第13話 欲望都市へ
欲望都市まであと数日と言う所まで来た時には、流石にロズワグンも師匠への用事を白状していた。
何でも邪神達の序列を決めるのに、強者を集めて闘技場で戦わせると言うのだ。
街の住人にも、来訪者たちにも楽しんでもらうにはそれが良いと言う話になり、ロズワグンは自身の母、ナグ・ナウロの為に強者を探していたと言う。
確かにここに来てからの数か月間の間でも、今までの旅の中でも師匠ほど強者と呼ぶのに相応しい人もいない。
ついでに、今の俺ならば強者の内に入ろうとロズワグンは偉そうに言った。
何処がどう変わったとか特に自覚も無い俺は、師匠を引き込むために言っているなと勘繰ったが、師匠もそこは頷いていた。
今の俺ならば、色々と出来るかもしれないと。
道中の災難を思い出すと、あまり強くなった気もしないのだけど……。
まあ、結局、俺達はその話の乗る事にした。
邪神の力を借りやすくなると言う目算もあったが、一体どんな強者が集まるのかと楽しみでもあった。
殺し合いまではする必要はないみたいだし。
話が決まればロズワグンは母上に報告するのじゃと喜び勇んで先に欲望都市に向かった。
一緒に行っても良かったんだけど、師匠はゆるりと行くよと伝えて彼女と別れた。
その理由は、邪神が手を結ぶに足る何某かをしっかり持っているのかを、欲望都市の周辺から自分の目でしっかりと見定めたかったんだろう。
いきなり中枢にパイプが出来たとしても、それに飛びついては知るべき事が知れないと師匠は笑いもせずに俺に告げた言葉からも、それが伺えた。
ウーダー山地に差し掛かると、バラック小屋が集まった集落があった。
家と呼ぶには見すぼらしい小屋が立ち並び、何処か疲れた人々が活気なく住んでいる。
それを尻目に山道を登り始めて暫くすると、不意に声を掛けられた。
「旅の人、ここから先は行くのは止めた方が良い」
声の方を見れば、疲れた様子のお爺さんが石に腰かけて疲れた様に告げた。
「ウーダー山地は悪所、真っ当な者は立ち寄らぬ場所だ」
「悪所?」
「ああ、そうだ。アンタ方もウーダー山地の真っただ中にある欲望都市の話を聞いてやって来たんだろうが……止めて置け、何も得られず失うばかりだ」
語るお爺さんの眉間の深い皴は、その話を裏付けているかのように思え、俺は何故か身震いした。
「欲望都市……」
「知らんわけじゃないだろう? 数百年前に現れた邪神達が築いた迷宮都市。金も快楽も、望む物が何でも手に入る……かも知れぬ蠱惑の都市」
「……ご老人も魅せられた口か?」
「そうじゃ。商売に失敗し、最後の望みを賭けて欲望都市に赴き……全てを失った。金も、妻も、真っ当な心すらも」
「だが、私達に行くなと忠言はできる」
「――はっ、他者が美味い目に合うのが嫌なだけじゃ」
「ご忠告痛み入る。だが、行かねばならん」
主に師匠が受け答えをすると、お爺さんは眉間に皴を寄せたまま、師匠を見つめた。
師匠の言葉の響きが、心底感謝しているように聞こえたからだろう。
事実、師匠は忠告をくれたお爺さんに感謝している。
欲望に憑かれたと言いながらこのお爺さんは、得にならないのに俺達を気遣ってくれたのだから。
お爺さんは少しだけ困ったように笑ってから、息を吐き出して言った。
「あそこに行こうとする人間が、わしの言葉で止まるはずも無いか……」
「忠告を生かせず申し訳ないのだが。……それでは、失礼する」
師匠の立ち振る舞いは折り目正しく、年長者に対する敬いが見て取れたが、別に師匠は常に老人を敬っている訳でも無い。
このお爺さんの忠告に、心底感謝したからこそ、丁寧に対応しているんだろう。
頭を下げて、通り過ぎようと歩き出した俺達にお爺さんが更に声を掛けた。
物凄く遠慮がちに。
「……もし……もし、ドロテアと言う婆さんの消息が分かれば……いや」
「分かれば何処にお知らせすれば良い?」
途切れた言葉を受けて、師匠がお伺いを立てた。
それがお爺さんには驚きだったのか目を見開き、それから伏目がちに告げた。
「……麓の村は見たかね? あれは欲望都市で全てを無くした者が何とか生きて行く場所だ。わしは其処の村に居る」
「ドロテアと言う名のご婦人について、何か分かった時は村を訪ねましょう」
師匠は真っすぐにお爺さんに視線を向けて告げた。
そうか、頼むとお爺さんが答えると俺達は再度軽く会釈して険しい道を進んで行く。
欲望都市、そこを統べる邪神と本当に手を結んで大丈夫だろうか?
