014「ままならないもの」
糸と麻を買う予定は無いけど、朝市にやってきた。そして、迷子にならないようにとの配慮の下、キャネルさんと手を繋いで歩いている。周囲からは、仲の良い友だちとでも思われていることだろう。まかり間違っても、署に連行されていく光景には見えないはずだ。
「香油と海綿は買ったし、石鹸や楊枝は宿にあるとして。あと、白粉や紅は使うか?」
「いえ。私は、お化粧をしないので」
「そうか。どこかもったいない気がするが、そういう主義なら、それを尊重して何も言わない」
市場内は武器の持ち込みが禁じられていることもあり、キャネルさんは宿からここまで、シンプルなシャツにベイカーパンツのようなハイウエストのボトムスを着ている。鎧兜姿の時は気付かなかったけど、引き締まった身体でありながら出るところは出てるので、髪を伸ばしてドレスを着たら見違えるだろうに、と思ってしまう。
だから、もったいないのはキャネルさんのほう、と言いたい。その細長い手足を、私にも分けて欲しい。
「どうした? 買い忘れか?」
「いえ。あっ、そう! 何か甘い物を買って行きましょうよ」
「構わないけど、簡単な焼き菓子くらいしか売ってないよ?」
「充分よ。食事は宿のほうで用意されるけど、デザートまでは出ないでしょう? 食後にちょっとしたモノがあるだけで、食欲はグンと違うものよ?」
「なるほど。怪我で食欲が落ちてる王子を気遣ってのことか」
「違う違う。別に、そういうことじゃない」
慌てて否定したけど、かえって逆効果だったみたい。キャネルさんは、そのあとも恰好のからかいネタが出来たとばかりに、宿に戻るまで散々ひやかされた。いろいろ面白がってくれたけど、私は自分が恋する乙女だなんて、絶対に認めないんだから。
*
利き腕を動かすと、まだ痛みが走るという王子のために、料理を食べさせてあげてほしいと言われて、私はトレーに、赤と緑のクリスマスカラーがマーブル模様になったスープが入った平皿とスプーンを載せ、レオくんが半身を起こしているベッドの横の椅子に座った。
「はい、口を開けて」
「アーン」
トレーをサイドテーブルの上に置き、目がチカチカしそうな補色のスープをひとさじ救うと、それを小鳥のように口を開けて待つレオくんの喉に流し込んだ。
傍から見れば微笑ましい光景なんだろうけど、内心、私は急な用事で出かけて行ったジャンさんとキャネルさんを、恨めしく思っていた。
「どう、レオくん。冷ましてから持ってきたんだけど、熱くない?」
「よく冷めてるよ。でも、アミが食べさせてくれるなら、たとえマグマのように灼熱の炎に包まれてたって口に入れて見せるよ」
頭のほうも、恋と言う病魔に侵されたままのようだ。ベタな女性向けシミュレーションゲームなら、好感度が上がってイベントが発生するところだろうけど、私には、あくまで看護だとしか思えない。
「余計なことを考えないで、怪我を直すことに専念してください。はい、アーン」
「アーン」
食欲は、充分に回復してそうだ。これなら、あとでビスキュイを持って来ても食べられるだろう。