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RING×RING  作者: 阿古耶丸
8/9

タンパ

「はぁー……」

城壁と呼んでも差し支えない巨大な壁に包まれた街。

タンパと呼ばれるこの街は、この辺りの拠点の一つである。

いくつかの都市国家群からなるこの地方の中では商業の街であり、規模もなかなかに大きい。

「気持ちはわかるが、観光は明日以降だ。とにかく今は宿に行くぞ。ついてこい」

お上りさん状態であちこちを見回す亜希に声をかけ、ロルフが先導する。

異世界の制服姿ではあまりにも目立つので二人には外套を被せているが、天気が悪いわけでも無いのに外套姿というのも、それはそれで目立つものだ。

どこかで服をはじめとする身の回りの物を手に入れる必要はあるが、それはとにかく明日以降だ。

朝起き出して軽く朝食を摂った後出発したが、もう昼を過ぎている。ロルフやガイアルドは全く問題は無いが、亜希のペースは流石に落ちていた。

街が見えて多少の元気を取り戻したようだが、慣れない野宿(そもそもこの世界に来たことでかなり消耗している筈である)を続けてきたせいもありそろそろ限界だろう。

馬車を預けてある行きつけの宿は、入り口からそう遠くは無い。人や馬車の行き交う大通りを1キロほど歩き、少しだけ横道に入ると宿はすぐそこだ。

『オアシス亭』

そんなありふれた名前の宿屋であるが、宿代はそこそこ。飯は美味く、量も多い。客層も(酒に酔って暴れたりする者も居るには居るが)柄が悪いというわけでも無い。

それなりに年季の入っていると思われる建物だがよく手入れされており、立て付けの悪い扉なども無い。

加えて馬車用の厩があり、商人などが利用することもあるようだ。

街の外に比較的近いこともあり、飼い葉などもすぐに外から運び込めるらしい。

この宿が人気なのは他にも理由があるが……

そんな宿に数年前たまたま立ち寄り、酔っ払いのケンカを収めたことがきっかけでロルフ達は行きつけとして利用するようになったのだった。

「こちらですか?」

「うむ、兎にも角にも、休憩じゃのお」

外套を羽織っていたせいか、やや汗をかいてべたつく髪を振りながら御琴が尋ねると、嬉しそうに返したガイアルドは足早に中へ入っていく。

「やれやれ、流石にちょいと疲れたな」

自分達だけならいざ知らず、文字通り右も左も解らない女子高生二人を抱え込み野宿を経てここまで来た。危険な地域では無いとわかってはいたがのそれなりに気苦労があったようで、珍しくロルフが独りごちていた。

