4. クロロ
「次は闇のダンジョンだね。別名激闘のダンジョン」
《そう、戦いのダンジョン、クロロのとこだ》
「えっ、どうして、戦い? クロロって闇じゃないの? どうして、激闘なの?」
《実はクロロはよく怜にくっ付いていたんだ。で、怜は格闘ゲームの達人だ。怜ってゲーム大好き人間だったんだよ》
「あっ、そういえば、いつも難しい顔してパソコンに向き合っているのってゲームしていたの? ケータイもいつも見ているというか、手がいつも動いてた」
《んんー、ゲームばかりじゃないけど……、ほっとくと……怜! まさかゲームの神様じゃないよな》
「知の神だけど……」
「ゲームも含まれるかもしれない」
《知とゲームの神……》
「ははっ。格闘ゲームで怜に勝てるものはいなかった。クロロもずっと怜の格闘ゲームを見て、その、かなり楽しんでいたから」
黒毛玉のクロロは闇の属性で闇の力でモノを隠すのが得意だ。が、格闘ゲームをよく見て好きだったせいか、クロロの創ったダンジョンは戦いを中心にしたダンジョンとなっていたのだった。このダンジョンはとても人気で、観光地としてもコビトたちを集めている。
「コビトは平和主義なんじゃなかったの?」
「見ればわかるよ」
《色んな戦いがあるんだ》
「クロロは球技も好きだったから」
「球技で戦い?」
「クロロのダンジョンは運動神経がものをいう」
《確かに》
ハクとカミィは二人で顔を合わせて苦笑いをした。カミィは幽霊状態でダンジョンの中には入れなかったが、ダンジョン入口でコビト達の話は聞くことができたし、情報もそれなりに集めていた。ハクはコビトでいる時、級友から噂をきいていた。
それに、ダンジョン情報という小冊子が売られていてダンジョンの攻略情報や、お土産物、観光マップなどが載っているので行かない人、もといコビトでもダンジョンの事は良く知っているのだ。
そして、ダンジョン人気の一位はこのクロロのダンジョンである。
―― 激闘のダンジョン
激闘のダンジョンの前は賑やかだった。コビトの世界も夏休みに入ったせいか、学生も多くみられる。以前の人が築いていた文明とは少し方向性が変わっているが、コビトの世界もそれなりに文明が発達している。コビトに付いている妖精である人、が以前の職業から得ていた知識をもたらしたため、人の住んでいた廃墟を利用した様々な施設や組織がつくられていた。土地の割に人口が極端に少ないし、子どもは自然発生のため相続という概念がなく、土地の所有権などはない。
なにより、コビトは人がいい。
そのため、何かを得るために人と争うという事がない。お人よしばかり、ウヨウヨしているのだ。妖精は色々と煩いが、お口にチャックをさせる事が出来るため、争いにはならない。声さえ聞こえなければ、妖精の悪口はさして気にならないし、妖精とは悪口とか文句をいうものだ、との認識がコビトにはある。コビトの世界に義務と権利はないが、〈人のために役にたちたい〉という動機によって生活環境は整備されていった。
ちなみに、コビトがここに住みたいな~と思ったらそこがコビトの家になる。たまに働きたくないコビトもいるが、そういうコビトは役所が管轄している施設で衣食住を現物支給してもらい、そこで、引き換えにできる事をする。
現物支給だと楽な仕事をすればいいので、ゆったりとできるのだ。
ハクが乙女小路家に住んでいたのは、何となく家に魅かれてここに住みたいと思ったからだし、乙女小路家はさして、劣化する事なくその姿を保っていた。地球の建物はかなりの年月が経っていてもその姿を保っている建物が結構残っている。
その建物に共通しているのはどこかに光の砂が置いてある、という事だった。コビトたちはその光の砂を見つけると、大切にその建物の中心部にお祀りしていた。過去にグッズやアクセサリーとして売り出したりお守りとして配ったモノがかなり世界各地に残っていたので、コビトたちの生活を整えるための助けになったようだ。
