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その元・男、現・貴族令嬢にて  作者: 伊賀月陰
序章:転生令嬢、その華麗なる幼少期
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第6話:リリアンヌ、朝風呂を覚える






 十歳にもなると、大人と遜色のない動きができるようになった。


「はああっ!」


 短い木剣を握ったリリアンヌが、突き出された剣先を身体を捻って躱しつつ前に出る。


「せいっ!」


「なんの」


 リリアンヌの突き込んだ剣先を峰で払うと、ジルベールはくるりと身体を回して胴に横薙ぎの一閃を送る。

 カウンターが難なく捌かれた時点で重心を後ろに傾けていたリリアンヌはそのまま一足飛びに距離を離した。

 身体を回したジルベールも軽く間合いを取る。


 一瞬の膠着。


 肩を落とし、先に構えを崩したのはジルベールだった。


「―――今日はここまでにしようか」


「はい、お父様。ありがとうございました」


 ふーっ、と大きく息を吐き一礼。


「避けながら間合いを詰めたのは良かったぞ。リリの方が小さいから懐に入られたら父さんは困ってしまう」


「余裕で捌いた上に反撃までしておいて何を……」


「あれ以上詰められたら困るから弾いたんじゃあないか。それとも鍔迫り合いがしたかったのかい?」


「お父様と力比べなんて御免です」


 感想戦を行いながら空を仰ぐ。太陽がそろそろ空に昇る頃だ。今日のところはこれで終わりだろう。

 三年前より少しだけ大きくなった木剣を下げる。


「隙ありぃ」


「ふぎゃっ」


 一瞬で間合いを詰めてきたジルベールに額を軽く叩かれ悲鳴を挙げる。


「今日はもう終わりって言ったじゃないですか!」


「いやあ隙だらけだったからつい」


「ついじゃありません!」


 文句を言いつつ、接近に気付けなかったことに戦慄する。


 今の距離は、リリアンヌならば大きく三歩は踏み込まなければならない間合い。ジルベールでも一足には少々遠かろう。

 それを、こちらの意識にかからぬよう詰めてきた上に『軽く叩く』という手加減までできる余裕ぶり。鮮やかなまでの歩法だった。

 三年の稽古を受けて多少は強くなったつもりでいたが、まだまだジルベールは遥か上にいると教えられた気分だ。


「もう……ぼさっとしてると朝食の時間になっちゃいますよ。さっさと行きましょう」


「そうだな。ああ、今日もお願いできるか?」


「もちろん!」


 拳で額を拭いながら、二人揃って裏口を通り廊下を行く。

 行き先は浴場。贅沢にも湯が張れるタイプだ。とはいえ大きな浴槽に湯を張るには大量の燃料が必要だ。だから二年前まではたまに使う程度だったのだが……


「よーし、まずはっと」


 水の張られた浴槽に掌を沈める。


 瞼を閉じる。意識を向けるは命の源、左胸。

 自身の心臓、そこにある魔力の炉に火を入れる。


「ふー…………」


 どくん、どくん、と励起を始める自身の魔力を掌に集中。強すぎてはいけない。少しずつ水槽に広げていく感覚を意識する。


「よし。『水よ、土よ』」


 明確なイメージを思い浮かべる。大量の水に少し混ざった塵を土の魔力で吸着させ、水の力で集めるイメージ。


「『この水綺麗にしておくれ』、っと」


 ぎゅるりと水がうねった。


 魔力を籠めたリリアンヌの手元に、水槽に広がっていた塵がどんどん集まっていく。瞬く間に水は綺麗になった。

 掌に集まった塵を含んだ水をそのまま持ち上げ、排水口へと捨てる。


「次は湯沸かし」


 改めて両手を水に沈める。今度は火と水の魔力を意識する。


「『火よ、水よ。この水あったかくしておくれ』」


 掌から火の力―――熱が放たれると同時、水槽の中がゆったりと掻き混ぜられる。

 今度は瞬間的な変化ではない。ゆっくりとゆっくりと水槽全体を温めていく。


「このくらいかなー?」


 浴室がむわりと湯気に包まれたところで魔力の放出をゆっくり止める。


