005「頭の体操のあとは」
脳を使えば、糖分が欲しくなるところである。摂りすぎれば身体に毒だと分かっていても、美味しい物の誘惑には勝てない。
「お口に合いますでしょうか?」
「えぇ。程よい甘さで、いくつでも食べられそう」
そう言って私は、このサツマイモに似た味がする芋を、夢中で食べ進めている。見た目は、ジャガイモのようにゴツゴツした球体で、熱帯魚のような鮮やかなブルーの皮をめくり、蛍光オレンジをしている中身に噛り付いているという寸法だ。
食欲を減退させるようなサイケデリックな色合いである点に目を瞑れば、日本で食べ慣れた味であるのだが、いかんせん、ファーストインパクトが強すぎて、ヘレナさんが試しに食べて見せられるまで、食指が動かなかった。
「そうですか。よくお勉強された証拠ですね。フフッ。おかわりが必要でしたら、遠慮せずに言ってくださいね」
上品にニッコリと笑いながらも、次の芋を皿に用意することを忘れないところは、手慣れたものである。うっかり食べ過ぎないように、注意が必要だ。
ヘレナさんが料理を持ってくるまで、もしもキャットフードのようなものが出されたらどうしようか、などと失礼なことを考えていたというのに。
「いえ。もうそろそろ、おなかいっぱいです」
「そう? まぁ、ディナーが入らなくなっては困りますからね。それでは、これでおしまいにしておきましょう」
そう言うとヘレナさんは、さきほどの皿を空になった皿と交換し、こんもりと芋を積み上げたカゴの上には布巾をかぶせた。
芋類の他にも豆類や麦類、それから肉や魚や卵は、この世界にも存在するらしい。でも、さすがにチョコレートやコーラは無いようだし、葱類や柑橘類を食べる習慣も無いようだ。それが異世界だからなのか、はたまた彼女たちが半分猫だからなのかは、定かではないけれども。
「そういえば、さっきジャンさんに地図を見せてもらったんだけど、この王宮は深い森の中にあるのよね? どうやって、食材を調達してるの?」
「あら。森の中にだって、泉の畔に行けば市場があって、商人たちが集まってるんですよ。ミネット王室は、その商人たちに自由な商取引を許可する代わりに、生活に必要な物資の配達を依頼してるんです」
「なるほど。でも、魔物が棲息している未開地帯に隣接してるのよね? 危険じゃない?」
「商人たちだって、お馬鹿さんじゃないわ。ちゃんと、各自で守衛役を雇ってますよ」
「フ~ン」
利益と安全性を天秤にかけて、赤字にならない程度に相応の費用を支払ってるわけか。抜け目が無いというか、ずる賢いというか、企業主の性格は、どこの世界でも一緒なのだな。