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2.   ユキ

 清々しい朝である。

 乙女小路家の居間にいると時を忘れてしまいそうだ。朝食のテーブルには見事な和食が並んでいた。ハクが作ったものである。材料は咲の「なんでもしまえる結界」から出した。

 ハクは咲が出した材料を見て、首を傾げながらもスムーズに料理を始めた。記憶がないくせに身体が覚えていたらしい。


 《すごいな。久しぶりの和食だ》

「これまで、何を食べての? お米がないなんて」

「お米なんて、ごく一部でしか流通してないよ。農業をする人があまりいなくて、食糧は大量生産しているけど、小麦中心の食文化なんだ」

 《パンばっかり食ってたんだ》


「ハク、『なんでもしまえる結界』に食糧はしまってたでしょう?」

「うーん。結界ってどうやって使うの?」

「どうやってって。どうするんだっけ? カミィ」

 《そのまま、簡単に取り出してたから、今さら聞かれても。それに、俺もずっと結界、使ってないよ》 

「えっ? 結界、つかってないの?」

 《使えないんだよ。身体がないから》

「あっ、そうか。今のカミィは幽霊みたいなものね」

 《そういうこと》


「カミィは幽霊なのか?」

 《幽体! だよ》

「カミィ、怒っているよ。幽体だって」

「……」

「大して変わらないのにね」


 咲はハクとカミィが会話できないのはとても不便だと思ったが仕方がない。間に咲が入る事でこれまでよりはずっと意思疎通がはかれるようになったのだから。

 それにしても、会話のニュアンスを伝えるのはとても難しい。通訳なんて到底できないと、時々適当に二人の会話を繋げながら身内だから適当でもいいよね。と咲は思った。


 とりあえず、今日の朝食はとても美味しかった。さすが、噂に聞くハクの料理の腕は確かだった。カミィも今日はきちんとカミィの分としてお皿が準備されていたのが嬉しかったらしい。カミィは身体がないくせに、食事はできると言う謎仕様だ。

 もっとも、食べなくてもいいらしいのだが、生きている事を実感するために食事をするそうだ。本当は単に食いしんぼなだけだと咲は思った。


 今日はダンジョンに出かける事となった。雪のダンジョンである。いつでも、雪に覆われている雪山のふもとにあるダンジョンだ。今の季節は夏だから、この雪のダンジョンはとても人気である。雪山なのにそのダンジョンの前はお日様があたって暑い、けど、そこがいいらしい。そこまできれいに舗装された道もあるしバスも走っている。


 ――雪のダンジョン


「わーお、人がいっぱい」

 《コビトがいっぱいだろ!》

「コビトじゃない、よね。大きいもの」

 《むしろ、咲ちゃんがコビト》

「幽霊」

 《ああっ、凹む》

「凹め!」

「えーと、ほら二人とも仲良くして」


 ハクは二人の会話は聞こえないのになんとなく察して仲裁にはいってきた。

 咲とカミィは会って間もないと言うのに、何かと口げんかが絶えない。というよりも、カミィが喜んで絡んでくるのだ。ずっと話す相手がいなくて寂しかったらしい。咲はいい迷惑と思っていた。カミィの見た目は女神さまだが、それが余計に残念に感じられる。



「美味しいかき氷ですよ~いかがですか~」

「アイスクリーム、アイスクリームはいかが~。ソフトクリームもありますよ~。ソフトクリームは取れたてのミルクからつくりました~美味しいですよ!」

「冷たいジュース、冷たいフルーツもあります~」


 ダンジョンの前は賑やかなお店が立ち並んでいる。今は夏なので雪のダンジョン1階は特に遊園地のアトラクションのような扱いである。

 ダンジョン前は暑い夏、なので冷たい食べ物や飲み物が美味しい。

 1階のダンジョン入口は大きく広がっていて中には雪が積もっているのが見える。ダンジョンの中の氷を切り出して、冷たい飲み物にしたり、色々冷やすのに使ったり、このダンジョンはとても人気なのである。


 中ではいくつか仕切りがあって、一角では子どもたちが雪だるまを作っていた。その雪だるまはうまく作ると動き出して、雪玉を投げつけてくるのだ。つまり、雪だるまのモンスターである。

