13話~姉の意図と河岸変え~
ヴァイラナの言葉の内容はその溢れんばかりの笑顔とはとても一致しがたいもので、三人は理解が追いつくのに一拍かかってしまったのも無理はない。
「え、ねーさん、本気って……?」
「言葉の通りですわ。わたくしとミアルが飛び交い、全力で魔法を撃ち合い時には取っ組み合うくらいの戦いを今、ここでしたいのですわ」
朗らかに語るヴァイラナだが、目は真剣そのものだ。
「これは別にわたくしの興味だけで言っているのではないのですよ?まだ力を使いこなせていないミアルにとってもわたくしはよい練習相手。現状ミアルの周りで同等の力を発揮できるのはフィリスさんくらい。けれどミアルの妖精族としての姿は竜の性質を持つ者に対しては天敵。存分に力を振るうことはできないのではなくて?」
「う、まさにその通りだよ……」
ヴァイラナの指摘は正解だ。ただでさえフィリスの『焔鯢竜』は不完全な状態であり、この一ヶ月魔力調整によって多少補われはしたが、過剰な力を持つことへの懸念もあり今に至るまで本来想定されたスペックまでには至っていない。さらに『焔鯢竜』に対してもミアルの精霊形態の竜への特効効果が発動してしまうため、先日の冒険者ギルドの訓練場での騒動の時もミアルはそれなりに加減していた。
「『焔鯢竜』ももっと強くできる余地はあるんだけどね」
「正直、あれ以上の力を持っても厄介ごとの方が多くなりそうなんだよ。今じゃ装備も充実してるしな」
「なので、わたくしがミアルの相手を務めようかと思いますの。魔の森なら周囲を気にする必要はないでしょう?」
魔の森の木々や植物は深層に行くほど成長が早い。もう少し深層に近い場所なら二人が派手に戦闘したとしてもさしたる影響が残ることはないだろう。つまるところ、ミアルが精霊形態の扱いの練習をするには環境も相手も申し分ない状況なのだ。
「どうしよう、ボクとしては受けたいんだけど……」
「今が依頼途中じゃなければ……いや、むしろ深層に入る前に鍛えられるって考えられればむしろアリ?」
「一概に駄目だと言えないんだよな。実際武器込みの精霊形態試せてないんだからいざという時にぶっつけ本番も危なっかしい」
「あ、だから『本気で』ってこと?ボク自身全力の状態を図りかねてるからそれを知るために?」
梓美の”降神霊機構”と新しい装備によって飛躍的に強化されたミアルは自分でもどれだけの力を出せるのかわかっていない。ヴァイラナはそれに付き合ってくれるのだと三人がその姉心に感心していると、
「え、ええ。そうですわ。姉として是非力になれればと……」
心なしか歯切れの悪いヴァイラナに首を傾げる三人。
(単純にミアルがどんな姿になるのか気になるのと、姉として、妖精族歴の長さからほんの一月前にその力を得たばかりの妹には負けないと意地を張りたいから、と言うのは黙っておくべきですわね……)
実は負けず嫌いなヴァイラナはその本音は隠すことにした。姉としての威厳を守る為である。
「では、少し移動しましょうか。ここは戦いに巻き込めば大きく跡が残ってしまうでしょう」
ここで戦闘すればせっかく珍しく中層で育った大樹を戦いの余波で吹き飛ばしてしまうかもしれない。それはさすがに忍びないので一行はもう少し進んだ場所に向かうことにした。
◇
それから移動すること数時間。もっとも三人は魔の森に入ってから基本的に”身体強化”によって走って移動しているためかなりの距離を移動している。
無論ヴァイラナも難なく三人の後をついていっており、改めてミアル達がここまで来た理由を尋ねる。
「ミアル達は昨日落ちてきた流星を調べに来たのですわよね?で、あわよくば持って帰りたいと」
「うん。梓美が興味深々なんだ。梓美の装備は革とか毛皮の素材の物以外はまだ新調していないからその材料になりうるかもしれないって」
「もしかして、それは『この地の外から来たもの』とも関連づけているのではないでしょうか?」
「梓美、そうなの?」
「あー、うん。正解。ほら、スキルの中には概念的な物に対する効果があるでしょ?《竜特効》とか《報復》みたいにね。そう考えると『異世界人』の私に『この星の外の物』を合わせればよりこの世界の埒外に手を伸ばすことも可能になるんじゃないかって思うの。まあそれができなくても隕鉄石だったら鋼にしてもらえば普通に武器にもできるし未知の鉱物ならそれこそどんな効果があるか夢が広がると思わない?」
「世界の埒外、というのは穏やかじゃないですけど、特殊な素材で良い物を作る、という考えは同感ですわ。わたくしがミアルの成人祝いに贈った蜂蜜酒なんかは我ながら自信作でしたの」
「あれ義姉様の手作りだったの!?」
