3話〜初めての異世界料理にホルモン焼きをどうぞ〜
ステータス確認を終えた後、ロンヌは帰って行った。時刻はまだ昼過ぎ。まだ働く時間だ。なので
「さて、まずは仕事を覚えて貰うわ。」
最初に梓美が『薬屋 ルート』で覚える内容は主に売れている薬品の名前と効能、価格についてであった。
傷薬や食あたり用の薬、風邪薬だけでなく、変わり種としては馬や農耕用の牛の為の薬なんてものもあり梓美は目を丸くした。
この世界の貨幣制度についてもこの時に教えてもらった。
銅、大銅貨、銀、大銀貨、金貨、白金貨の順に価値が高くなり、銅貨から金貨までは順に十倍ずつ価値が上がり、白金貨だけは金貨の百倍の価値となる。
金貨と白金貨は平民階級ではほぼ使用られることのない金額であるため実物は村にはなかった。
銅貨一枚=10円の感覚かな、と梓美は呟いていた。
「あれ?ルルさん、これって算盤ですか?」
梓美がカウンターに置いてあった器具に目を向ける。それは地球の算盤に非常によく似ていた。
「そろばん?もしかして計算器のことかしら?」
「あ、やっぱり計算に使うものなんですね。」
作りも算盤のそれとほぼ変わらないためパチパチと小学生の授業で少しだけやった記憶を頼りに適当な薬の値段を足したり引いてみる。しかし長い計算になると途中で操作を間違えるのか本来とは異なる計算結果になってしまう。
「すみません、なんか途中でこんがらがってしまって」
「扱いそのものはわかってるようだから慣れの問題でしょうね。店番の合間に練習してもらうわ。あとは掃除とかの雑用についてね。」
ちなみに家事、特に洗濯のような水を扱う作業に関してはミアルもルルも水の魔法で行えるためわざわざ手間のかかる手作業をさせることはほぼないとのことだった。
◇
梓美が翌日からの店番をする分には問題ない程度の内容を教わり終えた頃にはすでに日が暮れており夕食となった。
献立はヨモギのような薬草を練り込んだパン、キノコと山菜のスープ、そして、
「獲れたククラプターの1日目料理はやっぱりこれだよね!」
満面の笑顔でミアルが用意したのは梓美の知識に一番近いものでレバーと何かの焼き肉だった。
「これは・・・レバー、ええと、肝臓部分と?」
「胃と心臓だよ。新鮮なうちにしか食べれないし多分一番梓美に食べさせるべきなものだと思うよ。魔力の活性化のきっかけにちょうど良さそう。」
魔獣は魔力を用いることができ、死後も多少残留することがある。特に魔力が残りやすいのが循環の要である心臓、食事が最初に送られる胃、様々な機能を果たす臓器である肝臓であるとされている。
これらを食事として魔力を体内に取り込み、魔力の活性化を促そうという試みである。
「魔力を帯びた食材で活性化を促すのはごくたまにそういう子供がいた時にする方法の一つなのよ。まあ、それがククラプターのモツなのは前代未聞だと思うけど」
「ククラプターを食べるのってそんなに珍しいんですか?」
首を傾げる梓美にニヤニヤとミアルとルルが意地悪い笑みを浮かべる。
「ククラプターってね、街で丸ごと市場に出すと大銀貨3枚は下らないのよ?」
ぴしり、と梓美の動きが止まった。
