第63話:スネイル子爵領オーバン
オーバンの街は四方に街道が伸び、近くを川が流れる。
交易地として整備される前は材木を輸出しており、川は材木の筏を流すのに使われた。
現在は森林が減少したこともあり、材木はさほど産出しない。とはいえそれでも、少し足を伸ばせば鬱蒼とした森が広がる。
森の中、轟音と共に領主が着弾する。
抉れた地面に申し訳程度に土をかけて誤魔化す。
魔法で埋め戻してもいいが、流石に剥がれた草や折れ曲がった樹までは戻らないのであまり意味はない。
「森に降りるのは流石に無理があったか……?」
これだけ枝葉が伸びていれば緩衝材になるだろう、と思い、実際衝撃は緩和されたのだが。
枝葉は派手に折れ飛び、障壁と激突した樹木は圧し折れ、それでもなお止まらぬ衝撃で地面はがりがりと抉れて地面が露出してしまった。
街道からは外れているし、街からも距離がある。問題はない……はずである。
森以外に降りようとすれば、どうしても街の近くになってしまう。
曲りなりにもこれから潜入だ。目立つのは避けたい。
「この移動法も今後は封印するか」
速いのはいいのだが、目立つ。そして疲れる。
それに、あまり使い過ぎてバレて対策されても困る。
着弾直後のリリアンヌは最も隙の多い状態だ。同格どころか格下にもうっかりやられかねない。
ともあれ今回は成功したようだ。
「よし、行くか」
装備を確認して、歩き出す。
上空から見ていたので街道の方向も街までの距離も解っている。
好都合にも……間もなく、日が暮れる。
「よし、通れ」
門衛の許可を貰い、篝火の焚かれた門を潜る。
オーランド公に、魔獣狩りギルド用の通行証を工面してもらってよかった。
リリアンヌが身分を示せば当然通れはするのだが、そうすれば間違いなくスネイル子爵に気付かれる。
忍び込むのは可能であろうが、万が一察知されればそれも厄介なことになる。
合法的に、かつ身分を偽って街に入るのは存外面倒なのだ。
着弾の結果、外套が薄汚れたのもプラスに働いてくれた。旅人ならば多少汚れているくらいが丁度良い。
安堵の息を吐き、中央の通りに出てみれば。
「ほお……」
日も落ちたというのに、街は賑やかであった。
通り沿いの店は客引きに勤しみ、その隙間に屋台が並ぶ。
オーバンの街は王国全体でみればさほど大きくないが、それ故か密集した賑わいがそこにはあった。
「もし、串を二本」
「あいよ! ―――お、嬢ちゃん別嬪だね。一本オマケしてやろう」
「あはは、ではまた買いに来ます」
「一度と言わず二度三度と来な!」
気前の良い屋台の主から、串焼き肉を受け取って銅貨をじゃらりと渡す。
良い匂いだ。一本目に齧り付く。
口の中に広がるのは、甘いタレの風味と歯応えのある獣肉の食感。噛むほどに肉の旨味が滲み出てくる。
疲れた身体に染み入るようだ。
リリアンヌは日頃、肉と言えば捌いてすぐ焼くか干し肉にして食うかだ。屋台では保存用にこうして漬け込まれた肉が普通である。
味はちょいと濃いくらいだが、これが良いのだ。
「失敬、一杯くださいな」
「おう、ほらよ」
別の屋台で、素焼きの器に麦酒を一杯。なみなみと注がれた麦酒をぐいと煽る。
串焼きの濃い味を酒で洗い流す。これもまたたまらない。
ほう、と酒息を吐いて二本目の串にかかる。
「んん……良い街だ」
もごもごと肉を頬張りながら人知れず呟く。
賑やかなのも良いことだが、ぴりぴりとした空気がない。ただ純粋に今を楽しんでいる。そんな感じだ。
気楽に食って気楽に呑める。周囲の皆もそうしている。
治安の悪い街では、こんな風に人目を気にせず呑んだりは出来ない。常に周囲を伺って、機嫌を伺って、隠れるように呑む。
良い街だ。改めて思う。
「さて、どうするか……」
三本目の串を貪りながら算段を立てる。
当初は商会と連携して調査を進めようと思ったが、どうも引っ掛かる。
スネイル子爵が自棄になっているのならば、統治にも支障が出るであろう。
それがこの街はどうだ。全く執政が行き届いている。
戦争が終わってからそれなりに経つから、子爵がおかしくなっているのならばもう影響が出ていなければおかしい。
となるともう一つの可能性に当たるべきか。
恐らくは商会の者も、もしかしたらオーランド公も思い至っていないかもしれない可能性に。
「むぐ」
串を三本平らげて、麦酒の最後の一口を堪能する。
何もなくなった木串を指で拭ってポーチに仕舞い、素焼きの器を通りの端で叩き割って、けぷ、と一吐き。
視線を上げて目的地を確認する。
オーバンの街の中心部、一際高い建物―――領主館を。




