第26話 乱闘都市
欲望都市、人の醜さの坩堝。
それでも邪神の統治の元、人々は生活していた。
体を売る男娼に娼婦も、人を捕らえて奴隷として売り出す奴隷商も、生きて生活していた。
だが、今は彼等の一部は石畳の上に倒れて動かない。
善悪は別にして、彼等の命は永遠に失われてしまった。
俺には正直ここの連中が死んでも、人死にが出たと言う不快感しか感じないけれど、それでも……この状況は酷いじゃないか。
悲鳴や怒声が鳴り響く中、師匠は槍を振るって逃げ惑っていたあられもない格好の女……多分、娼婦を突き殺した騎士の一人に切り掛かった。
聖騎士と言ういかにもな名前の割に、戦わない人も平気で殺すとかどうなのよ? と思わないでもないが、これが宗教的熱狂と言う奴なんだろう。
そんな話は死んだ親父に幾らでも聞かされた。
それはイスラームやキリスト教だけじゃない、日本でだって仏教の宗派同士で争ってた時代が在ったとか。
僧兵が燃やした寺から武士が仏様を命がけで助け出すと言った本末転倒な話もあったと聞かされている。
俺は、そういう話を聞くたびに宗教が何の役にたつんだと怒った記憶がある。
親父はそれをそっと宥めて、それでも心に平安をもたらしてくれるものは必要なのだと説いた。
ただ、宗教と利権が絡む時にこそ、信徒は自身の行いを省みなくては教えを広めた者達の思惑と別の所に向かうと苦く笑っていた。
キリスト者であった親父には、信仰を政治に利用されることに一角ならない思いが在った様だったことを、思い出す。
今、ここで戦っている聖天教の連中は如何だ?
何を信じても良いが、魔法職を狩ったり、襲ってきた訳でもない娼婦を殺すなんてことが連中の正義につながるのか?
ああ、何と言うか、上手く口に出来ない怒りが湧いてくるのが分かる。
「お前ら何なんだよ! 何で街にいるだけの連中まで!」
「体を売る連中なんざ、皆死ねってんだ! 碌に育てられもしないのに!」
俺の言葉に言葉を返したこの騎士も、若い。
師匠の一撃を不格好に避けながらも、槍を振り回して距離を開ける姿は、強そうには見えないが、師匠の一撃を何とか避けている時点でヤバい。
それにしてもこいつ、もしかして……。
師匠は開いた距離を無理に詰めずに、ゆっくりと息を吐き出した。
先程のやり取りで抱え込んだ怒りを鎮めるかのように。
桜子と言う名前も聞き覚えがある。
師匠の顔に出てきた姪っ子さんだ。
芦屋はつまり、成長した姪っ子さんを召喚したって訳だ。
可愛がっていたみたいだから、それは怒るよな……。
その後にいきなり武器を持たない女を殺している騎士を見れば、当然頭に血が上る訳だが……。
ああやってすぐに鎮める事が出来るのは、見習わないと。
俺も黒刀を構えて槍を持つ騎士と相対する。
剣と槍では槍の方が有利なのはシミュレーションゲームでもお馴染みだが、その理由はアビスワールドをやって良く分かった。
リーチの差が如実に表れるからだが、こうやって実戦の場に立つとまた違う感想を抱く。
穂先には鋭い両刃と翼状のかえしが付いている槍はゲームでも良く見る形状だ。
だが、実際に相対してみると、威圧感が半端ない。
デカい武器って言うか、自分の武器よりリーチがある武器は、敵に回すとやっぱり怖い。
それを軽々と振るうこの騎士も使い手なんだとは思うんだけど……。
同じ長物を使う相手と師匠は今日戦っているんだよなぁ。
そして、先に戦った邪神の娘の方が手強かった。
少なくとも、こいつの攻撃には衝撃波とか無いから……。
