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2話〜東谷 梓美〜

「ほら、ここがボク達の住む村、『ニオクス』だよ」


 森を抜け、門番に森で梓美を保護したこと、聖神教とは無関係だが少し混み入った事情があり、村長も交えて事情を改めて聴く必要があるかもしれないことを伝え、とりあえずミアルの家で休ませることを伝えたことで村の門を潜った二人。


「おお、なんか中世のヨーロッパの農村って感じなのかな?」


 鳥のような何か(正式名称はククラプター)を背負ったミアルの代わりに薬草やキノコの籠を抱えている梓美は村の風景に夢中だ。


 麦をはじめとする畑、乳や毛が採れる羊の牧場、日本のそれとは異なる造りの家屋。そしてところどころ見かけるエルフや獣の耳や尾を持つ住人。梓美にとってまさにファンタジー世界の村だった。


「ねえ、ミアル、あそこの犬の耳の種族は?それと、あっちのカラカルみたいな猫っぽいけど先の毛が長い耳の人とか」

「カラカルってのはよくわからないけど、彼は犬人族、そっちの人は猫人族だよ。狼や狐の特徴がある人も犬人族に含まれるし、同じように豹やこの村にはいないけど獅子とか虎の特徴のある人でも猫人族だよ。」

「なるほどねー、獣人も科ごとで種類が分けられてるのね。」

「あまり他種族の特徴を物珍しく見るのは失礼だよ?梓美だってあまり猿系の耳とかじろじろ見られるのいい気分しないでしょ?」

「あー、そっか、猿かぁー。そう言われると確かに微妙な気分かも。気をつけるね。」


 他種族にとって人間族の外見的特徴は「毛のない猿耳」である。時折「猿人族」とも呼ばれているが基本的に顔周りが毛深い男への揶揄として使われることが多い。


 そんな会話をしながら二人はルート母娘の住まいである『薬屋 ルート』にたどり着く。


「ただいまー」

「あれ?随分早かったのね。その子は?村の子じゃないでしょ?」

「お、お邪魔しまーす」

「うん、空から落ちてきたから拾ってきたんだ」

「えっ!?」

「で、ちょっと色々訳ありっぽいからこれから村長来ると思う。その時に詳しく話すよ。」

「ええっ!?」


 落ちてきたとはどういうことか。そしてなぜそんな話を我が家でするのか。


「ちょっとボクは狩れたククラプターの下処理してくるから採ってきた籠にニガ花香草があるからお茶いれてあげて。森を歩いて疲れてるみたいだし」

「ちょっともう少し説明をして!ククラプターは嬉しいけど!」


 ちなみにククラプターは黒い羽毛に覆われた鳥より獣脚類系の恐竜に近い魔獣であり、大きさこそ大したことはないが発達した脚と鋭い爪による蹴りはククラプターの持つ魔力によってさらに強化され、大の大人でも大怪我をする危険がある。

 しかしその肉は大変美味であり、辺境名物の一つとして有名である。

 自分より大きな相手には基本近付かず素早く逃げてしまうため、先程のミアルは離れたところから風の攻撃魔法である"風弾(エア・バレット)"をぶつけ昏倒させてから駆け寄り腰から下げていた短刀で首を切り落とし、水の魔法で素早く血抜きを済ませていた。



 ロクに客人の説明もないままカウンターの裏から居住用の区画に消えていくミアル。仕方なくルルは梓美の抱えている籠を受け取り、中身を確認し始める。


「はあ・・・君、名前は?」

「あっ、はい、梓美、ファミリーネームは東谷です。えっと、お姉さんは・・・」

「私はミアルの母よ」

「うええええええ!?若っ!?」

「まあ、エルフだからね。で、何歳だと思う?」

「それは外見年齢ですか?」

「実年齢」

「うぇぇ・・・」


 かなり答えに困る問題だ。エルフは長寿だが、何年生き、どのくらいの年齢まで若い外見なのかは地球でのファンタジーでは作品毎にバラバラだった。

 この世界の住人達の平均寿命はエルフはおろかまだ同じ人間族のものすら知らない。実年齢を地球人基準にしたらこの世界のエルフにとっては若すぎる年齢の可能性もあるし、だからといってあまり過ぎた年齢は同じ女性とはいえどうなのか。どう答えるのが無難なのか梓美にはわからない。