「ここって、楽な世界だね」
《ちょっと、異世界に似ているかな》
「コビトも異世界の人たちも基本的に善人だよ」
《確かに、異世界は、ほとんどの人が真面目というか割と真っ当に生きているって感じがする》
「というか、ハジーマ国、ニバーン国、サバーン国、ゴバーン国って4つの国があるけど何だか悪感情をあまり保てないようになっていて、なんとなく清々しい気持ちになってしまうから悪い事が考えられないみたいな? 感じかな。どことなく爽やかな空気が流れているような気がする」
「えっ、そうなの?」
「うん。不思議な事に。ところで、ゲスターチ帝国に行った事ある?」
「うん……。あの国、すごいね」
《ゲスターチ帝国は、人が持って生まれ育てた業をそのまま持ち込むようになっているんだ。今、どうなっている?》
「現実世界の縮小化、って言われてる。悪い人と良い人が入り交じって、混沌としているの。ケルベロスのナキンは時々介入して、カー様に怒られてる」
《ナキン……あれ、相変わらずケルベロス?》
「うん。3人だけど一人。一人はいつも人型になってるみたい。元のケルベロスと何かが混ざって、悪いけどいい人になっているんだって。カー様には絶対服従だけど、なんか太々しい。けど、時々カワイイ。で、時々やらかすみたい。何かが足らないらしいけど、それが何かわからないから様子見されている」
《ナキン、地獄の入口に懐かれてるから》
「うーん。ケルベロスだったから、懐かれたんじゃないかな。ケルベロスと地獄は繋がりがあるみたいだから。『彼方の世界』から運ばれる時に何かあったのかも」
《悪魔と混ざったとか》
「うーん。ケルベロスは元もとが『彼方の世界』でも最古の生き物らしいんだ……だから、混ざるかな? どうだろう?」
「最古って……ケルベロスってすごく年よりだったのね。カミィよりも上みたいだけど……カミィはコモジイだけど。でも、それにしてもゲスターチ帝国は異世界で浮いいてる、というか、まるっきり別世界みたい」
《ゲスターチ帝国は必要悪なんだ。人が生まれ持った欲望、そのままに過ごして生き難い中でどう生きるか、試される。で、コモジイって何?》
「カミィの別名よ。それより、あの国に転生すると、きついけど、きちんと生きると魂が磨かれるって言われてるわ」
《すり減るのも多いけど》
「それは、本人の選択だから」
《でも、咲ちゃん、ゲスターチ帝国に行っちゃダメって言われなかった?》
「言われた。でも、イトリが色々なもの、見とけって。全部じゃないらしいけど、こんなこともあるんだって連れて行かれた」
《イトリ!~、もう。咲ちゃん、いくつだっけ?》
「15」
《……~15》
「若い……」
《えーと、いくつくらいからウロウロしだした?》
「小さい時から、あちこち行っていたよ。「何があってもどんな状況でも人は生きていける」ってイトリの口癖。『いかに生きたかが大事で結果じゃなくて、経過と動機を見ろ。僕たちは見届けるのが仕事だ』って」
《イトリ……》
「イトリ……」
イトリはいつの間にか咲のお守り役になっていたが、異世界だと悪意や理不尽に遭遇する事がないので咲に感情面での耐性を付けるため、ゲスターチ帝国の現実を咲に時々見せていた。
現実世界は理不尽で、人によってはとても苦しいばかりの人生を送る事もあり、苦しさや洗脳によって悪事に手を染めたり命を粗末にすることもある混沌とした世界である。その中でもどうあっても美しく生きぬく者が魂を育てる事ができるのだ。
「理不尽は必要なの?」
「必要だね」
《……》
「そう……」
「生まれ変わりはランダムだから、生き難い世の中にしたら、次にそこに生まれた自分が苦しむ事になるかもしれない……」
《記憶をリセットして生まれ変わるけど、稀に記憶を持ったまま、生まれるのもいる》
「そう、なんだ」
