3. アス
雪のダンジョンはボスである大きい雪ダルマを倒したので、天井にポッカリと穴が開いた。どうやら、クリアするとそこから外に出る事ができるらしい。
普通の人は空を飛べないので、ダンジョンクリアしても脱出は難しいと思われるが、ハク達は咲の「なんでも入る結界」から小桜船が出てきたので空飛ぶ船に乗って空に舞いあがった。
そのまま天空へいくかと思ったのだが、ハクが一度、家に帰ってお風呂に入って服を整えたいと言いだした。確かにかなりボロボロの装備になっているし、ホコリも被っている。
カミィは幽霊なので変わらないが、咲も確かに皆に会うのなら其れなりにしていきたいと思った。
精霊の広報が来ていたりしたら写真を撮られるかもしれないし。
姿を消して乙女小路家に帰ると、ハクは真っ先に鏡を見た。そこには以前と変わらぬ人型のハクがいた。
《おおー、その姿の方がいいよ。ハクだよハク!》
「うん。コビトも可愛かったけど、やっぱり、違和感あったし」
《もう、コビトにはなれないのか?》
「いや、どうだろう」
そういうと、見事にハクはコビトの姿に変わった。どうやら、変身の能力を身に付けたらしい。
でも、人とコビトの姿にしかなれない、という事が色々試してみて分かった。髪も切ってさっぱりとし、服を選ぶのに時間がかかったが、やはりスーツにした。桐に会うのならきちんとした格好でいたかったのだ。何でもしまえる結界も無事使えるようになっていた。
「はい」と言いながら咲が小さな薔薇の花束を渡してきた。
「咲ちゃん……」
「やっぱり、女の子にはお花だと思うよ。ボクもお花、もらうと嬉しいから」
《咲ちゃん、女の子だったんだ》
「うーん。正確にはまだどちらでもないけど。女の子よりかな。小さい頃から女の子として育てられたからやっぱり女の子になるかな~。でも、男の子も捨てがたいし、ちょっと迷ってる」
《そうだよな~。迷うよ》
「カミィは迷い過ぎ。もう、男として生きているのが長いんだから、さっさと男になればいいのに」
「カミィは理想が高すぎて、相手が見つからないから大人になれないんだよね」
《い、いや、俺は太陽と月の子供で、まだ子供でいた方がいいって……》
「ああ、確かに。影響はありそうだけど、なんとかなるんじゃないか。神々が沢山生まれてきたんだろう?」
「そう。あんなに簡単に神って生まれるんだね」
「モモから桃をもらえばいいんだっけ」
「うん。ボクも、もらった」
《俺は……その》
「カミィはかってに桃を食べたけどね」
《えー、どうなるんだろう?》
「だって、カミィは元々神さまだったって」
《ああ、そうだった。ずっと精霊だと思っていたし、ハクたちと育ったから人間のような気もするし》
「ある意味、カミィは波瀾万丈の人生、じゃなくて、神生を歩んでいるね」
「確かに」
ハクと咲は笑いながらカミィを引き連れて小桜船に乗った。ある程度上空まで船体を消して登っていく予定だ。
桜の花びらは乙女小路家の庭から飛び立った。そして、グンと高度をあげる。
「こうしてみると、コビトの世界も発展している。そんなに文明の程度が変わらないように見える景色かも」
《それは違うぜ。まえの建物を使っているだけでかなり遅れているというか、牧歌的だ》
「確かに、一昔前って感じだ」
《コビトに付いた妖精が色々レクチャーするからそれで元の文明に近づいているけど、コビトに欲があまりないからそれほど便利を追求したりしないんだ》
「コビトたちは基本、親切だから」
「精霊みたいな感じ?」
《ああ、ちょっと似てるかも。ノホホンとしているのが多い》
「気楽だよ」
「へー、どうなっているのかな。あっ」
いつの間にか小桜船は地球を覆っている白い膜に着いていた。その膜に亀裂が走り、そこからリンゴが入ってくるのが見える。
「ああ、あれ! リンゴが転がって割れ目から地球に入っていくのを見つけたから、ボクも入ってこれたんだ」
「リンゴ、落ちていくな」
《地上に落ちているリンゴ、見た事あるぞ。土に半分埋まっていた》
「リンゴって魂……」
「だから、いつの間にか、コビトが増えていたのか」
「コビトってどうやって生まれるの?」
《コビトは自然発生する》
「えっ?」