 雪だるまのモンスターに雪玉を投げつけてやっつけると、小さな雪の結晶を落とす。その雪の結晶は溶けないので、集めてアクセサリーをつくるのに使われる。触るとヒンヤリするので、夏の定番アクセサリーの材料になるし、子供のいいお小遣いになるのだ。


「なんというか、……」

「光の国の迷宮に比べると、ここのダンジョンはとても平和ね」

 《昔の地球の人類に比べると、コビトが人畜無害で恐いよ》

「ほんと、どうなっているのかしら」

「えー、平和でいいんじゃない」


 ハクがのんびりした顔でのたまった。どうやら、今のハクは穏やかなのんびり屋になってしまったようである。このハクは桐に会わせられないと咲は思う。聞いていたのと随分違うし、姿形がコビトなのだ。

 それに、何より、桐の事を覚えていない。

 早いとこ、ダンジョンを攻略して、記憶を取り戻してほしいと切に思う。

 ダンジョンの主である天使たちも話によるとピンボケのようだけど、虹の毛玉、シュテアネは違うらしいから彼に会えれば、何とかなるような気がする。

 この二人、ハクとカミィはあまり頼りにならないから自分がしっかりしなくては、と咲は強く拳を握った。


 《なんか、咲ちゃん、勘違いしてない?》

「勘違い? じゃないよ」


「勘違いって?」

 ハクがどうしたの? と言う顔をして聞いてきた。ノホホンとしている。


「全然、勘違いなんてしてないから。早く行こう」

 と咲は二人を急き立ててダンジョン地下2階への扉に近づいた。そこにはピンクの帽子をかぶったコビトが二人いた。


「この扉をあけるには、雪の結晶がいるよ~」

「そうそ。雪だるまをつくらないと下にいけないよ」

「でも、なんとこのアクセサリーを使うと簡単に扉を開ける事ができます~」

「今ならお安くしておきますよ~。いかがですか~」


 彼らが売り込みをかけてきた。


「あっ、僕、結晶はいくつか持っているから。この間、貰ったんだ」


 ハクがそう言いながら、ポケットから雪の結晶を取り出すと、とピンク帽子のコビトはガッカリしたようだったが、「良かったら、帰りにでも入口の店、見てってね~」とめげずに声をかけながら手を振っている。


 さて、結晶を扉にはめ込むと、地下に続く扉が開いた。其処には暗い洞窟が広がり、その洞窟の前にトロッコがポツンと置いてあった。もちろんトロッコの下にはレールが続いている。トロッコは手押しトロッコで、乗って自分で押して動かすらしい。


「あれ? 一人で行くの?」

「一人でも行けるけど、二人で押した方が効率、いいよ」


 戻ってきたらしい緑の帽子をかぶったコビトが声をかけてきた。コビトは何やら詰め込んでいるらしい、大きく膨らんだ袋を肩にかけていた。緑のコビトはハクの帽子を見て、


「赤かぁ。どちらかと言うと緑のほうが2階は行きやすいみたいだよ。誰か緑を誘っていったらどうだい?」

「今なら、いい薬草がたくさん取れる」

「そう、大量だったよ。さすが、雪の迷宮だ。特に夏はいい薬草が取れるのに、皆、あまりいかないから、取り放題」

「えー、どうして、皆行かないのかな?」

「そりゃぁ、なあ……」

「このトロッコ、うまく操縦しなきゃ落ちるから」

「落ちる? どこに?」

「えー、兄ちゃん、ちゃんと調べてこなかったのかい?」

「うん。初めてなんだ」

「ああ、そりゃぁ、いけないなぁ」

「ここのトロッコ、レールが所々、途切れているし、途中、途中にモンスターが出るから、それをうまく飛んで避けなきゃ行けない」

「慣れたら、飛ぶ地点とか、モンスターが出るトコとかわかるから簡単に行けるけど」

「あっ、ここで跳べとか、しゃがめとかペンキでマークしているから参考にするといいよ。赤が飛べ、緑がしゃがめ、だよ」

「うん。教えてくれて有難う。とりあえず、お試しで行ってみるよ」

「そうかい。気を付けてな」


 二人のコビトは軽く手を振ると洞窟から出ていった。コビトは基本的に人がいいから親切に色々教えてくれる。しかし、その肩に乗っていた妖精は「そんな見ず知らずのコビトに……」とか「時間の無駄」とかこっそりブツブツ言っているのが聞こえた。


