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その元・男、現・貴族令嬢にて  作者: 伊賀月陰
第二章:夢見がちな来訪者
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第61話:領主、着弾






「ん――――」


 些か疲労が気になってきた頃。

 大きな市壁が目に入り、リリアンヌは僅かに高度を下げ始める。

 更に、前方に展開した障壁を変形。穂先のように尖らせた形状から、身体を包み込む球形へ。


 大きく減速していくリリアンヌ。

 ここからが正念場だ。


 市壁が更に近付く。そろそろ門衛も気付いたろうか。

 着地の際に人を巻き込んではいけない。確実を期す為、街道から少し外れたコースを取る。


「さあ、行くぞ……!」


 気合いを入れ、残った魔力を振り絞る。


 市壁と共に、地面が近付いてきた。地上に近付くと、自分がどれほど高速で移動しているのかが分かる。


「『風の壁よ、広がって』―――ぐうっ」


 前方に展開した球形の障壁を、平面へと変形。更に面積を広げる。

 急減速に身体が軋むが、この速度で着地を敢行するより余程マシだ。


 甲斐あって速度は緩やかに―――とは言っても、馬ほどの速さであるが―――遅くなっていく。


「よし」


 流石にそろそろ門衛も気付いたろう。だがリリアンヌはそちらに意識を向ける余裕がない。

 障壁をカット。収束具の短剣を鞘に収めて固定する。

 飛ぶように流れる地面に近づき―――


「おおおおッ!」


 魔力全開、周囲の大気を掌握。粘性を増した空気が身体を受け止めていく。

 ごお、と風にぶつかる音に包まれる。

 全力疾走より幾らか速いか、というタイミングで……リリアンヌは接地した。


「よっ、と!」


 そのまま地を蹴って跳躍。

 回転しようとする力のベクトルに逆らわず、身体を丸めて地面を転がる。


 ゆっくりと減速し―――両手で地面から跳ね上がり、両足で土を浅く刳りながら着地。


「よい………しょっ」


 意識して真っ直ぐと立ち、全身の土を軽く払い落とす。外套は脱いで叩けば多少マシになった。

 大地の頼もしさを実感しつつ。


「だ、誰だ! 何者だ!?」


 この騒ぎに門衛が駆け付けてきた。

 空から人が降ってきたのだから当たり前だ。しかも派手に着地まで決めている。仕事熱心と褒めるべきであろう。


「失礼。少々急ぎの用でしたので、乱暴な訪問になってしまいました。

 ル・ブルトン領を預かっております、リリアンヌ・ル・ブルトンです。オーランド公爵にお目通り願いたい」


「ル・ブルトン男爵で御座いますかっ。……その……何か身分を証明するものを……」


「騙りだと?」


「い、いえ滅相もない。ですが当方の一存ではとても……」


「ふふ、冗談ですよ。……これならどうでしょう」


 リリアンヌが懐から取り出したのは、布に包まれた掌大のもの。

 布を解き、訝しむ門衛が見やすいように持ち上げ。


「陛下よりお預かりしている、領主印です」


「んなっ!」


 リリアンヌが軽く持っているそれは、イーストエッジ王国における領主の証。

 各領地を封ぜられた領主に与えられる印である。

 王国から認められた領主だという何よりの証明なのだ。


 普段は厳重に保管され、そうそう使うこともない品であるが……


「一番手っ取り早かったので持ってきました」


 嵩張らず、身分が証明できるものとして、これ以上のものはなかった。

 後で知ったレオナルドが卒倒するだろうがそこはそれ。領主はリリアンヌなのだから勘弁してもらおう。


「これが偽物だったら私は縛り首……どうです、確認しますか?」


「領主館までお送り致しますのでこちらへっ!」


 門衛は完全に許容量をオーバーして、機械人形の如く動き出した。

 悪いことをしたな、と若干の罪悪感を覚えつつ領主印をきっちり仕舞い込む。


 無論、本物である。偽造など言うに及ばず、紛失すら許されぬ品だ。

 こうして持ち歩いていること自体を咎められかねないが、そうなる前に此処を発つことにしよう。


「ええ、案内をお願いします。長旅で疲れてしまいました」


 疲弊した魔力炉の回復に努めつつ、門衛の後へ続くのだった。






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