「いつのまにか、コビトの赤ちゃんがいてそこかしこで泣いているんだ。だから、拾って世話をする」
《最初のころは何もなくて、地球に残っていた色んな物で俺が世話をしたんだ》
「視えないのに?」
《見えないのにさ》
「ミルクとか?」
《生まれたてのコビトは光合成するんだ。リンゴだったせいかも。助かったよ。ある程度、大きくなったら妖精が出てきて、あれが食べたい、これが食べたいっていいだすけど。最初は数が少なくて、段々育ってから次々とコビトが増えだしたけど、その時には世話する大人のコビトがいたから俺の手を離れてさ。最初に世話した連中の中では俺は神さまで、祭り上げられてしまったから神殿もあるけど……》
「カミィ、ついに神さまになった!」
「うーん。まぁそうかな」
「いや、元々神だから」
そう言った話をしながら、小桜船ではその亀裂に入っていけないので船を縮小して亀裂をくぐろうとした。
しかし、目に見えない壁にぶつかり、そこを小桜船は通る事が出来なかった。
そこで、小桜船から降り、というか小桜船の上に乗って咲は天使の羽を出して亀裂まで飛ぶことにした。亀裂は小さいので、角に手をかけてから小さくなり、すんなりと咲は結界の外に出た。出たと同時に元の大きさに戻っていた。続いて出ようとしたカミィはやんわりと壁にこばまれ、ハクも通る事ができなかった。軟らかい膜があるようだ。
結界の外に出た途端に、咲は桐に抱きしめられた。
「咲ちゃん!」
「おい、咲。大丈夫か」
「いつまでも帰ってこないから」
「もう、咲ちゃん、連絡がないし」
まさかの乙女小路家、大集合。結界の裂け目の側にいつの間にかキャンプ地が張られ、ちょっとした集落が出来上がっている。
「ええ、ごめん。ケータイが通じなくて。それより、そこ裂け目の下にハクとカミイがいるよ」
「ええ!?」
「ハク!……」
「でも、ハクとカミイは壁を通れなくて……」
「ええ、なんで!?」
「たぶん、天使の封印と結界が解けてないから?」
「浄化は?!」
「浄化は済んでいるけど、天使たちにはわかってないからまだ封印が解けないんじゃないかって」
「封印はとけないのか?」
「天使がそれぞれダンジョン創ってて、それ、攻略して天使の目を覚まさせないと元に戻らないじゃないかって。ユキは雪のダンジョンで、さっき攻略したからハクの頭の上にいるけど」
「ハクは無事なのか?」
「うん。変わりない。でも、通れない」
「ハク……」
「桐ちゃん、ちょっと、待ってて」
そういうと、咲は急いで裂け目に戻ろうとした。
「待て。どこいくんだ」
「ちょっ、ハク達にみんなの事伝えてくる。ケータイは通じないけど、手紙なら運べるからハクに何か書いてもらってくるから。すぐ戻るよ」
「……」
「気をつけろよ」
どうやら、皆はまだ混乱しているようだ。ハクが、そして、カミィがそこにいるという事に。長い時を経てすぐ手が届く位置に二人がいる。その嬉しさと戸惑いと、しかし、会えないもどかしさと。
色々な感情がない交ぜになった心持で皆は裂け目から地球に分け入る咲を見守っていた。
そして、ハクとカミィの所に咲が戻ってくる。
「咲ちゃん」
「どうだった?!」
「えっ、皆いたよ。何か、テント村作っていた。結界の上に」
「テント村……、桐は」
「えーと、変わりないよ。ハクに会いたがっていた。お手紙書いてねって言ったんだけど」
「ああ、そうか。俺もすぐ書くからちょっと待って」
「うん。いいよ」
《あのさ、俺の事は?》
「ああ、カミィは? って結構言われた。カミィ、人気者だね」
《へへっ、そうかな》
「……」
しばらく後、ハクは桐に手紙を書いた。そして、その手紙をそっと撫でると咲に手渡し
「何度も悪いけど、頼む」
と言った。
カミィは『みんな、元気? 俺たちは元気! もうすぐ会えるよ~』と便箋に大きく書いた。
「じゃぁ、ちょっと、いってくるね」
そして、咲は手紙を届けに空を飛んで行く。
咲が桐に手紙を渡すと桐は嬉しそうに笑った。花が咲きこぼれるような美しい微笑だった。そして、恥ずかしそうに一人用の結界を展開するとそこで煙幕をはって手紙を読み始めた。
結界から出てきた桐は幸せそうだった。そして、また、咲に手紙を渡すと「お願い」と言った。
