5話〜夜の魔法談義〜
「ん、うんー?」
意識を取り戻した梓美は自分がベッドに寝かされていることに気づいた。木製の素朴なベッドだ。
(知らない天井……ってまさか本当にこのワードを使う日が来るとは……)
そしてこれまでのことを振り返る。朝、いつも通り学校に登校し、朝のHR前に数少ないオタク友達と雑談をしていたと思ったら急に教室の床が光り出した。
気がついたら空から落下しており、何が何だかわからないまま見たこともないくらい綺麗で可愛いくてかっこいい同い年くらいの子に助けられた。
その子はエルフで信じられないけど自分が異世界に迷いこんでしまったと確信した。
そのエルフ、ミアルは茶色の混ざったブロンドの髪を三つ編みにして左側に下げている自分のことを「ボク」と呼ぶ男の子みたいな雰囲気の女の子だった。
ミアルの案内でたどり着いた村は中世のヨーロッパの農村と言ったらこんな感じと言わんばかりの村で、自分達みたいな人間だけでなく、ネコ科やイヌ科の耳と尻尾を持つ獣人もいた。
ミアルの家で、エルフのお姉さんが出迎えてくれた。姉かと思ったが実は母親で驚いた。実年齢はどれくらいかと問題を出されたけどそんなのわからない。そもそもこの世界のエルフの寿命もわからないし結婚適齢期も知らない。地雷にならない範囲の解答を考えていたらこの村の村長がやってきて問題はうやむやになった。
…
異世界から来たにも関わらず言葉が通じるのは『スキル』というもののおかげだった。自分が持っているスキルは人型種族との会話を可能にする《言霊(人型種族)》ともう一つ、《舞台装置lv1》という謎のスキルだった。この《舞台装置lv1》は自分のイメージ通りの魔法を使えるようになり、さらにl v分だけ保有できるという物。しかし、梓美は魔力が使える状態ではないので詳しくはまだ未知数。
とりあえず地球への帰還方法を探したいけど最低値この世界で生きていく方法を身につけるため、ミアルの家の薬屋で住み込みで働くことになった。
事件はその後起きた。
魔力を使える状態になるためにミアルが狩ってきた魔獣のレバーとハツ料理を食べ、初めてのお酒を飲んだこの世界初の食事後、魔力活性が不十分だったために体内で魔力が暴走したこと、魔力ステータスが高かったためにに体が適応できなかったこと、初飲酒で酔ってしまったこと。様々な原因が重なりあってしまい倒れてしまった。初めて起きた身体の異常事態に苦しむ梓美をミアルは助けてくれた。くれたのだが……
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!?」
ここまで思い出してボンッと火を吹き出すくらいの勢いで顔が赤くなる。その方法が文面だけなら問題なく思えた。実際にミアルが梓美に外面的にしたことは右手を直接下腹部に添わせただけだ。しかし、右手から流し込まれた魔力の何とも言えない感覚、それが一気に自分の中で暴れ狂う熱を支配し、下腹部を始めとする魔力の流れがせき止められている箇所を次々に決壊させ、一箇所決壊させる度に大きくなるその感覚に脳天から足先までひたすらに蹂躙され続けてしまいには気を失ってしまった。そして、その様をミアルとその母、ルルには思いっきり見られていただろう。
「あ゛あ゛あ゛あ゛ぁぁぁ〜〜〜〜〜」
とんでもない痴態を晒してしまった。もういっそ消えてしまいたいくらいの恥ずかしさに転げ回りそうになる。しかもあの身体の内側に入り込んで染め上げられて全身を突き抜ける感覚を思い出してなんか体が疼いてきている気がする。そんな自分に尚更悶え転がりそうになった時、