 うんうんと唸っているとカウンターにカップに注がれたお茶が置かれる。


「とりあえず、飲んで一息つきなさい。ずっと緊張してるでしょ?」

「あ、ありがとうございます・・・。ん?んん?」

「口には合わないかしら?」

「いえ、そういう訳ではないんですけど、知ってる味と香りが混ざった感じの初体験で・・・」

 緑茶にジャスミン茶が混ざったような香りに首を傾げながらも飲む梓美。

 ミアルの採集したニガ花香草という薬草は花を刻むと強い苦味が出るがそのまま煮出すと甘みと香りを抽出できるためお茶や湯薬の香り付けに使われている。

 そんな異世界豆知識をルルから教えて貰っていると店のドアが開く音がする。


「ルルさん、失礼するよ。その子が訳ありの人間族だね?」


 入ってきたのは狐の耳と尾を持つ壮年の男。


「あら村長、もしかして急いで来ましたか?ニガ花香草のお茶ならすぐお出しできますが」

「ああ、構わないよ。嬢ちゃんは?」

「獲ってきた物の下処理に引っ込んでますよ。すぐ戻ってくるかと。とりあえず、店を閉めときますね」


 そうか、と頷くと村長と呼ばれた男は梓美に目を向ける。


「俺がこのニオクス村の村長、ロンヌだ。さて、単刀直入に聞くがミアルの嬢ちゃんが言うには訳あり、ってことだがつまりどういうことだ?」


 梓美は改めて自分が魔法や人間族以外の人型種族が存在しない、この世界とは全く異なる文化を持つ世界から何故か迷いこんだこと、その時に上空から落下していたところをミアルに助けて貰ったことを話した。


「異世界から迷いこんできた、ねえ・・・にわかには信じがたいが」

「でも着ている服の材質なんて冒険者時代の街でも見たこともないし裏地に着いてるタグ?に書かれている文字も知らない言語ね。」


 ルルにセーラー服の裏のタグを見てもらったことである程度の根拠を示せた(ロンヌにはその際後ろを向いてもらった)ことで新たな疑問が発生した。


「そういえばなんで異世界なのに普通に会話できるんでしょうか?私の住んでた世界って国が違うと使う言語も違うこと多いですし・・・ちょっと試してもいいですか?」


 こんにちは、ハロー、グーテンターク。同じ意味の異なる言語をどういう風に聞こえたかを確認してもらうと『どれも同じ言語に聞こえる』だった。しかし固有名詞として言語を使った場合、その語源や本来の意味は関係せずに伝わることがわかった。その例して『恐ろしい爪』という意味の名のディノニクスがそのまま『ディノニクス』として伝わった。


「これは『スキル』が関係してるかもな。後で調べてみよう」

「スキルっていうと、『あの』スキル?」

「そっちの世界でどういう認識なのかはわからないけれど、『スキル』っていうのは生物の一体一体毎の固有の魔法能力みたいなものよ。』


 この世界における『スキル』とは、魔力によって恩恵を得られる能力である。常時その効果を得られるもの、任意で発動するもの、特殊な感覚や身体強化、特有の魔法運用能力など種類は多岐にわたる。生物の種族毎に所持スキルの傾向はあるものの、人型種族は一個体毎に個人差が激しい。先天的に得ている物も有れば個人の努力や外的要因によって後天的に獲得する場合もある。


