001「猫耳のメイドさん」
001「猫耳のメイドさん」
目を覚ますと、私はシルクのガウンを着せられ、天蓋付きのベッドに横になっていた。これは夢か幻覚かと、コンロを捻る要領で頬を抓って痛みを感じていると、翠の目をしたスレンダーなメイドさんが、水を張り、中にタオルを浸した銀の洗面器を持って現れた。
それだけなら、どこかの親切なお金持ちに助けられたんだと納得できなくもないところだが、いかんせん、このメイドさんの頭の上には、茶色い猫耳が生えている。秋葉原のみなさんなら、このハプニングを大喜びするのかもしれないが、私には、そんなキャパシティーの余裕が無い。
「あぁ、良かった。気が付かれたようですね。どこか、痛むところはありませんか?」
三十代くらいだろうか。落ち着いた大人の風情漂う声で、上品に尋ねられた。とりあえず私は、片手を額に添えて眉根を寄せ、記憶を失った風を装いながら、いま置かれている状況について尋ねることにした。
「ここは……?」
「ここは、ミネット辺境伯領にある王宮です。私は、このミネット家に仕えるメイドで、ヘレナと申します。どうぞ、よろしく」
ここは、私も名乗っておくべきだろう。
「私は、アミ。橋下アミよ」
「アミさまですね。ここに来る直前のことは、何か覚えてらっしゃいますでしょうか? もちろん、おっしゃりたくなければ、無理にとは申しませんが」
言わなくて良いと言ってるけど、話して欲しいオーラが隠し切れずに溢れてる。仕方ない。信じてもらえるか分かんないけど、言うだけ言ってみるか。
「えっと。たしか、交差点に黒猫がいて、危うくひかれそうになったから捕まえて逃がそうとしたんだけど、間に合わなくて、そのまま派手な色のタンクローリーにぶつかったはず……」
「そうです、そうです。そこまで覚えておられるのでしたら、重畳でございます」
すっごく嬉しそうだ。頭の上の耳がピコピコ動いてる。あの耳は、作り物じゃなさそうね。というか、そろそろ洗面器をテーブルに置いたらどうだろうか。
「あの、ヘレナさん。それ、そこにでも置いたら良いんじゃない?」
「あら、私ったら。嫌だわ、そそっかしくて。ごめんなさいね、アミさま。ずっと気になっていたでしょう?」
「あっ、いえ」
しっかりしてるように見えて、案外、抜けてるところがあるみたい。なんだか、人間味があってホッとする。正体不明の猫耳獣人だけど。
「それより、どうして私は、ここに?」
「ウフフ。それについては、私の口からは申し上げられません。でも、ご安心を。すぐに、お分かりになることですから」
そう言うと、ヘレナは意味ありげな微笑を残し、洗面器を置いたまま陽気に立ち去ってしまった。いったい、どういうことなのだろう? あの事故が、この状況と何か関係するのだろうか……。あっ、そういえば。
「尻尾は、生えて無かったな」
もしかしたらロングスカートの下に隠れてるのかもしれないが、それらしく裾がはためく様子が無かったから、二足歩行の段階で消失したのかもしれない。謎は深まる一方である。