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4話〜護衛依頼②〜

カレー回

「よし、こっちも焼けたかな」


 鍋の脇で火にかけられている壺に似た何かからピック状の棒を使って梓美が取り出したのは平べったいパン。こちらに興味を示したのはマオシャだ。


「梓美さん、こっちのはパンは何です?その壺?の中で焼いていたみたいですが」


 マオシャの問いに自信満々に答える梓美。


「そう、()()だよ」

「いや、()()ですかと」

「だからナンだってーーー」

「梓美、話が進まないから。マオシャちゃん、『ナン』って呼ばれているパンの一種らしいよ。酵母を足さずに発酵させた生地を窯の壁面にくっつけて焼くんだってさ」


 同音異義語のお約束である。この世界において『何』と『ナン』は同音では無いのだが、どうやら梓美の《言霊》スキルのせいで互いに同音に聞こえてしまうらしい。過去にミアルとも同じやりとりをしており、その不毛さを知るミアルは早々に説明をして切り上げさせた。


「壺の内側に張り付けて焼いたから平べったいんですね。でもフライパンで焼いた方が楽ではないですか?」

「それがフライパンと普通の火じゃ温度が足りなくて思った感じにならなかったのよ。この壺、というか窯ならかなりの高温を出せるからイメージ通りの物が作れたね」


 ちなみにこの壺っぽい窯だが、以前ミアル達の宝石探しの際に見つかった鉱石の中に宝石や武器としての有用性は無いものの、粉砕して粘土に混ぜ込むことで優れた耐熱レンガにできる鉱石が使われている。当初は小型の石窯を作ろうとしていたのだが、材料が不足していた為うろ覚えな記憶を頼りにタンドールというインドで用いられている窯をイメージした発注と素材提供をアダマートの陶芸屋にして作ってもらったのだ。

 なお、梓美の知識不足が原因でそもそも構造からして本来のタンドールからは逸脱しており、焼けば窯として使える不思議な壺と化しているのだがその事は梓美も知らない。


「ただ、中が熱すぎてミトンつけるか何かしらの魔法で腕を保護しないと生地貼り付けるの無理だけどね。一度に作れる量も少ないからもう少し大きく作ればよかったって後悔してる」


 ピックを使ってナンを取り出しているのも、最初にナンを作ってみた時に窯に素手で手を突っ込んで危うく火傷しかけたからだ。


「それにしてもいつの間にパン生地を……あ、もしかして生地だけ事前に仕込んでいたんですか?」

「正解。後は焼くだけにしておけばこういう時に楽だからね。ほら、話はそこそこにしてナンが冷めないうちに食べちゃおうよ」


 焼き上がった物から薄く溶かしたバターを塗って皿に重ね、さらにクロッシュを被せて冷めにくくしているものの、料理担当としては無為に冷めた物を食べさせることはしたくない梓美。

 ケビンスや御者を務めていた男も初のカレーとナンに興味深々と言わんばかりに各々で用意しているスープ用の器を持ち込み、カレーをよそって貰う。この世界では野外で活動する際に食器の類は各々で用意しておくのがマナーなのだ。全員の器にカレーとナンが行き渡ったところで各々がスプーンでカレーを口に運ぶ。


「おや?思った程辛くは無いですね。確かに色々な香辛料の香りはしますけど、意外とまろやかさと言いますかコクもあって食べやすいです」

「この肉は羊ですかな?しかし、程よい辛さと香りが何とも食欲をそそる。このナンというパンもモチモチしててカレーともよく合いますな」

「辺境では馴染みの無い味付けの方法だけどお口に合って何よりです」


 初カレーは概ね好評の様で胸を撫で下ろす梓美。御者に至っては数日ぶりの食事が如くがっつく始末ですぐにむせかえっている。


「いきなり辛さが強くて食べれなかったら困るしレッドチリを控えめにして貰ってソイヤビーンズの豆乳を入れてコクとまろやかさを加えてる、いわゆる甘口仕様よ」


 ソイヤビーンズとはこの世界で一般的な食物として利用されている豆であり、栄養価も高くそのまま食用にするだけでなく豆乳を飲料としたりその搾りかすを腸詰めのつなぎや上質な家畜用の飼料等に活用されている。また、根に共生する菌類の作用によって一定の土壌回復が見込めるという有用性もあり、もはや麦に次いで生産されていると言っても過言では無い穀物である。ちなみにそのネーミングに梓美が吹き出しかけたのは余談だ。


「もっと辛いのが食いたかったらこれをかければいいぞ。レッドチリベースに辛さを足すための混合スパイスだとよ。もっと美味くなるぞ」


 説明しながらバサバサとフィリスは追加用のスパイスを振りかけており、フィリスの器のカレーは真っ赤になっている。その様子を見たマオシャの頰は引き攣っており、ミアルは「うげー」と言わんばかりの表情で補足する。


「フィリスの真似はしちゃ駄目だよ?フィリスは激辛が好きだからああしてる訳で普通は口の中ですごく痛くなるよ。ボクは無理」

「ミアルはあまり辛いの苦手だもんね。試すなら少しずつ振りかけて様子を見るといいよ」


 梓美も多少スパイスを足して辛さを増しているがミアルは一切スパイスを追加していない。普段作るカレーも使う具材に合わせて調整はするもののこれよりは少し辛い程度で、辛さは追加でスパイスを振りかけて各々の好みで調整する形をとっている。


「確かに辛さを足すと中々いい感じになりますね。ナンで少し辛さも打ち消されるのでもう少し辛さが欲しかったところです。それにしても、貴族の中には出す料理にふんだんに香辛料を使う場合があると聞きますが、こういう香りと辛さで味を作るのは聞いたことがないですし、そういう層には売れるのでは?」