 スキルについての説明が終わったところでミアルが下処理を終えて戻ってきたところで今後についての話題になる。


「とりあえず梓美ちゃんの訳ありの内容はわかったけど、梓美ちゃんはこれからどうするつもり?」

「それは地球に帰りたい、ですけど世界、あるいは星々を超える方法ってないですよね?」

「ああ、そんな魔法もスキルを聞いたことがない。」


 現時点では地球に戻る手段はない。どうしようもない現実に俯く梓美だが、すぐに顔を上げる。


「・・・・だったら、魔法やスキルの扱いを覚えて、帰る方法を見つけたいです。来ることができたんだから、帰る方法もきっと見つかるはずです。この世界での生き方を身につけたら旅に出てその方法を探したいですが・・・それまでこの村に置いてもらうことってできますか?」


 ムシのいい話だということは百も承知だが、ただでさえ都会暮らしの女子高生が右も左もわからないままこの村を出てもほぼ間違いなく野垂れ死ぬことなる。


「この村に置いておけるかはお嬢さん次第だな。この村で役に立てるならいくらでもいてくれて構わないがそのうち出ていくつもりの何もしない、できない穀潰しを養うほどこの村に余裕はない。」

「村長、そんな言い方は、」

「事実だ。役に立たない余所者一人を満腹にさせるより村人を飢えさせないのが村長の仕事だ」


 非常にも思えるがこの世界では15歳は既に成人の扱いである。多少なりとも仕事ができなければ穀潰しの謗りは免れないし、村長としてそんな余所者を一人養うために村の資源を使い潰すわけにはいかないのだ。


「できること・・・地球での言語や数字だったら計算は足し引き掛け割りは一通り、あとは面積、体積の計算もできますけど・・・あと速度とか・・・」

「それなりに学はあるんだったわね。なら店番や雑用くらいならできるかしら。」

「言語に関してはスキルの影響もあるだろうから一度スキルを調べよう。家に魔道具があるから一度取ってくる。その間、実際どのくらいの教養があるかをそっちで見てもらってくれ」 


 そう言い残すとロンヌは店を出て行く。


「魔道具って、魔法を発動できる道具ってことですか?」

「うん、魔力を流せば本人が習得していないものでもその魔道具ごとの魔法が使えるんだ。村長が持って来てくれるのは"鑑定"の魔道具だよ。」

「おお!鑑定!」

「あれ?知ってるの?」


"鑑定"といえば梓美の読んだことのある異世界ファンタジー物でも度々登場するお馴染みの魔法だ。対象の持つ特徴や身体能力、保有能力、時にはその功罪も表示し、時には数値化してくれる優れモノである。


「そこまで万能じゃないね。わかるのは種族と年齢、保有スキル、あとはその種族内での大まかな個体差くらいかな?梓美は異世界人だけど人間族内での基準で測定されると思うよ。」

「その話は一旦置いといて、村長が戻ってくるまで梓美ちゃんの学力テストよ。」


 ルルが万年筆とパピルス紙を持ってくる。

 結果として梓美は使用言語が異なることによる読み書きの不便さこそあるものの算術に関しては村の同年代より優れているレベルだとわかった。

 とはいえこの村で生まれ育った者の教養に関しては親から教わる読み書きと簡単な計算程度が殆どである。ミアルのように村の外部、特に都市部での生活経験がある親がいる場合は教わる内容も増えるものの、それでも梓美より算術において上回りことはないだろうとのことだった。

 幸いなことに数字は文字が異なる以外に異世界間での違いは無かったため、慣れるまでは数字毎の対応表を用意しておくことで問題なくこなせると判断された。

 時間が余ったので逆に梓美が普段の日常生活では使わないような連立方程式を使う出題をしたところ、ロンヌが魔道具を持って戻ってくるまで二人は頭を悩ませ続けることになった。


 ◇


 ロンヌが持ってきた魔道具はA4用紙ほどの面積の黒い石板が小さな皿のついた台座に立ててあるような形をしており、皿の部分に対象者の血液を数滴落とすことで鑑定が行われる。