「元々羽毛にも素材としての価値があって、肉は絶品、内臓も辺境では珍味として有名なんだ。けれどすばしっこくてすぐ逃げるから遭遇も難しいし離れたところから飛び道具で狙わなきゃいけない。けどあの小ささだから難しい。罠を張っても魔力で強化された蹴りで大体破壊される。だから結構いい値段するし美食家が冒険者にククラプターの狩猟を依頼する、なんて話もあるんだってさ。」
「あれは・・・もうやりたくない・・・」
ルルが遠い目をして語り出す。
「十匹納品の依頼で報酬がかなりいいと思っていたらいざ探すとあいつら小さいしあの広い魔の森の中全然見つからなくて見つけたと思ったら走って逃げるし木の陰に隠れるしこっちパーティーだからか気づかれやすくてというかあのクソ脳筋剣士声でかいって言ってるのにうるさくて逃げられるから難易度無駄に上がってたしやっと仕留めたと思ったら別の魔物に横取りされるしそもそも私達が別の魔物に襲撃されたりしたしなんでディノラプターの群れが襲ってくるのよさらにワイバーンも飛んでくるし魔道士杖持ってかれて大騒ぎでまたククラプター逃げるし結局期日ギリギリで納品できたけど最初と最後の納品に期間開きすぎて使えないモツ分差し引かれて壊れた武器の補填とか費用とか仕留めたの大体私なのにパーティーで等分割になって計算したら赤字、返り討ちにした魔物素材でギリ黒字だったのが救いああもう二度とあんな依頼やりたくない少なくともパーティーは大人数で組まない・・・」
冒険者時代のトラウマだったようだ。死んだ目でぶつぶつと呟くルルからそっと二人は目を逸らす。
「そんな高級品を私が食べちゃっていいの?売った方がよかったんじゃない?」
不安そうに梓美が尋ねる。
「この村からわざわざ街に売りに行ってたら内臓とか傷んじゃって価値も落ちるし村の人達も祝いの時でもないと買わないからね。羽毛は取ってあるから今度纏めて売りに行くよ。」
それに、とミアルは付け加える。
「もし気にするようだったら使えるようになったスキルで今日の食事分稼ぐつもりでいてくれればいよ。ちょっと打算もあるしね。」
「打算?どんな?」
「内緒ー。その時に教えるよ。さ、とりあえず冷めちゃうから食べよ?」
「そうだね。いただきます。」
「梓美、今の『いただきます』って?」
「あ、そっか、これ日本の文化か。何かを食べる時、必然的に命を奪ってることになるから食材への感謝の言葉、かな?あとは料理してくれた人とか。といっても食事前の挨拶みたいなもので日本でも割と漫然と使ってる人も多いと思うよ。」
「なんかいいね、それ。じゃあ私も糧となる命に感謝して、いただきます。」
そうして梓美がまずはククラプターのレバーにフォークを突き刺し口に運ぼうとすると、
「あ〜・・・」
なんか、切なそうな目でいつの間にか現実に戻ってきてたルルが見つめている。フォークの先のレバーを。
「かーさん、いくら好物だからって大人がみっともないよ?梓美、気にせず食べちゃって。かーさんには背肝取っといてあげてるから」
「背肝?」
「背中側の、腰のあたりかな。そこの部分にある臓器。そこも珍味で、かーさんはそれで酒を飲むのが好きなんだ。一番好きなのは肝なんだけどね。」
「背中の・・・」
よく見るとルルの近くにだけ焼いたホルモン系の皿が置かれていた。無意識に腰をさする梓美。そしてある部位に思い当たる。
(え、腎臓・・・?)
ちなみに地球でも鶏の背肝は食べられている。希少部位なので梓美の知識にはなかったが。
気を取り直してレバーを口に運ぶ。
(んー?)