「ぁぁぁぁぁぁぁぁぁ〜〜〜やっぱり覚えてるぅ〜〜〜……」
声のする方を視線に送ると床に敷いた布団の上で自分を助けてくれた恩人が頭を抱えていた。
◇
ミアルは後始末を終えた後、自室のベッドに梓美を寝かせ、自身は床に布団を敷いて寝ようと思ったところで梓美が意識を取り戻した。そして一連の記憶が残っていることを確信したミアルはまず謝罪することにした。
「ごめん、梓美。魔力同調ってされる側があんなことになることも知らずに梓美が止めてって言ってるにも気付かずにあんなことに……」
「やめて!『あんなこと』を連呼しないで!」
謝罪のつもりが、傷口に塩を塗りたくった貫手。惨状のフラッシュバックに両手で顔を覆い叫ぶ梓美。そしてようやく梓美はある変化に気づく。
「あれ?なんで私下着姿……」
セーラー服とソックスを脱がされていたのだ。
「その、全身汗でビショビショだったから寝かせようにもそのままだと色々よくないから脱がせて拭かせてもらいました。はい。」
「ビショビショって言わないでー!……見たの?」
指の隙間から睨む梓美。その視線に耐えきれず率直に思った感想を言う。
「……綺麗だったよ?」
「うわああぁぁぁーーーーん!」
気を失ってからも辱めは終わっていなかった。ミアルが綺麗だと言ったのは肌のことだが大してフォローにならないだろう。
「うぅ……そりゃあね、同調もその後体拭いたのも必要なことだしやましいことのつもりでやったわけじゃないってわかるよ?ベッドで寝かせてくれたし。うん、ありがとう、ミアル。でも、でもぉー……」
素直に感謝しきれない。せめてもう少しマイルドにできなかったのか。あの痴態を晒さずに済んだ方法がなかったのか。そう言い放ちたいけどそれは助けてくれた恩人に失礼だ。だから何とも言えない微妙な顔になってしまう。
そしてミアルもやりすぎたことを自覚したため甘んじて受け入れる。
「うん、ボクも次から気をつける。……次あるかな?(ボソッ)ところで、体はもう大丈夫?」
「うーん、倒れた時の苦しい感じはもうないかな?嘘みたいにすっきりしてる」
ミアルの《魔力知覚》でも梓美の魔力は活性化し、正常に体内を巡っているのがわかる。しかし先程魔力の状態だけを見て梓美の惨状を完全に見逃していたので本人の自覚症状を確認しておきたかった。
「これで私も魔法が使えるんだよね。私の適性の属性って光と闇だっけ。ミアルは風と、あと水を使ってたっけ?」
「そうだよ。ボクの得意属性は風と水。エルフ族は人間族より魔力やその運用能力に優れる代わりに適性の属性しか使えないんだ。だから他の火、土、光、闇は使えない。人間族は適性属性じゃ無い魔法も使える人もいるけど例え適性属性でもエルフ族並みに魔法を扱えるのは稀だって聞くね。」
「やっぱり魔法はエルフの方が上かー。代わりに人間族は弱くても色んな属性が使えるってことなのね」
右手と見つめながらぐーぱーぐーぱーと広げたり閉じたりを繰り返す梓美。
「とりあえず今日はもう休んだ方がいいよ。色々疲れたみたいだし」
「ありがと。……って、このベッドって誰の?もしかしてミアル?」
「そうだよ。よくわかったね」
「それじゃあ、ミアルはどうするの?」
「ボクは今夜は床で寝るよ。流石に色々あった人を床で寝させるわけにはいかないし」
「……ねぇ、ミアル、ちょっとわがままなんだけど、いい?」
「なに?どうしたの?」
小首を傾げるミアル。そんなミアルに頬を赤く染めて、
「一緒の布団で、寝てほしい」
◇
(どうしてこんなことに……?)
