2話 ~ぐだぐだな出発~
「では、改めて依頼内容を確認しますよ。三人にお願いするのはアダマートからずっと南、ムロアウィールドとの国境にある交易都市『マルトン』への道中での、父と私、そして馬車の護衛です。途中の街で物資の補給や休息も行いますので長期間の依頼となりますが街での宿代はこちらで支給します。魔の森から離れた地域では一部を除いて魔獣との遭遇リスクは減りますが、野獣の類は普通に出ますし、盗賊の類も出ないとは限りません。三人にはそれらへの警戒をお願いしたいのですが……」
アダマートからマルトン方面へ続く街道への門、その近くの馬車乗り場で説明するマオシャが気まずそうに向ける視線の先には、
「はぁぁぁ~~~~~………」
三角座りで落ち込んでいるミアルの姿があった。エルフ族の特徴である尖った耳はへにょりと重力に負けて下を向いており、普段は生き生きと輝いている碧色の瞳も濁っているかの様に生気が無い。しばらく放っておけば苔やらキノコが生えてきそうだ。
「あ、あの、ミアルさん、一体何があったのですか?ま、まさかお二人が何かやらかして!?」
ここまで落ち込むミアルの姿を見たことが無いマオシャは原因として有力な二人に目を向ける。マオシャは当事者を除き三人の関係性に最も詳しいと言っても過言では無い。伊達に三人のやり取りを覗き見たり盗み聞きしていないのだ。無論最近ミアルがフィリスの一人部屋で寝泊まりし、代わりにフィリスが梓美と一緒に二人部屋で寝泊まりしているのも把握済みだ。
(もしかして何らかの形でミアルさんとフィリスさんの何かしらの決め事が破られた?……いえ、それならミアルさんがあんな風にちょっと面白おかしい落ち込み方をしません。もっと陰鬱な雰囲気を纏うか自暴自棄な雰囲気を纏うはずです。何より三人の中に気まずさの様な物は一切見られないですし原因は外部と見てよさそうですね……)
目を凝らせばミアルは若干拗ねているような雰囲気であり、梓美はそんなミアルの頭をよしよしと撫でている。意外と恥ずかしがり屋なミアルが人前で大人しく頭を撫でられているという異常事態ではあるものの、痴情の縺れの類が原因では無いとマオシャは考えを改める。
「安心しろ。こいつらの今までのツケが回ってきただけだ」
二人の様子を呆れた目で見ていたフィリスが首を傾げているマオシャに事情を説明する。
事は依頼の為にアダマートを離れる旨をアダマートで世話になった各所にあいさつ回りに行った時である。
「えーーーーっ!?ミアルさん達行っちゃうんですか!?また面白そうな原石持ってきてくれると思ってたのに!(某鍛冶屋の一人娘)」
「深層の魔獣素材もだ!色々試したかったんだがよぅ……(某鍛冶屋の親方)」
「止めなあんた達!でもこれでしばらくはへい―――コホン、寂しくなるねえ……(某鍛冶屋の奥さん)」
奥さん何か言いかけませんでした?とこの時ミアルは首を傾げた。ここまではまだ良かった。
「そうか……しばらくギルドにへいお……活気は無くなっちまうな(某試験官を務めた人談)」
「やっと激務が……こほん、落ち着いて休め……んんっ、厄介な案件も片付きそうなので私も羽を伸ばしに湯治にでも行こうかと思います(某気がつけば担当扱いになっていた兎耳受付嬢談)」
「「「「久しぶりの休みだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!(受付嬢との会話を小耳に挟んだ職員からリークを知った財務の皆様)」」」」
冒険者ギルドでは皆して第一リアクションが安堵した雰囲気であり、フードコートからはほっとしたようなため息をミアルの聴覚なら拾える。アンジェラは本音を隠しきれていないし、何やらカウンターの向こうからは歓声が聞こえてきた。事のついでにと"奈落"の整理や先立つ資金の確保の為に梓美が余剰な魔獣素材(深層生息種が殆ど)をどっさりとカウンターに乗せて「お土産、いっぱい持って帰ってきますね」と笑顔で告げるとアンジェラさんは口元を引き攣らせるし、悲鳴も聞こえて来る始末。あれ?なんか厄介者扱いされてません?とミアルも口元を引き攣らせる。
「やっと胃痛から解放……いや、なんでもない。とりあえずお前ら、向こうで変なことやらかすなよ?」
そしてギルドマスターからは安堵のため息の後に釘を刺され、
「ようやく辺境に平和が訪れそうだ。まあ、君達が帰ってくるまでの束の間の平和かもしれんが……(某辺境伯)」
「ムロアウィールドには嵐が吹き荒れそうですよね。しかも戻ってくるんですよね。そして色々な案件持って帰ってくるんでしょうね……大丈夫です、きっと皆さんが戻ってくる頃にはこの辺境も嵐には動じない強い地になっていることでしょう。………私の長期休暇、大半が辺境滞在だったなぁ(某メイド)」
