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1.   咲

 今日も地球は白く輝いている。


 咲はいつもの場所にいる桐を見つけて、静かに近寄った。

 桐は戦艦『白龍』の上からあの日、ハクたちが落ちていった場所をジッと見つめていた。ため息がこぼれる。

「待っていて」そう言ったハクの言葉を信じてずっと待っているのだ。


 咲は桐の隣にそっと座った。最近は咲が側に寄り添う事が多い。


 他の皆はもうとっくの昔に人としての生を終え、神として生きている。彼らは忙しい。

 新しい魂が生まれる事はなくなったが、あの時、「異世界」に存在していたモノたちは地獄の住人も含めて、残った世界の中で転生を繰り返し、生きている。もちろん、海の国、砂の国、光の国も含めて。


 光の国、もう一つの地球に生まれたリンゴの木は今も活き活きと枝をひろげている。リンゴの実もそれぞれ、少しずつ個性はあるが木に生ったままである。最初は荒野の上にポツン、ポツンとリンゴの木が生えていたが、今ではツヤツヤとした草原の上に豊かに茂ったリンゴの葉が揺れている。緑豊かなリンゴの葉の中にたわわにリンゴの実が生っている。

 リンゴの実に変わった魂たちは、これまで過ごしてきた人生を繰り返し夢見ているのかもしれない。実を観察していると大きくなったり、小さくなったり、しぼんだり色艶が良くなったり、時には凹んだり傷つく事もあるのだ。


