プロローグ
楽しんでいってね〜
雨が激しく降る朝。
まるで嵐が来たと言わんばかりの激しさに眞姫那愛里亜は酷く憂鬱だった。
そう、彼女はチャリ通なのだ。
だからこその憂鬱。カッパを着てチャリを漕がないと行けない。
「なんで今日に限って雨が降るのかなぁ」
いつもなら親に送ってもらえるのだが、生憎と母は大事な会議がある為朝早くに家を出て行ったのだ。
テーブルの上には書き置きがあり、そこにはカッパともしもの時の着替えとタオルと靴下が二足置いてあった。
それを見て朝から泣きそうになった。
「止まないかなぁ〜」
そう願って外を見るが逆に雨は激しさを増した。もうホントヤダ。諦めてチャリで行くか。
制服に着替えカッパを着ると、外に置いてあるチャリにまたがる。
「雨の日のチャリは本当に勘弁して欲しいよ」
自慢では無いが愛里亜は髪が長く、ツヤが出ている。若者だからかも知れないがこれは親の遺伝だ。愛里亜の母は髪が綺麗だ。
そして父はとても筋肉質であり、現役のボクサーでもある。勿論、ヘビー級王者であり、タイトル防衛では二十回も防衛した記録を持つ。本当に自慢の父だ。
そんな二人の間に生まれたのが愛里亜だ。
言っておくが愛里亜は男の娘だ。
父は男の子が生まれた時は泣きながら喜び、ボクサーにすると言っていたそうだ。
これに対抗すべく、母は愛里亜に女の子の様に育てたのだ。
料理、洗濯、掃除、その他諸々。そして、一番は矢張り服だ。全部フリフリした服を買ってきてはそれを愛里亜に着させる。
それには父もドン引きしていた。さらにはそれを見た父は好きに生きろと言ったほどだ。
が、小さい頃に女の子扱いをされた愛里亜は自分の事を女と思い込んでしまい、一時期の夢はお嫁さんになると言い出したほどだったらしい。
これには母もやり過ぎたとゆう表情。が、時すでに遅し。そして色々あって今の愛里亜の完成である。
今では自分は男と思っているが、周りからはずっと女の子と思われている。中学校に入るや否や、クラスの男子や女子に告白された伝説を残した程だった。
正直、あの頃はとてもじゃないけど過ごしにくかったなぁ〜
今では笑い話に出来るが。
昔の事を思い出しながらチャリを漕いでいると、目の前の信号がちょうど赤に変わり、愛里亜は止まる。
「雨の日はあんまり止まりたく無いんだけど…」
今日の雨は激しい為、当たると痛い。
パパが居てくれたら良かったのに。
父はいつも朝早くにジムに行く為、母よりも先に家を出るのだ。
ため息混じりで信号を待っていると、目の前に傘を差した親子が眼に映る。
子供は長靴と傘を持って雨が降っているのが嬉しいのかピョンピョンウサギのように飛び回っている。
それを優しい目で見守る母親。それを見て何処か懐かしく思えてしまう。
小さい頃はあの子と同じようにして飛び回っていたな。
そう思ったら自然と笑みが溢れてしまう。
すると、ちょうど信号が青に変わり、親子達は歩き始める。
それと同時に愛里亜も走り出す。
幸せ一杯の光景を目にして雨の日なのに気分が良くなってしまう。
その幸せを壊すかのように車のクラクションが鳴り響く。
「え?」
トラックは物凄い勢いで走っており、運転手のおじさんは顔がとても赤かった。
まさか…飲酒運転!?咄嗟に親子の方を見るが、子供がコケて横断歩道の真ん中で泣いていた。
既に渡りきっていた愛里亜は自然と子供の所まで走って行く。
お願い…間に合って!!
トラックは子供のすぐそこまで来ており、愛里亜は間一髪で子供を拾い投げ飛ばす。
母親は子供をキャッチする。
「良し!!」
それを見た愛里亜は直ぐに逃げようとするが子供をキャッチした母親が必死に口をパクパクしている。
何を言っているんだろう?
「逃げて!!車がすぐそこに…!!」
目の前を見た時には既にトラックは愛里亜の前までに来ていた。
あ、死んだ。
そう思った次の瞬間、愛里亜はトラックに轢かれた。数十メートルまで引きずられ、ここでトラックの運転手がようやくブレーキを掛けて止まる。
止まった衝撃で愛里亜は前に転がっていく。
そして愛里亜はここで…命を落とした。