「いいけど、返事はまた、あとでいい? この後、天使のダンジョンを攻略しないと封印の結界が解けないから。早く、本物に会いたいでしょう?」
「それはもちろん。咲ちゃん、頑張ってね。カミィにも待ってる、って言って」
「うん。わかった」
咲と桐はお互いに小さく肯き合った。
「咲ちゃん、これ、持って行って。ハクとカミィの好きなモノとか、毛玉、じゃない天使たちの好きなお菓子とか入ってる」
「いざという時のためのサバイバルキットも持っていけ」
「それ、持ってる。予備も含めて10セットぐらいあるし、食糧も山ほど持たせてくれたじゃん。第一、ボクもハクも食べなくても大丈夫。カミィなんて幽霊だし」
「まぁ、そうだけど。念のためだよ」
「いや、待て。カミィが幽霊?」
「あっ、そうだった。カミィは本体が封印された天使の側にあるんだけど、ハクの側に居たくて、根性で幽体になってハクに憑りついたらしいよ」
「憑りついて……」
「ずっと側に居たのに、ハクに気づいてもらえなくて、座敷童って思われてて」
「なんだそれは……」
「とりあえず、ユキちゃんを解放したらハクの記憶が戻って、カミィとも話せるようになったから大丈夫」
カミィが幽霊と言う話を聞いて驚いた皆は、ユキが解放され、カミィが見えるようになった話を聞いて安心した。
「ああ、そうそ、下の世界はコビトの世界になっていたよ。大きいけど、コビト」
「えっ? なにそれ?」
「コビト?」
「リンゴが転がって落ちていっているけど、それ、その、人がコビトになっているの?」
「人もいるけど、小さくなってコビトに付いてる。妖精って呼ばれて」
「「「えぇーー」」」
「「「うそー」」」
「「どういうこと?!」」
といった叫びがあちこちから聞こえてきた。
咲は地球ではコビトが大きくなり、そのコビトに人間が小さくなって付いているという逆転現象が起こって、その人間は妖精と呼ばれ、かなり自分勝手な性格をしている事、良くしゃべるけど、文明や技術に貢献している事、しかし、悪口がうるさいのでよく本体であるコビトから言葉を封じられている事などを話した。もちろんコビトはコビトである証の三角帽子をみんな被っている事も。
ついでに、コビトは自然発生していることも、時々、地面から生えているようになっている事も話すとよけいに驚かれた。
咲は『地球における人とコビトの関係』を人づてにしか聞いていないので、皆の驚きがピンとこなかったが、闇の女神である桔梗や桐は特に驚いていた。
「あ、あの咲ちゃん、コビトは咲ちゃんを見て踊ったりしなかった?」
「えっ? どうして? コビトはボクの事、妖精だと思っていたみたい。特に何もなかったけど。でも、あれコビトじゃなくてオオビトだね。三角帽子をかぶった3頭身? 4頭身の新人類」
「……」
「……」
「でも、大きくても、コビトはコビトだわ……コビトなのかしら?」
「人とコビトが逆転しただけだから、コビトでいい、と思う……けど」
「リンゴが地球に落ちていってコビトになっているのだから、人じゃないか」
「でも、人は妖精になってコビトについているんでしょう?」
「どの道、人とコビトはこれまでワンセットだったから、それが立場が変わっただけで」
「でも、どうして?」
「影の世界に移転する為に反転の理とかが使われていて、それで、魂だけが地球に戻った時に反転されて逆転現象がおこったとか」
「コビトは自然発生って、じゃ、じゃぁ、その亡くなる時は、どうなの?」
「消えて無くなって、そこにリンゴが落ちているんだって」
「うわー。そのリンゴ、どうするの?」
「また、埋めとくと、コビトが生えてくるって」
「何と言うか」
「循環がなくなっているから?」
「……」
「……封印のせいかな」
「でも、裂け目があるけど」
「落ちる事はできても、浮かべないとか」
「落ちたら、リンゴは割れないのかな?」
「リンゴだけど、リンゴじゃないから」
「魂は物理では傷つかない……」
「確かに」
「でも、なんで、リンゴは地球を目指すんだ?」
「そりゃぁ、いつまでも魂のままではね、」
「影の世界にあるリンゴは異世界とか、他の海の国とかに転生してない、と思うんだけど」
「ええ。間違いなくずっとリンゴのままだったわ。時折、リンゴが落ちて地球に向かっているのは言われるまで気づかなかった」