 ハク達がいなくなってから、すでに700年の時が過ぎていた。



「桐ちゃん、また地球を見ているの?」

「うん、まぁね」

「あの白い膜、……少し、薄くなってきたかも」

「そうね。少しずつだけど……薄くなっているような気がする」


 二人が眺める地球は、変わらず輝く白い膜に包まれている。


「ハク兄って、どんな人だったの?」


 咲は何度も繰り返した問いを桐に投げかける。そして、桐の答えはいつも違う。


「うーん、目つきがちょっと、色っぽい。いいカッコしいで、誰よりもいい男、かな……。でも、うそつき」

「そうなんだ。カミィは?」

「美人? 食いしんぼでお人よし?」

「なんで、疑問形?」

「ふふっ。カミィって本当は私の側でハクを待っているはずだったのよ」

「飛び込んじゃったんだよね」

「そうね。バカだから」

「うん。怜兄が言ってた」

「私の事、頼まれてたはずなのに。思わず追いかけて助けようとしたみたい。で、そのまま付いて行ってしまったの」


「7人の天使たちもいたんでしょう」

「そうなの。ハクと毛玉たちはそれぞれ、役割があったんだけど。カミィ、どうしてるのかしら。みんなの邪魔をしてなければいいのだけど」

「封印されていても動けるの?」

「カミィは封印には関わっていないから……動けるはず。でも、帰ってこないのよ。カミィって、いつもイレギュラーだわ」

「うーんと、型にはまらない、神さまのなりかけ、だったっけ」

「いつまでも、分化しないから大人になれないのよ。私もだけど……」

「だって、桐ちゃんはハク兄を待っているから」

「そうね。私だけ大人にはなれないわ」


「地球はどうなっているのかな?」

「そうね。どうなっているのかしら。結局、地球にはどうしても入れないし、地球の結界が解けないの。浄化はなされた、はずなのに」

「浄化は終わっているの?」

「ええ、終わってるみたい。なのに、地球の封印が解けないのはおかしい。もしかして、浄化が終わっているのに、ハク達が気づいてないのかもしれないって怜がいうんだけど」

「変だね」

「ええ。天使の結界の中で眠ってしまっているのかもしれない……。でも、カミィは、もしかして、カミィも寝ているとか、ああっ、ありえそうで、バカ、カミィ」


「ねぇ、地球の周りをグルリと回ってみない?」

「そうね、どこか、この靄が薄くなっているところがあるかもしれないわ。そうしたら、そこから地上に降りられるかも」

「見回りだね。行こう」

「ええ」


 咲は手を伸ばすと近くにあった桜から花びらを一つちぎった。

「お願い。ボクたちを乗せて」


 そう言うと、花びらはフワンと大きくなり、背もたれ付きの椅子を装備した。


「そういえば、どうして咲ちゃんは自分の事、ボクっていうの?」

「だって、ワタシ、よりボク、のほうが短くて言いやすいし、イトリが「僕」って言うからつい」

「ああ、そうね。咲ちゃんの側にはよくイトリがいるものね。でも、イトリは僕って言っていたかしら?」

「時々、『俺』だけどね。生まれてはじめて見た、というのか、目が見えるようになって前にいたのが、イトリだったんだ。それに初めての言葉も「イトリ」だし、初めての時にはいつもイトリがいるの」

「ふふっ、それだけイトリが近くにいるって事ね。でも、今日はいないのね」

「ほんと、今日は何か用事があるらしいよ」


 イトリは暇さえあれば咲の側に居る。ほんとにイトリは咲のお守り役だったのだ。咲はイトリと共に育ったようなものだ。だから、ちょっと、変わっていると言われるのはイトリのせいかもしれない。


「この桜の花、最近は乗り心地を追求しすぎてるみたい」

「ほんと、あまりに乗り心地が良すぎて花びらの上で寝てしまう人が多くなって、少し、椅子が固めになったそうよ」

「完全に寝てしまうと桜の花はククリ町に行ってしまうから」

「そう。最初に目的地を設定しておかないとククリ町経由になってしまって」

「ククリ町の人口が増えすぎて困るって」

「仕事に遅れる人もでてきたらしいし」

「そういえば、桜の花の中には、自主的に動くのも出てきたみたい」

「そういう桜は長持ちするって」

「そう、ふふっ、面白いわね」


 時が経つにつれて、桜の花は乗り物としての位置におさまり、ククリ町だけではなく、あちこちの都市や街、村にも空を飛べる桜の花が植えられるようになった。

 ただし、ククリ町以外に咲いている桜は距離を飛ぶことはできないし、もちろん海を渡ることもできない。ククリ町も含めて桜の花びらは、潮風が苦手らしく、海の側に行くと、すぐしおれてしまう。


 どこにでも行けて、小桜船になれるのは精霊の国にある桜だけだ。

 そして、シバーン大陸にあるゲスターチ帝国にはもちろん、空を飛ぶ桜の花はない。以前はあちこち桜の植生があったらしいが、今は『地獄の入口』の側にあるだけだ。だので、桜の花は幻の花となっているらしい。


「それにしても、ククリは忙しいみたいね」

「音楽の神だから」

「笛人は笛の神かと思いきや、」

「桜の神だもの。でも、笛人でもあるって」

「あの時はびっくりしたわ」

「私はまだ生まれてなかったけど」

「そうね。咲ちゃんはずいぶんゆっくり生まれてきたから」



 桐と咲は桜の花びらに乗ると、『白龍』からふわりと飛び立った。桜の花は今や鉢植えとなってあちこちに飾られるようになった。例え宇宙空間であっても、海の中であってもフワリと柔らかい空気に囲まれて飛ぶことができるので、人々の生活にかかせない乗り物となっている。その桜の花を量産しているのは笛人だが、彼も神になっているので、今の所、後継の心配はない。神に選ばれた人々は最初、戸惑いが大きかったようだが、粛々と受け入れて神としての職務を全うしている。


 あの『来るべき災厄』の来訪までは神々はいなかったというのに、いまや多くの神々がいる。しかし、神々の頂点である光の神だけは、沈黙したまま人々の前に姿を現すことはない。