《ただ、ここのコビトの世界は、同じコビトが何度も繰り返し生まれている。その時に記憶が引き継がれているらしいんだ。新たに自然発生するのも結構いるけど》
「どうしてわかるの? リンゴの木からリンゴが転がって地球に落ちていっているけど、戻るのはいないの?」
《コビトの姿形は変わるけど、付いている妖精、つまり人は変わらない》
「妖精の記憶はそのままだから、無垢なコビトについている妖精の中には苛ついている、のも結構いるみたいなんだ。でも、コビトが言葉を封じてしまうと、何もできないから」
《妖精は基本、何もできない。文句をいうだけ》
「役に立つアドバイスをしてくれる、いい妖精もいるけど」
《妖精も人も様々さ》
「様々……。うーん。ボクもサバーン大陸とかニバーン大陸に行くと、人は悪くないけど、視野が狭いせいか変な風習や伝統ができていて困ったはめに陥っているのを時々見た」
「そうなのか?」
《俺たち、ニバーン大陸の神殿関係とはよく会ってたけど、他の大陸の住人とはあまり関わる事がなかったな》
「基本、サバイバルしていたから」
《俺たち、脳筋だな》
「カミィと一緒にされても……困るような……」
といった話をひっそりと隅でしているうちにどうやら順番がきたらしい。この激闘のダンジョンでは順番がくると、ドーム型の輪の中に入って球技をする。その球技に勝つと次の階層に進めるのだ。入口に様々な球技に使う球と用具があるので、それを選んでドームに入る。この1階層はモンスターを相手にしてもいいし、友人やその場で出会った人を誘っても構わない。
このダンジョンを球技の練習や、純粋にスポーツを楽しむために利用しているコビト達も多い。
ドームの中には、黒い人型の影が待ち構えていた。咲は小さくて妖精のようだし、カミィは幽体なので、はた目にはハクは一人のように見える。もちろん、違和感のないようにハクはコビトの姿をしている。コビトの姿をすると、三角帽子は標準装備で付いてくる仕様になっている。ハクの帽子は赤い三角帽子である。
さて、ハクはバレーボールを手に取ってドームに入った。
「ハクってば、何故バレー?」
「コートからボールが出たら勝ちだし、わかりやすくて簡単」
《ハク、球技は全般、得意だったから》
「弓にすればわかりやすいのに、だいたい、一対一のバレーボールって……」
「受けて、トスあげて、打ちこめばいいから楽だよ。自分の打ちやすい場所にトス、あげれるから」
「そういえば、よく3人バレーしていたよ」
「でもさ、一人バレーってありなの?」
周りを見れば、楽しそうに黒い人型の影と球技をたのしんでいるコビト達が見えた。バスケやバレーが多いが野球や、サッカーをしているドームもある。ハクはあっさりと勝ちをもぎ取った。ドームで勝つとそのコートに地下に続く階段が出てきて2階層にすすめるのだ
「これ、ダンジョンなの? 光の国の迷宮と随分違う…… 」
「ダンジョンの立場にたてば、攻略されない方がいいから、楽しんでそこで終わればそっちのほうがいいんじゃないかな。光の国の迷宮は戦いに慣れるためにかなり過酷な内容になっているけど……まさか、咲ちゃん?」
《咲ちゃん、迷宮の奥に行った?》
「いったけど。イトリも一緒だし、トラも一緒」
《イトリ……》
「よく、カー様が行かせてくれたね」
「カー様は迷宮に行っているって知らないわ。イトリが側にいるから安心しているみたい。一応、学校に行っている事になっているの」
「あれ? 光の国ってどうなっている? 新しい住人は増えないはずだけど」
《人はリンゴになった。つまり、影の国から目覚めた人は出てこない。えっー、人減っていかない? 》
「光の戦士たちがいるよ。人数は少ないけど。彼らはエネルギー体だから、そのままの姿で残ってる。海の国とか砂の国からも迷宮探索にくるし、規模は小さくなったけど、学校もあるから」