ヴェリール侯爵令嬢への獣王竜の肉運搬依頼についての打ち合わせの為に訪れた辺境伯達に至っては普通に災害扱いである。なお、ターシャの最後の呟きはダリウスの「でん……ターシャ、ちょっとそれはハードルが高くないかね?」というツッコミに被さりミアル達の耳に届くことは無かった。そして国家間のトラブル、あるいはアダマートへの風評被害になりかねない事態を起こさないよう両名から何度も釘を刺されたのは言うまでもない。
「と、こんな感じで殆どの奴がまず最初に嵐が去るみたいな扱いするから凹んでるんだよ」
「どーせボク達災害扱いだよぉ……大体やらかしの発端は基本的に梓美じゃないかぁ……あんまり止めずに一緒になってるボクもボクだけどさぁ……」
おまけに段々扱いが悪くなっているというお約束の流れだ。なお、ミアルも梓美のやらかしに基本的に協力しているので同じ扱いなのも自業自得ではあるのだが。
最後に挨拶したミストル亭のオーナー一家が普通に寂しがり、看板犬ロッキーが猛烈な勢いで後ろ髪を引かなければミアルはもっと落ち込んでいただろう。
「一番寂しがるのが犬ってぇ……」
「いや犬と比べたら駄目でしょ。それにロッキーは……なんでもない」
否、『犬くらいしか別れを惜しんでくれない』とむしろトドメだったらしい。あの悲痛な鳴き声で引き留めようとする犬と同等な人間がいたらむしろ引くレベルだとこの場にいるミアル以外の全員が思う。加えてロッキーも偶にミアルが分けてあげる干し肉(減塩加工)目当てに別れを惜しんだ可能性もあるのだが、それは死体蹴りになりかねないので梓美はその言葉を飲み込んだ。
「どーせ他の人達も素材とか掃除が綺麗とかそういう理由で名残惜しんでるんだぁ……純粋に惜しんでくれるのは犬くらいなんだぁ……」
「ほら、ミアル、落ち込むのは後でいいから。まずは依頼主にあいさつでしょ?なんなら私が闇魔法で精神賦活を……って!?何光魔法で抵抗してんの!?不貞腐れ方向にシフトしてる!?」
周囲からのお小言が多くて卑屈気味になったミアルはかなりめんどくさい難敵だった。
光と闇、『二極』と呼ばれる魔法属性は精神に作用を及ぼす魔法が使えるのだが、闇で心を癒そうとして光で抵抗されるなんて珍事は滅多に見ないだろうな、と実はさっきからずっといたケビンスは後に語ったという。
結局、不貞腐れたミアルとそれをなんとか立ち直らせようとする梓美は放置、フィリスが自己紹介と護衛依頼の内容の確認を進めることとなった。
◇
そんな頃、冒険者ギルドのフードコートでは、ある冒険者二人組がこんな会話をしていた。
「それにしても良かったんですか?あんな厄介払いみたいな扱いで。あの三人、この街の救世主じゃないですか」
若手の青年が釈然としない雰囲気で先輩冒険者にこぼす。ミアル達が獣王竜を討伐し、アダマートの危機を救ったのは有名な話だ。彼もそんな彼女達の英雄譚に憧れる一人である。そんな彼に先輩冒険者は苦笑いする。
「まあ、気持ちはわかるし、俺も感謝してる。けどな、それ以上にあいつらが何か事を起こすといいこともあるんだけどギルドがてんてこ舞いになるんだよ。で、俺らも巻き込まれる。ほら、今フードコートで注文した職員、一月前までかなり太っていたんだぞ?」
先輩冒険者が視線で示した先にはすっきと痩せて目の下に隈のできた男がフードコートで最近追加されたにも関わらず看板メニューと化したラプター肉の衣揚げを形容しがたい微妙な表情で受け取っていた。と言うのも、一口でその味の虜になったこの料理のレシピ提供者が自分がここまで痩せ細るまで働く原因となった少女だからだ。
事の発端はフードコートで昼食を摂ることの多かったフィリスと依頼の打ち合わせをする為にと梓美が弁当として自作料理を度々持ち込んでいる事にフードコートの料理人が目を付けた事だ。彼はギルマスに話を持ち掛け、『どうせあの娘達はまたやらかします。そこがレシピゲットのチャンスです』発言はいずれ来る未曾有の危機とそれすら未知の料理のレシピの為なら待ち望む節のある彼の狂気的な目にギルマスをして心胆を寒からしめた。
その後彼の予想通りに梓美達がうっかり訓練場を再び文字通り激震させた際の弁償やペナルティ代わりにと交渉の末に『ディノラプターのフライドチキン風』レシピを勝ち取ったのは有名な話である。これが元々梓美の料理に興味を示していた冒険者達に大ヒット。裏方の職員も注文に来る程の人気メニューとなった。
結果、フードコートは以前より大きな利益を出し、材料であるディノラプターの肉や一部の魔の森外縁部産の香草の需要が上がったことで駆け出しの冒険者達にとっても良い収入源となった。
