第62話:遺された者
オーランド公の領主館は、やはり本人の人柄を反映してか堅牢かつ豪華なものだ。
しかし凝った内装なのは客人の多い区画の話。
私室へと近付くにつれて、豪華さは鳴りを潜めて無骨で質素な造りとなっていく。
その最奥にオーランド公の部屋はある。
「二人にしてくれ。人払いも頼んだ」
「はっ」
近衛が退室して暫し、オーランド公と向かい合い茶を飲む。
流石に公爵。茶葉も淹れ方も一級品だ。
周囲から気配が消えるまで、両者は無言で数口を運び。
「……本日は急な来訪、誠に失礼致しました」
口火を切ったのはリリアンヌだ。
深々と頭を下げながら、第一に謝罪。
「急ぎの案件とはいえ、連絡もせずの無茶な面会。大変な無礼であることは承知しております」
「良い、頭を上げよ。知らせを寄越すように言ったのはこちらの方だ。……まさか本人が来るとは思わなかったがな」
「これが一番速いと思いましたので」
「今朝出立したのだったか? 全く、空から落ちてきたと報告を聞いた時は何事かと思ったぞ」
口端を緩め、肩を竦めるオーランド公。
こちらも謝罪の姿勢を崩し。
「ちょっと大砲で飛びまして、あとは風に乗って」
「領主砲とでも名付けようか」
冗談めいた口調でオーランド公は言う。恐らく冗談の類だと思っているのだろう。
「また見せてくれ。……さて、何故そんなに急いでたか聞かせて貰えるかな?」
「はい」
雑談は終わり。ここからは仕事の話だ。
「五日前、私の元に刺客が送り込まれました」
「本当かね!?」
「はい。こちらが報告書です」
テルン商会が作成した調査報告書を手渡しつつ。
「生憎と只の雇われで、大した情報は得られませんでしたが……彼らが与えられたという装備から、調達元が特定出来ました」
懐から取り出した地図を広げる。予めマークされているのはル・ブルトンの屋敷。そして少し離れたところにもう一つの印。
「スネイル子爵領、オーバンです」
「確かか?」
「この街で作られ、この街で殆どが売却される製品です。まず間違いないかと」
更にそこから転売され……という可能性も消えないが、ともあれ調べるべきはその街だ。
「スネイル子爵領、か……」
難しい顔で腕を組むオーランド公に、訝しげな視線を向ける。
「何か心当たりでも?」
「ん、ああ……悪い噂ではないのだが……」
少しだけ口を濁し。
「……スネイル子爵は、先の戦で息子を失っておる」
「!」
「末子だ。子爵も可愛がっていた」
王国貴族の一員として、兵を率いて出陣したのであろう。
先の戦は、被害で言えば少ない方だ。…………だが、少ないということはゼロではないということでもある。
リリアンヌの両親もその数少ない戦死者に含まれている。
死んだ者は、いるのだ。そして死んだ者には必ず遺族がいるのだ。
遺された者であるリリアンヌにはその辛さが理解出来る。
「しかし、スネイル子爵がな……考えたくはないが……」
「あくまで、現在辿れたのはそこまでです」
「ああ……そうだな。想像で先走るのはいけない。……有力な情報、感謝する。すぐに騎士団を派遣して調査を行おう」
やはりオーランド公も、スネイル子爵が関与しているのではないかと考えたのだろう。
どちらにせよ調べるべきはオーバンの街。
「その件に関して、一つお願いがありまして」
「何だね?」
「その調査、私にも手伝わせて欲しいのです」
馬では遅しと先行した理由がこれだ。
調査団の派遣を待っていては逃げられてしまう。リリアンヌはそう感じている。
リリアンヌが無事であるという情報は、そろそろあちらにも届いている頃合いだろう。
急がなければ証拠の処分や、あるいは関係者の逃亡を許してしまう。
その前に、先行してある程度押さえておきたい。
「危険だぞ」
「承知の上です」
「……まあ、そうだな。今は巧遅よりも拙速を選ぶべきか」
ふー、と嘆息して。
「いいだろう。リリアンヌ・ル・ブルトンに先行調査を頼もう」
「慎んでお受け致します」
ゆるりと頭を垂れる。
「それで、今すぐに出立するのか?」
「そうしたいのは山々なのですが、出来れば一休みしたく。食事も、少々……」
空腹を意識したら、くう、と腹が鳴ってしまった。
「失礼」
「ははは、可愛らしい腹の虫が聞こえたな。よかろう、丁度晩飯の頃合いだ。多めがいいかな?」
「いやはや面目ない……」
「何、義娘が遠慮することはない」
ほんのり顔が熱い。幾ら疲れてるとはいえ、流石にこれは恥ずかしい。
恥ずかしいついでにもう一つお願いをすることにする。
「ではお言葉に甘えて、お願いが。一休みしたらオーバンへ発ちますので」
「ふむ、馬かな?」
「いえ砲台を一門貸して下さいませ」
「……………まさか本当に撃ち出したのか!?」
その後、御馳走を振る舞われながら空の旅について語ることとなった。
オーランド公は大笑いし続けた結果、腹が攣って食卓半ばで退出してしまったが。