《精霊の国には学校はなかったか……》
「異世界もボクがいくと目立つから、変装してる。ボク担当の先生がイトリってことで。カー様は神様になってから、何だかんだ忙しいの。イトリは龍神で、龍たちは放っておいても大丈夫だから、結局イトリが一番暇みたい」
話をしているうちに2階層に着いた。そこには、遊園地でよく見るコーヒーカップがあった。全部で10客あるのだがもうすでに9客は埋まっていて最後の乗組員になった。
「うわー、目が回る」
「ウ、ワハハ。ハハッー」
「キャウーン」
「は、早すぎる~」
「アハハ、ハハっ」
楽しそうな声がこだまするが、このコーヒーカップはクルクル回りながら移動する。ハンドルで滑るように移動して他のカップにぶつかりながら他のカップを弾いていく。
フイールドから押し出されたカップはそのまま1階層に戻っていくので10組のうち一組だけが勝ち残るようになっている。むろん、ハクは危なげなく勝ち残った。
3階層は格闘技である。柔道、空手、合気道、剣道、相撲、プロレス、レスリング、テコンドー、ボクシング等、道具も例えば、相撲ならばマワシもきちんと揃っていて、黒い人型の影を相手に戦う事になる。影の強さはちょうど、標準値に置いているらしい。なので、影に勝てるようだと一人前と認められる。
影に勝つと、同じ格闘技をしていた人だったら他のドームの勝者と勝負をすることができる。この3階層には一度来ると、次は直接来ることができるので、勝負の相手を求めてくる格闘技ファンも多い。
この3階層は希望すれば観客席のある場所に移動して、試合をする事が出来る。だので、見物人も一番多くあつまるようだ。コビトたちは平和主義だが、スポーツとしての格闘技は以外と人気であった。
「まさかのボクシング」
「一度、やってみたかったんだ。ボクシングはグローブがいるから、そんなに気軽にはできないだろ?」
《ケンカするときはファイテイングポーズをとるけど》
「ボクもボクシングはないな~」
《咲ちゃん~》
「えーと、格闘技も、経験済み?」
「イトリが対応するためには、ひととおりやってみようって。相撲もしたよ」
《相撲……》
「あっ、少年相撲。ちゃんと服は着てた」
「そりゃあ」
《まったく、イトリは咲ちゃんをどうするつもりなんだ》
「花嫁修業だって……。どこに出しても大丈夫な花嫁。もしかすると、花婿になるかもしれないから、どっちでもいいようにって」
「咲ちゃん、まだ、分化してないのか」
「うん。カミィと一緒」
《俺と! おそろい!》
カミィがうれしそうに叫んだ。
「もっとも、カミィは相手を見つけられないから、ボクとは違うけどね」
《咲ちゃん……》
「まぁ、カミィは理想が高すぎるから」
「カミィの理想は存在しえない、って皆がいっていた。ものすごく妥協しないと無理だって」
《そんな、……》
カミィは神で(本人に自覚はない)、咲は精霊の括りに入るらしいので、どちらも自分の性を選ぶことができる。咲はなんとなく女の子のように育てられたし、考え方も女性よりかな、と思うので17歳になったら女性を選ぼうと思っていた。いつまでたっても、性を選べないカミィのほうがおかしいと思う。
3階層を勝ち抜けると、4階層である。
4階層は趣が変わって、小型飛行機にのって敵を撃ち落とす。空を飛んで、攻撃を避けながらほかの飛行機を撃ち落としていく。
敵は全て影なので、攻撃が当たると、プシューと萎んで消えてしまう。時々、錐もみしながら落ちていく飛行機があって、そういう飛行機を落とすと、チャリーンと硬貨が荷物台に積み上がる仕組みになっている。
この激闘のダンジョンは硬貨がドロップ品になる。
入場料としてコインを払わないと、ダンジョンの中には入れないから、その硬貨をドロップ品として還元しているともいえる。階層をあげるごとに硬貨の数は増えていくが、使用料として硬貨を払っているという感じである。もちろん、カミィは幽体なので誰にも視えないし、入場料は払っていない。