鶏のレバーに似ているが元が野生だからか味も特有の臭みも強い。味付けも塩のみでタレで臭みを打ち消していないのもあり好みが分かれそうな味だと感じた。
続いて心臓も口にする。
「あ、美味しい!」
こちらは臭みはそれほど強くなく、コリコリとした食感が楽しい。シンプルな塩味と相性もよく自然と食べやすいハツの方にフォークが進む。
「梓美は心臓が好みか〜」
「響きが物騒!」
ミアルの物言いに物申しつつも少し固い薬草パンにスープを染み込ませて食べる。鶏ガラのような(ククラプターの骨)スープとパンの独特の風味が意外と相性が良い。
「やっぱりククラプターとお酒の組み合わせは最高ね〜特にモツ!」
上機嫌に背肝を口に運んではお酒を流し込んでるルル。
梓美も程よく喉が渇いてきたのでコップの飲み物を口につける。この時、日本の感覚だったのがよくなかった。日本なら15歳の子供の飲む物なら水やお茶、ジュース等の類と考えるだろう。しかし、この世界では15歳は既に成人。つまり、
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!?」
梓美に出されたのはお酒だった。初めての酒精による苦味と独特の口当たり。
驚きのあまり吹き出すのを必死に堪えたが口に含んだ分を飲み込んだ時には涙目になっていた。
「あら?梓美ちゃんお酒初めて?」
「は、はい・・・日本だと20までお酒とか禁止ですので・・・」
「あら、勿体ない。でも、ここじゃ15で飲めるのよ。安心して飲んでいいわ。」
「わ、わかりました・・・」
「モツとかの後味が残るのを程よく打ち消してくれるからそういう飲み方をするのがいいよ。駄目なようなら水もあるからそっち飲む?」
「もう少し飲んでみる・・・」
結局、二杯程飲んだところで飲みやすさ重視で水を飲むようにした。お酒の味が美味しいと感じるようにはなったが、それはそれとしてゴクゴク飲むにはお酒より水の方が梓美には飲みやすかった。
◇
「ご馳走様でした〜・・・」
「それもニホンの挨拶?」
「そう〜」
食事を終える頃には梓美の顔は赤く染まっていた。そして心なしか語尾が間延びしている。
「初めて酔った感じはどう?」
「なんか、ふわふわして、はあ、暑いです〜。」
目もとろんと蕩けており、頭がゆらゆらしている。しかし、徐々に呼吸が荒くなってきていることにミアルは違和感を覚える。
「梓美、他に変に感じることはない?」
「なんか、体の中心からぞわぞわって、熱いのが広がって、何、これ、頭もなんか、ぼーっとしてきて」
ふらり、とそのまま床に倒れてしまう梓美。
「梓美!?」
「何、熱い、熱い、怖い。嫌、何これ?」
自分の体を抱くようにうずくまる梓美。全身からも汗が吹き出し、明らかに異常事態だ。
何か食べた物がまずかったのか。しかし、使った食材は人間族に害になる物ではないはずだった。異世界人だから何かが体に合わなかったのだろうか。
「梓美、梓美!しっかりして!」
「ミアル、《魔力知覚》を使って!多分、魔力の活性化が始まっている!でも、こんなに苦しむなんて話は聞いたことはない。梓美ちゃんの魔力を視てみて!」
取り乱したミアルをルルが呼び戻す。考えうるもので最も有力なのは体内での魔力異常だろう。そして、それを正確に知るにはミアルの持つスキル、《魔力知覚》が必要だ。
《魔力知覚》は五感のうちのどれかを使い体外の魔力を認識するスキルである。
聴覚なら魔法発動の兆候を感じ取ったり、味覚なら舐めた対象の魔力状態を、嗅覚なら遠距離の魔力の持ち主を特定、触覚は他の感覚に頼らずとも魔力源を感知できるようになり、視覚なら視界内の魔力状態を読み取れる。
同じ《魔力感知》でもどの感覚に優れているかには個人差があり、ミアルの場合は視覚と聴覚に優れている。
すぐさま《魔力知覚》を発動、視覚に機能を集中させる。
「どう?梓美ちゃんの魔力はどうなってる?」
「梓美の、魔力は・・・」
ミアルの目つきが厳しいものになる。
「暴走してる。」
お酒ではありませんが3歳位の頃にファストフード店のドリンクで紅茶と思ってストローで飲んだら実はコーラだったことがあり、初めての炭酸にビックリしたのが原因で小5のあたりまで炭酸飲めなかった時代がありました。トラウマ解消のきっかけはペットボトルロケットの為に炭酸飲料のペットボトルが必要で飲んで確保せざるを得なかったことでした。気がついたら慣れて炭酸も平気になりました。
私はそんなにお酒飲める方ではないです。柑橘系のサワーとか好きです。