「ねえ、コビトの性格はいいのに、妖精になった人間は根性が良くないんじゃない?」


 咲が呆れたようにいった。これまで見てきた限りでも、どのコビトもニコニコして感じがいいのに、妖精がブー垂れた顔をしていたり、しかめ面をしてたり、ひどい時はアカンベーをしてくる妖精もいるのだ。総じて、妖精はお行儀が悪い。本能のままに生きているとも言えるかもしれない。


 《妖精って人だから、所詮、人は煩悩や欲望に囚われるものなのさ》

「うわー、カミィが賢い人みたい」

 《咲ちゃん、俺の事、なんて聞いてたんだよ》

「おバカなカミィ」

 《くそ! だれだよ》

「でも、バカだけど、可愛いとか。愛されるバカとか言ってたよ」

 《うーん。かわいさ、余ってって奴か……》

「うーん。なんといえばいいのか、ちょっと……」 


「楽しそうなとこ、悪いけどさ。そろそろ行こうよ」

「はーい。こっちのハンドル、ボクが持つね」

「いや、それ無理だから」

 《無理だろ》

「大丈夫。ほら、羽を出したら」


 咲が天使の羽を出すと何と咲の体は大きくなった。ハクと大して変わらない。咲も昨日の夜、色々と試してみたら天使の羽と大きくなるのがセット、というのがわかったのだ。


「うわー、大きくなったね。僕と変わらない」

 《俺と変わらない、じゃなくて、俺より小さい》

「当たり前でしょ。カミィは大人でボクは子供なんだから」

「咲ちゃんっていくつ?」

「ボクは15歳だよ」

 《それは15年前に生まれたって事だよな》


「えーと、何故ボク? って」

「うーん。育ての親が僕って言ってたから移った?」

 《誰だよ。育ての親って? 駿兄?》

「ううん。駿兄も親ばかだけど、ずっと側にいたのはイトリ」

 《イトリか! あいつ育て方、間違ってないか。どうせ、サバイバルと格闘技とか》

「当たり! 皆、通った道だって。あちこち連れて行ってもらった。カー様とか、トー様も忙しくて、イトリは神なのに暇していたから」

 《神!? イトリは何の神なんだ?》

「龍神」

 《へっ! なんで龍神?!》

「トラとか龍族を率いているからじゃない? でもさ、龍族はイトリを一応頂点にしているけど、みんな自主的に動いてるから、イトリは暇なんだって」

 《あいつ、絶対なんかやったな……》

「何かって?」


「ごめん。いいかな。もう行きたい」

「あー、ごめん」


 咲は大きな天使の羽をフワリと揺らした。

 しかし、トロッコに乗ると咲の羽が大きくて畳んでも視界の邪魔になる事がわかった。結局、咲は小さくなってハクの反対がわでカミィと共にハンドルを押して、少しだけ力の足しになることにした。

 カミィは以前、ダンジョンに入ろうとした時は弾かれて入れなかったが、ハクと一緒だとあっさりと入る事が出来た。幽霊だけど、ハクの連れという範疇に入ったのかもしれない。カミィは幽霊なのだがハンドルを持ち、そのハンドルの上に咲が乗り、せーの、で漕ぎ出した。


 トロッコは走る。

 はじめは平たんなレールの道が続き、周りは鍾乳洞のような氷の氷柱が並び幻想的な景色が続いた。

 トロッコはスピードを上げる。

 咲は楽しくなってきた。ジエットコースターとか好きなのだ。カミィも喜んでいる。一人、ハクは冷静である。どうやらペンキの跡を確認しているようだ。前方に蛍光塗料に光る赤いペンキが見えた。