一方で裏方は需要増加に伴う油の仕入れや値段の変更の交渉、フードコートの予算見直しに悲鳴を上げ、今椅子に腰かけて衣揚げを食べ始めた彼もその為に奔走したのは言うまでもない。
「あいつらに影響された新人が血迷った真似をしそうになる事も増えたしな。他所のパーティーは他人事だろうが同じパーティーメンバーの無茶は見過ごせないし、その点じゃある意味被害者は多いかもな」
経験の多い冒険者達もパーティーの若手がミアル達の活躍に触発されたことで難度の高い依頼に意欲的になり、それを宥める気苦労が増えている。特にミアル達の武勇伝にちなんでいきなりシェルヘッドベアに挑もうとする新人が多くなっていることは受付や先輩達の多くの者の頭を抱えさせている。
「だから素直に感謝の言葉を伝えづらいんだよ。ほら、嵐が来ないと土地が乾いちまうけど来たら来たで被害がでかい。そんな感じだ」
「ああ、なんかわかる」
当人にしてみれば嫌なたとえだが農村出身の若手冒険者の腑にはすとんと落ちる。大きな嵐が来た時の被害は甚大かつ後始末が大変だが、逆に来なかったり、来ても小規模だった年は土が乾きやすく、何度も井戸や例年より水量の減った川から水を汲んで畑に運んでいた覚えがあるし、それでも作物の育ちは悪く、川魚もあまり獲れないのでお腹を空かせやすかった。重い水を何往復も運びながら、同じように水を運ぶ男達が『来年は嵐が来て欲しい』とひいこら言いながらぼやいていたのを思い出して遠い目になる。
「それに、お前はあの事件を知らないからな」
「あの事件?」
「ああ。『天鳴』が実はシャイなのは知ってるだろ?」
「このギルドで知らない人の方が少ないんじゃないでしょうか」
アダマートの冒険者達からひっそりと呼ばれている『天鳴』ことミアルがアンジェラに揶揄われたり梓美の惚気で顔を赤くしているのは一種の風物詩となっている。普段の少年じみた雰囲気とのギャップに何か扉を開きかけた者も数知れず、あまりに露骨に見ていると梓美に睨まれるところまで1セット。
「で、だ。少し襲撃の件が落ち着いた頃に一斉に礼を言おうととしたことがあるんだよ。そしたらどうなったと思う?」
「どうなったんです?」
「『天鳴』が気絶した」
「はい?」
襲撃事件から1週間ほど経ち、殆どの者が色々と身の回りが落ち着いて復興に乗り出した頃だ。依頼の下見にギルドに顔を出したミアル達に冒険者一同プラスアルファで一斉に感謝を述べようと殺到した。
いきなりの事でミアルも梓美も困惑、さらに元々村育ちだった為に大多数から褒められたり感謝されることに馴染みが無く、さらに正式に梓美と恋人関係になったばかりだった為これまでに増して仲睦まじい様子を指摘されたことでミアルは羞恥も加わって精神のキャパシティがオーバー。顔を真っ赤にして気絶したのだ。
その後、丁度良いタイミングで薬剤調合の仕事でしばらく人目につく事が減り、精神的に回復できる猶予ができたのは不幸中の幸いだった。
「そんなわけで、あいつらと接する際には適度な距離感を持った方がいい、ってのが暗黙の了解になったわけだ。そこらへんは手柄を立てた冒険者次第で扱い変わるからな?一応覚えておけ?」
「先輩はむしろちやほやされたい方ですからね」
一言余計だ、と先輩冒険者が若手を小突く。
「というか、あいつらどうせアダマートに戻ってくるんだ。帰ってきたらまた色々やらかすか厄ネタ持ち込んでくるんじゃないのか?」
別に彼女達が二度と戻ってこないわけではないし誰も『戻ってくるな』とは言っていない。けど色々振り回された身としてはちょっとくらい小言は言いたい気持ちはわかるし、
「それもそうですね。そう考えると束の間の平穏に安心の気持ちの方が上な人ばかりでしょうね」
「あの筋肉ダルマが胃を痛めているのなんて初めて見たぜ」
「あんな見た目だからそういうのとは無縁と思ってましたよ」
はっはっはと笑い合う二人。彼らは気が付いていない。微妙に他の冒険者達が彼らの卓から距離を置いていることに。そして背後から近づく男に。
「ほう、誰が筋肉ダルマで何と無縁だって?」
突然の第三者の声。ギギギと油の差していない道具の様なぎこちなさで振りむくとそこには筋肉ダルマが。
「「で、出たーーーーーーっ!?」」
「何だ人をバケモンみたいに。暴走娘の話だろ?俺も混ぜてくれや」
その後、二人は所属組織のトップとの同席での食事、そしてミアル達のこれまでのやらかし愚痴を延々と聞かされるという胃痛のおすそ分けを貰う羽目になるのだった。
『面白かった!』
『続きが気になる!』
『もっとバトルを!』
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