 未だ力が戻っていないようだ。魂が増えないのも関係があるのかもしれない。


 思えば、地球の周りを見るのは久しぶりであった。桐はいつも、ハクが飛び込んだ場所を見ている事が多かったから。


「裏側も変わらないね」

「時々、怜たちが見て回っているらしいけど」


「あっ、流れ星」

「えっ、ほんと……」


 キラキラと輝くちいさな光が宇宙の暗闇から地球へ落ちていくのが見えた。

 光はそのまま地球に吸い込まれていった、ようだ。


「何だか、地球に落ちていったかも」

「でも、流れ星なら結界にぶつかるはずだよね。吸い込まれていったように見えた」

「そうね、おかしいわ」


 二人はその小さな光の欠片が落ちていったとおぼしき近くにいってみた。すると、また、新しい光の欠片が落ちてきて、白い膜にすっと入り込んでいった。


「あっ!」

「うそ! あれリンゴ?」

「リンゴの形、していたね。光ってたけど」


 桐と咲 は顔を見合わせると、その入り込んでいったと思われるところへ近づいた。


「ねえ、なんだか、あすこ、ヒビが入っている?」

「ひび割れ?」

「この表面って降りても大丈夫なの?」

「一応、聖なる結界だから大丈夫なはずだけど」

「聖なる?」

「光の神さまと天使たちとハクの渾身の傑作、らしいの。あっ、カミィのも入っている? かも」

「桐ちゃんは?」

「私とカーさまは『ドラーンアゲル』の感情を呼び起こすからダメなんだって」


 二人はそぉーっと白い膜の上に降り立った。


「ここ、隙間が空いている」

「ほんと、だ」

「あっ、ちょっと待って」


 咲は既に手を差し込んでいた。


「入った」

「だ、大丈夫なの?」

「ん」


 咲の手はその隙間からスルスルと吸い込まれるように肩まで入り、その肩も入りそうになっていた。桐はあわてて、咲の手を引っ張りだした。


「何だか、吸い込まれていくみたい」

「だからと言って、」

「ちょ、桐ちゃん、指の先入れてみて」

「え……」

「大丈夫だって」


 桐はそっと隙間に指を差し込んでみた。が、白い膜は桐の指をやんわりと弾き返した。


「どうして!?」

「……」

「……」

「あのリンゴ、魂……だよね」

「……そ、そうね」

「ボクはまだ人間が残っているんだ」

「……そうね」

「人間だけが隙間から入れる……のかも?」

「そうね、そうかもしれない」


 どうやら、この結界は咲と人間の魂であるリンゴだけが入れるようだ。




 どこまでも続く黒き宇宙、その中に輝く白い球体。

 表面は透明な膜で覆われているが内側を白い靄が覆っている。膜の中の白い渦は以前より薄くなっているのに、その内側をうかがい知ることはできない。


 先日、咲と桐が地上に見つけた亀裂は怜たちをはじめ、精霊の国から専門家たちが集まって調べてみたが、彼らはその亀裂に入ることはできなかった。まるで、バリヤーが張ってあるかのように弾かれてしまうのだ。その亀裂に入っていけるのは、命の木になったリンゴの実と、咲だけだった。


 コロコロコロ。

 また一つ、リンゴの実が亀裂から地球の中に入っていった。

 影の世界からリンゴの実が落ちた時、時折だがその実がフワフワと地球に向かって飛んでいくのを見つけた。


「おかしいよ」

「そうね」

「もう、とうに浄化は終わっているはずだ」

「そうね」

「なぜ、この結界はとけない……」

「本当に」


 怜のため息交じりの声に、桐がため息まじりの声で答える。

 ハクがいなくなってから、桐の感情はどこかに何かを置き忘れたように少し薄くなっている。そうやって考えないようにしているのだろう。

 つと、桐は立ち上がると、亀裂に向かいそっとその隙間をなでた。


「行きたいのか?」

「そうね」

「……」

「どうして……」


「迎えにいきたい……」


 桐は大きくため息をついた。


 人が一人、やっと入れるくらいの小さな亀裂を囲んで桐と家族たちは立っていた。人としての生はとっくに終わらせていたので、もう家族という枠組みには入らないかもしれないが、それでも彼らは家族だった。

