000「派遣切りと黒猫とタンクローリー」
君の代わりは、いくらでもいると言われたので、私は失業保険が切れる前に再就職先を探すことにした。だから、こうして真夏の日差しが照り付ける中を、三年前に高校を卒業するときに買った黒のリクルートスーツを着て歩いている。
「私なんて、価値の無い存在なんだろうなぁ」
親を怨むような馬鹿馬鹿しい真似はしたくないけど、駅のコインロッカーに置き去りにするのは、薄情すぎないかと憤りたくなる。私の命は、たった五百円ですかと。
「天は人の上に人を作らず、人の下に人を作らず、なんて嘘ね。高卒の上に大卒を作るし、正社員の下に派遣社員を作るじゃない」
断っておくが、こうしてブツクサ独り言を呟くのは暑さを忘れるための逃避であり、往来に人影がないことを確認した上での行為である。求職中に不審者扱いされて職務質問されては、笑い事では済まない。
「なんで、下げたくもない頭を下げて、働かせていただかなくちゃならないんだろう。どうして、私だけ派遣切りに遭わなきゃいけなかったんだろう」
考えたってしょうがないことだと分かっていても、考えずにはいられない。デフレーション並みに憂鬱がスパイラルしていくだけなんだけど。とかく現実というものは、無慈悲で理不尽である。いっそ、ひと思いにオサラバできれば、なんて危険な思想も鎌首をもたげてくる。
「うわっ、黒猫だ」
交差点のど真ん中に、金色の眼をした真っ黒な猫がいる。縁起でもない。というか、そんなところにいたら……。
「轢かれる!」
このとき、どうして私は猫を助けようなどと正義感を出したのか、いまだに謎である。ともかく、私は一目散に猫に向かって走って行き、必死で黒い小さな身体を両腕で抱き留めた。それから、すぐにクラクションを鳴らしながら近付いてきたタンクローリーと衝突した。私の記憶は、そこで途切れている。そして何故か、そのタンクローリーが鮮やかなピンク色で、年端も行かない少女が運転していたことが、私の網膜に強烈に焼き付いた。