第56話:宴の準備
現当主であるリリアンヌは、ル・ブルトン男爵の名で有名だ。
国防の要地を治め、年若くも聡明で、比類なき魔法使いにして剣士でもある。と、吟遊詩人が各地に広めているらしい。
但しその内容は、吟遊である故にかなりの脚色が為されており、武勇に優れるせいか男として語られていることも珍しくない。
それがまた謎多き勇者として語り草になっているのだから噂とは恐ろしいものである。
つまるところリリアンヌがどんな人間であるのか、正しく認識しているのは実際に会った者だけであり。
勇者の如く語られながら、戦闘スタイルはどちらかと言えばダーティファイトなことも……知られていないのである。
「じいや!」
「ここに」
急ぎ屋敷へと戻ったリリアンヌがセバスを呼ばうと、影から滲み出るように応答する。
長年の付き合いで今更驚くこともない。リリアンヌは指示を飛ばす。
「式典会場が襲撃されました」
「それは、なんと……皆様は御無事でしょうか?」
「幸い死傷者はいませんし、現場の下手人は全て捕らえました。ですが、恐らく黒幕も残党もいます。恐らく彼らは私を狙ってきます」
「ふうむ」
「詳細と理由は後で説明します。じいやは急ぎ、この屋敷の警備を再調整して下さい」
「ネズミ一匹入れないようにしますかな?」
「いえ、穴を用意して下さいな。……私の寝処まで真っ直ぐ行けるように」
「ではそのように」
何の疑問も挟まぬセバスチャンに、リリアンヌの方が面食らう。
「理由を聞かないのですか?」
「主君の意を汲むのが出来る侍従というものです」
「まあそういう意味では、じいやは優秀ですが……」
相変わらず謎の多い老爺である。
「用意は私なりのやり方で宜しいですかな?」
「ええ、全面的に任せます。寝処だけは私が。
……ああ、ばあやの身辺警護もお願いします。レオナルド様は私が」
「御意に」
揺るぎない返事を残してするりと消えるセバスを見送り、リリアンヌはその足で執務室へ。
「レオナルド様!」
ノックをして勢い良く扉を開ければ、机で書き物をしていたレオナルドは驚いたように顔を上げた。
「ああ、リリアンヌか。お帰り。……なんだ、随分と早かったな?」
「ええ実は、少々厄介な事案がありまして」
詳細を掻い摘んで話せば、レオナルドは目を瞬かせて。
「そ、それは……大変だったな。いや大変なのはこれからか?」
「はい、その通りです。彼らは報復に私を狙ってくると予想されます。じいやには先程伝えて、歓迎準備をして貰っています」
「歓迎準備……?」
訝しげだが、まさに迎え入れるのだから歓迎でよかろう。
「ばあやはじいやに守って貰いますが、レオナルド様も狙われる可能性がありますので……少々、御相談が」
「協力出来ることなら何でもしよう。懐事情もこのところは暖かいし……」
「別にお金のかかることではありませんよ」
何でもないことのように、リリアンヌは平然と言い放った。
「今晩から毎日、私と寝ましょう」