「待って、少し覚悟決めさせて!自分の指刺すなんてしたことないし、ちょっと怖いの!」

「大丈夫、そんなに痛くないから!」

「そんなに、って痛いのね!?個人の慣れの問題ね!?」

「えーい、焦ったい!覚悟ー!」

「ひぃぃぃぃぃぃーーーー!?」


 採血の為に針で自分の指を刺す必要があることに梓美は頬を引きつらせてなかなか血を出そうとしなかった為、結局ミアルに腕を取られてプスリとされることとなった。自分でやるより恐怖を感じたと後に梓美は語る。


「よし、映ったな。読み上げるぞ」


 石板に映し出された梓美のステータスは以下の通りである。


 名前:アズミ・トウヤ 

 種族:人間族(地球人) 性別:女

 年齢:15歳

 身体機能(A〜E評価。規格外に高い場合はSとなる)

 生命力:C

 体力:D

 筋力:D

 耐久:D

 魔力:A(適性:光、闇。未活性状態)

 敏捷:B

 保有スキル:言霊(人型種族)、舞台装置lv1(未発動)


 言霊(人型種族)・・・発する言葉をスキル保有者の意図した意味で伝え、同様に相手の言語の意味を理解するスキル。スキル保有者の使用する言語ならスキル保有者の認識している人物もこのスキルの効果を得られる。ただし人型種族の言語限定。


 舞台装置・・・常時発動型の自身を中心とした一定範囲内における限定的な空間支配能力。スキル保有者のイメージを再現した魔法を保有者の魔法運用技量に応じて構築、スキルlv数分保有可能。一定条件下でスキルが変更され、効果が追加される。現在スキル保有者の魔力が未活性状態であるため未発動状態にある。



 表示されたステータスを見て全員が難しい表情をする。


「身体面だけで見れば魔法に適性はあるが貧弱ってところだが・・・」

「言葉が通じるのはこの《言霊》ってスキルね。問題は・・・」

「この《舞台装置》、好きな魔法を本人の技量次第で作り放題ってこと?」

「うわー・・・ありがたい、ありがたいけど私チート持ちの方だったかー」

「肝心の魔力が活性化してないせいで今は殆ど意味を成していないがな。」

「そういえば気になってたんです。魔力の未活性ってのは一体?」


 魔力を持つからといってすぐにそれが扱えるわけではない。何かしらの形で他の魔力に触れることで自身の魔力が活性化することで魔力が扱えるようになる。この世界の住民は生まれた時から魔力が身近にあるため成長と共に自然と魔力が活性化するが、魔力と無縁に育ってきた梓美の場合は魔力を活性化させるところから始めなければならない。


「生まれてから一度魔法に触れてないから活性化には手間がかかりそうだな。ルルさん、魔法やスキルを差し引いてもこの嬢ちゃんは働けると思うか?」

「ええ、文字さえ覚えられればうちで店番もできそうね。魔法も使えるようになれば光と闇の両方に適性がある人って少ないからもっとやれることも増えそうね。」

「わかった。あとはどこに住ませるかだが、正直な話ここが他に話つける必要もないから楽なんだよなあ」

「うちの住み込みで働かせるってこと?まあその前提みたいな話になってたけど、ミアルは大丈夫?」

「ボクは平気だよ。異世界の色んな話をもっと聞きたいしね。梓美もそれでいい?」

「うん、皆さん、ありがとうございます。精一杯役に立てて見せます!」

 

 ふわり、と花が咲くような笑顔で答える梓美。初めてこの世界で見せた笑顔にミアルはどきりとしてしまうのであった。

(待って、同性だよ!?今のは普通に可愛かったからどきっとしただけで、それだけのはず!)

 こうしてミアルの動揺をよそに『薬屋 ルート』に住み込みで異世界人、東谷梓美が働くことになった。

 梓美は日本基準だと良くも悪くもない程度の成績。しかしゲームや漫画の知識のおかげで時折歴史や生物で好成績を収めたりしている。

 中学頃の数学って数年後に解いたりすると結構忘れてたりして新卒採用のための学力テストで苦労された方も多いのではないでしょうか。私もどこでどの公式を使うべきなのか忘れたりしました。

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