コビトの世界は紙幣がない。大変薄く伸ばした同一の硬貨が世界共通の貨幣である。硬貨に金や銀、銅が混ぜてあって、大きさと模様を変える事で価値を変えている。世界各地にコビトの集落は作られているが、それは元の都市を利用している。どうしても、コビトに付いている妖精が元の地元に帰りたがる事が多くて、所々に点在している集落もある。
そして、コビトたちの移動はほとんどが気球を使っている。風に乗って動くのだが、気球に小さなジェットエンジンが付いていて方向を定めている。たまに、遭難するコビトもいるようだが、遭難先で移住してしまう事もあるようだ。国がないので国境がなく、土地は余っている。コビト自体には欲望というか個人の所有欲が薄いので、何かをめぐっての争いというものがない。平和な社会である。コビトについている妖精は色々あるようだが、コビトから離れられないし、口だけで何もできないから特に問題は起こらない。
ダンジョンの近くの都市にはコビトが集まる事が多いようだ。ダンジョンは楽しむ所、というのがコビト達の認識である。ダンジョンを攻略してしまおうというコビトもいない。なので、ボスのところまでどのダンジョンも到達していないし、到達しそうにない。争いのない理想の社会をコビト達は構築しているといえかもしれない。
「4階層はすごく簡単だったね」
《立体になったゲームって感じだよ》
「ダンジョンもだけど、ゲーム知識の応用がけっこうある気がする。コビトって争いがないのにゲームだと楽しむのが不思議」
「確かにそうだ、さて、次に行こうか」
5階層はサバイバルゲーム、仲間を選んで相手を殲滅させるゲームだ。黒い人型の影がさまざまな武器を持って待機している。子の中から11人を選んでジャングルの中でサバイバルゲームを行う。ハクが司令塔になって、無事、相手を殲滅する事ができた。
――6階層
ここは、これまでの階層と違いオドロオドロシイ雰囲気が漂っていた。これまでは迷宮の壁はつやつやした大理石のような材質の石でできていたが、この階層は苔むして、ところどころ剥げおちたり崩れたりした廃墟を模している。あちこちに雑草が生え、つる草が落ち、蝙蝠もとまっている。いかにも、でますよ~といったシュチエーションだ。心なしか、吹く風も生暖かい。
「随分、雰囲気が違う」
《ここ、出るんだ》
「なにが?」
「ホラー映画にでてくるような……」
「お化け屋敷仕様なの?」
《咲ちゃん、お化け屋敷知ってる?》
「イトリが連れて行ってくれたから。『アンテッドハウス』とか『怪奇、魔物の館』とか、行った事あるよ」
《それ、どこにあった?》
「ゲスターチ帝国。せこい人も多いけど、蚤の市とかガラクタ市は面白かったし、イトリはあすこに家と店、持ってたよ。なんか、精一杯足掻いて生きているのがいいって。異世界は基本いい人で刺激がないから、時々あそこに行かないと、なまっちゃうとか言って」
「うーん。腕がなまるか~気持ちが鈍るか、どっちかな」
《確かに、平和ボケしてると地球外生命体の襲撃とかあったら、すぐ負けそう。宇宙は広いんだから侵略戦争とか他の生命体がきてもおかしくないよ~》
「やな事いうなぁ。俺も弱くなってるかも。今は反射で動いているし、魔法も自然に使えるけど、戦いとなると……ブランクがあるし、気持ちがついていかないよな」
《ハク、コビトだったから、ノホホンとしていた》
「そうだよな~、平和ぼけ……」
「でも、ダンジョンのモンスターって……あんまり強くないよね。作っているのが毛玉の天使たちだから、これから先も簡単にいけそう」
《でも一応、ボスのところまでは簡単にいけないようになっている》
「これまで、どこのダンジョンも最後の階層に行った者はいないんだ」
