13話〜暴走娘から熱暴走娘に〜
「お、娘から話を聞いてるよ。ロッキーを捕まえてくれた『暴走娘』のお二人さん」
ロッキーの飼い主の娘さんに教えてもらった宿『ミストル亭』に到着した二人は女将からの第一声に崩れ落ちた。すでに不名誉な異名はこの宿にも知れ渡ったようだ。ロッキーがトテトテと駆け寄ってフンフンと二人の匂いを嗅いでいる。
「いやあ助かったよ。今朝宿泊してたカップルの冒険者と別の女の人がど偉い修羅場引き起こしてね。それにビビって逃げちまったんだ」
「それでそいつら三人はしょっ引かれて部屋も引き払いで一部屋空いてしまったんだがここでロッキーと空き部屋の二つの問題を解決してくれたときた。感謝してるよ。二人部屋でいいね?あ、シーツは交換してあるから安心してね」
宿内を見渡すとあちこちに修復の跡がある。こんな破壊が繰り広げられれば犬も逃げ出すだろう。
ミストル亭はそれなりに広い造りの宿屋で共同の食堂や浴場も備えている。その日泊りや月単位での部屋の貸し出しもしており、月単位の場合は日当たりの料金は安くなるが当番制で公共スペースの掃除を割り当てられる。朝食も別料金で出されるので二人は一月分の宿泊代と翌朝の食事代を支払う。出発前に森で狩猟して稼いでおいたのだ。
その後ずっとこちらを見つめてたロッキーをなでて部屋に向かった。
「もう『暴走娘』定着してるんじゃないかな」
部屋に着くなりベッドに突っ伏す梓美。『暴走娘』という呼び名より日中のドタバタが話題になっていることが恥ずかしいのだ。
「でもちょっと楽しかったかな。街中で犬を追いかけるって初めてだったし、森で熊追いかけるのとは訳が違うね」
「同じであってたまるもんですか。ところで明日どんな依頼受ける?」
「魔の森に行きたいよね。ニオクス村の森とどれだけ違うのかとか知りたいな」
「魔獣の住処なんだよね。ククラプター以外知らないなあ私」
「ククラプターを基準にしちゃ駄目だよ。あれはとりわけ小さくて臆病だからね」
野生の獣と魔獣の大きな差は魔力を多く有すること、魔法によってその身体機能以上の能力を発揮することだ。そのため同サイズの獣より危険度が大幅に上がる。村の狩人感覚のまま冒険者になってそのまま命を落とす者の話をミアルはルルから聞いている。
「とにかく初めて森に採集に行った時並みの緊張感で感覚掴んでいこう。油断大敵だよ」
「うん。今日みたいに突っ走るのはやめよう。さて、ここからが本題だよ」
「今のも結構大事な話だよね?」
明日の予定と注意事項を差し置いた本題があるのだろうか。
「別方面で大事な話。私達のパーティー名どうする?早く決めないと『暴走娘』の認識で周りに固定されちゃうよ?」
「そういえばそうだった!でも自分達で決めるのもなんか小恥ずかしくない?あまり仰々しい名前だと名前負けしそう」
「どこかのパーティーに入れてもらうのも手かな?」
基本的に冒険者はパーティーを組み互いの欠点を補い合うことで生存率を上げる。二人とも魔法使いなので白兵戦向きの仲間が欲しくも感じる。
「明日そこも含めてギルドで相談しよう。とりあえずパーティー名を先に決めとこう」
「それじゃ、お風呂行って考えよう!公共の浴場があるって話だったよね。何ヶ月ぶりだろう〜」
「え、風呂!?」
ニオクス村では基本的に体の汚れは拭き取るか水浴びだったので浴場があると聞いて実は梓美は久々の風呂に入りたくて仕方なかった。一方で大衆浴場など使わず同性だとしても他の人に裸を見せたことのないミアルは及び腰だ。
「待って、梓美、無理。皆で全裸とかボク無理」
「大丈夫!ちゃんと男湯と女湯は別々だって。あったかいお湯に浸かってしっかり今日の疲れ取ってゆったりパーティー名考えよう」
「引き摺らないで"身体強化"使わないでボク"身体強化"でそんなに力は上がらないから逃げられないー!?」
エルフ族は人間族に比べて筋力に劣る。同じ筋力Cでも人間族とエルフのそれでは開きがある。加えて"身体強化"にも個人差がありミアルが敏捷や跳躍力に優れるのに対し梓美は特に優れる部分はないがその分全体的に強化される。力比べになるとミアルでは梓美に勝てないのだ。
(このままじゃ梓美に裸全部見られちゃう見えちゃう梓美が裸灯りも点いてるのに二人とも裸うわああああ!?)