 桐に桔梗と蓮、駿に祖父母に子どもたち、それに縁の深い人々、精霊たちがいた。

 彼らは心配そうに咲を見ている。

 彼らにとって人の部分がまだ残っている咲はいつまでも大事にしておきたい子供だった。


「じゃぁ、行ってくるね」


 明るく言いながら咲は手を振った。ついでに羽を広げて大きく揺らして見せた。咲がハクたちの様子を見に地球に行くと宣言した途端に、モモが現れて小さな手に持った桃を差し出したのだ。咲はちょっと躊躇したが、桃を受け取るとそのまま齧った。


「咲ちゃん、皮はむかないの?」

「そのままが美味しい」


「この桃は皮も美味しいんだ」

 イトリが言うのに咲は食べながら肯いた。


 桃を食べるとすぐに咲は天使の羽を出す事が出来た。ちなみに咲には生まれた時からコビトは付いていなかった。そうして、桃を食べたのに咲はそのままだった。ただ、光の差しが入って羽が出せるようになっただけだ。人の部分が寿命で抜けるまでは神にはならないのだろう。もしかすると、まだ、分化していないため神になれないのかもしれないが……。

 咲はカミィと同じくまだ未分化の子供だった。いまだ、性を選べないのだ。


「そうしてみると、天使にみえるな」

「咲ちゃん、かわいい」


「天から舞い降りる大天使さまか~」

 駿が羽を出した咲を見ながら嬉しそうに言った。


(もう、親バカなんだから、と、違った叔父バカだった)

 咲にとって駿は、小さな頃からかわいがってもらった第2の父みたいなものだ。

『来るべき災厄』が地球に来訪してから約700年。しかし、咲はごく最近、わずか15年前に生まれた。15年前は精霊の国がお祭り騒ぎになったものだ。

 咲の生誕は驚きと喜びで迎えられた。


「めでたい。けど、信じられない妊娠期間だった」

「もう、生まれる事はないのかと思った。良かったよ、生まれて」

「神々の中には何百年単位の妊娠期間があったとの記録もあるそうだから、このくらいはあり得るとシュテアネが言っていたけど……それにしても長かった」


 家族や関係者たちはとっくの昔に神々となっていたが、闇の神となった桔梗を祝い、咲の誕生を喜んだ。咲は家族や関係者各位に囲まれ過保護な幼年時代を過ごしたが、もって生まれた乙女小路家の血がなすものなのか、とても活発な子だった。

 なので、イトリをお供に抜け出す事が始終で、格闘技や魔法、サバイバルの技能もきちんと身に付ける事が出来た。料理や裁縫も女性陣がはりきったので、なんとかできるようになったところだ。ただ、父の蓮もすでに神となっていたので、咲は家族の中でただ一人の人間の要素をもった精霊だった。


「ずっと、ボクだけ人間なんて……と疎外感があったけど、役にたつ事が出来て嬉しいかな」

 咲がそう言うと


「あっ……」

「咲」

「咲ちゃん」

「……」

「……」


 家族は今さら気がついたようだ。大変遅くに生まれた子供がただひたすら可愛くて、周りとの違和感を感じていたなんて察する事ができなかった。彼らは咲の元気さに惑わされてその孤独に気がついていなかったのだ。