「えっ、そんなに難しい? そういえば、雪のダンジョンの湖なんて潜れないし、アスの太陽は、無理かも……」
咲がそう言うと、ハクの頭の上でユキが得意そうに粉雪を降らしたが、ハクの頭に着く前にアスの電球が光って雪は溶けた。アスは光の珠ではなく電球を出す事が多い。電球がピカッと強く光ると眩しいし、優しく光ると光がふんわりとふくらみ癒しの光になるようだ。普段は姿を消してハクの側に居るが、ユキとアスは解放されたのが、嬉しかったのか乙女小路家に帰った時にはとてもはしゃいで大変だった。
《ここは、6階層が問題らしい》
「お化けが出るんだ。悪魔も出るって話だ。コビトはお化けとか幽霊が苦手なのが多くて、妖精に叱咤激励されても皆、撤退してしまう。コビトのモットーは無理しないで楽しもうだから」
「なにそれ、おかしい~。でも、ちょっとしか見てないけど、コビトってホントのんびりしているよね」
「争いや競争がないから。進歩もないかもしれないけど、それは妖精ががんばっているから。現実社会もこのコビトの世界みたいだったら、どうなんだろうってちょっと思う」
《いい人は生きやすいと思うよ、コビトの社会。騙したり、陥れたりがないから》
「でも、この天使の封印がとけると、コビトはどうなるの?」
「多分、影の世界に反転してる何かがおかしくなって、今は人とコビトが逆転していると思うけど、封印が解けると元に戻るかもしれない……」
《せっかく、穏やかに暮らしているのに……》
「もう、すでにコビトという種族みたいだけどね。人とコビトが逆転すると妖精が人になって……平和、じゃなくなる事は確かだ……」
「コビトってなんなの?」
「気づいたらいた……人と共にあるもの……」
「神さまでもわからないのかしら?」
《咲ちゃん、俺も神だよ》
「……そう、だね~一応」
【トマレ!】
突然、目の前に日本人形が現れた。所々煤のついたボロボロのドレスを着ている。
「あっ!」
《あれ! あいつだ》
【アッ!】
ハクと人形は同時に驚きの叫びをあげると、人形はいそいで反転して逃げた。すごい逃げ足の速さだった。
《どうして、あの人形がここにいるんだ?》
「あの時、確かに消滅したはずだけど」
「逃げて行ったから、あの人形だよな」
「ねぇ、あの人形って何?」
《咲ちゃん、は知らないか……》
「ちょっと、因縁のある人形なんだ。後で話すよ。とりあえず、攻略してしまおう。ここはクロロがいるはずだから」
《そうだな》
「わかった」
しばらく行くと古びた洋館があった。あちこちに蜘蛛の巣が張っていていかにも、に見える。扉を開けるとギギッーと錆びた音がした。
「フッフ。恐怖の館にようこそっぺ」
扉の先はエントランスになっていて、その真ん中に悪魔が不敵な笑いを浮かべて立っていた。が、その悪魔はハク達を指さし、
〈何で、お前らがここにいるし!〉
と叫んだ。
「キューン、キューン!」
「ル・ルー、オマエ、ナエ、ココ!?」
どうやら、毛玉と悪魔は知り合いらしい。
〈俺の身体、帰せし!〉
「キュ! キューン」
「ルー、オマエ、コソ」
恐ろしげな恰好をした悪魔はユキとアスを指さしながら地団太を踏んだ。そして、頭から湯気をだしポン! っと小さな羽のはえた小悪魔になった。
〈俺の身体、どこっぺ~〉
小さな悪魔は泣きそうである。
「ルー。ミナ、オサエテル。ザマミロ」
「キュ! キューン」
「えーと、この悪魔の身体を毛玉、天使たちで押さえているの?」
「ルー。ニガサナイ」
《毛玉たちはこの悪魔の本体を封印してるのか?》
〈頼むし~。帰してくれし~。どこあるべ~〉
小さな悪魔は手をあわせてきた。
片言でしか話さないアスの説明と小悪魔の話をあわせてみると、どうやら悪魔が姫さまを誘拐して害しようとしたのを、天使が総がかりで助けて封印しているらしい。
