第60話:領主、発射
テルン商会の調査は迅速だった。
ガルーダ工房の所在はティアーヌが記憶している。その日の内に、商会の者が馬で出立。現地のテルン商会の拠点に伝えて、即日調査開始。
調査結果がル・ブルトン領支店に伝えられたのは、屋敷を刺客が襲ってからたった五日後のことであった。
「スネイル子爵領、オーバンの街ですか」
「ええ。ガルーダ工房の前回の出荷分は全てそこで捌けておりました」
テルン商会のル・ブルトン領支店、副支配人ボルドー。
彼から伝えられた名前は、リリアンヌもよく知っているものだった。
ル・ブルトン領の二つ隣。大街道からは少し外れているが、より辺境の地からの中継点として交易が盛んな土地だ。
スネイル子爵は実直な領主で、同じ西部貴族としてオーランド公のパーティで面識もある。
彼にはリリアンヌと同じ年頃の娘がいて、幾度か話したこともあった。父親に似て真面目な娘だ。
早逝した母親に似て美人に育った、と子爵も嬉しげだったのを覚えている。
「オーバンの街は……子爵の領主館があります」
リリアンヌは険しい眼で口にする。
辺境としてはそれなりに大きな街だ。とはいえ王国全体で見ればそう栄えてるわけではない。悪巧みをするには目立つ。
木を隠すのは森と言うように、何をするにしても人が少ないと目立つ。
なのにわざわざそんな場所で動くということは……
「男爵、どうなさいますか」
ボルドーは伺うように問うた。彼もリリアンヌと同じ発想に行き着いているであろう。
「………調査結果を書面に纏めて頂けますか?」
「既に、こちらに」
「ありがとうございます。お預かりしても?」
「写しがありますので、御自由にお使い下さい」
礼を言って、用意された筒ごと書類を受け取る。
「代金請求を纏めておいてください。少々無理をさせましたから色を付けましょう」
「有難く。では支配人に持たせて後日届けます」
「了解しました」
立ち上がり、用意しておいた支度を身に纏う。
動きやすい、身体に合わせて仕立てた厚布の服。丈夫な編み上げ靴。小物を提げられるポーチベルトに、相棒たる二本の剣。
そこに外套を羽織ればリリアンヌの用意は終わる。
「ボルドーさん。ここからオーバンの街まで遣いを出して、片道どのくらいかかりますか?」
「……伝令なら丸一日もあれば。何処に?」
「テルンの拠点にです。下手をすればそちらも狙われるかもしれませんので。一時でいいので退避して頂きたく」
「ふうむ。でしたら一日半頂ければ」
「素早くて結構。では私は、オーランド公へ伝えてから子爵領に向かいます」
最悪の場合、スネイル子爵との衝突が有り得る。
領主間の抗争と思われては困る為、予めオーランド公に話を通しておかなければならない。
「オーランド公爵領に寄ってからとなると……一週間くらいですかな?」
ボルドーの示した期日は真っ当だ。半日や一日ならともかく、馬を走らせるにも限度がある。
遠くオーランド公爵領まで行き、話を通して、オーバンの街まで直行したらそのくらいであろう。
しかしリリアンヌは首を振った。
「公爵領まで半日。話を通して、休憩を挟んで半日。オーバンの街まで半日。一日半で片付けます」
訝しげなボルドーだが、こればかりは説明しても納得できまい。リリアンヌ一人でなければ使えない手法だ。
「とにかく、オーバンの街に伝令を出してください。こちらも急ぐので、確認している時間は取れません」
「……分かりました。すぐに急行させます。御武運を」
「ええ、そちらもお気をつけて」
ボルドーと別れ、早速屋敷を出よう……として、ふと思い出して執務室へと足を向ける。
幸い、レオナルドは不在であった。
鍵付きの隠し棚から布に包まれたあるモノを取り出して、ポーチに入れてしっかりと固定する。落としたら大変だ。
今度こそ屋敷を出て、開けた場所まで歩く。
「――――っし、気合い入れますか」
以前と違い今回は遠出だ。焦っては魔力切れを起こす。
短剣を握り、まず空を見上げて方位を確認。公爵領の方角へと身体を向け。
「―――『土よ、形取れ』」
魔法で土を盛り上げ、発射台を構築する。
強度が大切だ。しっかりと魔力を惜しまず固める。
出来上がるのはまさしく地面から生えた大筒。
手に持った短剣以外の装備が、きっちり身体に固定されているか確認。
結束が緩いと道中で落としてしまう。ここからオーランド公爵領までの間を探しモノなど考えるだけで気が遠くなる。
「よし、っと」
大筒によじ登って中に入る。何の機構もないただの筒だ。そのように作ったのだから。
ぺちぺちと叩いて脆いところがないのを確認し―――ここからが本番。
「『風よ』―――」
詠唱を行いながら、粘性の液体が詰まった硝子瓶を筒の底に投げ込む。
割れて、黒っぽいどろりとした中身が広がった。
鼻を突く臭いに反射的に顔を顰める。
筒底に蓋を被せるように、大気の壁を展開。そこに身体を乗せて、衝撃に備える。
「『火よ、在れ』」
筒底と壁の間に、操作した大気と火気を放り込んでしっかりと蓋をすれば―――
「――――――――ッ!」
激音と共にリリアンヌは射出された。
構えていても衝撃は凄まじい。リリアンヌは意識を揺らされながら回転した身体を持ち直し。
「ッ、『風よ、運んで』!」
風魔法で高度を制御。速度を殺さぬよう、先鋭化させた障壁で大気を切って飛ぶ。
ちらりと見下ろせば、地面は遠く。地を行く獣は豆のように小さい。
このまま公爵領まで飛ぶ……のが理想なのだが、上手く行くかは半々である。
このリリアンヌ式人間大砲には、幾つかの難点がある。
まず最初の射出が安定しないこと。
今回は上手く行った方だが、当初は上手く発射されなかったり姿勢を制御できなくなって地面を転がったりと散々だった。上手く行っても初速が悪いこともある。
また、先程使った硝子瓶の液体。別大陸からの船来品なのでかなり高価である。
テルンの支店で見かけてピンときたので買ったのだ。
恐らくは前世における石油に相当するもの。思ったよりも燃えず、また非常に臭いのが難点。
次に、あくまで飛翔ではなく射出であること。
高度維持やある程度の速度維持は出来るが、加速は難しい。やれなくはないが魔力をバカ食いする。
今回のような長距離の移動ではあまりやりたくない。
「さっむ……」
ぶるりと肩を震わせ、火の魔法を少し追加して暖を取る。
空は寒い。風を浴び続けているのだから尚更だ。
魔法を常時展開しながらの空の旅。肉体、精神、魔力どれも著しい消耗を招く。
荷物を積んで馬で走った方が余程楽なのだが。
「これが楽しいんだからなあ……」
我ながら馬鹿だなあ、と一人苦笑する。
人間大砲なんて楽しいに決まっているだろう。これだから魔法はやめられない。
リリアンヌは暫しの間、辛く厳しく少し楽しい空の旅を満喫した。
Q.原油ってそんな爆発しなくない?
A.異世界原油なので爆発します。イイネ?