話しは尽きなかったが、いつまでも付き合っていられないので、咲はサッサと戻る事にした。イトリが咲の耳元で「頑張れよ。咲なら大丈夫。ハクとカミィによろしく言っといて」って言ってくれたのは嬉しかった。咲にとってイトリはいつでも一番近い存在なのだ。
「じゃぁね」
そういうと、咲はまた亀裂の中に入っていった。
「咲ちゃん、お疲れ」
《咲ちゃん、待ったよ~》
「ごめん。説明が長かった」
「そりゃあ、しょうがないか」
《コビトの世界だもんな~》
「びっくりしてた」
《そうだよな~。でも封印、溶けたらコビトも元に戻るのかな?》
「さあ、どうだろう」
と言う話をしながら小桜船は乙女小路家に一目散に戻った。ハクはしばらく学校を休む連絡を入れ、明日は次のダンジョンに向かう事にした。ダンジョンの攻略は封印の順番に解いたほうが、絡まらずにすむので次は光のダンジョンになる。
「光のダンジョンはアスがボスだ」
《属性が光だったから》
《攻撃はたしか温かい光だった》
「暖かい光がどうしたら攻撃になるの?」
「たとえば、雪だるまとかには有効だ……」
《うん。光のダンジョンってどうなってるんだろう》
「行ってみればわかるさ。結構人気のダンジョンだよ」
「どういう意味で?」
《観光地って意味で》
――光のダンジョン
光のダンジョンは賑わっていた。
雪のダンジョンと同じく1階層は、広く開放されている。そこにはゴーカート用の道路が所狭しと交差していた。観客は階段上になった観客席からその様子を見る事が出来るのだ。
入口には整理券が配布され、お金を賭ける事もできるようになっていた。
ダンジョンに挑みたい者は整理券順にライオンの口に手を突っ込み、番号札を取る。整列したカートの上に番号が浮かぶので、そのカートに乗ってスピードを競うのだ。
そして、一番になったカートだけが、次の2階層に行く事ができる。
1番になると、そのまま駆け抜けてトンネルの中へ進める。
それとは別に、トロッコ列車のようにカートが連なっている乗り物があって、それは席が埋まると隣の階層に移動する。そこは、日光浴ならぬダンジョン浴ができるところでダンジョンの柔らかく暖かい光をゆったりとした草原の上で楽しむ事ができるのだ。そして、そのダンジョン浴には癒しの効果があり、病気や怪我もほんの少しづつではあるが治っていくので、お年寄りのコビトには特に人気である。
「何か、本来のダンジョンとはだいぶ違うような気がするけど……」
「元々、ラーは穏やかな性格だったし、光の攻撃っていっても暖かい空気を出していたけど……」
「えーと、進化しているとしたら……光の攻撃だからレーザー光線とか?」
《それ出せるようになってたら恐いな》
「強すぎてダンジョン崩壊したりとかしないかな」
《……》
「よし、行こうか」
「大丈夫だとは思うけど、カートで1番になれないってことはないよね」
「この1階層はやりこんでいるのが多いから、けっこう1番になるのは難しいらしいよ」
「えっー」
《1階層だけで満足してるんだ。競い合っているうちに技量もあがるし》
「ここのドロップ品は?」
「小さな砂金」
「えっ、皆欲しがるんじゃないの?」
「コビトたちはそんなに欲がないんだ。付いてる妖精はうるさいけど」
《ほんと妖精はうるさい》
と言う話をしつつ、行列に並び順番を待った。以外と直ぐにカートに乗りこむことができた。なにしろ、カミィは幽体なので、ハクは一人とみなされるのだ。チームで来ている人もいるので、一人だと早く順番がまわってくるらしい。さて、カートに乗ったハクは嬉しそうな顔をしている。
「なんだか、ハク、嬉しそう」
「そりゃぁ、ね」
《昔、競争したよな~、手作りカート。桐ちゃんには負けたけど》
「ふっふ、桐は早かった」
「桐ちゃん、お淑やかにみえるけど」
《見かけだけ、かも》
「場面に応じて臨機応変なんだ」
《物はいいよう》
「強い事はいい事だよ」
やはり、男の子はスピード勝負が好きなようだ。ハクとカミィだけではなく、そこに集まっているコビトたちも楽しそうに作戦を話し合っていた。
そして、無事にハクは一位になる事が出来た。
「やったね。おめでとう」