姫さまは眠りたちについて、その側に悪魔とそれを封印した天使の本体がいる。大悪魔と何人かの悪魔が『彼方の世界』から脱するときに合体したせいで悪魔の力は非常に強くなっていた。その為、姫さまを守り癒すのと、悪魔の封印とで、力を取られているそうだ。
「姫さまって、誰?」
「ルー。ヒメサマ、タイセツ。マモル」
「キューン」
〈姫さまって、光の神の番だし~〉
《「「ええっー!」」》
「光の神様、相手がいたんだ……」
「むかし、失った……って言っていた」
《……》
〈姫さまって人間なんだし。何度も生まれ変わってば光の神と出会って番になって、また、別れて出会うんだし。ばっかだし~。なんで、そんな事してるんだんか~」
《それ……》
「ああ、ひょっとして」
「モモのお母さん?」
「まさか! 小さな女の子だった……」
〈姫さま、助かってんの? おれっちも助けてくれし。身体がないと困るっぺ〉
「身体、あるじゃないか」
〈これ、精神だけのカリソメの身体だから、よわっちいし何もできないし〉
「封印の場所は?」
〈わからないんだし~。いつの間にか草っぱらにボーッと突っ立ていて。何もないし。で、いつの間にか、ここで幽霊屋敷の番人みたいになってっるし~。ここにいたら腹は空かないし、寝場所もあるし昔馴染みもいるけど、退屈で~」
「昔馴染みって、人形?」
〈そうそ、むか~し、何か禍々しい輪っかっさ~、見つけて人型にしたら自分で動き出した奴~し〉
《お前か! あれの犯人は?》
「ひょっとして、お前の名前、マルム?」
〈ああ~、それ、オイラの名前だ~。忘れてたし。あ、あれ、しまったっぺ〉
そう言いながら、小悪魔はクルクルとその場でまわると、ハクに跪いた。
〈ああ~。何で、名前の承認しちゃったんだわし。仕方ないっぺ。身体ないのし。ああ~、主さま、お仕えするのをお許しくださいっせ。名前を有難うございましゅ。〉
「え?」
〈自分より圧倒的に強い相手に、名づけられて承認したら、従わないといけないんだし~。今、おれっち、すごく弱いからん~。油断したし~」
という事で悪魔のマルムがハクの使い魔となったらしい。近づくとユキとアスが怒るので、小悪魔のマルムは少し離れたところからパタパタと、飛びながら着いてきた。
人形は人型を取っているだけで、何もできないそうなのでそのまま、放置して6階層を進む。恨めしそうにこちらを見ていたが、付いてくることはなかった。ここは幽霊やお化けが出てくる仕様になっているが、悪魔が案内していたので、何事もなく通り抜ける事が出来た。
このダンジョンのボスが天使であるクロロだってことを悪魔は知らなかった。6階層に囚われて、動く事ができなかったそうだ。クロロの適正は闇なので、知らないうちに捕えて閉じ込めていたのかもしれない。
――7階層
ここは激闘のダンジョン、最後の階層になる。そこには入ると大きなスクリーンが備えられたゲーム機が鎮座ましましていた。
スクリーンには大きく、『勝負だ』と言う文字が映し出されている。
どうやら、格闘ゲームらしい。
「ボス戦が格闘ゲームって、どうなんだ」
〈ボスの趣味って事で〉
「頑張って」
《負けるなよ》
結果、ハクは僅差で勝利した。思ったよりクロロが強かったのだ。
『パンパカパーン』
ファンファーレが鳴り響き、垂れ幕があがり、クロロが姿を現した。そして、「メーエ」といいながらハクに飛びついた。子ヤギの姿でハクにスリスリと身体を擦り付けてくる。ユキとアスを見ると、パッと黒毛玉に変わり、身体をぶつけ合って喜んだ。
そして、ふと、小悪魔の方を見て、ファーと黒い毛を逆立てた、「シュー、シュー」と唸り声をあげている。
〈なんか、傷つくんだけど……〉
「キュ! キュキュ」
「ルー、ルールルー・ガンバ」
「シュー、メーエエ」
《えーと、一応使い魔になって害はないし、本体じゃなくて欠片みたいなもので力もないし……》
