009「つかみどころがない」
ジャンさんと下に降りたら、カウンターの奥にいる女将さんに向かって、一つの人影が説得しているのが見えた。そばには、レオくんとキャネルさんも居る。
「だから、私は、ただの旅の商人やって言うてるやないの。食べるもんかて、普通の芋や豆で結構なんよ? まぁ、食べよう思えば、ネギや貝かて食べられるんやけど」
「そういう問題じゃないんだよ。あんたの服や髪から、変なニオイがしてるから駄目だっていうの。いったい、いつから水浴びをサボってるんだい?」
「これは、背負てる行李のニオイや。薬売りなんやから、しゃーないやん」
どうやら人影は、連雀商人のようだ。黒髪をボーイッシュなショートカットにして、メンズファッションに身を包んでいるけれども、声を聴けば女性だと丸分かりだ。
「ここに居られたのですね、レオさま。よもやレオさまの身に何かあったのではないかと、心配いたしました」
「悪いね、ジャン。明日は何時に出発するか決めようと、朝食の時間を訊いておくために降りて来たんだけど、半時間以上前から、ずっとこの調子なんだ」
「はぁ。なかなか話がまとまらない様子ですね」
ボンヤリと状況を観察してるあいだに、ジャンさんはレオくんに質問をした。なるほどなぁと感心していたら、レオくんが自信満々の笑みをこちらに向けてきた。
「僕がそばにいなくて、淋しくなったのかい?」
「あっ、いえ。そういうことじゃないです」
さり気なく伸ばしてきた腕を私が羽虫でも叩くみたいにパシッと払うと、レオくんは耳をペタンと垂れ、あからさまに落ち込んでしまった。
「ジャン。アミのハートを掴むのは、なかなか難しいものだね」
「さようでございますね。恋愛には、駆け引きがつきものと申します。折を見て、再びアプローチされるのが得策かと」
単純に、ベタベタとスキンシップされたくないだけなんだけど。まぁ、傷心したレオくんのアフターケアはジャンさんに任せるとして、私は、キャネルさんに気になるところを訊いてみよう。
「キャネルさん。どうして彼女は、あんなに嫌がられてるんですか? 薬くさいニオイがするというだけでは、説明つかないと思うんですけど」
「空き部屋があれば、あそこまで敬遠されないんだろうけど、あいにく、今夜はどの宿もいっぱいらしいんだ。誰かと相部屋となると、あぁいうアクの強い人物を抱えたくないんだろう」
どこの世界でも、キャラクターが濃いと距離を置かれやすいのか。悪い人じゃ無さそうなのに。多少、商魂は逞しそうだけど。
「キャネルさんも、あぁいうタイプは嫌いですか?」
「いいや。むしろ、誰に頼らず自立して生きてる女性は、味方してやりたいと思ってるよ。それが、どうかした?」
「あっ、いえ。それなら、私たちの部屋に泊めてあげたら、どうかと思って」
「あぁ、そう。でも、アミは良いの?」
「えぇ。面白そうな話を聴けそうじゃないですか?」
「たしかに。よし。それじゃあ、私が女将さんに話をつけてくるから、アミは、あっちで女々しく凹んでる王子に伝えて来て。たぶん、ジャンさんが余計な心配するだろうけど、私がついてるから安心するように言って」
「あっ、はい」
キビキビと指示を出すと、キャネルさんは交渉の輪に入っていった。そして私は、部屋に戻ろうとしていたレオくんたちを呼び止めることにした。