「飛ぶよ」

 ハクはそういうと、速度を上げ、赤いペンキのほんのちょっと前で角度を変えた。するとトロッコは見事に飛んだ。そして、崖を超えた。


「うわー、スリル満点」

 《楽しい~》

「ほんと」

「ほら、すぐ次だよ」


 そう言うと、又すぐ次が来た。

 そうして、いくつもの崖を飛び越えてやがてトロッコはレールの最終地点に着いた。


「意外と」

 《あっけなかった》

「わりと簡単に来れたね。というか、ハク、この道、知ってたの?」

「友達に聞いていたから。この雪のダンジョンは割と初心者向けなんだ」

「その割に1階層は人が多いけど、この2階層からは行く人が少ないみたい」

「ああ、それはね。皆他のダンジョンに行っているんだ。やっぱり光と闇のダンジョンが人気で、どこでも薬草は取れるから。植物とか時野ダンジョンにはまっている人もいるけど」


 この世界のダンジョンは全部で7つあるが、それぞれ、浅い階層はさしたる危険もなく観光名所になっている。

 雪のダンジョンが今いるところだが、ここは1階層が大変人気で子どもたちが沢山遊びに来る。しかし、2階からはトロッコを操作しないといけないし、こぐのが疲れるため体力に自信のあるものしか潜っていかないそうだ。


 2階層は崖をトロッコで飛び越えるだけだが、その後はレールが途切れたり、モンスターが襲ってきたりする。その上、雪のダンジョンのせいか雪や吹雪に襲われるようになるので、寒いし視界が悪くなるので、攻略するのは大変なのだそうだ。


 だから、実はこのダンジョンは5階層までしか攻略されていない。

 そして、他のダンジョンも最後まで攻略されているところはない。コビトたちは浅い階層で薬草を取り、ゲーム感覚でダンジョンを楽しんでいるから、ダンジョンといえば観光地のようなものとなっている。


「それってどうなのかしら?」

「んー、平和でいいんじゃない。トロッコから落ちても、モンスターにやられても、入口に戻るだけだし、取った薬草はなくなるけど、又やり直せるし」

「怪我はしないの?」

「軽い擦り傷とか、切り傷は残るみたいだけど、ひどい怪我は戻ったら治るんだ。でも、服は戻らないからボロボロになるし、武器も壊れたらそのまま」


 話しながら、咲はせっせと薬草を摘んでいた。階層によって取れる薬草は違うのだが、この世界の薬は薬草から作られるので、薬草はそれなりの値段で買い取られる。


 ダンジョン内で死ぬことはない。が、死にそうな怪我をする事はある。そういう時は潔く、崖から落ちて戻る事が推奨される。たまに、ひどい怪我をして動けなくなる事もあるが、そういう場合はやがて、モンスターがくるので、それで帰る事ができる。

 ただ、モンスターの手で帰るはめになった者は、かなりトラウマになるらしく、もうダンジョンに入らなくなるそうだ。

 そういった経緯もあって、今ではダンジョンの奥に入る人はかなり少なくなってしまった。


「さて、次に行こうか」

「そうね。ハク、トロッコはどう?」

「ん。大丈夫。なんてことないよ」

 《もともと、ハクの身体能力は普通じゃないから》

「コビトでも大丈夫なのね」

「うーん。それが不思議なんだけど、僕はコビトじゃないかもしれないと時々思うんだ」

「うん。ホントのハクは人間というか、ここの妖精の大きいのだよ」

「妖精かぁ~。あまり、いい印象がないからなー」

 《そうだね。奴ら、本能のままに生きてるから》

「本能のまま……」

「ははっ。確かに。妖精たちは感情的かもしれない。まともな妖精も、もちろんいるんだけど」

 《ハクの事、「なし」って呼ぶ妖精たちはむかつくけど、時々異様に懐いてくるのがいるんだ。それはそれで恐い》

「とりあえず、先に進もう」


 そうして、彼らは次の階層にいった。3階層だ。そこにもレールとトロッコが用意されていた。2階層と同じような洞窟になっている。


「さて、ここからはモンスターが出てくる。僕はトロッコを操作しなくてはいけないから、モンスターは頼むよ」

「まかせて! 武器はこれ」


 そういって咲が出してきたのは弓だった。実は咲は弓が一番得意なのだ。この弓は昔、カミィが作ったのだが魔力を矢にして飛ばすので、続けて攻撃する事ができるし、消費魔力も魔法玉を使うので魔力のない人間でも使う事ができる。

 地球でこの弓が使えるかどうかわからなかったが、昨日、試しに庭でうってみたら見事にスイカを貫通した。ちなみに乙女小路家の家庭菜園はハクが手入れをしていたので、野菜やスイカが売るほど生っている。