狭い一人用のベッドで向き合うようにして寝る二人。すぐ近くの梓美の顔にミアルの心臓はバクバクいっている。『あんなこと』をしでかしたこともあり色々と意識してしまい、気まずさも増してしまう。
「ごめんね。今夜だけ。明日からはしっかりするから」
梓美の声は震えていた。身体の不調が消えたとはいえ、この世界に来てからの不安や心細さはまだ残っている。
どうするのが最適なのかはわからないが少しでも安心させようと梓美の頭を撫でる。
一瞬驚いた顔をしたがすぐに安心したように目を細める。
(ああ、そういうことだったのかな。)
梓美の頭を撫でながらミアルはあることに気がついた。
《魔力知覚》というスキルは一つの感覚に集中することで精度を増すが無意識状態でも五感で魔力を感じることができる。手の平から感じる梓美の活性化した魔力がとても好ましいものだった。
「梓美、ちょっと酷いことなのかもしれないけど」
「何?」
「梓美って、とても好きな魔力してるんだ。触って心地いい。視てて落ち着く。いい匂いがする。だから森で助けた後、ずっと世話を焼いたのかも」
「そうなんだ。随分親切だなってちょっと思ってた」
そう言いながらも梓美の表情は柔らかい。
「その時はまだ梓美の魔力は活性化していなかったけど、何かを感じたのかもね」
「一目惚れみたいな感じ?」
「うー……それはわかんない。女同士だし。」
「でも、ただの親切心じゃなくて私個人に惹かれたってわかって逆に安心したかも。……ねぇミアル?」
「何?梓美?」
「舐めてみる?」
「!?!?!?」
危うく吹き出しそうになった。舐める?何を?
「いきなり何!?」
「え?だって、その《魔力知覚》で私の魔力は触り心地見心地嗅ぎ心地いいんでしょ?だったら舐めたら味覚も感じそうだなーって」
「わかるけど!なんでいきなりそんなことを!?」
「そんなに私の魔力褒めるんだから私の魔力舐めたらもう夢中になっちゃうんじゃないかなーって。いわゆるハニートラップ?」
「色仕掛けじゃなくて餌罠になってるよ!なんでいきなり恥じらい投げ捨ててるの!?」
「見栄はともかくあれだけの醜態晒して恥じらいも何もないと思うの。それに美少女エルフがしっかり私にゾッコンになってくれるなら体と魔力ペロペロされてもむしろ本望に思えてきて」
「言い方!だんだん目が情熱的になってきてるよ!?さてはこれが同調の後遺症!?」
気がつくと背中に手を回されて、互いの体が密着するまで秒読み段階だ。いい匂いがするのは果たして魔力知覚によるものなのか。
「あわわわわわわわわわわ……!?」
「ふふ、食べてみて?」
果たしてどっちが食べられる側なのか。とんでもないものを色々と目覚めさせてしまったと思うミアルだった。
◇
「あの子達は……」
自身の寝室でルルは頭を抱える。エルフの聴覚は優れている。だから別室での娘達のやり取りが聞こえてしまっているのだ。
(それにしても、やっぱり同じことを言うのね。やっぱり血なのかしら|)
思い出すのは自分が冒険者を引退する原因を作った『あいつ』。魔の森で絶体絶命の危機を助けられ、その後に色々大変なことをしてくれた。つまり、ミアルのもう一人の親だ|。
『あいつ』が自分を助けた時、「魔力が美味しそう。だからきっと相性がいい。」そんなことをほざいていた。そして、ミアルも同じことをあの人間族の子、梓美に言っていた。
それが『パートナー』としての相性でもあるのなら、きっとこれが初恋になるのだろう。
(よりによって異世界から来た、しかも同性なんて……)
実のところ、そこは重要ではない。しかし、梓美はいずれ村を出て行く。それがいつになるかはわからないけど故郷に帰るという目的があり、その方法を探す以上それは確実だ。
(ミアルもついて行くつもりなんだろうな……)
元々外への憧れの強い子だった。そして、気になる相手が先に旅に出る。実力も申し分なく諦めさせる為とはいえ経験談もたくさん聞かせた。だから若いことを理由に止めていたのに梓美を追いかけるならば引き止める決定打足りえなくなってしまう。
二人で旅立つなら一人より安全だし梓美は精神的にどこかミアルに依存している部分があるからおそらく裏切ることもないだろう。
(巣立ちの時は近い、ってことかしら……)
子の進む道を踏み外さないように独り立ちまで手綱は握っても雁字搦めにする親にはなりたくない。それでも、あの子の生まれ持ったものとこれから進む道を思うと不安は拭えない。いや、どんな生まれだろうと不安に思うことには違いないのだろうが。
(それでも、いつかは話さなくちゃならない。)
ミアルが、純粋なエルフではないことを。その血に流れているもののことを。誰にも話していない、母の冒険者としての最後の出来事を。
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『ミアルと梓美をもっとイチャつかせろ!』
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