 ただ、イトリだけが気づいて、咲の孤独の方向性を明るい方へ誘導していた。他の人とは違う感性が手に入れられるのは得難い事だと。


「咲」

 イトリの労わるような声に


「大丈夫。何があっても対処できるし、ボク、雑草のように逞しいからさ」

「咲」

「咲ちゃん……」

「カー様、心配しないで」

「咲ちゃん……」

「大丈夫、ハク兄は連れて帰る」

「お前、無理するんじゃない。見てくるだけでいいんだから」

「わかってるって」


「それじゃ、ホントに行ってきます」

 咲はそういうと亀裂の中に入っていった。



 咲は落ちていた。

 背中の羽は大きく開いたが強い風圧で羽ばたく事なく後ろへ広がった。小さくパタパタと揺れてくれたおかげで落ちるスピードは緩やかになっていったが。

 しかし、落ちている事に変わりはない。グングンと地上が近づいてくる。


「どうして! 飛べないの?!」


 咲は叫んだが、そういえば、羽はもらったがそれは念の為であって、羽を使って飛ぶ練習はしてなかったのだった。予定では桜の花に乗って地上にゆっくりと降りていくはずだったのだ。なんとなく雰囲気でそのまま羽をだしたまま飛び込み、落ちてしまった。思いっきり羽を動かして何とか落ちる速度が緩やかになってきた。


 地上が見えてくる。

 きれいな街並みが広がっている。前に見た地球の写真と変わらないように見える。

 満開の桜が美しい。宇宙から見えた地球は白い靄に囲われてなにも見えなかったが。

 と思ったら百日紅だった。桜が身近になり過ぎて、何でも桜に見えてしまうのかもしれないと咲は反省した。

 もうすぐ、地上だと言うところで咲は羽を引っ込めた。どうやら、街があるらしいから、そこへ羽のある人間が現れるとマズイと思ったのだ。ある程度の高さなら咲の運動能力でクルリと回転して降りる事ができる。


 ところが、羽を引っ込めた途端に咲は小さくなった。人間サイズから手のひらに乗るコビトサイズになってしまったのだ。さすがに高い。慌てた咲は途中の木の枝につかまってブランと揺れた。そして、落ちた。

