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RING×RING  作者: 阿古耶丸
1/9

異界にて

こことは違う世界のお話――。


闇夜の中に小さな灯りが揺れている。

とある山中、胸の高さほどもある草が生い茂っている平原を、影達は進んでいた。

――風雨が増したようだ。

容赦なく吹き付ける雨と風が行く手を阻もうとするが、それらをものともせず進む影が二つある。


「方角が解りづらいな」

「このまままっすぐじゃ」

雨を避けるためか、二人ともフードを被っている。

声を聞く限り一人は若い男。もう一人は年老いた男のようであるが、若い男に置いて行かれる風でもなく、しっかりとした歩みで後に続く。

時折手に持った革のブックカバーのようなものを開いて。何かを確認しているようだ。

そのうち、荒れ狂う天空から激しい音と共に稲妻が走り始めた。

「そろそろこの程度の灯りじゃ厳しいか」

この悪条件の元ではやや頼りない灯りを見て、若い男は毒づく。

「こいつは消して、『目』で見ていこう」

「そうじゃな。こんな天気じゃが「お客さん」がおったら目標になるか」

老人もその言葉に同意し、灯りは消える。

そしてその代わりか、フードから覗く瞳はその色を変えたようにも見える。

いよいよ勢いを増した雨と激しい風、そして時折轟く稲妻の轟音と瞬きの中、二つの影はいよいよその場に到着する。


そこには大きな一枚岩があり、草原の中に浮かんでいるようにも見える。横から見るとオムレツのような形をしたそれの手前で二人は立ち止まり、腰を落として様子を伺う。

胸の高さほどの草丈のせいで二人の姿は簡単には見えない。

「……そろそろ開きそうだな」

「空間に乱れが出るぞ」

革のブックカバーを開き、老人が呟いた。



その数秒後に激しい音を立ててはるか左後方にあったらしい、高木に雷が落ちた。

オムレツ状の岩の上の空間、5メートルほどの所に銀色に輝く靄のようなものが現れる。

激しい音や稲光に照らされるそれは、幻想的ですらあったが、二人は注意深く見守っていた。


靄のように見えるがそれは『扉』である。

どこかとどこかを繋ぐもの。世界と世界を繋ぐもの。時間と空間を繋ぐもの。

そして不意に『扉』から何かが現れる。

と、いうよりは落下してくる。


――人間!


確認するが早いか若い男は草の海から飛び出し一足飛びで岩へと飛び乗ると、重力に逆らうようにゆっくりと落下してくるその人影を受け止められるよう、上空を確認しつつそちらへ向かう。

後2メートルほどで確保できる高さまで「人間」が降りてきた所で。

「『扉』の様子がおかしいぞ、気をつけろ!」

老人の声と共に『扉』である靄は、刀で両断したかのようにすっぱりと分かれ、不意に消えた。

「(なんだ?霊力?『扉』を斬った、いや、閉じたのか?)」

【こちら】に来てから久しく感じていなかった力の奔流を、男は感じていた。

やがて、扉から落ちてきた人間を優しく受け止める。

「娘、か」

どこかで見た事のあるような服装をした娘を眺めていると、目の端に炎が飛び込んできた。

「さっきの落雷で草が燃えてるな、とりあえずここを離れよう」

自分たちが歩いてきた方向は、炎で包まれつつあり、右後方は崖――見渡す限りの暗闇が広がっていた。

「とりあえず岩の上なら焼け死ぬ事はないじゃろうが……相変わらず空間が不安定じゃから、離れるのに一票じゃ」

老人とは思えぬ軽快さでひょいと岩へ登ると、またもや革のブックカバーを開きつつ男に同意する。

――ユキ、今どこだ。

男は目を閉じ、思考して呼びかける。

――うん?そっちは今どこ?『扉』はどうなったの?

――こちらは目標地点。とりあえず無害な『扉』で、中から出てきた「もの」は保護した。

――そっか。わたしはねー、崖の下だよ。

――あの崖は高いのか?崖の下に何が?

――そんなに低くもなかったよ。崖の下に、古いけど小屋があるから、ここに避難したらどう?

――よし、すぐに行く。

「崖の下に小屋があるそうだ。なんとかそこまで降りよう」

「ほうほう、燃え広がる前に降りるとするかい」

二人は右後方、さっきまでの進行方向から見て、だが―へ移動を開始する。男は娘を抱えたまま、草原へと飛び込んだ。

草をかき分けて進む事数分。炎を追いつかれる事なく、崖に辿り着いた。

「準備はあるのか?」

今更といった風に老人へ言葉をかける。先ほど「降りるとするかい」等と軽く言っていたが、一応、確認を取った。

「うむ、任せておけい」

そう言って老人は革のブックカバーを閉じると、肩に背負った鞄から布を取り出す。

それなりに使い込まれているが仕立ての良さそうな布だ。広げると2メートル四方ほどの大きさになったそれを、なにやら唱えつつ崖下――暗闇に向かって放り投げると、布は落ちる事なくその場に漂う。