「ミアルさんは先程一部の薬草も用いているから薬効も見込める、と言っていたね。よりその効能を良くして、ポーション並みに体力や魔力を回復を食事と両立させることは可能なのかい?」


 ケビンスは完全に売る側としての計算を始めている。食欲をそそる香りと香辛料の調合や他の材料によるバリエーションの豊富さから料理としての価値は高く、さらにポーション並みの効能が有れば有用性はさらに上がることは容易に想像できる。しかし、スパイスの調合を手がけたミアルは難しい表情をしている。


「できなくは無いだろうけど難しいかな?美味しさとの両立の為には調合がかなり複雑になるし、飲み水代わりに回復の為の調合がされたポーションを服用した方が味はともかく効果はずっと上な場合が殆どだよ。効能は元々香辛料の殆どのおかげで食欲増進や発汗、代謝促進作用はあるだろうけど、魔力回復とかの作用をポーション並みに持たせるならそれこそ中層や深層で採れるくらいの上質な物じゃないと目に見えた効能は期待しにくいかも」


 高い効果を目的としたポーションの類は味が良くない。もし香辛料や薬草を用いて作られるカレーにそれらの効能を持たせて美味しい食事と回復の両立が可能となれば冒険者には絶大な支持を得られること間違い無しだというのはミアルは勿論、冒険者として活動してきたフィリスにも理解できることだ。梓美も調合したスパイスそのものをカレー粉、あるいはさらに小麦粉等で練り固めてルゥにして売り出せば現地でスープの材料として重宝しそうだなと考えた程だ。


「ポーションの味を悪くする材料は回復作用を高める為に必須な物ばかりなんだ。その味を打ち消そうにも他の香辛料のいくつかと一緒に加熱されると薬効が弱まる場合があるし、最悪毒性のある物質へと変わることだってある。確認できる手段が無いと危険だよ」


 今回のカレーに用いた物以外にもミアルはいくつか具材や効能に合わせたスパイスの混合レシピを完成させているのだが、味はともかく効能は今一つであり、さらにその過程で梓美の"解析"によって薬効が毒になってしまった失敗作も作り出してしまっている。今後さらなるオリジナルの混合スパイスを作るには"解析"の様に摂取した場合の作用を検証する方法が必須となるだろう。


「現状試した範囲じゃ魔力も体力も今言った中層クラスの薬草を使っても安物のポーションの方が効果あるくらいだね。で、その配合で今皆で食べてる量のカレーを作るのに香辛料や薬草代だけでそのポーション10個は買えるくらいお金がかかったよ。そもそも香辛料も決して安い物じゃないからね。薬師視点だけど、売り物としては味とポーション並みの効能との両立は現実的じゃないとボクは思うよ」

「成程。材料に薬草も用いれるとはいえ目に見えた効能を出しつつ味の質の向上には多種類の香辛料が必要かつ調合は困難。となると試作含めて各産地からの仕入れコストも含め課題は多いですね」


 ミアルの指摘にマオシャも納得を示す。香辛料の調合だけでここまでの問題があるのにさらに具材やベースとなるスープ等の組み合わせも考える必要があり、全体のレシピ確立は更なる困難が待ち構えているだろう。


「それにもう一つ問題があるのよ。食べててわかるけど匂いが強い上に油分も多いから食後に口の中に匂いが残りやすかったり、使った食器からも匂いが取れにくいのよ。今回は私が"浄化"で綺麗さっぱり食器の匂いも汚れも落とすから問題ないけど、一般の人には気になるかもね。あと衣類に付着しても洗い落とすのは難しいわね」


 梓美が述べた通りカレーの食後の口臭や食器の油汚れは地球でも厄介者扱いされるくらいだ。

 口臭はともかく付着した汚れは光属性を主体とする"浄化"の魔法、それも水属性による洗浄性が向上された物が無ければこの世界でカレーの汚れやこびりついた匂いを落としきるのは難しいだろう。


「確かに、嗅覚に優れた一部の獣人にとっては匂いが残り続ける不快感があるかもしれませんな。それに洗浄の難しさ、ですか。ナンを焼く窯といい薬学の知識も必要になりそうな以上すぐにこのカレーを商売に使うのは難しそうですな。いやはや残念」


 ナンを焼く為の窯も特殊な物を用いることもありすぐに商品として軌道に乗せられるものでは無いと考え、ケビンスは肩をすくめる。


「物語で異世界の素材と地球の料理の組み合わせで画期的な物を生み出して富を築く展開はいくつか見たけど現実はそう甘く無いね」とは色々とカレーの試作していた時の梓美の弁である。そしてフィリスの「カレーはむしろ辛い方がいいけどな」発言で場が凍り、ミアルの「フィリスのギャグもこのカレーの出来上がりも上手くないね」発言で梓美が死んだ目で「もう、夢物語みたいに甘い物が食べたいなぁ」と唐突にアイスクリームを作り始めたのはミアル達三人の記憶に新しい。


 ともあれ、カレーがこの世界を席巻するには課題が山積みなのである。こうしてマルトンに向けた一日目は終わりを告げようとするのだった。

ちなみにもし地球でカレーを注文した場合、

ミアル・・・甘口のチキンカレー

梓美・・・中辛のマトンかポークのカレー

フィリス・・・超激辛のビーフか北海道で売ってそうな熊やトド等のジビエカレー


といった感じになります。


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他諸々という方がおられましたら大変励みになりますので感想やブクマ、広告下の評価(⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎になってるやつ)を是非宜しくお願いします。感想貰えたりブクマが増えていると大変励みになります!

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