苦しいのですね。私は今、神をとても憎んでしまっております。あの御方の心を奪う神が、とても恨めしいのです。このような私を兄様はきっと無様とお思いになられますわよね」

「そんなことはない!いかなる時であっても、俺がランジュを無様と思うことなど、見捨てることなどない!」

「兄様、こんな妹で申し訳ございません。けれどもお許しください。私はこの恋を今は失うことが出来ないのです」

「俺はランジュの心を奪う男が憎く感じる。しかし、ランジュ。今のお前は美しい。恋を自覚して悩む姿は、より一層美しい」

「兄様っ」


 恋は少女を輝かせると申しますものね。ああ、でもこんなに苦しく切ない恋など、自覚しない方がよかったです。

 もう神殿に行って神に祈ることが出来ないかもしれません。きっと恨み言を言ってしまいます。

 ああ、今までも言っておりましたわね。

 どうしましょう、乙女ゲームからは逃げられそうですのに、この恋心から逃げることが出来そうにありません。

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