 《昨日のスイカは美味しかった》

「そうね。よく熟れてた」

「座敷童がカミィで幽体だけど仲間で、よく食べるって事がわかったのも良かったよ。これまではやたら食べ物が消えるけど、どれだけ作ったらいいのか困っていたんだ」

「そこなの? 普通、ゴーストバスターとか考えない?」

 《咲ちゃん、ひどい》

「いや、悪意はないのはわかっていたし」

「ねえ、カミィは幽霊だけど、筆談とかできたんじゃない? ポルダーガイストはしていたみたいだし」

 《ダメだったんだ。ペンシルを持ったりとか細かい仕事をしようとすると眠たくなって……》

「そう。性格に問題があったのね」

 《違うよ~。ほんとにペンは持てなかったんだ~》

「ご飯は食べられるのに」

 《ご飯は手を使わないじゃないか》

「まぁ、とにかくカミィは大雑把、でいいのかな」

「うん。そんなとこ」

 《……》


 さて、3階層のトロッコは快調に走りだした。出てくるモンスターはカミィが突風で吹き飛ばし、ハクの運転は確かで、途切れるレールも無事に飛んで、モンスターも討伐して無事3階層もクリアした。

 トロッコの中にはキラキラ光る雪の結晶が転がっている。ここのダンジョンのモンスターを討伐すると、溶けない雪の結晶が手に入るのだ。階層が上がるごとに結晶の大きさが大きくなり、模様も複雑に輝きも増してくる。ので、5階層には時々アクセサリーの素材を取りに来る人もいるようだ。


 続く4階層は雪山だった。ダンジョンの中なのに晴れ渡る雪山。その中をトロッコが走る。時々、スリップしたり雪崩が落ちてきたり、レールが雪に埋まっていたりしたが、ハクが上手く避けたり飛んだりした。レールの雪はカミィが吹き飛ばした。カミィが以外と役にたち、ハクに褒められて喜んでいる。


 5階層は吹雪の雪山だった。視界が悪いのが一番の問題だったが、そこも最初にカミィがトロッコの周りの雪を吹き飛ばし、しばらくして結界が使えるのではと、トロッコの周りを結界で囲ったのでとても見通しが良くなってスイスイと行くことができた。

 カミィは守りの結界を張れるようになった。が、何でもしまえる結界は使えない。やはり、実体がないとだめらしい。


 6階層は凍った湖だった。湖のほとりにポツンと小さなボートがおいてある。見渡すかぎりの氷の湖に何故か、キラキラ光る矢印があって下を指している。氷の湖の下に行くらしい。。


