第14話 邪神の住まう迷宮
欲望都市の近辺の村から既に退廃の色が濃かった。
では、内部はどうなのだろうかかと疑問に思う俺だったが、その実態を殆ど見る事は無かった。
何故ならば、門の辺りにロズワグンが待っていたからだ。
「遅いではないか」
「……君は本当に大輪の花の様だ」
「なっ!」
尻尾を振りそうな勢いで声を掛けてきて、笑うロズワグンを見て師匠がしみじみと告げると、彼女は絶句してしまった。
いつもの光景と言えたが、何って言うか、師匠も普通に殺し文句が出て来るな。
これは真似できない。
やはりと言うかロズワグンはこの都市では特別扱いされている様で、衛兵と呼ぶには随分と物々しい連中が、彼女に恭しく頭を下げる。
その連れともなれば、娼婦も奴隷商も、そしてスリや物乞いも俺達に近づく事は無かった。
ただ遠巻きに、ひそひそと囁きを交わしている。
見る者が見れば師匠のレベルが1なのは明白だ。
明白だが……そう言えば師匠のステータスはどうなっているんだろう?
レベル1でもメチャクチャ強かったらスチュワートだって侮る訳ないから、やっはり平凡な数値なんだろうか?
そも、あの数値ってどの時の数値なんだ?
スピード一つとっても、ただ走る時と盾や武器を構えて走る時じゃ速度が違う。
通常時? 戦闘時? それとも平均値?
どれを取っても師匠の緩急を表せるとは思えない。
(勝手に侮ってくれるから楽だとか言ってたけど、その通りかもな)
いつだったか、レベル1とか言われて悔しくないのかと聞いたら、師匠は笑いながらそう言ってた。
勝手に油断してくれるなんて、結構なアドバンテージじゃないか。
(でも……流石に立ち振る舞いから見抜く様な奴も出てくるかもしれないしなぁ)
感の良い奴とか歴戦の戦士とかなら気付きそうなものだ。
邪神の序列を決めるとか言う武闘大会となれば、一癖も二癖もある奴が出てくるに違いない。
俺もどこまでやれるのか、自分でも見極めなくては。
等と考え事をしていれば、いつの間にやら街の中央にある地下への入り口の前に立っていた。
ロズワグンに案内されるままに地下を降りていくと、そこは迷宮になっていた。
彼女の母親ナグ・ナウロは第5層に住んでいるのだと言う。
ロズワグンの案内が無ければ、第1層を抜けるのにも時間が掛かった事だろう。
ひんやりとした迷宮内には無数のモンスターが居たが、どれもロズワグンを見れば頭を垂れて動きを止めいる。
そう言う時は本当に邪神の娘なんだなと実感してしまう。
そんなこんなで第4層に立ち入ると、通路の向こうから複数の人影が近づいて来る。
その内の一人がロズワグンを見て声を掛けて来た。
「ロズじゃないか、お目当ては見つけたのかい?」
「リマか……。応よ、見つけたとも!」
「そっちの兄さん方かい? ――あんた、えげつないの見つけたねぇ。アタシはリマリクローラ、邪神セズ・レムスの娘。お兄さん方は何というお名前?」
「私は征四郎、こちらが弟子のロウ君だ。お見知りおきをリマリクローラ殿」
「リマで良いよ、長いからね、アタシらの名前は」
ケラケラと笑うその女性もまた人外の娘だ。
羊の角に似た巻き角が側頭部にそれぞれ二つあり、金色の髪に白い肌の女性。
ロズワグンより少し背が低いが、その歩みは、何と言うか重戦車のような迫力があった。
ボロいローブの裾からはみ出る尻尾事態はロズワグンのと同じように鱗に覆われている。
舐めるように師匠を眺める薄茶の瞳は、やはり蛇めいている。
リマリクローラ……長いからリマで良いや。
そのリマの視線から師匠を庇う様にロズが立ち塞がる。
「あら、ケチねぇ」
リマはからからと笑えば、ゆっくりと一礼して。
「セイシロウにロウ、闘技場で」
そう笑い掛けながらリマが歩き始めると、彼女の連れも一礼して歩き出した。
赤い髪の師匠と似たような年の男と、俺より若いんじゃないかって言う少年と呼んでも良さそうな感じの男が二名。
その所作を見て、師匠がぽつりとつぶやいた。
「連中、やるな」
「操者ではない様だが、末裔かも知れん」
ロズが一度振り返り、小さく息を吐き出すと、母様はこちらだと歩き出した。
暫く進むと迷宮第5層に辿り着く。
思った以上に通気が良いのか、息苦しさも無くじめっとした感じも薄い。
階段を降りれば、既に出迎えが待っていた。
黒い鎧に黒い盾、それに非常に武骨な武器ウォーハンマーを手にした金髪の女だ。
いつか見た二人の兵士と同じ姿だが兜は被っていない。
「出迎えご苦労、ドゥクス」
「お帰りなさいませ、おひい様。この二人が……?」
「そうだ」
ロズワグンの言葉に不躾な視線をドゥクスと呼ばれた女は向けてくる。
そして、何やら吟味するように目を閉じた。
「なるほど、呪術師相手にはまるで勝てるヴィジョンが浮かびません。戦士相手であればかなり優位に戦えそうですが……しかし、ヴィジョンにざらつきがある」
独り言なのか、報告なのか、そんな言葉を紡いでから脇に避けた。
そしてウォーハンマーの鎚頭を地面に付けて、柄の先端に手を乗せて厳かに告げた。
「お通り下さい、我が主の客人よ。ナグ・ナウロがお待ちしております」
地上の騒ぎとは全く別の厳かさがここにはあり、その落差に驚きながらも誘われるままに奥へと進む。
相変わらず迷宮は続き、最後には行き止まりに辿り着く。
「迷った……訳じゃないよなぁ」
「当然じゃろ」
俺の言葉にロズワグンは平然と告げて、青いリボンみたいなのを壁に向けると壁が左右に分かれた、スライド式の扉の様に。
「レトロゲームのオマージュらしい」
ロズワグンはそう説明するが……そうなのか? 一体何のゲームかさっぱりなんだが。
それはともかく、開かれた扉の奥には長い真っ直ぐな通路が見え、その奥に光が灯っているのが見えた。
臆することなく、と言うか、ある意味実家なのだから当然だが……。
全く躊躇しないで進むロズワグン、それを疑いもしないでついて行く師匠に遅れて俺が扉に入れば、背後で壁が動いた。
閉じ込められた訳だが……大丈夫かな。
俺の不安を余所に光灯る場所に辿り着くと、そこにはドラゴンと人間を掛け合わせたような美しい女が玉座に座っていた。
一目見て、俺でもその女が邪神ナグ・ナウロである事が分かった。
「良く参られた、婿殿とその弟子たる戦士よ」
……初っ端から凄まじい単語が飛んで来たぞ!?