引き摺られるままのミアルはパニック状態で風呂に入る前から顔が真っ赤だった。
◇
「はふー。久しぶりのお風呂ー」
「うう……」
風呂に浸かる前から顔が真っ赤だったのが温まって全身に赤みを帯びるミアル。隣で湯に浸かって蕩けている梓美にチラチラと視線を向ける。最初の日の大惨事後でも下着は脱がさなかったので全裸を見るのは初めてだった。
外での鍛錬で露出していた部分がうっすらと日に焼けていて、普段服に隠れている肌の白さが強調されている。ルル程の大きさは無いがしっかりと主張している胸の膨らみと下着に隠れていた初めて見る先端。鍛錬で引き締まってきたくびれに腹部、そして初めての魔力同調の時に触れた下腹部、そしてさらに下の……
「ミアル綺麗な身体だねー」
「!?」
気がつくとなんてこともないように梓美がこちらを見ている。
「体質なのかあまり日に焼けてないし全体的にスラッとしてるのに胸に少し膨らみがあったりシュッとしたくびれとか腰とかの骨格がところどころ女の子だし、弛んでる感じがどこもなくて健康的な色気があるよね」
「見ないでー!梓美に褒められるの嬉しいけどこんな明るいところで見ないでー!」
「暗かったらいいの?私光魔法とかで暗視できるかもよ?」
「やめてぇー!?」
完全に全身真っ赤になって涙目の様子が可愛くてざぶざぶと四つん這いで迫る梓美。迫りくる梓美の裸体に湯に浸かったまま後ずさるミアル。魔力同調の時にはミアルが主導権を握っているので梓美にとってこの逆転した状況は新鮮だった。恥ずかしくなるとよわよわになるミアルである。
ところで、この浴場は宿泊客共同である。
「お前ら、イチャつくなら部屋でヤりなよ。ここは共同の浴場なんだけど?」
「あわわわわ……女の子同士でしかも種族を超えて……」
ミアル達よりやや年上の冒険者らしい引き締まった身体の女性には半目で睨まれていた。ゆっくり風呂に浸かっていたら年下の子達が互いの裸を気にし始めてベッドの上のようなやり取りを始めたのだからたまったものではない。
12歳くらいの猫耳の女の子は顔を隠しながらしかし指を思いっきり開いてガン見していた。とても刺激的だったようだ。
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!?(バシャーン)」
「うわーーー!?ミアルーー!?」
ミアルは自分の裸も梓美とのやり取りも周りに見られていたことに気づき羞恥のあまり精神の限界を迎え失神し湯に沈んでいった。
梓美はその後ミアルを引き上げ体を拭き着替えを着せて部屋に戻った。誰も手伝ってくれなかったが自業自得だ。結局このままミアルも熟睡してしまったので梓美もパーティー名を考えるのを諦めて寝ることにした。
ちなみにミアルが引き揚げられた数分後、
「そして黒髪のお姉さんは部屋で意識のないエルフのお姉さんの火照った体にあんなことやこんなことを……」
猫耳のおませな女の子が両頬に手を当てて妄想を垂れ流してのぼせて沈没した。この子は冒険者の女性が助けてくれた。
◇
「パーティー名ですか。もうお二人で『熱暴走娘』でいいんじゃないでしょうか。お熱い夜だったんでしょう?」
「よくないですよ!?お風呂も適温だったしミアルはのぼせて気絶したまま朝までぐっすりだったよ!」
「あら、では今も燻ってらっしゃると」
「もうやめてぇーーーー!?」
翌日。冒険者ギルドで他の冒険者パーティーに入るかパーティーの登録するかの相談を受付嬢にしたところの梓美と受付嬢のこんなやり取りにミアルが頭を抱えて絶叫する。
