第67話:嵐は去れど風は止まず
少しずつ進めていきます。
「さて、あとは……」
簀巻にしたファルスを蹴って部屋の中央に転がし、カトリーヌを崩れかけた壁際から離す。
状況が呑み込めず茫然自失としているが、今はその方が都合が良い。
さてどうするか、と考えた時。廊下の方からガチャガチャと具足の足音が複数聞こえた。
「失礼! カトリーヌ様、何、が…………?」
緊急故に返事を待たず扉を開けた警備兵を出迎えたのは。
彼らの警護対象であるカトリーヌ嬢、剣を提げた少女、そしてその足元に転がされた簀巻の男。
「…………賊か?」
「なんでそんな弱々しい誰何なんですか」
「賊か!?」
「この男は賊です。私は……あー、通りすがりの男爵です」
はあ、と困惑しきった表情で部屋を見回す警護隊。
室内はとんでもなく荒れていた。
調度品は軒並み倒れてぐしゃぐしゃ、照明器具も使い物にならない状態。壁も抉れたりヒビが入ったりとまともな状態ではない。
まるで嵐でも吹き荒れたかのようだ。
「ひとまず、その男の身柄は預かります。……その、男爵にも御同行願いたいのですが宜しいですか?」
「構いません」
事情があったとはいえ勝手に侵入したのはこちらの方だ。大人しく警備兵に従う。
カトリーヌも心ここにあらずといった風体で付き従った。
「………で、大捕り物の代償として屋敷を一部損壊か」
調査団を率いて駆け付けたオーランド公の長子・ロベルトは渋面で呟いた。
「手加減をする余裕がなく……申し訳もありません」
リリアンヌは事情を一通り伝え、大きく頭を下げる。
場所はオーバンの町、スネイル子爵の領主館。その応接室。
現在この領主館は、一時的に調査団が管理している。理由は当然、スネイル子爵の内通疑惑である。
とはいえ、カトリーヌが開口一番に自白したことでスネイル子爵自身は早々に容疑が晴れた。
念の為の身辺調査を行い、カトリーヌと子爵の処分を待つこととなる。
娘が独断でやったこととはいえ、少なからず子爵家の名と財を使っている。その責任は重い。爵位を返上することになるだろう。
カトリーヌは処刑される可能性もある。
気の毒であるが、それが立場ある者の責務というものだ。
「リリアンヌ・ル・ブルトン男爵は、オーバンの町の領主館に無許可で侵入。
スネイル子爵の息女カトリーヌと面会し、居合わせた自称ファルス氏と戦闘に及んだ。
結果、室内及び調度品を破壊。領主館の一区画は崩壊寸前となった。……間違いはないか」
「………はい、間違いありません」
そして処罰を受けるのはスネイル家の者だけではない。リリアンヌも対象だ。
やらかしたことはロベルトが挙げた通りである。
「幾ら父上……オーランド公から免状を受け取っているとはいえ、性急かつ派手に過ぎる。決定的な証拠があるわけではないのだぞ」
「全くもってその通りで……」
リリアンヌはとにかく頭を下げるしかない。
カトリーヌを直接訪問したのは証拠隠滅や逃亡を防ぐためであるが、当然なからやってはいけないことである。オーランド公の許可があってもグレーゾーン。拘束せよとの命を受けたわけでもあるまいし。
挙句、重要人物と思しき相手と派手な戦闘を繰り広げた。
何らかの処分は受けるのは当たり前と言えよう。
「オーランド公からは、ある程度は目零すよう内々に伝えられている。しかしこれでは隠蔽もしようがない。既に市井には根も葉もない噂が広がってしまっている」
重い溜息を吐くロベルト。
彼とて末弟の妻であるリリアンヌを進んで処分したいわけではない。
むしろ内々で片付くならば積極的に誤魔化そうとすら思っているのだ。
しかしてこうも大事になってしまっては、彼は職務上あまり肩入れも出来ない。
「私からなるべく便宜を図ろう。不審人物を捕縛したのは功績であるし、カトリーヌ嬢の自白もある。
……馬車を用意するから、家で少し休んでいるといい」
「重ね重ね、感謝致します」
促され、席を立つ。
退室しようとして……ふと問い掛ける。
「あのファルスという男ですが、現在は?」
「ん、ああ……地下牢に入れて兵に監視と尋問をさせている。しかし要領を得ないことしか喋らなくてな」
「なんと?」
「『私は神に選ばれた』『神が望んだことである』とか」
「…………」
「とんだ涜神だ。身体再生の加護を受けている以上、全くの嘘でもないのだろうが……それは邪神の類だろうよ」
肩を竦めるロベルトの反応は、別段おかしなものではない。
イーストエッジ王国は多神教の国だ。
創生の女神を柱として、多種多様な神が信仰されている。熱烈な信仰者もいるが、どちらかと言えば緩やかななんとなくの信仰が多い。騎士ならば軍神を、農民なら豊穣神をといった具合に。
そこから外れた邪悪なる神を信仰する者も、稀にいる。
ファルスはその類だと思われているのだろう。
「何か気になることがあれば、すぐに伝えてくれ。まともに会話したのはリリアンヌとカトリーヌ嬢だけのようだからな」
「ええ、思い出したらすぐに。……では失礼致します」
「ああ。しっかり休んでおくといい」
ロベルトに改めて頭を下げ、退室する。
馬車へ向かう道すがら、ファルスのことを考える。
「……神に選ばれた、か」
ファルスが得ている再生の加護についてはロベルトにも伝えている。恐らく、という推定付きで認識阻害のことも。
神の加護というものは、そうそう得られるものではない。
例えば創世神の加護であれば、歴史書を紐解いても建国王以外には記されていない。帝国史においても、稀に生まれる『勇者』以外は加護らしきものを見つけることは出来ていない。
もしかすれば、記録に遺されていないだけで加護を与えられた者がいたのかもしれないが……明らかな超常の力となれば必ず人目につくものだ。
ファルスが持っていた力はどう考えても、その超常の域に達している。
「邪神信仰……にしてもそうそう得られるもんじゃない」
本当に、気まぐれで加護を与えられた邪神官でしかないのか。
それとも裏で糸を引く者がいるのか―――
考えても栓のないことか。
調べなければ始まらない。まだまだ忙しい時期だというのに困ったものだ。
用意された馬車に乗り込み、街を出るのを確認して緩く目を閉じた。
今は少し休もう。些か、疲れた……




