第64話:潜入
スネイル子爵の領主館は大きい。
交易の中継地であることから、来客が多いのである。
一度に複数の来客に対応することもあり、宴席を設けることもままあろう。
その領主館の屋根上で、リリアンヌは街を見下ろしていた。
「おーおー、綺麗な景色」
日は完全に沈みきってしばらく。街は未だ各所で篝火が下げられて、夜の世界を彩っている。
高所から見る夜景としては上々であろう。
とはいえリリアンヌは夜景を楽しむ為に、警邏の目を掻い潜って屋根に登ったのではない。
「えーと、正面があそこでホールがあれだから……あの辺かな?」
きょろきょろと見回して目的の部屋を探す。
要人の建物というのは、大なり小なり効率を意識して配置されている。
応接間は正面入口から近いところに置くし、調理場には裏口を設置するもの。
そして屋敷の主やその親族は最も警備が厳重な場所に置くものだ。
「よいしょっと」
目星をつけて、屋根裏から降り始める。
幸いにして今日は風が強い。音を隠しやすい日だ。
「―――――」
僅かな音を立て、リリアンヌは外壁を滑るように降りる。
魔法は使わない。極力魔力を隠し、セバス直伝の足捌きで壁に張り付く。
窓から中を伺うと、まばらながら歩き回る人影。まだ寝付くような時間帯ではない、当然人もいよう。
ともすれば、この時間帯が間違いかと言えば……そんなこともない。
片田舎で侍従も二人しかいないル・ブルトン家と違い、この領主館は文官も侍従も警備も雇っている。常に人はいるのだ。当然、真夜中とて見回りがいる。
侵入者が来るとすれば寝静まった夜中。だから警戒も強い。
では昼間はと言えば、今度は純粋に人が多すぎる。
侍従も警備も元気一杯、視界も明るく定か。そんな中で侵入など正気の沙汰ではない。
そも要人は昼間には仕事中であり、屋敷にいるかも分からないのだ。
忍び込むなら日没後、就寝前後……あるいは夜明け前、明るみ始める頃合い。そのくらいが良いのだとセバスは言っていた。
実地で再確認しつつ得心する。
確かに人はいるが、侍従が静かに歩き回る程度。警備はそこまで多くない。
訓練された兵ならば厄介であるが、単なる素人に感付かれるリリアンヌではない。
「よい、しょ」
窓から自分が見えぬよう、領主館の門番の視界に入らぬよう、リリアンヌはするりと移動する。
難なく目的の部屋の外へと到着した。
僅かな蝋燭の明かりが揺れている。どうやら相手は部屋に居るようだ。
覗き込まず、そっと窓枠に指を添える。
そのまま暫し待つ。
息を整え、心を律し、時を待つ。
そして―――
「……………っ!」
髪を揺らす風が来た瞬間、そっと指に力を込める。
がたがた。
ぎしっ。
強風が窓を揺らす音に乗じて確認した。
僅かに動いた窓。施錠はされていない。
いつでも、入り込める。
腰の二剣の固定を外し、いつでも抜ける態勢を整える。
「せ―――――のっ!」
小声ながら気合いを入れて、一気に開けた窓から室内へ飛び込んだ。




