第8話:リリアンヌvsシャルロット(前編)
少しお待たせしてしまいました。申し訳ない。
今日はカロルの魔法講義の日だ。書庫を出て、いつものように部屋へ行く。
「失礼します」
ノックと挨拶を忘れず入ってみれば。
「はぁい、リリ。こんにちは」
「あれ……お母様?」
意外な顔がリリアンヌを迎えた。
「はいはい、お母さんですよ」
「ばあやもおりますよ」
「あ、ごめんなさいばあや。こんにちは」
「はいこんにちは。では今日の授業を始めましょうか」
早速授業が始まるようだ。しかしカロルはいつも持っている魔術書を持っておらず、ニコニコと母娘二人を眺めている。
「あの……ばあや? 今日は何を?」
「それはお嬢様から御説明をば」
「はい、説明しちゃいますよ」
シャルロットがずいと近付いた。
「リリ。貴女、随分と魔法を覚えたのよね。カロルが喜んでたわよ」
「は、はい。ありがとうございます」
「ですが、このばあやが教えられるのは初歩だけで御座います。既にお嬢様はばあやから学べることを全て学んでしまわれました」
思えば、近頃の授業は持ち込んだ魔術書を読みながらカロルと話すだけの時間になっていた。ほぼ自習状態だったのだ。
「ですから、今後はお嬢様からお教え頂こうかと」
「お母様が?」
「お母さん、これでも魔法は得意なのよ?」
ふんわりと微笑む。手元の指輪が煌めいた。
そういえばリリアンヌは、母・シャルロットが日頃何をしているのかを知らない。
時折ジルベールと連れ立って領地を回っていたりする他はずっと屋敷にいるようだったが、執務に忙しそうなジルベールと違ってのんびりしている印象があった。
「無職とか思ってなかった?」
「お、思ってませんっ」
「お嬢様は、魔法器具の研究をされておりまして」
「魔法器具?」
書物で読んだことがある。
魔法器具とは、その名の通り魔法に関わる器物のことだ。
種類は多岐に渡り、使い捨てのインスタント魔法のようなものから、魔法使い用の補助具など。
大規模なものになると軍事用の魔法砲台までが魔法器具に分類される。
「お母様、何を作ってるんです?」
「魔法発動を補佐する収束具よ」
収束具とは、それを通した魔力に指向性を与えることにより効率的に魔法を発動できる、魔法使いならば必携の器具だ。
分かりやすく言えば、魔法の杖。
しかし基本的に個々人の魔力性質・属性適性や用途に合わせたオーダーメイド。一般庶民にとっては量産品すら高い買い物というから一品物の値段が伺える。
「お嬢様は昔から収束具作りに凝っておりまして。出来が良いということで時折発注を受けては卸していらっしゃるのです」
「これでも結構稼いでるのよ?」
「お嬢様、直截な言い方はおやめください」
趣味で作ってるような言い様だが、オーダーメイドで発注を受けるということは、最低でも市井の職人に勝る品質ということ。
ギルドも通さず、ということはもっと上かもしれない。
手慰みで作れるような道具ではないのだから。
「仕事柄、魔法にもそれなりに詳しいから、それならリリに講義した方が有意義かなって。それに、リリ専用の収束具も作ってあげられるわよ?」
「欲しい!」
「素直でよろしい。それじゃあ、収束具を作る準備として……」
にっこりと微笑むシャルロットは、棚から幾つかの指輪を取り出す。それぞれ赤、青、緑、茶の宝石が嵌め込まれたそれを五指に嵌めていった。
その手をそっとリリアンヌに差し出す。
「模擬戦でもしましょうか、リリ」
「うわわわわわっ!」
悲鳴を挙げて雑木林を疾走するのは軽装のリリアンヌ。
部屋着ではなくいつもの稽古で身に付ける、要所に厚布を当てた訓連着だ。
「あーっはっはっはっは! ほらほらもっと行くわよ! 『炎の蛇よ、とぐろ巻け』!」
対するは木陰に静止したまま魔法を放つシャルロット。
詠唱と共に掌から放たれた炎がリリアンヌのいる辺りを薙ぐ。乱立する立木を避けるようにして、だ。
「せいやっ!」
肉薄した炎の蛇を、魔力を纏った拳で強引に散らす。
「あらあら乱暴。魔力量が多いと便利ねえ」
のほほんと立っているシャルロットに向けて、今度はリリアンヌが魔法を放とうとする。
「『火の弾―――』!」
「『解除』~」
魔力を注いでいた火球が、蝋燭のように揺れて消える。
「くっ、また!?」
「編み方が甘いわねえ」
その隙にシャルロットがまた炎の蛇を射出し、リリアンヌは殴り散らして逃げる。
先程からずっとこの繰り返しだ。
機動力に優れるリリアンヌが先んじて魔法を撃とうとして、それを感知したシャルロットがよくわからない手段で魔法を阻害。
反撃にシャルロットの魔法が飛び、リリアンヌは逃げる。
手抜きなのか魔力量が少ないのか、シャルロットの攻撃には然程の威力がない。
代わりに避けられない軌道で飛んでくることばかりで、クリーンヒットを防ごうとすれば迎撃せざるを得ない。
この模擬戦のルールは単純。一発食らった方が負け、だ。
だからシャルロットは威力を落としてでも回避困難な魔法を放つし、リリアンヌはヒットを恐れて迎撃するしかない。
そしてリリアンヌは機動力と火力に優れるので、シャルロットは攻撃が放たれる前に対処しなければならない。
お互いが決め手に欠けた勝負となっていた。
「はあ、はあ……くそ、お母様があんなに強いなんて」
シャルロットを撒いたことを確認しつつ、呼吸を整える。
専門家じゃありません、という顔をしておいて、なんて器用な戦い方だ。それともこの世界の魔法使いは皆、戦上手なのだろうか?
「あの変な魔法阻害を突破して、一発入れないと……」
解除、の一言でこちらの攻撃を止めるなんて反則だ。
シャルロットがそう唱える度に、リリアンヌの魔法は内側から崩れるように壊れて形を保てなくなるのだ。
ただ二つ、気になることがある。まず一つ目は、
「あれは多分、魔法……じゃないよな。魔力は感じるけど」
そしてもう一つ。
「解除される時とされない時がある」
先程の攻防で言えば、シャルロットの炎の蛇を迎撃した時は魔法解除が飛んでこなかった。そして反撃に火球を放とうとした時は阻害された。
そこにヒントはあるはずだ。
「そうのんびりもしてらんないな、っと!」
また炎の蛇が飛んできたので裏拳で吹き飛ばす。見つかってしまったようだ。恐らく、魔力を感知したのだろう。
周囲にシャルロットが見えないことを確認してから走り出す。
「とにかく攻めて攻めて、攻める!」
リリアンヌは雑木林を跳ね回った。