「ほいほい、お肩をお揉みしましょうぞ~」

ロルフとは対照的に、まるで疲れが無いかのような振る舞いのユキ。にこにこと笑いながらロルフの鞄を一つ受け取って抱えると、後に続いて入っていった。

「女将よ、戻ったぞ」

ガイアルドがカウンターに声をかけつつ、近くのテーブルに腰をかける。

店内には客もいるが昼飯時も過ぎているからか、数はややまばらだ。

「おや、ガイアルドさんにロルフさん、お帰りかい!」

ガイアルドがついたテーブルにロルフを始め全員が腰掛ける。

気づいた女将が笑みを浮かべながらカウンターを出てテーブルにやってくる。

宿内に入ったからもう良いだろうと促されて外套を脱いだ御琴と亜希を、物珍しそうに見つめた。

「おやおや、こちらさんは珍しい格好をしてるね?」

「ああ、ちょっと訳ありでな。とりあえず飯をくれないか。後は部屋を」

訳ありという一言に対して何かを聞き返すでもなく、女将は「はいよ」と答えてカウンターに戻っていく。

「おかえりなさい」

女将が戻るのとほぼ入れ違いに、歳の頃は14、5かとおぼしき娘が人数分のコップとポットを持って現れた。

「おう、ユエイルや。わしには酒をくれんか」

給仕に来た娘にガイアルドは優しく呼びかける。

コップとポットをテーブルに置き、微笑みながらはーいと答えて酒を注ぎに行くのか、すぐに戻っていく。

しばらくして酒と一緒に炒り豆をもって戻ってくると、ガイアルドの前に置きながらロルフに尋ねた。

「はい、ガイアルドさん。ロルフさんはいらないの?」

「ああ、俺は今はいい。後でちょっとだけもらうよ」

普段は飲んでいるらしいロルフがそう答えると、ユエイルと呼ばれていた娘は他のテーブルに呼ばれ、そちらへ歩いて行った。

「あ、冷たい」

ポットから注いだ水が思っていたより冷たく、御琴は思わず声を上げた。

氷が入っている様子は無い。キンキンというわけではないが確かにその水は冷たく、歩き通しで来ていた身体に染み込んでいく。

「あ、ほんとだ。なにこれ?」

亜希も同じ調子だったが、やがてはたと思いついたようで大きな声を上げることは無い。

これは【魔法術】。そう、野宿の道中でも幾度か目にしたこの世界のからくりの一つだろうと思い当たったのだ。

騒ぎ立てるようなら止めようかと思っていたロルフだったが、気がついた様子の二人には、軽く目くばせをする程度にしておく。

それより何より、全員腹が減っていた。

野宿にしては良いものを食べていたのかもしれないが、それでも店で食べるものとはさすがに比べようも無いだろう。

5分ほど待つと小皿と共に、ボールに盛られたサラダが出てくる。

ユキがすぐにそれを取り分け、全員に配る。

一人だけ酒を飲みつつ炒り豆を食べていたガイアルドには最後に回す。盛りも心なしか少なめだ。

「いただきます」

この世界にはこんな風に食前に祈りを捧げる習慣はあるのだろうか?ロルフは言っていたような気がするがガイアルドは何も言っていなかったような気もする。

様々な種族や民族が入り交じる世界のようなので、そのような風習に対してあまり気にすることはないのかもしれない。

「いただきます」

御琴がそんなことを考えている間に亜希も手を合わせてサラダを食べ始めた。

見たことの無い野菜のサラダは、新鮮なのか歯ごたえはしゃっきりとしており、気持ち冷たい。

ドレッシングなどは無く塩がぱらぱらと振られているだけだが、意外と塩味を感じる。

瞬く間にサラダをむさぼっていると、その間に何か解らない生き物の肉の入った煮込み、見た目よりも柔らかいパン、そしてスープが出てくる。

ロルフは肉について何か言おうかとも思ったが、腹が減っているし口を出して水を差すこともないかと口をつぐみ、自らも食べ始める。

「おいしい!」

亜希は文字通り右も左も解らない異世界で作られた料理を食べて、素直な感想を口にした。

見たことも無い動物の肉を煮込んだであろうそのシチューは、やや濃い目の味付けではあるが一緒に入っているこれまた見たことの無いであろうニンジンのような食感の野菜と共によく煮込まれている。

他の具といえばなにやら青い野菜が入っている程度で、多いとは言えないがそんなことはどうでもよく、久し振りの「まともな食事」を楽しんだ。

「部屋はどうだい?」

食事を適当な所で切り上げたロルフがカウンターへ行き、女将と話し始める。

「いつもの部屋を使っとくれ。あのお嬢ちゃん二人は同じ部屋でもいいかい?」

「ああ、一緒の方がいい。風呂も空いてたら頼む」

「あいよ」

話はすぐにまとまり、食事を食べ終わって(ガイアルドはまだ飲んでいたが)一息ついていた面々を3階へと連れて行った。

廊下を歩いて奥側へ向かう。

「俺はここ、ガイアルドは一番奥の部屋にいる。お前達はここだ」

と、ドアをそれぞれ指さしつつロルフが教える。ガイアルドは角部屋に、ロルフはその手前の部屋。御琴と亜希にあてがわれた部屋からは差し向かいの構造になっているようだ。

「荷物を置いたら風呂に入ってくるといい。着替えはとりあえず貸してもらえるはずだ。まあ、解らなかったらユキに聞くといい」

「ありがとうございます」

「俺もこっちに来てからは毎日入るって事は減ったが、お前等はかなり我慢してただろ。ベッドも汚れるし身体を洗って服を変えた方がいいな」

実際の所、水で濡らした布で身体を拭いたりはしていたが、風呂に入ったわけではない。ましてや年頃の娘である二人は元の世界では毎日風呂に入るのが当たり前だった。

ドアを開けて室内を見渡す。使い込まれてはいるがよく手入れされていると思われる椅子ややや大きめのベッド。調度品などは一切無いが冒険者が使用する宿としては上等らしい。

ちりやほこりも無く、サイドテーブルもある。

流石にビジネスホテルなどに泊まった経験は無い二人だったが、手入れが行き届いてるというのはすぐに解った。

「よし、それじゃお風呂に入ろ」

ユキに促され、荷物を置いて1階へ戻ると風呂場らしい引き戸の前に女将がおり「娘のお古だけど、とりあえずこいつを着とくれ」と、着替えを渡された。

「じゃあユキちゃん、お願いね」

「はーい」

と、後をユキに任せて仕事へと戻っていく。

どうやら銭湯のような形式で入り口も風呂場も男とは別れているらしい。ちょっと安心しつつ二人はこの数日ですっかり汚れてしまった制服を脱ぎ、籠へ放り込む。

二人の着替えを抱えていたユキも、着替えを棚に置くと服を脱ぎ始めた。

「それじゃあ入ろうー」

そこまで大きな設備ではないが、数人が一緒には入れそうな湯船、そして湯の流れ出る口があった。

そこから桶に湯を注いユキが二人を洗い場へ座るように促した。

「ほらほら、キレイキレイしようねー」

置いてあった石鹸を手持ち大の麻袋のような物でこすると、結構な量の泡が立つ。それを構えたユキが二人の身体を洗っていった。

「身体を洗って貰うのって、なんだか恥ずかしいんですけど……」

「御琴って肌白いんだね」

「亜希ちゃんの髪は綺麗だねー」

最初は恥ずかしさのようなものもあったが、すぐに慣れてユキが洗うのに任せる。

髪を洗うためのシャンプーは無かったが、石鹸を薄めに溶いて洗っていたのでそこはされるがまま。結果的にはこれでいいか、と二人が思うのはもう少し経ってからの事だった。

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