人の善意すら信じられなくなるような場所を統べる者と手を組んでも……。
俺達が険しい道を歩き続けて、峠を一つ越えるとそれが見えた。
欲望都市の名で呼ばれる入り組んだ迷宮都市とその周辺に散らばる村々が。
煌びやかな街の灯りは、魔法によるもの、らしい。
外敵から都市を守るためか、入り込んだ者を逃がさないためか、町の周囲を高い壁が覆っていて、壁の外には幾つかの村が点在している。
その村々は何か祭りでもやっているのか、広場に人だかりができているのが見える。
「祭りですかね?」
「……果たしてそんな健全な物かな?」
師匠は何処か不機嫌そうに肩を竦め、赤土色の眼差しでそれらをしっかりと見定めていた。
欲望都市に通じる道の途中にある村の一つに足を踏み入れると、祭りの正体が分かった。
身分高そうな女が、裸に近い姿で壇上に立たされており、競りに掛けられていた。
何と言うか、非常に目のやり場に困る状況は正に奴隷市だ。
そして、これすらアビスワールドには実装されていた。
人の暗部を抉りだすRPGとはよく言ったものだ。
奴隷商の男が声を張り上げ売り口上を叫ぶ。
「次は上物だ! 公爵令嬢の分際で戦場に出てきた生娘だ! 結構兵士を殺したこのご令嬢に、この世の悦楽を教えてやる剛毅な奴はどいつだ!」
「お貴族様か! しがらみや礼儀を忘れる程可愛がってやるよ! 50枚!!」
「テメェの粗末なもんでかぁ? ここは俺がたっぷりと教え込んでやる! 55枚だ!」
響き渡るのは欲望に忠実になった者達の声。
そして、その声は何も男ばかりじゃなかった。
老いも若きも男も女も奴隷を買おうと競っている様子が垣間見えた。
恥辱に染まった元は公爵令嬢だったと言う奴隷の顔を、誰もが見世物として楽しんでいる様で、気分が悪い。
そんな様子を面白くも無さそうに赤土色の瞳で眺めてから、師匠は広場を通り過ぎる。
俺自身もその後を黙ってついて行った。
聖天教の司祭が悪所と騒ぐのも道理だ。
ここは、人の欲望があまりにあからさまになり過ぎている。
まるで、ダークなシナリオのエロゲの様だ。
それが現実として突き付けられると、あまりにも生々しくて嫌になる。
「ロズワグンは稀有な存在だな。或いは邪神の様な貴種は少し違うのか」
「彼女、ポンコツですけど、欲望とは無縁な所がありましたからね」
師匠との勝負に拘っている姿は、言うなればプライドの高い良家の子女と思えたけれど。
「または、貴種なればこそ、下々の欲望を睥睨して独自の立ち位置に居るのか」
「つまり、貴族と庶民みたいな?」
「ありていに言えば」
村を抜けると、知らずに俺は大きく安堵の息を吐き出していた。
師匠は周囲を伺って、誰も居ない事を確認してから呟く。
「聖天教にも理はある訳だ。そもそも、それなりの理が無ければ人は動かんか」
「言っちゃなんですけど、悪対悪みたいな感じですよね」
「邪神と手を結ぶのは、条件など然り吟味しなくては飲み込まれるな。聖天教が抑圧とするならば、邪神の連中は解放だな。解放のカタルシスに酔ってしえば碌な事が無い」
抑圧され差別されてきた魔法職の逆襲等となれば、血で血を洗う抗争しか残らんと師匠が不快そうに呟く。
邪神と呼ばれる者達は、その名に相応しい連中の様だ。
これからその一柱に会わなきゃいけないんだよなぁ……。
望みがあるとすればあのロズワグンの母親と言う事だけなんだけど、それも望み薄かも。