梓美もヴァイラナも何かを作るときは製法は基本に則りつつもとにかく質を高めた上で最高の組み合わせを模索する思考の持ち主だ。梓美の場合はククラプターの唐揚げに始まり獣王竜の肉で作るハンバーグやワイン煮込み、職人に協力してもらったとはいえ無重力下錬成による希少金属の合金がその例である。
「そういえば、あの蜂蜜酒もかなり贅沢に作ってたよね。要塞蜂の蜂蜜を泉樹の樹液で薄めて作ったあれ。妖精族、あるいはその王族だとあれが普通なのかな?」
「王族はともかく妖精族でもそんな贅沢はできませんわ。普通の妖精族でも要塞蜂の蜂蜜を採集するのは骨が折れますもの。今回は人は生まれて15年を一つの境目としてお酒を飲むようになる、ということですのでミアルの祝いのためにわたくし自ら作ったのですわ。実際に蜂蜜酒の作り方を集落の者から教わったり、作るからにはより良い素材を、と魔の森を飛び回ってかき集めて色々組み合わせて試しましたの。その過程でアムブロシアとの食べ合わせにも気づいたので一緒に贈ったのですが楽しめましたか?」
「うん!あの果物、梓美が気づいてくれたんだけど蜂蜜酒と一緒に味わうと最高で……」
「ちょっと待てアムブロシアだと!?要塞蜂の蜂蜜酒は聞いたがアムブロシアまで食ったのかお前ら!?」
フィリスが泡を食ったのも無理はない。アムブロシアはそれこそ伝説とも呼ばれている果実であり、そのリンゴや桃に似た濃厚な甘みとわずかな酸味からくる天上の味わいもさることながら食べれば不老長寿をもたらすとも言われ、1個持ち帰るだけで白金貨が動いたと言われている。フィリスからそのことを聞いた梓美は一つ思い当たる節があった。
実はこの世界に来てから梓美は体調がやや崩れがちだった。その度にルルの的確な処方によって即回復していたため日常生活や鍛錬に支障はなかったがおそらくこれは世界が違う故に免疫が無い病原体があったのではないかと梓美は考えていた。相手の生命力を奪う”魂刈りの鎌”は元々その対策として身の回りの衛生面の確保、病原体の排除を目的に作った魔法だった。それがミアルの成人祝いの日以降は全くと言っていいほど体調を崩すことはなかったのだ。おそらくアムブロシアの効能だったのだろう。ついでに不老長寿も約束されたかもしれない。もっとも、要塞蜂の蜂蜜に泉樹の樹液、アムブロシアを雑に混ぜただけでも大体の病は消し飛びかねない程の薬になりうるのだが。
ともあれ要塞蜂の蜂蜜酒はともかく加えてアムブロシアも一人丸一個分以上は食べていたという下手な王侯貴族よりもすごい贅沢をしていたことを知ったミアルと梓美の背に嫌な汗が流れる。とても「また食べたいな♡」と言える代物ではない。
「まあそんなわけで、素材を追究する、という考えにはわたくしも賛同しますわ。聞けばミアルとフィリスさんの武器もその考えからできた代物。アズミさんとはいい話ができそうですわ。後で是非意見交換をいたしましょう?」
「喜んで義姉様!ところで、今度はアムブロシアをフランベしてみるのはどうかしら?昔洋梨のフランベを食べたことがあってそれが美味しくて……」
「梓美の世界の料理法?ボクも気になる!」
「頼むから国が動きかねない代物作るのは止めてくれ!あたしの胃が持たねえ!ミアルも目を輝かせるな!」
ヴァイラナ作の要塞蜂の蜂蜜酒&アムブロシアといい梓美考案の希少金属合金の武器といいどちらも国宝に指定されてもおかしくない代物である。そんなものを思いつきで実行しようと考え、可能とする能力があるのがおかしいのだ。
基本的に冒険者が探索で得たものは個人の自由にしていいのだが、あまり度が過ぎて好き放題何か作るのに使ってればどこからどのように干渉ややっかみが飛んでくるかわかったものではない。そんな中でもこの義姉妹は面白そうな代物の為なら構わず突っ走ることは明白だ。そんな狂気の現場の近くにいることになるだろうフィリスはとても胃が持ちそうにない。
「あら?胃がお辛いんですの?ならすりおろしたアムブロシアに要塞蜂の蜂蜜をかければたちまち胃もついでにその他も健康間違い無しになるのではなくて?」
「おお、リンゴをすりおろすみたいな!子供が風邪をひいたら食べさせよう!」
「まあ!とても健やかに育ちそうですわね。今度見つけたら差し入れますわね」
「気が早いよ!ボク達の子供ってあと何年後の話だよ!?」
「ツッコミどころそこじゃねえよ!逆に胃痛悪化するかあるいは健康上問題ない筈なのに痛く感じる謎現象が起きるからやめろぉ!」
ツッコミ役はフィリスしかいなかった。魔の森に彼女の悲痛な叫びが木霊する。なお、後に気を利かせたフィリスが風を操って叫びが広範囲に響かないようにしてくれていたと知った時は何とも言えない面持ちになっていた。
『面白かった!』
『続きが気になる!』
『もっとバトルを!』
『ミアルと梓美をもっとイチャつかせろ!』
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