 以前さっさと温めようとして出力を上げていったら、熱くなりすぎた湯で火傷したことがあったのだ。全体がまだ温まっていないのに、である。

 とはいえそれも最初の頃の体験談。今はもうそんな失敗はしない。


「お父様ー、準備できましたよー」


「おお、善き哉善き哉。毎度思うが、ここまでやれると便利だなリリ」


「お父様は出来ないんです?」


「父さんは風しか使えなくてな……それに、例え火が使えてもこんな大量の水を沸かすには魔力が足りないよ」


 そうなのか、と手を振って飛沫を飛ばす。そういえばカロルも桶一杯が精々と言っていた。火の適性や魔力量が大きく影響するのだろう。


「ほらリリ、冷めない内に入ってしまおう」


「はぁい」


 脱衣所に戻りぱっぱと服を脱ぎ捨てる。ジルベールもそれを一瞬見て、すぐに背中を向けて服を脱いだ。

 まだ気にする年齢ではなかろうに、とも思うし、まあ気にした方がいいのだろうな、という思いもある。


 リリアンヌはまだ十歳の子供。とはいえ十歳といえば性差の出て来る年頃でもある。

 怪我がないかの確認がてら自分の身体をぺたぺたと触る。

 まだ女性らしさというものはまるでないが、胸はほんのりと膨らみ始めている。

 全身の肉付きも子供らしいぷっくりとした質感を残しつつ、女性らしい柔らかさを意識させるものだ。

 女の子になり始めた、とでも言うべき段階。

 子供の生育事情に詳しいわけではないが、リリアンヌは自分なりに栄養管理を意識しているし、鍛錬で汗を流すのが日常だ。

 歳の割に発育が良い方なのではないだろうかと思う。


「おっふろー、おっふろー」


 備え付けの手桶で湯を掬い、身体を流す。


 ざぱぁ。


「ぷは」


 掛け湯を済ませて湯船に足を入れる。適温だ。


「ちょっとぬるいかな」


 一歩遅れて湯船に入ってきたジルベールは少し不満気。


「少し温めます?」


「いや、いいよ。父さんに合わせたらリリが熱いだろう」


 それもそうだ。厚意に甘えてこのまま寛がせてもらおう。


「んー………っ!」


「はー…………朝風呂は気持ち良いなあ。贅沢だー………」


 父娘そろってだらしない声を漏らす。

 鍛錬で緊張した筋肉に湯が染み込んでいくようだ。

 元・日本男児としてやはり風呂には安心感を覚える。


「こんな贅沢ができるのもリリのお陰だな。リリ様様だな」


「えへん」


 薄い胸を大きく張る。


 この朝風呂、リリアンヌ当人の欲望というのも一つの理由なのだが、もう一つ重要な自由があった。

 魔力操作の鍛錬である。


 カロル曰く、

『リリ様は魔力が多いですので、暴発のリスクは他の方よりずっと高くなります。ですから、日常的に魔力操作の鍛錬を致しましょう』


 そのため、リリアンヌは意識して日課に魔法を組み込んでいる。

 当人としても魔力という回復するリソースで鍛錬できるなら否やはない。


 ただ一つだけ、予想外の問題も発生している。


「おなかすいた……」


「最近、いつもそう言ってるなリリ……」


 そう、魔法を使えば使うほどお腹が減るのだ。

 魔力は身体から湧き出るものであるが故、魔力を使えば補給が必要になる。言われてみればその通りではあるのだが。


「お父様、今日の朝食は何でしたっけ?」


「あー……何だったかな。先日豚を潰したからそろそろベーコンが出来てる頃じゃないか?」


「おにく!」


 肉は好きだ。噛めば噛むほど活力が溢れてくる。

 ざっぱーんと湯船から飛び出す。


「お父様、先に行ってますね!」


「おお、走るなよ。父さんもすぐに行く」


 身体を軽く振って飛沫を落とすと、脱衣所の布で身体を拭って、予め置いておいた部屋着に着替えて廊下へ飛び出す。


「おにく……!」




 なお、この日の朝食はシャルロットが趣味で作ったジャムとパンであったことを記しておく。

 リリアンヌは泣きながら腹が膨らむほど食ったとか。





早起きして運動して朝風呂という黄金コンボ。

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