買う
※短編『で、買うのか買わないのか』の続きにあたるオマケ話です。
グラウドは決めた。
買おう、と。
「買おう」
グラウドの言葉に、魔女の店主がニヤリと嬉しげに笑う。
「毎度あり。良い買い物したよアンタ。娘と杖を大事にしてやりな」
勿論だ。
グラウドは、懐からの3000セピアを差し出し、引き換えに、長い口上を持つ魔法の杖を手に入れた。
本物であれば良い。それに賭けたい。
万が一、偽物だったら・・・。考えたくはないが。だがそうなら、いつか笑い話にしたいものだ。
***
グラウドは無事に里まで帰りついた。
家を訪ねると、娘は嬉しそうにしつつも、少し遠慮しているのかモジモジしている。
グラウドは娘を抱き上げた。
「リーノ! 元気にしていたか。帰って来たぞ!」
「おかえりなさい」
はにかんでいる。
グラウドは世話になっている周囲にも礼を告げてから、早速土産を披露することにした。
自分が渡したくてたまらないからだ。
娘への贈り物は最後に渡すことにした。
なぜなら、買う理由となった謂れの話が長いから。
皆へ菓子や美しいものや便利なものを土産として渡し、そして娘に、あの魔法の杖を取り出した。
***
6歳に育っていた娘リーノは、父が取り出してみせた杖を見て驚いた。デザインが全く好みでは無かったのだ。
可愛さの欠片もないし、神秘的な様子もない。木製で、とても安いものに見える。色や模様にセンスが感じられない。
「え、こんな変な杖・・・」と思わず口に出しそうになったが、父と離れて過ごしていたせいで遠慮がある。言わず飲み込むことができた。
「どうしてこの杖を買ったか、聞いてくれ。物凄く長い由来がある物凄い杖なんだぞ」
父が目を輝かせている。
娘は頷いて見せた。
***
里に帰る途中の魔女から買ったという魔法の杖。
聞いたことも無い昔話。
周りも一緒に、父の話を聞いている。
長いお話を聞いているうちに、娘リーノの心は高揚してきた。
「ただな、それは本物じゃなくて複製だ。世界に5つ複製があって、その1つだ。本物は物凄く強くて危険だから、使えないようになっている。大きな池を一瞬で干上がらせるぐらいだ、そんなものは使うべきじゃないからだ。そんな杖の複製がこれだ。良い感じにすごい魔法の杖だ。ただ、やっぱり練習が必要なんだ。魔法が使えるようになったら、火をおこしたり、物を浮かしたり、怪我を治したりできる」
***
そうか。本当にすごい杖なんだ。
私の一生の相棒になってくれるんだ。
娘は父と同じに、瞳を輝かせて「すごい」と呟いた。
父が握らせてくれた杖を軽く振ってみる。
何も起こらない。魔法の使い方もまだ知らないからだ。
けれど、父や、周囲が嬉しそうに笑うので一緒に笑う。
これから一杯練習しよう。
「お父さん、ありがとう! 大事にするね!」
「あぁ」
と、父が笑って照れた。
「すごい魔法使いになるね!」
「あぁ。楽しみにしているぞ」
「うん!」
こうして、娘はその杖を特別に大事にすると決めた。
***
娘は貰った日から毎日、杖を触って振って学校に通える日を数えて待っている。夜は枕元に置いて眠る。
「リーノが魔法であなたの肩や脚を治してくれるかもしれないわよ」
「はは。そんな魔法を覚えてくれたら嬉しいが」
父たちは娘の様子を微笑ましく見守りながらそんな会話を交わしている。
なお、父グラウドは内心で、期待し過ぎないでおこう、とも自分に言い聞かせてもいる。
娘を侮っているのではない。
自分が信じることにして買ったあの杖への不安が胸の内にあるからだ。
本物であると信じているぞ。と杖に念じるようになっている。
***
世の中には奇跡が溢れている。夢とは、努力と実力と運で叶えられるものらしい。
さほど遠くは無い未来。
娘の成長と成果に、父である男がそう実感する日が訪れる。
あの決断は正しかった。
で、買うのか買わないのか → 「買う」Happy End