 幸い、下を通りかかった男の子がいた。赤い三角帽子をかぶっている。何だか、その男の子に向かって咲の体は吸い寄せられた。


 バサッ! 咲は勢いよく男の子の前髪にスライディングしたが、その黒髪はサラサラしていたので、危うくそこから滑り落ちるところだった。大きな人間だ。巨人である。


「えっ! 痛!」

 男の子は頭を抱えた。咲はその指を両手で掴むと上下に振った。


「はーい。こんにちは」

 とりあえず、挨拶しないといけないかなと思ったのだ。


「やぁ、こんにちは。君はだれ?」

 男の子は涙目になりながら、そっと手を目の前までおろしてきた。咲は指に捕まったままホバリングしながらニッコリと笑って見せた。初対面の笑顔は大切である。


「君は僕の妖精なの?」

「えっ? 妖精って何?」

「妖精って、人に付いている小さな人だよ」

「え~、ボクは人だけど……? 正確には人じゃない? かな」

「妖精にみえるよ」

「うーん。君は誰?」

「僕? 僕は一文字ハクっていうんだ」

「えっ、ええ!? ハク? そういえば確かに似てるけど……。ハクの本名は一文字龍で、ハクは桐ちゃんが付けたあだ名? だったよね」


 咲はハクから少し離れてハクの全体を見た。確かに写真で見たハクだった。ただし、ハクを3等身にして頭に三角帽子をかぶせて少し可愛くしたらこんな風になる、と思う。

 初めて会ったハクは巨人のコビトになっていた。


「信じられない……」

「なにが?」

「全部……」

「……」

「どうしよう……」

「ねえ君……僕に何かできるかな?」

「と言うか、どうしちゃったの! ハク!」

「えっ……? と何か混乱しているみたいだけど、とりあえず僕んちに来る?」

「ええ、そうね。連れて行って。ああ、もうっ、信じられない」

「落ち着いて、ほら行こう。僕の肩に乗って」

「ええ」


「ふふっ、嬉しいなぁ。僕にも妖精ができたのかも」

「……」

「これまでさぁ、僕だけ妖精がいなくてさ、ちょっと、肩身が狭かったんだ。皆は気にするなって言ってくれるけど、妖精たちが意地悪でさ。僕の事『ナシ』って呼ぶんだよ」

「……」

「君の名前は?」

「ボクは早乙女咲。ハクの義理の兄弟になるけど……」

「妹かあ。それもいいかも」


 大きなコビトのハクは嬉しそうに笑った。どうやらこのハクは何も覚えていないようだ。

 というより、ハクなのだろうか。ハクのコビトが一人立ちして動いてまわっているとか? しかし、ハクにはコビトはいなかったはず。いや、ハクは半精霊で半人間でもあったから、コビトがいて、寝ている状態だったとしたらこのコビトはハクであってハクではない?


 咲は混乱してわからなくなってきた。なにより、自分が小さくなっている事が信じられない。街並みを見る限り、咲のほうが小さくなったと考えたほうが良いような気がするし。

 通り過ぎるコビトたちも大きい。

 咲がハクの肩の上で悩んでいると


「やぁ、ハク。ついに妖精が姿をあらわしたのか」

「おめでとう。やっぱり、ハクにも妖精はいたんだな」

「時々、不思議な事が起こっていたもんな。良かったよ」

「ほんと。しかもかわいい」


 コビトの集団が現れ、ハクに親しく声をかけてきた。それぞれ、肩に小さな人間を乗せている。


「ナシだ」

「ナシ?」

「どうして?」

「妖精がいたんだ」


 小さな声だが、「ナシ」と言う声に見下した様子がうかがえる。その「ナシ」と言っている妖精を肩に乗せたコビトがあわてて、指で妖精の口を押えた。すると、その妖精の声は聞こえなくなってしまった。しかし、何やら妖精は喚いているようにみえる。


「ごめん。俺の妖精はすぐ、ひどい事をいうから」

「俺のもだよ。ごめんな」

「気にするな。妖精は口が悪いモノだから」

「そうなんだけどさ。TPOをわきまえてほしいよ」

「そうそう。口を塞ぐと機嫌悪くなるし」

「でも、良かったな。ハクの妖精は大人しそうで」

「ほんとだよ。煩い妖精のほうが多いから……」

「ははは」


「お祝いしなくちゃ」

「ああ、ありがとう。でも、家に帰らないと」

「そうか。じゃぁ、また学校で」

「ああ、またな」

「じゃあな~」


 という事でハクは級友と別れて家に向かった。

 ハクの家は乙女小路家だった。咲の知っている乙女小路家は精霊の国に忠実に再現されている。咲は宮殿よりも、乙女小路家で過ごす事が好きだった。それはほかの家族も同じようで、よく駿が乙女小路家でゴロゴロしているのを見かけたものだ。その乙女小路家の家具や電化製品も同じようにある事がとても不思議だった。


「うそ!」

「ん? どうしたの?」

「この家!」

「んんーと、なんだかこの家がとても気に入って手に入れたんだ」

「手に入れた?」

「うん。僕らは自然発生するから。生まれたら誰かが育ててある程度大きくなったら、気に行った家に手を入れて住む事になるんだ。この家はなんとなく惹かれて住む事になったんだけど、代々この家に住んでいうのは一文字ハクだから僕も一文字ハクと名乗る事にしたんだ。もっとも生まれてすぐから僕の名前はハクだったけど」