 《氷を砕いて湖に潜れって?》

「氷を砕いて湖に潜るんだ」

「だから、誰もこの階層を攻略しようとしなかったのね」

「寒いからね。でも、小さな穴をあけて釣り針を垂らすと、小魚が釣れるんだ。外に出たら結晶に変わるけど、ここでなら食べられる。から揚げがおすすめだって」

「その割には、釣り人がいない」

「ピチピチ跳ねて氷の上を逃げ回るから釣った後、捕まえるのが大変らしい」

「寒いし?」

「寒いし」

 《寒いな》

「カミィ、暑さ、寒さがわかるの?」

 《身体がないだけで、他は人と変わらないよ》

「……そうかなぁ」


「じゃ、行こうか」

「どうやって」

「まず、氷を砕いてボートに乗る」

「うん」

「そして、潜る」

 《うわー》

「うーん」

「大丈夫だよ。空気の実を持ってきていたけど、カミィの結界が使えるのなら楽勝だ」

「空気の実って何?」

「庭になっていたんだ。口に入れると空気が出てくるから水に潜ると便利だよ。南方にしかできない希少な実らしいけど、あったから」

「そうなんだ……」

「乙女小路家の庭は宝の庭だよ」

「虹色の毛玉も生ったっていうしね」

 《そう。あの時は驚いたよ~。なんか訳わからない木が結構あったから》

「そうなんだ。じゃぁ、カミィ、結界張ってくれる?」


 ハクはボートに乗りながらカミィのいる反対がわに話しかけた。ハクはカミィが見えないから仕方がない。


 《ちくしょう。ああ、いいよ》

 と言いながらカミィはハクの目線の先に移動した。


「ふふっ」

 咲が噴き出した。


 《何がおかしいんだよ》

「だって」

「どうかした?」

「ふふっ、なんでもなーい。カミィはハクが好きだって」

 《さ、咲!》


「えっ、ありがと」

 ハクは嬉しそうにカミィの袖口に笑いかけた。


 さて、咲が炎の魔法で湖の氷を溶かし、3人はボートを押して湖に浮かべた。


「なにも、見渡す限りの氷を溶かさなくてもいいのに、大丈夫なの?」

「全然、平気。というかお試しで炎を出しただけなのに威力、高すぎてびびった。地球だと魔法の効力が大きい?」

「咲ちゃんの魔力がここのダンジョンにあっているんじゃないの? この世界に魔法使いはいないからどうだかわからないな」


 そう、地球がコビトの世界になってもコビトは魔法を使えない。そして、妖精になった人も魔法を使えない。ハクもコビトの姿で、魔法は使えない。カミィは幽霊で魔法が使えるが大雑把にしか使えない。そこで、咲が活躍するわけである。


 ハク達はボートを漕ぎだした。手漕ぎボートだ。どうやら、この雪のダンジョンは体力がないと攻略できないようだ。ボートは力強く水面を潜っていく。斜めに冷たい水の中を進んで行くのだ。カミィの結界のおかげで水中散歩のような感じになった。が、深いところには大きい魚型モンスターがいてボートを攻撃してきた。カミィの結界から突風が吹き、モンスターを軽々とやっつけていく。カミィ、お手柄である。

 微妙に得意そうだ。


 湖のそこには大きな貝が口を開け、そこからビーナスが真珠を投げつけてくる。側には沢山のサハギンがいて、そちらは小さな貝を投げてきた。貝は結界にあたるとギザギザの歯をむき出したピラニアを大きくしたような魚になり、カチカチとこちらを齧ってこようとする。


「これ、普通のコビトには無理じゃない?」

「うん。無理だから誰も攻略できてない。ここ、雪の結晶しかでないしね」

「あれ、やっつければ先にいけるの?」

「多分」


 しばらく、戦闘が続いたが、結界にまもられて、攻撃するだけのハク達は無敵だった。あっさりと勝利すると、大きな貝がひっくり返りそこに階段が覗いた。


「この階段を下りるの?」

「そうみたいだ」

 《ボートはここまでか》

「行こう」


 ハク達は結界でくるまれたまま、3人で階段を下りて行った。

 長い、長い階段の先には扉があった。


 《いよい》

 カミィが言いかけると、あっさりとハクが扉を開けた。そこには眩い雪山と巨大な雪ダルマがあった。

 その雪ダルマの上には九尾の狐がデンと座っている。


「キューイ」

 迫力ある姿なのにとても可愛い声でダイナシである。


 《あれ? きつね? まさかユキが大きくなった?》

「小っちゃい子狐だったんでしょ?」

 《時がたてば、みんな大きくなるよ。でも、覚えてないのかな》

「だって、ハク、コビトになっているもの」


 と言う話をしているうちに戦闘は始まった。巨大な雪ダルマから繰り出される雪玉は大きくて、当たると周りにいるちいさな雪ダルマも吹っ飛ばされた。それを見て、九尾の狐は首を傾げている。

 小さな雪ダルマも雪玉を使って戦闘に参加しているのだが、次々と大きな雪玉につぶされていく。

 ハクたちは結界に守られているので、雪玉が当たっても滑ってそれは周りの小さな雪ダルマに向かっていく。


 結局、大きな雪ダルマだけが残された。ハク達は何も攻撃していないのに。

 大きな雪ダルマに足がはえハク達を踏みつぶそうとしてきたので、


「咲ちゃん、すごく小さな炎、さっきの100分の一くらいで雪ダルマの足だけ溶かして」

 ハクが頼んできた。


「任せて」


 そういうと、咲は張り切って、雪ダルマに向かって炎を投げつけた。するとあっと言う間に、雪ダルマは溶かされてしまった。後には小さな小狐がきょとんとした顔で残っていた。