カミィが仕方なく、言い訳をしてやるとクロロはカミィを見てヒュンと首を傾げた。それから子ヤギになって恐る恐る近づいてきて、クンクンと匂いを嗅いだ。そして、ペロンとカミィをなめた。
《ひやっ……、舐められた》
「カミィ、幽体だったよね、触れないんじゃ」
「ほんと、触ろうとしたら突き抜けるのに……ご飯は食べれるけど」
「キューン」
「ルー」
ユキとアスもカミィに近づくと、そのまま頭と肩に乗ってきた。幽体なのに、ユキが頭の上で飛び跳ね、アスが肩に乗り、クロロが足にスリスリしている。
《俺、すごくモテてる》
「オオモテね」
「天使たちには触れるのか」
〈おれっちも触っていいっすか?〉
小悪魔がそう言ったとたんに、また毛玉たちが毛を逆立てた。ので、小悪魔はシューンとなって項垂れた。悪魔はふてぶてしいと聞いていたけど、小悪魔になると違うらしい。カミィは幽体なので、咲とハクは触れることができない。触るとそのまま突き抜けてしまうのだ。毛玉たちがカミィに触れるのは、毛玉たちが本体ではないせいかもしれない。
「久しぶりに生き物に触れて嬉しい。モフモフ~」
「良かったね。カミィ」
咲とカミィがホノボノと喜んでいると、
「あの~」
「恐れ入ります」
垂れ幕の向こうから小さな声がかかった。垂れ幕の影から人魚と河童が覗いている。
《君たち! あ、あ~》
「ああ! 道後温泉の河童と人魚だよね」
ハクとカミィが驚いて声をあげると、クロロがメエーと鳴き、トコトコと垂れ幕のとこまでいった。そのまま人魚の服の端を加えて連れてくる。
「久しぶり、ここにいたのか」
「はい。突然、天変地異が起こったらしくてグラグラと揺れたかと思うと、あのお庭からここに来ていました」
「君たちは人ではないから理から外れていて、転移しなかったんだ」
《と、言うかここって元道後温泉か》
「これまでは、ユキは京都のあの大木のとこだし、アスはオーストラリアだったけど、クロロは道後温泉。天使の結界と封印の場所は各々、一番親和性のある場所になるんだけど、大抵、毛玉たちが元々いた場所だったんだ。だけど、クロロはこの場所が清浄だったからこちらに引っ張られたのかもしれない」
《泉があるから》
「人魚と河童だもんな」
「はじめて見た……こ、こんにちは」
「こんにちは。あのどこかでお会いしたような……」
「ああ、この子は家族のようなものなんだ」
《俺の妹でもある……ふふっ》
「それをいうなら、俺の妹にもなるよ」
「え、えーと?! よろしくお願いします」
〈おいらもよろしく、し〉
二人の話によると、泉はこのダンジョンの中にあるそうだ。いつもは、一番奥の7階層にあるのだが、時折、1階層や2階層などに勝手に移動して、たまたま見つけたコビトには大変喜ばれているそうだ。美味しい水として。
とりあえず、この激闘のダンジョンは攻略した事になるらしいので、皆は人魚と河童と、ついでに小悪魔をつれて乙女小路家に帰る事にした。ハクが転移で乙女小路家に移動すると無事に全員がついてきた。小悪魔も、である。小悪魔は珍しそうに乙女小路家の様子をみていたが、毛玉たちに怒られて、小さくなってテレビの横にある壺に入っていった。その壺は以前、カミィがクロロの住んでいた壺をまねてつくったもので中は妙に広くなっているし、ついでに、水が流れて草も生えている。ただし、草原やさわやかな風はまねる事が出来なくて、そのまま放置していたものだ。見た目が艶やかで綺麗なので飾りとしてテレビの横に置いてあった。
〈ここ、心地よいっしから、おれっちの家にしていいし?〉
という小悪魔の要望に毛玉とケンカするより、隠れてくれたほうがいいかなという事でその壺は小悪魔の家になった。
人魚たちはどうしようかと思っていると、いつのまにか、乙女小路家の内庭に日本庭園風の小さな泉ができていたので、どうやらこの泉は人魚に付いてまわるのだということが分かった。
これで、毛玉は3体解放できたので、あと、4体である
次回「ミト」