「ありがとう」
《以外と皆、速かった》
「ほんと。ちょっと、ひやっとした」
そのままゴールの旗を潜り抜け次の階層に行くと、もう他のコースはスタンバイしていた。どうやら、最後の一人だったようだ。さて、2階層はストップ競争だ。そのままコースの始発の地点にカートに乗ったまま進んで行く。コースの説明図が天井に浮かんでいる。親切なダンジョンである。
切り立つ崖に向かってカートで走り、ギリギリでストップ、する。一番崖に近かったカートが次のチャンスに進める。
次は火山の火口でストップ、その次は高層ビルの屋上でストップ、毒の沼でストップ、高速道路の入口でストップするのだが、行きすぎると落ちてジ・エンドである。高速道路で一位になるとそのまま走り抜け、次の階層に進む。残ったカートは一位のカートが抜けていくので、新しくきたカートを加えて又、トライする事になる。
一位になれないといつまでもこの2階層に残ったままである。この階層を抜けるためには一位になるほかは棄権の旗を揚げる事も出来る。そうしたら、カートごと逆走して元の1階層に戻されるのだ。
ハクは連続一位を取り続け、無事に3階層に進む事ができた。
3階層に着くと、身の前に高い山がそびえたっていた。山の上までグルグルとカートが回っていくらしい。カーブの連続なので、飛び出さないように運転するのはかなり大変だ。頂上までいくと次の山まで助走をつけて飛ぶ。そして、山の頂上から麓まで今度は下っていくのだ。かなりのスリルを味わえた。咲はジットコースタが好きなので楽しかったがカミィは顔を顰めながら後ろの手すりにしがみついていた。
4階層は氷のコースだった。ツルツルと滑るコースはすぐにコースアウトするカートが続出している。
5階層は森林だった。あちこちに落ちている障害物を避けながら進んで行くと突然切り立った崖下にでる。そこを垂直にのぼっていく。どうやらここに着くまでに、ジェット燃料を手に入れないとカートを浮かせて崖を登る事ができないらしい。そのジェット燃料は入ってすぐの所にいるモンスターとじゃんけん勝負をして勝たないともらえない。負けると、また、挑戦者が5人くるまでお預けになる。
だので、ハクはアイテムを持たずにここまで来たのだ。記憶を取り戻したハクはかなり強い。魔法も使えるので、カートを浮かせるとそのまま崖の上に飛んだ。飛んだおかげでその先に待ち構えていたモンスターの上をフワリと飛び越え、そのまま5階層を攻略できたのだった。
6階層はモンスターの乗ったカートが4つ、待ち構えていた。5つめのカートに乗ると、モンスターと争ってトップを目指す。途中、モンスターが様々な妨害行為をしてくるが、光の勇者であるハクはバリアーを使えるのであっさりと中間地点までくる事が出来た。中間点には、蓮池に島がポツンと浮かんでいて、その島に着陸すると風船の大きさほどもある電球がカートに乗ってきた。暖かなじんわりとした光がハク達を照らす。
「これ、いやしの光だ」
「ここで回復して、って事?」
「どうやら、そうらしい」
《アスは平和主義だったから》
「うん。ここのモンスターも相手を傷つけずに連れて行って崖から落とすらしいし」
《……うーん》
「崖から落とされるだけ……」
「まぁ、……被害はないし、スリルを楽しめるって、言っているのもいたし」
蓮池からハスの茎がのびてきて蕾ができ花が咲いた。次々と開いていき、紅色、白色、桃色と美しい花が開いていく。そして、ひときわ大きな蓮の花が緩やかに開くとそこには小さな太陽があった。
よく子供がお絵かきで描くような太陽に目鼻がついていると言えないいのだろうか。その太陽は花の上に浮かぶとハク達に向かってニンマリと笑った。
「GO!」
突然、カートに乗った電球から声が係った。その声に反射的に答えてハクはアクセルを踏んでいた。島を飛び出すと、太陽が大きな口を開いてハク達のいた場所をかじったところだった。ハスの花は蓮池から根っこごと飛出し、ハク達を追いかけてきた。真ん中にある太陽はカチカチと歯を鳴らしている。
「あ、あれ、なんだかどんどん口が裂けて大きくなっていく」
《口裂け女みたいだ》
「口裂けハスでしょ」
「太陽だよ」
《まったく、誰が考えたんだか》