俺の考えを補強するように、師匠は突きが放たれると同時にその軌道を読んで踏み込んで騎士に接近する。
騎士は槍を真ん中くらいで構えているから、格闘ゲームの棒術使いの様に槍を慌てて引き寄せるが、遅い。
師匠の放った振り下ろしの斬撃を避ける事も、防ぐ事も出来ずに肩から鳩尾辺りまで裂かれた。
そして、俺もその光景をぼんやりと眺めていた訳じゃない。
師匠に遅れて黒刀を騎士の腹に突き立てた。
「お、俺はこんな所じゃ……」
斬られ、突かれた騎士は、黒刀と赤刀をそれぞれの手に持って引き抜こうとしたが、すぐに膝から崩れ落ちた。
俺には先程感じた様な手ごたえはな方が、師匠はなるほどと小さく呟いたので、師匠がこいつの心臓を斬ったのだろう。
存外にきつく刀を握りしめて息絶えた騎士。
無理に剥がそうとしてもきつく剥がれずらかった。
だから、師匠は躊躇なくその刃を引いてその指先を切り落としてしまう。
俺もそれに習ったけれど……良い気分じゃない。
それでも休んでいる余裕はない。
少なくとも八人は降下してきたんだ、残りの聖騎士を殺さなくては……。
それに黄色い衣の兵士が、さっきの女二人の様に師匠に遠慮して居た様なのじゃない、ヤバい連中だっているかもしれない。
どうにかしなくちゃと気持ち悪さを飲み込んで、周囲を見渡す。
と、少し離れた場所ではロズワグンとリマことリマリクローラ、邪神の娘二人が両手剣を振るう騎士と相対しているのが見えた。
騎士の鎧は既に半壊してほぼ半裸であるが、その手にある両手剣だけは無事で、何と言うかその肉体からロバート・E・ハワードのコナンを連想させた。
そして、そのすぐ傍ではリマが連れていた少年と赤毛の男が連携しながら盾と剣を構える騎士と相対していた。
そこに赤毛の女戦士ことスクトと白い髪の女ミールウスが加勢した。
戦い自体は優勢に邪神の娘たちが進めているけれど、死なない相手は武器だけは手放さず予断は許さない。
「ロウ君、少し息を整える問い。しかし……聖天教の奴等これだけの人数で攻めてきて、どうしようと言うのだ?」
師匠が俺に忠告してから、師匠はぽつりとと呟いた。
言われてみれば、その通りだと思った。
通り魔めいて武器を持たない人々に被害は出ているが、衛兵やらには然程被害が出ていない。
前の時は軍と共に来たから死なない戦士と言う連中は脅威だったんだろう。
相対してみればわかるが、そのプレッシャーと言うか、ずるさ加減は並みじゃない。
戦争の最中にあったら、マジで呪いをまき散らしたくなるレベルの話だ。
だが、いきなり連中だけ。
それも十人いるかいないかの数をいきなり投入してきた意味が分からない。
欲望都市が大慌てではあるから、囮の捨て駒なのか?
だとしたら、何の為に?
「考えても仕方ない。連中を殺して一息つこう。……何だったら君は休んでいても良い。これも所詮は汚れ仕事でしかないからな」
「いえ……まだ、やれますよ」
「我々がむきにやるべき事でもないんだぜ? ま、私は逃れられないんだろうが」
「なら、ついて行きますよ」
俺がそう言うと師匠は少し眉根を寄せたが、左様かと頷いて歩き出す。
「両手剣は私がやる。どうせ助けるならば好みの女が居る方を助けたい」
「時々その滅茶苦茶正直なところが羨ましいです……」
そうかねと笑いながら、師匠は振り返り俺を見据えて言った。
「その気持ち悪さを忘れないでくれよ」
そう言うと、両手剣を持つコナンっぽい奴に向かって行った。
……そうだな、それは肝に銘じておこう。
俺は師匠の言葉に頷きを返して、もう一方の騎士の方へと向かった。