第4話 自立か絶縁か
「……あんた、正気?」
俺の言葉を聞いたユーリの第一声がそれだった。
金髪の美女は明らかに不機嫌そうに俺を睨み付ける。
……実の所、彼女がユーリだと言われても、まだピンと来ない。
俺にとっては未だにゲームのアバターでしかない。
それを言ったら俺の姿もユーリにとってはそうなんだろうけれど。
「正直、お前らに比べたら俺はトロくさいし、器用でもない。足を引っ張るだけだろう? だから、俺が何処かに行くよ。お前らはいら立ちが募るし、俺は精神が圧迫されちまう。このままじゃ、碌な結果にならなそうだからな」
俺の申し出を聞いたユーリの取り巻き連中は、最初はへらへらと笑っていたんだけれど、ユーリが機嫌を悪くしたことを察して押し黙った。
それに、ここに来た頃のような喋り方に戻ったのが気に入ら居ない様子をスチュワート辺りは醸し出している。
だけれど、もう関係ない。
こいつらから俺は離れるのだから。
「それを言う為に態々借金でもして来たの? あんた馬鹿なの? ワイルドボア50体討伐をソロでこんな早く終わる訳ないじゃない! アビスワールドじゃないのに!」
「怒鳴るなよ。実際早く終わったんだから良いじゃないか。思わぬ才能だな。ボアの駆除屋でもやって生きて行くよ」
それじゃと片手を上げて踵を返すとスチュワートが声を掛けてきた。
「武器防具は置いてけよ」
「……なんで?」
「ふざけるなよ、お前! それはユーリ様がいたから買えたんだろう!」
「ロングソードに鉄製の盾なんて、ユーリに頼らず買えたに決まってんだろう? お前は違うのか? ああ、ミスリルアーマーは手伝って貰ったから、置いてく。ちゃんと今は着てないだろう?」
ミスリルアーマー、ゲーム内だと格好良かったんだけどな、現実に着てるとなんか、キラキラし過ぎて目に痛いんだよな。
重いわ、目立つわ、脱ぐの大変だわで最近は着ていなかった。
今は革製の鎧で済ましている。
ここ一ヶ月は強敵と戦う事も無かったから丁度良い。
「んで、他に文句は?」
「……泣きながら戻ってきてもアンタの席はここにはないわよ!」
「俺の席なんて無かったかだろ! ……ま、適当に生きて行くわ」
ユーリはそう怒鳴るけれど、俺の居場所なんてないじゃないか。
だから、売り言葉に買い言葉みたいに、俺も毒づいた
何て言うか、円満にとは行かないもんだ。
少し喧嘩腰になったけれど、それでも俺はユーリに別れを告げて外へと向けて歩き出す。
心なしか足取りが軽く感じられた。
これからどうしようかと考えながらユーリ達がたむろしている酒場を出た俺は、この後、あんな事になるとは考えもしなかった。
酒場を出たら外で待っていた征四郎さんと共に街を出る。
森を迂回して荒野に進もうと歩いていると、背後から馬蹄が響いた。
振り返れば、金髪イケメンことスチュワートが鬼の形相で迫っていた。
「体の良いサンドバッグが逃げ出すんじゃねぇ!」
そう勝手な事を叫びながらスチュワートが煌めく何かを投げた。
あの煌めきは、課金アイテムである魔水晶じゃないか? モンスターを捕まえる事も出来るアイテムだ。
俺は嫌な予感を覚える。
俺達の傍で水晶が音をたてて壊れると、もうもうと煙が立ち上り中から雷獣サンダードレイクが姿を見せた。
突然の事で呆気に取られていたが、こいつ、なんて物呼び出しやがった!
レベル80前半のモンスターだ、この辺じゃ先ず見る事もない真の化け物。
ドレイク、本当はドラゴンのオランダ語読みらしいけれど、アビスワールドでは四肢があり、羽を持たないの陸生のドラゴンの事を指す。
そのサンダードレイクが、長い首を持ち上げて大きく口を開いた。
口の中で稲妻みたいな光がバチバチと鳴り響いているのが見えた。
馬首を翻してスチュワートが高らかに笑った。
「ユーリ様には、旅の途中でモンスターに殺されたらしいって伝えて置いてやるぜ!」
そんなスチュワートの言葉なんか気にしている暇はない。
サンダードレイクは、ドラゴン系としては中量級だが、胴体だけで象くらいはある。
人間が戦うにはとんでもなくデカイ。
くそっ! スチュワートの奴のせいでいきなり死にそうだ! めちゃくちゃしやがってっ!
っと、俺はまだ戦う術があるが征四郎さんは?!
そう焦る俺は、だけどサンダードレイクから視線を外せない。
恐ろしいからだ、視線を外した瞬間殺されるんじゃないかと言う恐怖がそれをさせない。
だけれども、サンダードレイクはある一点だけを見据えていた。
俺も漸くその視線の先を見る。
そこに居たのは、悠然と刀を抜いたレベル1の征四郎さんだった。
刀は赤錆びた様な色をしている。
征四郎さんの瞳と同じような色だと気付く。
彼の両目の色は黒ではなく、茶色が混じった赤い色……赤土の色だろうか、そんな色をしている。
それと似たような色見の刀身は、アビスワールドでよく見た刀に比べれば少し短く分厚い。
それを征四郎さんは子供が棒を振り上げた様な状態で固定した。
両手なら振り下ろすのに力も籠るだろうに、左手は添えているだけだった。
スチュワートの高笑いが続く中、そんな構えじゃ駄目だ、と叫ぼうとした。
だが、その次の瞬間に俺は凍り付いたように叫べなかった。
サンダードレイクも攻撃しようとして、出来なかったに違いない。
一歩踏み込んだ征四郎さんの雰囲気と言うか、纏っている物ががらりと変わったからだ。
猛獣の傍に不用意に近づいてしまった様な、危機感を覚えゾッとする。
背中から今まで以上に冷たい汗が流れ落ちた。
二歩目を征四郎さんが踏み込んだと思った瞬間には、サンダードレイクの咆哮が鳴り響く。
慌ててそちらを見ると、既にサンダードレイクの右前脚を征四郎さんが切り落としていた。
瞬間移動ではないと思うが、凄まじく速い……。
迸る返り血をマントで防ぎ、征四郎さんはサンダードレイクから一旦離れると、その巨体は急に支えの足を一本無くした為か、音をたてて倒れた。
咆哮は、まるで怨嗟の呻きだった。
「引導を渡してやろう」
征四郎さんが一言告げて、開けた距離を削るべく一歩踏み込むとサンダードレイクは不意に何かを悟ったように抵抗を止めた。
稲妻を吐いたり、尻尾を振ったりと出来るはずなのに止めた。
征四郎さんは大人しくなったサンダードレイクの眉間に刀を突き立て、殺す。
なんだ、これ? なんだこれ?! この人はレベル1なんだろう? 何で? え? 何で倒せるの?
俺は混乱したまま呆けていた。
遠くでスチュワートの声が響き、我を取り戻す。
「せ、征四郎さん……」
「可哀そうな事をした。……この世界じゃ無意味な殺生はしたくないんだが」
大物を倒したとは思えぬほど落ち着きを払った言葉に俺は二の句が継げず、遠くのスチュワートは嘘だと喚きながら去っていった。
まあ、自分でも課金アイテムでようやく捕まえたモンスターを瞬殺されたら、戻って来れないよなぁ……。