ー 60秒 ー
「は?」
その言葉に戸惑う時間などなかった。
バタン!!!!
「うわっ!!」
画面から聞こえていた声が消えた瞬間、部屋の電気がすべて消え、扉も窓のすべて閉まり、
画面にはさっきまで背景に映っていた扉と60という数字が映し出された。
60
その画面を見て瞬間、私は思わず背中に戦慄が走った。
何かは分からない。ただ、この瞬間に触れてはいけないものに触れてしまったことだけは確かだった。
まずい。これは思っていたよりもかなりまずいケースだぞ!
そして無機質な音と共にカウントを刻みだした。
「ほれほれほれ!来たよー!!!」
「何だよこれ…」
私とは対照的に舞いあがっている千尋ちゃん。
酒井くんは…この状況に呆然としていた。
「そんなことは良いから、千尋、窓!!」
千尋のテンションを無視して、私は画面を見てすぐにドアに向かって動き出していた。
「もう釣れないなー。久々のポルターガイストじゃん。」
グダグダ言いながらも暗い部屋の中を機敏に動いていた。
ガチっ!!!
私は勢いよくドアノブを回した。
ガチガチガチ!!
何度も何度も回すけど、ロックが固くかかっていることを証明するだけだった。
「そっちは!?」
窓に手をかけながら、ぶんぶんと首を横に振っていた。
閉じ込められた…。
なら…
「酒井くん!パソコン閉じれない!?」
もうカウントが55まで進んでいた。
「やってる!!けど…」
カチカチカチカチ!!
マウスを握って何度も何度も画面を閉じようとしていた。
しかし…
「動かないんだ!」
あらゆる操作を実行しようとしていた。
私はパソコンには詳しくないけど、キーをたくさん叩きつけていた。
それでも、パソコンは動かない。というか、こちらの入力を一切受け付けないって感じだった。
「くっ!!一体どうなっているんだ!」
酒井くんは今まで直面したことのない状況にかなり困惑していた。
パソコンからいきなり変な声が聞こえてきたかと思えば、部屋の明かりが全部消え、窓も閉まる。
それなのにパソコンだけは起動し続けている。
しかも、操作することも出来ずにカウントだけ進んでいく。
まるで、カウントダウンみたいに。
焦る想いとは全く反対に画面の中のカウントは正確に時を刻んでいた。
『あと50秒です』
暗い部屋の中に無機質な女の声が響く。
その命のない感じの声が嫌なくらい不気味だった。
「くわーっ。わくわくするねぇー。」
この局面ですごく眼をキラキラ輝かせているのはきっと千尋ちゃんくらい。
「もー!!!何であんたはいっつもいっつもこんなことばっかり引き寄せるのよ!」
「だってー。楽しいじゃない?」
「楽しくないわっ!!!」
私はつい怒鳴ってしまった。
「大体ねー!あんた霊をなめすぎなんだって!
ひとりかくれんぼもひきこさんもあたしがいなかったら、どうなっていたか分かってるの!?」
「えーと…、それは…」
少し言葉を濁すように下を向く千尋ちゃん。
「死んでたかも…」
「死んでたかもじゃないでしょ!?確実に死んでたわっ!!」
「だって…」
「だって、じゃないわっ!そんな好奇心でどうなるかくらいあんた分かってんでしょうが!」
私はこの想定外の状態にすごく焦っていた。想像していた状況よりもかなりまずいこの状況に。
「ちょっと久遠さん、冷静に…」
「酒井くんは黙ってて!」
この状況で私の中の何かがぷつんと切れていた。
「この状況はポルターガイスト現象だけど、普通のとはちょっと違う。
私たちはここに閉じ込められたって感じじゃない。逃げられなくなったの」
画面を見ながら私は続けた。
「さっき…ゲームだって言ってたね。ゲームは楽しいかもしれないけど、一番危険なものなのよ。
こっくりさんもひとりかくれんぼも一種のゲームって言われてる。
始まったら、正しい終わり方をしないといけない。
もしも、途中でルールを破ったら、災厄が降りかかる。
下手したら、死ぬことだってある。
ゲームならクリアするまで降りられない。
クリアするまで帰れないって意味はたぶん…嘘じゃない。
私たちはずっとこれから飛んでしまう異世界に閉じ込められるって。
飛んでしまったら…帰って来れる保証はないんだよ?」
『あと30秒です。』
無情にもカウントの音だけが続く。
ばつが悪そうな顔をして下をうつむいている千尋ちゃん。
酒井くんも不安げな表情をしていてが、この状況をどうしようかと悩んでいるようだった。
しまった…と私は思ったけど、この状況が危険なことには変わりはなかった。
空気が不安で包まれている。こういう時こそ、場を不安から解き放たないといけないのに…
私のバカ…。
ふうと私は肩を下ろした。
「私は、あなた達をこういうことに深く巻き込みたくないんだよ?」
ため息を交えながら、私は呟くように言った。
それがどういう風に届いたかは分からない。
それでも、私はそういう言葉のかけ方しかできなかった。
「でもさ…」
下を向いていた千尋ちゃんが小さな声で喋り出した。
「クリアできたら問題ないんでしょ?
そりゃあ、私もちょっと悪かったなって思うけど、でも今は引けない状態じゃない。
クリアできないなんて悪いこと考えちゃいけないんだって思う。
ゲームだって、一人ではクリアできないかもしれないけど、ここには3人もいるんだよ?
一人じゃ考えつかないことだって3人ならなんとかなるよ。
クリアできないことが前提なんじゃない。
私はいつもクリアできるって。どんな問題も絶対大丈夫だって思ってるよ!
酒井くんも由希ちゃんもいるなら大丈夫だってば。」
私の作ってしまった空気を払拭するように世界を変えていく。
私では出来ないこと。
情けないな…。私が動揺しちゃいけないのにな。
それを黙って聞いていた酒井くんも口を開いた。
「赤い部屋の話は、死者が出る以前は、神隠しの話って言われていたんだ。
次々と行方不明者が出るって。
今、その理由が分かった気がする。」
『あと10秒です』
うまくいくとは思っていなかったけど、これくらいハードじゃなきゃゲームとしては面白くないかもね。」
にっとわらってこっちも見た。
さっきまでとは違って、明るい表情だった。
それは、何か決意を彷彿させる様な覚悟も伴っていた。
9
「どうせなら楽しもう!」
酒井くんはこの空気の中ででいちばん大切な言葉をくれた。
8
「そんで笑い話に変えようよ、由希ちゃん。」
にっと笑って私の手を握る
7
由希ちゃんから離れないから大丈夫…か。
千尋ちゃんの言葉が胸をよぎる。
私の手を握る小さな手が私に大切な何かを伝えてくれた。
6
割り切れ、私っ!!!
私は息を大きく吸った。
「じゃあ…」
5
「みんなで絶対一緒に帰って来よう!」
二人ともにっと笑ってくれた。
「当たり前だ!」
「当たり前じゃん」
4
私は由希ちゃんと酒井くんの手を握った。
「じゃあ、この手を離さないでね」
3
「了解っす♪」
千尋ちゃんは今から遊びに行くくらいのノリだった。
酒井くんは無言でにっと力強く笑ってくれた。
そしてギュッと強く手を握る。
その手は私の中の不安をかき消してくれるようだった。
2
「行くよ」
「おう!」
「はいな♪」
1
「絶対に帰ってくるよ!」
0
私たちは暗い暗い闇に一気に飲み込まれた。
こうして、私たちの長い長い夜が始まった。