「何、それ? 自然発生!?」

「そうなんだよ。突然、ポンと生まれるんだ。誰も気がつかなくてもしばらくは生きていけるけど、大抵妖精が騒いで、誰かが気付くから、何とかなるみたい」

「この家さ、ハクって名前の人しか住めないんだよ。というか、住みたいと思わないらしい。変だよね。おかげで、僕は一人暮らしだけどここに住めている」

「そうなんだ」


「ただし、ここには……」

 ハクはちょっと眉間に皺を寄せた。


「ここには?」

「座敷童がいる、みたいだ」

「座敷童?」

「というより、どうも僕には妖精はいなかったけど、座敷童が憑りついているらしいんだ」

「憑りついている?」


 咲は改めてハクを見たが特に何かが憑いているようには見えなかった。


「時々さ、座敷童はお出かけするんだ。わりと直ぐ帰ってくるけど」

「帰ってくる?」

「そうなんだよ。食いしんぼの座敷童でね。よく食べ物が消えるんだ」

「ええ! 困るじゃない」

「そうなんだよ。最初は時々、食べ物の味がないなぁくらいだったのに、最近は食べ物や飲み物が消えるんだ」

「……」

「この家に住みだしてから、食べ物が消えるようになったんだ」

「ええと」

「それでも、僕はここから離れない。なぜなら、この家から離れたくないから」

「……」

「ちょっと、待ってて。お茶、入れてくるよ」


 とハクが機嫌良さそうに立ち上がった。其処にフラフラと何かが飛んできた。それを見て


 《うわ!》

「うそ!」

 咲と何かは同時に叫んだ。


 《桐ちゃん⁉ いや、違うカーさま? いや誰?》

「まさか、カミィ?」

 《えっ? 俺の事見えるの? やったー! やっと、》

「なんで、カミィ、ここにいるの? というかハク、どうなっているの?」

 《えっ? 俺の事知ってる?》

「良く知ってるよ。写真、見せられたから。なんで、桜の精バージョンなの、というか透けているの?」


 《俺、俺、幽霊になったみたいでさ。いくらハクに話しかけても気づいてくれなくて……》

「あぁー、もう、どうなっているの? 浄化は終わっているんでしょ? どうして帰ってこないの?」

 《浄化? ああ、終わっているのかな。俺の体は本体が捉えられているというか、外れなくてさ》

「身体、どこにあるの?」

 《わかんない。でも多分シュテアネのとこ、かな~》

「なんで? カミィは封印には関わっていないはずよね」

 《そうなんだけど……。気づいたら身体がなくてさ、彷徨っていたんだ。なんか、封印に巻き込まれた、みたいな?」


「もう、バカ、カミィ」

 《ウワー、懐かしい。よく言われたよ。バカ、バカ、って》

「何で、喜んでいるの? バカって言われて」

 《久しぶりに人と話せて嬉しいよ。ところで、何て名前?》

「もう、ボクは早乙女咲。乙女小路桔梗と早乙女蓮の子供で半分人間、半精霊で『光の差し』持ち」

 《ああ、生まれたんだ。おめでとう。俺がお兄ちゃんだよ。お兄ちゃんって呼んで》


「カミィ」

 《えっ? お兄ちゃん》

「カミィ」

 《なんで!》

「だって、みんなカミィって呼んでいるし、カミィの弟とか妹もカミィって呼んでるよ」

 《ああ、そう言えば、昔からカミィだった……》

「だから、カミィでいいじゃない」

 《おおう……》


 ハクにはカミィの声は聞こえないみたいで、驚いていたが咲が会話できるのを喜んでくれた。どうやら、ハクにはハクとしての記憶がないらしい。気がついたらコビトとして生まれていたそうだ。

 でも、何となく何かを忘れている、とは思っていたらしい。


 カミィによると、最初は誰もいない廃墟だった地球に、いつの間にかコビトが産まれてくるようになったとの事だ。カミィは気づいたら幽霊状態で地上にただ一人、佇んでいた。そのコビトたちはコビトなのに人間の大きさで、その肩には小さな人を乗せていた。


 つまり、人とコビトが逆転していたのだ。


 コビトたちは大きいが3頭身ぐらいで頭に三角帽子を乗せている。服装は自分で自由に創作できるらしく、最初の赤子の時は裸だが、そのうち付いている人間に誘導されてさまざまな服装をするようになる。そう、コビトに付いているのは妖精ではなく人間なのだ。だので、人間たちは口うるさく自分勝手だが、コビトたちは基本的に人が良いので、暴走する妖精の口を押えて話せなくするようになった。


