011「先輩としての老婆心」
「ほんなら、こっちへきてから、まだ日が浅いんやね?」
「はい。まだまだ知らないことだらけで、毎日が戸惑いの連続です」
「私と会うたことも、戸惑いの原因になってそうやね。――よっしゃ! 私から、この世界の食べ物についてレクチャーしたろ」
「えっ、食べ物ですか?」
「せや。極彩色なのを抜きにしても、基本は猫が食べる物がベースやからな。施設育ちやったら、猫を飼うたこともないやろし、何を食べるかも知らんやろ? 食卓に上るもんと上らんもんを知っとけば、食べる楽しみも変わってくると思うねん。なんちゅうても、食欲は三大欲求の一つやからな」
「はぁ」
私が生返事で応えるのも気にせず、ユリさんは意気揚々と話を始めた。基本的に、マイペースなようだ。ここは、調子に合わせておこう。
「まぁ、どこぞの貴族さんと一緒に行動しとるくらいやから、主食のお芋さんにお豆さん、それから、火ぃ通した肉や魚の料理は、すでに食べてそうやな」
「えぇ。美味しかったですよ、ムニエル」
「ブルジョアジーやなぁ。庶民は、小麦を団子にして吸い物にしたり、鰹節削って、ご飯に掛けたりするくらいやのに」
「ずいぶん質素な食卓なんですね」
「そら、地球でいうところの産業革命前やし、そうでなくても、食べたらアカンものが、ぎょうさんあることやから。まずキノコ類にイカ・タコ、それから牛乳。これは、消化不良を起こしてお腹がゆるなるからアカンやろ。次に生モノやけど、お刺身は黄色脂肪症、貝は一枚二枚に関係なく皮膚炎、それから生肉は寄生虫がおる可能性があるから口にできへん。ほんでまぁ、そもそも、この世界には無いけど、チョコレートやコーラは心不全を起こすから、もし持って来てたとしても与えたらアカンで」
「そのへんは、ご心配なく。食べ物は、何も持ってなかったので」
「さよか。あっ、せやせや。大事なことを言い忘れとったわ」
そう言うと、ユリさんはズイッと私に顔を近付け、誰も聞いてないことを確かめてから、そっと小声で言った。
「タマネギやニンニクは、ときどき、そのへんに雑草みたいに生えてるんやけど、貧血を起こしてまうさかい、絶対に食べらせたらアカンで。この世界では、毒として料理に混ぜる奴がおるくらいやからな。――せや。お近づきのしるしに、えぇモンあげよ。ちょっと手ぇ出し」
言われた通りに片手を出して待っていたら、ユリさんは行李の中から茶色い小瓶を出し、中に入っている親指大の飴玉のようなものを一つ、掌の上にコロンと出した。
「これは、甘草っちゅうマメ科の植物で作ったモンや。一応、薬やけど、ほのかに甘くて飲みやすいから、飴ちゃん代わりに持っとき。解毒作用もあるから、デトックス効果もあるんよ。まぁ、まだ私の半分くらいしか年食ってないアミちゃんには、余計なモノかもしれんけど。ハッハッハ」
そう快活に笑いながら、ユリさんに蝋を塗った正方形の紙を渡されたので、私は、それに五角形に折って飴玉を包み、そっと懐に忍ばせた。
「毒も希釈すれば薬になるし、逆もまた然りや。これは、何も植物に限った話とちゃうで。旅に危険はつきものやから、家に着くまで用心して、ようよう注意しぃや。えぇな?」
「はい。ありがとうございます」
「礼は要らん。不渡り手形のお国訛りが抜けへん私の話を辛抱して聞いてくれただけで、充分や。――ほな、廊下に呼びに行くとしよかな。よっこいせ」
スプリングを軋ませつつ、ユリさんは立ち上がって廊下に向かった。私は、考えをまとめまらないまま、ボンヤリと座ったままだった。