「……ユキ?」

 ハクが呟いた。子狐はハクの顔を見ると飛びついてきた。が、結界に阻まれ滑り落ちた。


「カミィ、結界を解いて」

 《えっ、大丈夫かよ》

「いいから」


 そう言いながらハクは小狐に駆け寄った。駆け寄りながらハクの体はコビトから人に変わっていった。


「ユキ」

「キューン」


 感動の再会である。ハクはユキを抱きしめるとクルクル回った。

 どうやら、姿形は元に戻ることができた。


「ハク、記憶はもどったの?」

「ああ、思いだした。浄化が終わったのに、色々忘れていてこの世界に順応しようとしたらしい」

 《コビトだもんな》

「ああ、カミィ、びっくりしただろ?」

 《俺の言葉、聞こえるのか?》

「聞こえるし、見えるよ。幽霊カミィ」

「うわー、やったー。やっと、やっと」


 カミィは感激のあまり、涙ぐんでいる。ハクはそっとカミィに近づくと抱きしめた。なんだか、実体がないせいかフワフワした空気の塊のようだったが、それでも久しぶりにカミィに触る? 事ができた。


「カミィ、追いかけてきた?」

「うん。桐ちゃんには皆がいるけど、ハクは天使の封印だと一人になるから、側に居たかったんだ。ごめん」

「ううん。ありがと。なんとなく、一人じゃない感じがしていたのはカミィのおかげだったんだ」

「俺、ずっと側にいたんだ」

「ごめんな。忘れていて」

「いいんだ。それより、ハクだ」

「うん。俺の姿、おかしくない?」

「大丈夫。元のハクだ」

「そうか。良かった」


 ハクはユキの姿を見る事で全てを思い出す事ができたようだ。このダンジョンは天使たちが誰も寄せ付けずに封印を守る為にそれぞれの能力を使い作っていたモノだ。

 長い時がかかる為、新たな生命が発生するかもしれないとダンジョンの形になったのだ。

 まさか、要のハクが記憶をなくし、地球がコビトの世界になって、人が妖精になってコビトにつくとは思わなかったが。


「地球自体に封印をかけたんだ。桐を悲しませたくなくて、全てが終わるまでは見えないように設定をして。初めての試みだし、どうなるかわからなかったから。影の世界への転移はうまくいった?」

「それねぇ、転移はできなかったの。影の世界は消えて、代わりにリンゴの木が生えて……そこに魂がリンゴになって実ったの」

 《うわー、それって輪廻転生はどうなってる?》

「よくわからない。多分、現実世界以外の世界で回っているみたいだけど」

「うん。あのさ、俺、とりあえず桐に会えるかな」

「あーっ、そうか。待って。ケータイ」


 そう言いながら、咲はケータイを取り出した。ハクとカミィの良く知っている形のケータイだった。どうやらハク達がいない間に新機種はでてないようだ。


「あれ? つながらない」

 《貸して見な》

「うん」


 咲がカミィにケータイを渡すとケータイはポトリと落ちた。


 《どういうことだよ》

「カミィ、物を取る時、どうしてる?」

 《こう、念能力で》

「あーっ、カミィ、身体がないから念能力でこれまで色々していたんだよ。だから、字が書けなかったんだ」

 《そうか、退化したわけじゃなかったんだ。良かった》

「もう、カミィって面白い」


 咲はおかしくなって笑ってしまったが、ハクが元に戻ったのを見て安心したせいか、涙が出てきてしまった。


「あれ、あれ? おかしいな なんだか」

 《うん。わかるよ。俺も涙がでてきた》

「ああ、安心したのか。二人とも心配かけたね。有難う」


 それから二人はしばらく泣きながらケータイを見ていたが、ケータイはウンともスンとも言わなかった。

 その間、ハクは二人の背中をさすっていたが、頭のうえではユキが嬉しそうにポンポン飛び跳ねまくっていた。


「ユキ、雪は降らせないで」


 ハクの頭や肩にはうっすらと雪が積もっていた。どうやら、ユキが降らせたらしい。それを見て、カミィがまた懐かしい光景だと喜んだ。咲のケータイは繋がらないので、このままとりあえず天空の裂け目に行ってあちらの世界に帰る事にした。ハクはとにかく桐に会いたかった。


次回「アス」

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