朝には昨夜の浴場でのあれこれも広まっていたらしくミアルを運んでいた梓美を目撃していた客からはチラチラ見られ、女将からは「若いねえ」と生暖かい目で見られ、猫耳少女は熱に浮かれたような目でガン見された中での朝食となりミアルは涙目だった。
そして猫耳少女経由でほかの冒険者に広まったらしく朝からギルドで『暴走娘』の話のネタにしていたためあっという間に冒険者ギルド内で広まった。
結果『お熱い暴走娘、略して熱暴走娘』とさらに酷い異名になった。
「実際問題お二人が他の方のパーティーに加わったり他の人を加えるのは難しいかと。こう、間に入れないし手を出したら社会的に終わりそうで」
「社会的?」
「あなたですよ梓美さん」
聞けば犬騒動中にナンパしようと二人に絡んだチンピラが目も当てられない表情で痙攣したままに1時間晒されていたのも話題になっており、試験官のディーゴがしてやられるほどの闇属性魔法使いという話も加わり「怒らせたらどんな幻覚を見せられるかわかったもんじゃない。そんな顔を衆目に晒したくない」と男性冒険者からは警戒の対象になった。
そして風呂場でイチャついた二人の話題から依頼中に桃色空間を展開されれば男女問わず独り身には大ダメージ待ったなし、お邪魔をすればどんな闇属性魔法が飛んでくるかわからない、女性も毒牙にかけられるかも!?とさらに警戒されることに。
「失礼な!確かに可愛い女の子は目の保養だけど誰彼構わず毒牙にかけるような尻軽じゃありません!」
「梓美……説得力ないぃ……」
可愛い女の子好きと明言したことで若い女性冒険者達の警戒レベルが上がる。顔を覆うミアル。
「まあ、そんなわけで当分はお二人で冒険者活動をこなされるのがよろしいかと。実績が伴えばスカウトも来るかもしれません。とりあえずお二人で『熱暴走娘』で登録されますか?」
「その名前では登録しません!」
受付嬢にからかわれながらもパーティー名は『星の嵐』とした。星は闇と光を、嵐は風と水、つまり二人の魔法属性を参考にした。
受付嬢は「この二人、このパーティー名で定着することはないだろうな」と内心思ったが口には出さないでおいた。
◇
初の魔の森であるため今日は依頼を受けずに素材採集と探索を中心にした方がいいとの受付嬢のアドバイスを基に二人は魔の森に足を踏み入れた。生えている木々からして村近くの森とは別であり、より巨大な木ばかりだ。
魔の「森」といってもしばし起こる大型魔獣の戦闘の影響で開けた場所になっている部分や山や谷となっている地形もある。
魔の森はその中心部に向かうほど生息する魔獣の危険度が上がり、その戦闘の影響か複雑な地形になっている。今日二人が探索するのは外縁部と呼ばれる入り口から近い危険度の低いエリアだ。
「これも薬草に使えるね。取りすぎるともう生えなくなるから残しておいてね」
「はーい。あ、この虫綺麗だけどコレクターっていたりする?」
「本当に綺麗だけどどうだろう……ギルドに戻ったら依頼と照らし合わせてみよっか」
素材となる薬草や山菜を採ったり青い宝石のような甲殻を持つコガネムシを瓶に入れたりして探索を続ける。
無警戒にも見えるがミアルは風魔法と聴覚で、梓美も闇魔法で周囲の生命体の反応を探っている。
「梓美。5時の方向に探知を伸ばして。何か来てる。音からして四つ足だね。」
「こっちも見つけた。魔力がある……ってことは魔獣だよね?」