 コビトは人の事を妖精といい、導いてくれる者として仲良くしているが、勝手な言い分はスルーしている。妖精は何のかんのいってもコビトが主のようで逆らう事はできないようだ。コビトの世界はさしたる争いもなく平和である。


 あの『来るべき災厄』を封印しようとした時、カミィはハクを追っていったが途中で眩い光に巻き込まれ、どこかで寝ていたらしい。目が覚めると幽霊状態でボーっとして立っていた。

 そうして、いつの間にか大地にコビトが生まれ、裸でじっとしているのを見かけるようになった。それを見るに見かねて姿は認識されないままに、コビトの世話をするうち、カミィは神さまとして祭壇が作られ祀られるようになったそうだ。


 コビトにカミィは見えないが、世話をされたのはわかったらしく、神さまとして崇められるようになった。カミィは自分の為の神殿なので、時々神殿に様子を見にいっているそうだ。


 ハクがいつの間にかコビトになっているのを見つけた時はビックリしたそうだ。コビトの世界で生きるためにはコビトのほうがいいけど、ハクにカミィの姿は見えないし、コビトになりきって生活しているし、どうしようとずっとくっ付いていたら、座敷童と呼ばれるようになったらしい。


 《ひどいよな。座敷童だよ》 

「うーん。童じゃないね」

 《だよな~》

「カミィってほんとはおじいちゃんなんだって?」

 《……》


 カミィは涙目になった。


「ごめん。ホントの事言って」

 《咲ちゃん、ひどい》

「ごめんって、お兄ちゃん」


 《うっ》

 カミィは嬉しそうに頬を押さえた。


 さて、カミィに聞いた話をハクに伝えたところ、ハクは鷹揚に肯いた。自分にだけ妖精がいないし、時々何かを思いだしそうになっているし、咲を見てとても懐かしい気持ちになったから、色々な事に納得がいったと言う。


「もう、浄化は終わっているみたいだけど、天使たちはどうしたの?」

 《…………》

「どうしたの?」

 《天使は多分、ダンジョンの主になっている……と思う》

「ダンジョン?!」

 《……ダンジョン》

「何それ? 光の国にある迷宮みたいなもの?」


 《似てるけど、ゲームみたいな感じになっている……あいつら、それぞれ、ダンジョンをつくってボスになっているんだ。なまじ、時間が経っているせいか、妙に凝った造りになっているらしい》

「行ってみたの?」

 《入れないんだ。身体がないせいかもしれないけど、弾かれて》

「カミィがはいれないダンジョン?」

「ダンジョン? 知ってるよ」


 ハクにはカミィの言葉は聞こえないけど、咲の声は聞こえるので何となく話の流れはわかるらしい。


「ハクは入れるの?」

「うん、多分。行った事はないけどいくつか知ってる」

 《ダンジョンに行って、毛玉たちを解放したら多分地球の封印も解けると思うんだ》

「『来るべき災厄』はどうしたの?」

 《ハクの場所にいたはず……、毛玉たちは毛玉の見つかった場所に封印の要を置いたからそこに行けばいいけど、ハクの場所はよくわからない》 

「もう……」

 《俺が最初にウロウロした辺りにハクの場所があると思うけど……多分》


「えーと、ダンジョンは割と有名だから簡単なところから行ったらどうかな。僕は行った事がないし、咲ちゃんと行くにしても、その、カミィは姿が見えないし」

「カミィ、ダンジョンに入れなかったんだよね」

 《でも、ほらハクに憑りついていけばいけるような気がする》

「まぁ、確かに」


 という事で咲はハクと共にカミィを連れてダンジョン攻略をする事となった。


次回「ユキ」

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