突然、ホラーっぽくなってきたのでハク達も飛ぶように逃げた。ハクの頭の上でユキは髪にしっかりとつかまったまま、ハスの花に向かって雪玉を投げている。でたらめに投げているように見えたが、そのうちの一つが太陽にあたると、『ジュワ―』という音がして太陽が少し欠け湯気がでた。
怒っているようだ。
すかさず、ひときわ大きな雪だるまが飛んでいった。雪だるまは太陽に飛びついたので、太陽の端が大きく欠けた。やはり、熱いモノには冷たい攻撃がきくようだ。ユキは次々と小さな雪だるまを繰り出し、とうとう、ハスの花の足は止まってしまった。太陽は随分溶けてしまったようだ。その間に急いでカートを走らせゴールした。ゴール地点には白いテープが張っているからわかりやすい。
「なんだか、恐かった。ユキちゃん、ありがとう」
《いや、あの太陽はないよ。それにしてもユキ様、さま》
「アスなりの最強モンスターじゃないかな」
「アスが考えたの?」
《わからないけど、どこかで見たような気がするな。それにしても、太陽と雪は相性がよかったね》
「ほんとに……ユキがいてよかった。ありがとう」
ユキは皆に感謝されて恥ずかしそうにハクの服の中に潜ってしまった。いつもは丸く白い球体に見えるのにフッサリとした尻尾がユラユラ揺れて目立っている。
「ユキちゃんって、尻尾がフサフサしてたんだね~」
「いつもはしまっているみたいなんだ」
《めったに見られない尻尾がみれて、今日はよかった》
ハク達は疲れた~と言いながら次の階層に降りて行った。
――7階層
7階層はボスの階層だ。そこには大きな電球が待ち構えていた。
「まさかの電球」
「ユキちゃんは雪だるまだったから、光の珠か、もしくは太陽の目鼻なしかと思ったんだけど」
《俺はあの、太陽が出てくるんじゃないかと思った。もっと大きくなって》
「それはそれで、ちょっと」
「これ、どんな攻撃してくるんだ」
《えっ、あれ、まさかレーザービーム?》
カミィが指さした先、電球の上には巨大なビーム砲が設置されていた。あっという間に電球の中からせり出してきたのだ。それが何台も重なるように並んでいる。照準がハクに向いた。
「コウフクセヨ」
電球がしゃべった。
《降伏だって。どうするんだ?》
「ブキヲステ、テヲアゲテ、ウシロヲムケ」
《えーと、武器を捨てて、手をあげて、後ろを向くのか?》
大きな電球がまわりをかこむようにまた。現れた。ぜんぶで4台あって、死角はないように見える。どうやって、攻めようか、電球は割れると飛び散って危ないし、とハクが少し悩んでいると、突然、電球の光が消えた。次々と4台とも光が消えてしまって、洞窟のほのかな明かりだけになってしまった。と、見る間にビーム砲は引っ込み、電球も小さくなっていく。
《なんだ? どうしたんだ?》
「いや、まだ、何もしてない……」
「電源、抜いてきたの」
咲がコードの先をブラブラさせながら戻ってきた。
「電球の下にコードがあって、その先にコンセントがあったから、ちょっと抜いてみたらビームとか消えちゃったね」
「いや、確かに」
《それでいいのか?》
「いいんじゃない」
電球が消えるとそこには小さなアスがいた。アスは不思議そうにハクを見るとトテトテと歩いてきて、それからハクに飛びついた。
「ルー、ルー」
「キューン」
ハクの頭の上でユキとアスはコロコロと転がっている。時折、落ちては肩に乗り何だかうれしそうにハクの体の上で遊び始めた。電球は消えたが、そこには巨大な金塊が転がっていた。どうやら、ダンジョンをクリアしたらしい。この光のダンジョンは金をドロップするので、階層を重ねるごとに金の重みが増していき、このボス部屋の金塊はとても大きいものになっていた。
「キンキラキンだね」
「金の塊を貰っても……」
「ル~」
「いや、嬉しいよ。有難う」
《ティアラとか女の子に作ってあげたらいいかな》
「うん。カミィ、可愛いのを頼むよ」
「毛玉たちにもお揃いのアクセサリー、作ったらどう?」
《それ、いいかも。皆でお揃いの首輪というか、チョーカーをつけて。踊ったらピカピカ光るんだ》
「ル~、ル~ル~」
「キュ~、キュ~」
毛玉が喜んで飛び跳ねている。どうやら、喜んでもらえたようだ。
次回「クロロ」