範囲や動きを探るのはミアルが、保有魔力量や生命力等の内面による探知は梓美が優れている。魔獣の接近に二人は警戒態勢に入り、近くの木に身を寄せる。その姿は遠く、互いに見えていないだろうが。
「これで向こうの姿見えないかな?」
梓美が左手を前にかざし光の魔法で光を屈折させて望遠レンズを作る。接近する魔獣の姿を捉えるが焦点があっておらず黒い動く物体にしか見えない。少しずつ焦点を合わせていくと象並みの大きさの熊が映る。
「熊の魔獣?特徴は?」
「色は灰色。頭から鼻先が殻みたいになってる。」
「シェルヘッドベアだ!外縁部にいるはずのないレベルの魔獣だよ!」
「森は地続きなんだからいる時はいるでしよ。こっちには気付いていないみたい。どうする?」
「ボクの魔法だとこの距離じゃ一撃であの大きさを仕留めるのは難しいかも。もう少し様子を見てて。ボクの探知は周囲の警戒に戻す」
シェルヘッドベアは名前の通り首から鼻先の体毛が硬化して甲殻のようになっている熊の魔獣だ。魔力による頭部から腕部に集中された筋力強化によって己の頭部を獲物を仕留める強力な武器だけでなく首への刃を防ぐ盾にもする。前足の爪も魔力によって強化されただの鉄のフルプレートなら軽く凹ませる程の威力になる。
弱点は強化の及ばない腹部だが間合いに入るのは危険なため魔法による攻撃が多くなりがちで毛皮の損傷が激しくなり値が下がりやすい。肉食が多く肉の臭みも強いため素材の買い取りで旨味があるのは爪と牙、一部の内蔵くらいである。
本来C級冒険者パーティーが討伐に臨むレベルの魔獣に無闇に手を出すのは得策ではない。このままやり過ごそうと思った矢先
「ねえミアル。こっちの方角に向かってしきりに匂いを嗅いでるけど」
「まずい、多分バレた」
熊は嗅覚に優れているがまさかこんな離れた距離で気付かれるとは予想外だった。
少しずつ近づいてくるシェルヘッドベア。
「ミアル、逃げ切れると思う?」
「"身体強化"で走ればいけるとは思うけど熊ってかなり速いよ。木に登ったとしても登ってくるかへし折ってくる。かーさんそれで木から落とされたらしい」
「ルルさんよく生きていたね……」
その時は目に矢を射って混乱しているうちに逃げようとしたら大型獣脚類型の魔獣ディノレックスの横入りであっさりシェルヘッドベアは餌食となった。ディノレックスはシェルヘッドベアに夢中だったためすぐにその場を離脱してルルは事なきをえたらしい。
「正直ディノレックスって魔獣が来る方が恐ろしいよね」
「違いないね。あともう一つ悪い話がある」
「何?」
「熊って執念深いことで有名なんだ。だから誰か仕留めない限りボク達は狙われ続ける。この話をこのままギルドに持ち帰るとしばらく魔の森に入らない」
「それは嫌!それに逃げれそうにないかもしれないならやる事は一つだね」
二人は頷き合う。まさか魔の森でいきなりこんな大物とは思わなかった。
しかし二人の血は騒いでいる。妖精の子の『鷹の目』とも呼ばれた母から学んだ魔法はどれほどあの魔獣に通用するのか。異世界生まれの反則級スキル持ちがこの世界で鍛えた成果はどれだけのものなのか。
試してみたくて仕方がなかった。
「「シェルヘッドベア、仕留めちゃおう」」
『面白かった!』
『続きが気になる!』
『もっとバトルを!』
『ミアルと梓美をもっとイチャつかせろ!』
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