二人(と抱えられた一人)は布に「乗り込む」と、それはゆっくりと、崖下に広がる暗闇へと吸い込まれていった。


1分ほどで布は崖下に到着する。見回してみると崖下の岩棚はかなり広く、柵はないものの道もある。辺りを見回すとすぐに小屋は見つかった。

「いい加減この雨はうんざりじゃ」

「だな」

事情がないならこんな雨の中を無理に移動する必要はない。ドアを開け、小屋へ入ると道中では頼りなかった灯りを再び点す。

すると正面に女の姿があった。年の頃は20そこそこか。体系的な特徴は特にない。

「はーい、お疲れ様ー」

「ユキ、この小屋に寝床はないか?とりあえずこの娘を下ろしたい」

笑顔で迎えるユキと呼ばれた女に、男は尋ねた。

「奥にあるかな。誰も使ってないみたいで埃っぽいけど」

「当たり前だがびしょ濡れだ。服を脱がせてやってくれ」

「ほいほい」

男はユキに娘を託すと、びしょ濡れになっている外套を脱ぎ、傍らに放る。

ユキはというと特に重そうな素振りを見せることもなく、娘を抱えると隣室へと消えていった。

「とりあえず火かの。濡れ鼠ではこっちもこたえるわい」

老人は奥に火立て場を見つけて歩み寄ると、手を軽くかざして火を出す。

部屋の隅に薪を見つけ、男が放り込んだ。

火が大きくなるのを確認して上着を脱ぐと、荷物から布を取り出して体を軽く拭き上げる。外套のおかげか、かなりの風雨の中を歩いて来たわけだが体はそこまで濡れていない。

老人も外套を脱ぎ、傍らにかけると荷物から水筒を取り出してなにやら飲み始める。お互いにようやく一息、というところだった。

「ちょっと火を貰うね」

隣室から出てきたユキが、火立て場からめらめらと燃える薪を一本抜き取り、体を拭く布を一緒に持って戻っていく。

「藁しかないけど、仕方ないよね。何か上からかけてあげたいから出しておいてよ」

「ふむ」

老人は水筒を置いて鞄を寄せると、その口を大きく開いて毛布を取り出した。

そばに置くと、革のブックカバーを取り出し、開いてなにやら確認をする。

雨は激しく降り続けているが、崖が雨避けになっているのか思ったよりは五月蠅くない。

雷はやや収まったようで、ゴロゴロという音量も、数も減っていた。

「ねえ、何かかけるもの持ってきてー」

聞こえるユキの声を受けて、男は毛布を手に取ると隣室へ向かった。

そこは寝床らしく、大した広さはないが一応寝台のようなものがあり、雨に濡れた体を拭かれて下着姿になった娘が寝せられていた。

大きな外傷はないようだが、所々に擦り傷や打ち身があるのか、内出血しているようにも見える。

持ってきた毛布を掛けてやり、ぱちぱちと燃える火のそばに干されている服を見た。

「制服か」

「たぶん」

「他に持ち物は?」

「携帯くらいかな。所々だけど服も破けちゃってるし、ケンカでもしてたかなー?」

高校生くらいかと思われる娘がいつ目を覚ますか解らないが、それまではここに居た方が良いだろう。

食料その他はいくらか持ってはいるが何日も滞在するとなれば調達する必要が出てくるかもしれない。

適当な桶でも見つけて雨でも入れるか――

そう思って室内を見回すと、娘から淡いなにかが漂う。

「(霊力の残滓か?だとすればあの『扉』を斬ったのはこの娘ということか?)」

「今の何?」

「詳しくは解らんが霊力だろう。この娘が現れた『扉』は、霊力で――恐らくだが――斬られて閉じてしまった」

「そんなことできるものなの?」

「さあな。あれを破壊しようと思ったことはなかったし……ま、あまり五月蠅くするのは止そう、しばらくは目を覚ましそうにないが」

「そだね」

二人はもう一方の部屋に戻ると、相変わらず革のブックカバーを開いて何かを調べているような素振りの老人が目に入った。

「どうした?まだ何かありそうなのか?」

「うーむ。『扉』が現れ、あの娘を残して消えた筈なんじゃがのぉ。気候の変化はともかく、まだ空間が安定せんとは」

「妙だな。雨風は自然と収まるんだろうが……過去に連続して『扉』が現れた事ってあるのか?」

そう問いかけられ、ふーむと考え込む老人。

「覚えとる限り「自然発生したものでは」『扉』が連続して現れた事はなかったような気がするのぉ。もっとも今までがたまたまそうだったというだけで、今回がその初めての例になるのかも知れんがな」

「おいおい……」

「空間が安定しておらんのは事実じゃ。あの娘が『扉』に攻撃し、それが影響を与えたとすれば、何がどうなっておかしくはないな」

「……」

男はしばし思案する。そしてやがて考えがまとまったのか、かけておいた外套を再び纏う。

「もしお客さんが居たら呼ぶ。布だけ借りていくぞ」

「まあ念のため見てきた方がいいじゃろ」

「はーい」

言うと、男は小屋を出て行く。雨は、まだ降り続いていた。

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